数分前。SE.RA.PHのブレストバレー前。
「へー、メルトってお姉さんがいたんだ」
「別に、製造された順番があの子が先ってだけで、別に姉という訳では………」
「照れる事はねぇじゃん。俺は一人っ子だからさ、純粋に兄弟のいる家庭が羨ましいんだよ。ガウェインも確か妹がいたよな?」
「えぇ、ガレスは私から見ても良くできた妹です。健気で元気よく、気立ても良い円卓の騎士の一人ですよ」
探索を進める修司達、探索を進めるに当たって避けては通れない難所、センチネルの一人であるアルターエゴへ話は移っていく。
「私と同じ、BBから産み落とされたアルターエゴ。その名はパッションリップ、それが私達の向かっているブレストバレーの番人です」
パッションリップ。それが同じアルターエゴであるメルトの姉妹であり、BBによって生み出されたもう一人のエゴ。彼女を何とかしなくては先へは進めない、そう暗に語るメルトに修司は腕を組んで一つの案を提示する。
「しかし、それならメルトに頼んでそのパッションリップなる子を説得出来ないか? この特異点を修復する為に力を貸してくれって」
「それは、どうなのでしょう? 幾ら姉妹とは言っても、その少女も自我を持つ身でしょうし、であるならば自己の意思を以てBBに加担しているのなら、説得は難しいかと」
パッションリップなるアルターエゴも、メルトリリスと同様にBBに反旗を翻す意思があるなら、こちら側に引き込めるかもしれない。そんな淡く楽観的な修司の考えをガウェインは諫める様に濁した。
嘗ての円卓の騎士達の人間模様は中々に複雑で、中には種の異なる異父兄弟が在籍していた。特にガウェインにはガレスの他に妖姫モルガンの子として円卓の席に座ったアグラヴェインなる兄弟がいる。
例え兄弟であろうと、親の意思に必ずしも逆らえるとは限らない。その事をよく知るガウェインだからこそ、楽観視は良くないと言う戒めの言葉は重かった。
そして、そんな彼の心情を察してか修司もそれもそうかと納得した。例え血の繋がった肉親であろうと、環境や些細なスレ違いで関係は瓦解する。あの遠坂の姉妹達も、一歩間違えればそうなっていたかもしれないのだ。安易な楽観は控えた方がいいだろう。
しかし。
「いえ、恐らくガウェイン卿の言う様な事にはならないわ」
「メルト?」
「では、彼女もBBには思う所があると?」
そんな懸念をメルトリリスは杞憂だと即時に否定する。パッションリップもメルトリリスと同様にBBには大なり小なり反意的な意思を持っている。
修司の言う通り、真摯に説得すれば聞き入れて貰える余地はある。けれど、そう上手くはいかない理由が其処にはあった。
「リップは、BBによって拘束状態にあります。それも、ただの拘束ではなく、自我そのものを縛るような拘束を………」
「………マジか。仮にも自分の半身に其処までやるのかよ」
「いえ、或いはだからこそ、なのかもしれません。自分のエゴの部分を抽出されたサーヴァント、それがBBのアルターエゴであるならば、彼女が自分の子供の自由意思を縛るのに差程不思議はない」
「もしその話が本当なら、先ずはその拘束とやらを外す方が先決か?」
パッションリップを説得するには、BBによって封じられた彼女の拘束を外すことが前提。そんな修司の結論にメルトが頷き返すと、彼等の下へ“声”が聞こえてきた。
「すけ、たすけ、助けてくださ~い!」
「ん?」
「む?」
弱々しい気と気配によって、敵ではない事を知った修司は、声が聞こえてきた方角へ視線を向ける。
すると、通路の向こう側から制服を着用した眼鏡の職員らしき女性が駆け寄ってくるのが見えた。どうやら、何かに襲われている様子。恐らくはエネミー辺りだろうと、修司が走ってくる女性職員を助けようと全身に力を入れようとして………強く、大きな力を感じた。
なんだ? 訝しむ修司が戸惑った瞬間、先の女性職員が出てきた曲がり角が爆発した。同時に感じる悪寒、砂塵の奥からの気配の強さに修司は瞬時に眼鏡の女性職員へと接近、突然目の前に修司が現れた事に女性は驚きを顕にするが、修司は有無を言わさずに彼女を抱き抱える。
「二人とも、避けろ!」
それは、サーヴァントとしての本能だろう。女性職員を抱えてその場を跳躍する修司からの指示に、ガウェインとメルトリリスは反論することなくその場から飛び退く。
瞬間、三人の居た場所は空間ごと圧縮され、潰された。その事実にメルトリリス以外の二人は目を見開き、女性職員は既に目を回している。
二人に合流するように地面に着地する修司、空間ごと圧縮された通路を見て、二人はメルトリリスに訊ねた。
「レディ、もしかして今のが……」
「えぇ、今のはリップのスキル“トラッシュ&クラッシュ”、捕まったら最後、サーヴァントですら命はないと思って下さい」
補足したモノ。それがなんであれ、パッションリップなるアルターエゴであれば、空間だろうと圧解させる凶悪な
「修司、其方の女性はどうなっています?」
「怪我はない。が、今の衝撃で気絶したようだ」
目の前の砂塵の奥にある脅威から目を逸らさず、ガウェインは修司が抱える女性の無事を訊ねる。僅かに視線を彼へ向けると、修司の腕の中で目を回している眼鏡の女性職員が確認できた。
「さて、これからどうする。結果はどうあれ、俺達には今死なせるわけにはいかないセラフィックスの生き残りがいる。俺としてはこのまま下手に戦わず、素直に引き下がるのがベストだと思うが……」
「その意見には私も同意します。守るべき者、失ってはならないモノがあるのなら、一旦体勢を整えるのも必要かと」
意外な事に、円卓の騎士と修司の相性は思っていた程悪くはなかった。大局を見誤らず、物事を冷静に見定める能力は特異点攻略に於いてある種の必須条件にもなっており、その能力の必要性の高さは藤丸立香のこれ迄の判断を思い返せば分かるだろう。
そんな、戦う事よりも守ることを優先した修司にガウェインも彼に対する信頼も増していく。と、そんな時だ。
砂塵の中から、影が現れる。恐らくはあれがメルトリリスの言うパッションリップなのだろう。ガシャガシャと音を立てながら近付いてくる気配に三人が身構えていると………。
巨大な、とても大きく柔らかいモノが、三人の前に現れた。
ガウェインは衝撃を受けた。嘗て、これ程までに立派な
修司は眩暈を覚えた。一体何を食べたらあんな立派な
何れにせよ、規格外なのは間違いない。此処まで育った彼女に対し、畏怖と敬意を込めた上での驚愕に満ちた叫び。
されど、どうやらメルトリリスには理解されなかった様で、二人の脳天に初めてメルトの
◇
─────そして、時間は戻り現在へ。
互いに脳天から大きなたん瘤を作り、それでも尚真面目な顔を崩さず、修司は冷静に目の前の脅威を見やる。
「成る程、あれが噂のパッションリップか。確かに外見からは迸る
「恐らく、あの爪が先の一撃の際に奮われた得物なのでしょう。鋭く、そして重い。“叩き潰す”という概念が具現化したような圧迫感。正にデンジャラスビースト、ですね」
「あぁ、デンジャラスでありアメイジング、というヤツだ」
「その通り」
「もう一発受けてみます?」
キリッとした表情で宣う二人に、メルトリリスは本気でもう一発その脳天へ叩き込もうかと悩んだ。パッションリップの恐ろしさは今ので充分に伝わった筈、それでもなお余裕を崩さない修司とガウェインに、メルトリリスの苛立ちは募っていく。
「それで、どのタイミングで逃げるんです? 向こうからの攻撃が来ない今、逃げるのは今しかないかと」
「あ、その話はやっぱなし。俺、あの子を助ける事にしたから」
「────はぁっ!?」
「いや、だって放っておけないだろ。あんな声で叫んで、苦しそうに………あれじゃあ、ただの虐待だ」
「本人の意志に関係なしに弄ばれる、その所業の罪深さは私なりに理解しているつもりです」
「で、でもっ!」
「それに、やっぱり姉妹は揃ってこそ、だろ?」
パッションリップを解放させる。彼女のスキルの一端を目にしながら、それでも助けると豪語する修司に、メルトリリスは声を上げて止めようとした。しかし、そんなメルトリリスの言葉を聞き入れた上で、二人は決断を改めないことを口にする。
(なんで? どうして彼等はそんなにまで必死になるの?)
分からない。メルトリリスには修司達の決断する意味と理由に全く理解が及ばなかった。自分達はアルターエゴ、人間に恐れられて人間と敵対する、哀れでおぞましい怪物達。
そんな怪物を、自らの意思で助けようと口にする修司が、メルトリリスには理解できなかった。
故に、止めようと伸ばす手に迷いが生まれるのも仕方がなかった。
「ガウェイン」
「────は」
「5秒、時間を稼いでくれ」
そんなメルトリリスを尻目に、修司達も動き出す。既にパッションリップは此方を認識し、標的として捉えている。
目が見えないように眼帯を取り付けられているのに、それでも真っ直ぐ此方に狙いを定めている。圧倒的圧力からの追撃、正に全てを呑み込む怪物だと誰かが豪語した気もするが……それは、二人が止まる理由にはなりえない。
作戦も何もなく、何をするつもりかと修司に対して疑念を抱くガウェインだが、告げられる一言により彼のやるべき事が決定される。
「承知」
駆ける。太陽の聖剣を掲げ、迫る爪のアルターエゴに円卓の騎士は真っ正面から受けて立った。
瞬間、後悔した。目の前のパッションリップは、自分が予想していたよりも鋭く、重い。
このままでは先の通路のように潰されてしまう。圧倒的質量から繰り出される力を前に、ガウェインは歯を食い縛って耐え忍ぶが………その口角は、僅かながらつり上がっていた。
何故なら、今の背後には彼がいるから……。
「────それか」
白銀の輝きを身に纒い、清流のごとき眼差しを以て、修司はパッションリップを縛るソレを見定める。
時間は丁度5秒、ガウェインの耐久力が限界に差し掛かったのと同時に、白銀の閃光がパッションリップを貫き、彼女を縛る眼帯はガラス細工の様に消えていった。
BB「」
やっぱり、虐待はダメだよね!
次回、生存者。
それでは次回もまた見てボッチノシ
オマケ。
或いはこんな特異点の旅。その④
「それで、今修司の奴は修行の真っ最中なのか?」
「何でも、通常の50倍の重力を克服しつつあるらしい。なぁ、アイツ本当は某戦闘民族なんじゃないのか?」
「若しくは新たに現れた黄金聖闘士かしら? 個人的には乙女座の後継を推したいわぁ!」
「あぁ、ペペはあのキャラ好きそうだものね」
「勿論、牛の人も大好きよ? 己の体一つで戦う姿勢、嫌いじゃないわ!」
「どちらにせよ、奴もこのまま終わるつもりはないらしい」
「いや、そこで止めておきなさいよ人として」
「所でみんな、カイニスを知らないか? イチゴジャムの蓋を開けて欲しいのだけど……」
「………私が開けてあげるから、カイニスに頼るのは止めてあげなさい。キリシュタリア」
「………ブハー、流石に100倍の重力はまだ早かったな。助かったよカイニス、お陰で助かった」
「──────フン」