『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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ボッチ「出番がない……だと?」


その2

 

 

 

「へいきへっちゃら」

 

机に書かれた口汚い罵倒の文字、所狭しと油性で書かれた呪いの文字を少女は涙を笑顔で隠しながら拭いていく。

 

あの日、親友の誘いで初めてアイドルのコンサートに向かい、そこでノイズという特異災害に遭遇してから、少女の日常は一変した。生死の境をさ迷いながらも、何とか生還出来たのはいい。リハビリも辛くて大変だったけれど、母や祖母、そしてその親友がお見舞いに来てくれる度に頑張る元気を貰った。

 

皆が私の帰りを待っててくれる。そんな希望を胸に日常に戻った少女に突き付けられたのは…………無情なまでの世間の冷たさだった。

 

特異災害ノイズによって引き起こされた悲劇、その生存者として世間は嫌でも少女とその親族に注目し、メディアの容赦のなく心ない質問責めはどんなに強く拒絶しても止まる事はなかった。

 

そしてノイズという災害に遭遇し、危険な目にあった少女に対する様々な特別待遇は、より身近に、学校での生活を激変させてしまう事になる。自分達よりも厚待遇な扱いだと勘違いした者達による陰湿な虐め、教師達はその事を咎める事なく、見て見ぬふりを続けていた。

 

『ねぇ知ってる? 隣のクラスの立花さん。なんでもノイズに遭遇したからって学校の宿題全部免除なんだって』

 

『えぇー、なにそれズルーい』

 

『しかも、政府から色々援助してもらってる噂もあるって話だ。あーあ、ノイズに襲われただけで人生イージーモードとか、俺もノイズに出くわしてみたいものだよ』

 

陰湿な陰口は止まらず、虐めも収まる気配はない。どんなに止めてと叫んでも少女の声は届く事はなかった。政府にこれ以上の援助はいらないと言い、止めて貰った所で、彼等の言葉は止むことは無かった。心がすり減っていく日々、唯一休める家族との時間も世間の陰湿さが牙となって襲ってくる。

 

『この人殺しー』

 

『逃げろー、殺されるぞー!』

 

笑い声と共に投げ込まれる石礫、家の塀に書かれた呪いの言葉の数々、“お前だけが生き残った”“お前の所為だ”“人殺し”“お前が死ねばよかった”

 

(私、どうして生きてるんだっけ?)

 

誰も自分が生きている事を望んではいなかった。自分が生き残った所為で親友は自分を責め続け、父は逃げ出し、母と祖母は苦しんでいる。

 

疲れた。消えてしまいたい。心が壊れてしまいそうな毎日に憔悴仕切っていた少女、もういっそ本当に消えてしまおうか。そんな風に考えていた時、その人は現れた。

 

『ゴメンな…………ゴメンな』

 

ある日、家に帰ってきた少女をある人物が待ち構えていた。赤く、強く、熱いナニかを宿しているその人、何処かで見たことあるような気がする。どちら様と口にした瞬間、少女は赤い少女の腕に抱かれていた。

 

何故、この人は謝っているのだろう。何故、この人は泣いているのだろう。混乱する少女に赤の少女は安心した様子で…………。

 

『生きててくれて、ありがとう』

 

その言葉に少女の世界は再び変わった。色褪せた世界に色が戻り、少女の瞳に光が灯る。───嗚呼、自分は生きていて良かったんだ。赤の少女の言葉が胸に沈んで溶けていくのと同時に…………少女は久し振りに声を出して泣きじゃくった。

 

悲劇のライヴから一年とちょっと、立花響と天羽奏の出会いは涙と鼻水まみれの抱擁から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───月日は流れ、あの惨劇から二年。地元を離れ、とある音楽女学院に通う立花響は本日発売のCDを買いにCDショップに向けて駆けていた。今日は待ちに待ったツヴァイウィングの片翼、風鳴翼のシングルの発売日、特典もついてなにかとお得な限定ものを是非とも手に入れる為、響は猛烈ダッシュで街を駆け抜けていく。

 

そんな時、見慣れた赤と青の姿が響の視界に映る。今はもう慣れ親しんだ先輩達、今日はお仕事だったのでは? と、気になった響は二人に向けて進路変更、勢いも弱めてトテトテと歩み寄っていく。

 

「翼さん、奏さん、こんにちはーって、どどどどうしたんですか奏さん! 口がタラコさんになってますよ!?」

 

相方の肩を貸して貰いフラフラな様子の奏、どうしたのだろうと気になり覗き込んだ響が目にしたのは唇を大きく腫らせた奏が、目を回してグッタリしていた。これはひどい。アイドルとしての体面なんてまるでない奏に響はどうしたのだと隣の翼に訊ねる。

 

「あぁ、立花か。なに、今日は白河さんの店が開店した日というのは知ってるな? その記念に来店1号と先日のリベンジを兼ねて例のアレに挑んだのだけど…………」

 

「あぁうん。何となく全部分かりました」

 

剰りにもしょーもない理由に流石の響も苦笑う。相変わらず向こう見ずな所のある人ダナーとある意味で尊敬の念を奏に贈る響。翼の言う例のアレ、それは修司が最も得意とする料理、激辛に激辛を重ねた超法外的な辛さを持つ麻婆の事で、作った本人は眼鏡が割れる美味さと良く分からない自信に溢れている。

 

更に言えばこの料理を完食できた者は一人たりとも存在しておらず、嘗てフラワーで働いていた頃にこの料理を出すとその度におばちゃんに怒られているなど中々強い印象を植え付けられている。以前フラワーで同じものを食べた奏を見て、響の親友はこう語る。

 

『食べ物で火を吐く人初めて見た。生命の神秘だね』

 

「所で、立花は何処か行くんじゃなかったの? なにか急いでいたみたいだけど…………」

 

「あっ! そうでした。私これから行くところがあって…………それじゃあ二人とも、また明日ー!」

 

そう言って再び駆け出していく響、道行く人にぶつからないように気を付けろと注意を促した翼は生返事な後輩の後ろ姿を見つめながら苦笑いを溢す。

 

「翼ァ、どうやらアタシ本格的にヤバいみたい。響の声の幻聴と幻覚を見ていた気がするー」

 

漸く気が付いた相棒に翼はやれやれと溜め息を漏らす。相変わらず無鉄砲で真っ直ぐな相棒、良く自分を困らせたり意地悪な一面もあったりするが、それもまた自分達らしい付き合いの仕方だ。

 

…………あの時もそうだ。二年前のノイズの襲撃で生き残った響を探すため、アイドル活動の合間を縫って一人活動していた奏、自分も手伝うと言ったのにこれはアタシの問題だからと決して誰かに頼る事はしなかった。

 

恐らく、自分の我が儘に付き合わせてしまうと思っていたのだろう。単純に見えて天羽奏という人間は色々気が付く人間だ。普段からお世話になっている大人達も当時はまだ組織編成に追われて時間が割かれてしまい、殆ど顔を合わせる事はなかったから。

 

だから変に遠慮したのだと思う。そんな奏から話を聞き出すには随分苦労したものだ。こんな時くらい素直になればいいのに、人には言って自分はそうしない奏に翼は当時相当ヤキモキしたものだ。

 

そうして二人で探して漸く突き止めた後輩の所在、そして同時に突き付けられた現実の非情さに翼は怒りにうち震えた。虐めという言葉では片付けられない鬼畜どもの所業、けれど憔悴仕切った響を前に翼はなにも言えなくなった。

 

彼女をあんなにしたのは自分達にも責任がある。自分達がアイドル復帰やらライヴツアーに勤しんでいた合間、彼女は一人地獄を見ていたのだ。生きる屍、当時の響を語るにはこの言葉が最も適しているだろう。そして、そんな彼女をまた救ったのも奏の言葉だった。

 

今まで放っておいてゴメン、生きててくれてありがとう。心の底からの言葉に響は再び息を吹き替えした。

 

そしてそこからはあっという間だった。奏は周囲の大人達に事情を話し、頭を下げて懇願する事で自身の要望を聞きいれて貰い、その結果響は地元を離れ自分達と私立リディアン音楽院(同じ学校)に転入し、彼女の親友も卒業後後を追うように同じく進学してきて、同じ部屋に過ごすようになった。因みに二人が同室になったのも奏による計らいである。

 

けれど、二人はその事を知らない。知らされていない。理由は奏によるもので、理由を訊ねると自分の自己満足に付き合わせたくないとの事、相変わらず変な所で頑固だなと翼はそんな相棒に呆れるしかなかった。

 

だけど、そんな奏のお陰で自分達は友達になれた。アイドルという垣根を超えて、本音で言い合える後輩兼友人を得られた事は自身にとっても嬉しい出来事だった。

 

彼女達を通して今まで知らなかった世界を知ることが出来た。そこで生まれる人との繋がりに接する事が出来た。己が身を剣と見立てて鍛え続けてきた自分に人としての暖かさが宿った気がした。…………まぁ、時折刺激的な出来事があったりするわけだが。

 

充実した日常、流石に彼女達に自分達の本当の姿の話をしてはいないが、それでも翼にとって響達との時間は何物にも換えがたいかけがえのないモノになっていた。

 

しかし、そんな翼に一つだけ気になる事がある。

 

(そう言えば、結局響達に仇なした者達を始末したのは…………何者だったんだ?)

 

響が音楽院に転入する際に最も難解だったもの、それは響の母と祖母についてだった。当時奏は是非二人もと奥方と祖母をこっちに来るよう呼び掛けたが、二人はそれを断った。

 

何故かと問うと、何も悪くないのにこの土地から逃げ出すのはおかしいという負けん気の強いものだった。今ここで逃げ出せば自分達を置いて逃げ出した父と同じになり、何より自分達にも罵詈雑言を投げ掛ける者達に屈する事になる。そう奥方と祖母は自分達に告げ、決して退かない道を選んだ。

 

別れの際は心苦しかった。転入しても数日は元気の無かった響に自分達も気が気でなかった。しかし、それから数日後、後に進学してくる小日向からの報告により向こうでの状況が激変したことを知る事になる。

 

今まで響に虐めを行ってきたクラスメイト全員の急な転校、虐めを容認してきた教師達の懲戒免職、更に響の実家に石を投げ付けたり、塀に心ない落書きと貼り紙を押し付けた連中は皆その行為の光景をネットに実名と住所諸とも公開され、世間から袋叩きにされてしまい、地元から姿を消したと言う。

 

立花家に悪事を働いたものは皆すべからく不幸に見舞われており、それによりこの家に手出しをするものはいなくなった。呆気ない幕切れ、しかし鮮烈な報復に翼は奏に何か知らないかと訊いてみた。

 

訊ねた結果は初耳だと驚愕する相棒、他の大人達に訊ねても皆知らないと言う。一体誰が…………なんて思っても平穏を取り戻した響とその家族の喜ぶ姿を見てはそんな事はどうでもよくなった。

 

やり方としては少々強引さを感じるが…………まぁ、それだけ響に酷いことをしたのだと考えれば当然の報いか。親友の小日向も物凄く良い笑顔で当時の転校していった学生達と職場を失った教師達の事を語ってたし。

 

幾つか気になる点が残っても現状なにも困った事はない。順風満帆な日々だと翼が今の日常に満足していると、懐にしまった通信端末から音がなる。

 

端末を手に取り耳に宛がうと自分達の上司である男性からノイズが発生したという話を受ける。自分達の出番だ。男性からの要請を承諾した翼は端末を再び仕舞い隣にいる相棒を見やる。

 

そこにはツヴァイウィングの天羽奏ではなく、自分と戦場を共にする頼もしき相棒の姿があった。戦士の目をした奏、普段はおちゃらけた性格をしているのにこういう切り替えは見習いたい。…………未だにタラコ唇なのが非常に残念だが。

 

街中にノイズ発生の警報が鳴り響く。シェルターへ避難する人々の中を青と赤の戦士は駆けていく。

 

そしてその時、二人はもう一人の激槍の担い手に出会う事となる。それは皮肉にも失ってはならないと誓った日溜まりの中から…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、折角の開店日なのに! おのれノイズ、許さん!」

 

 

 

 

 

 




虐めスレイヤーだと? 一体何のカリスマなんだ?

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