『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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漸く始まった最後の戦い。

頑張っていきましょう、


その166 終局特異点

 

 

 

七つの特異点を巡り、七つある聖杯を回収した事で、遂にカルデアは元凶である魔術王のいる座標を特定する事が出来た。長きに渡る人類史修正の旅路、その終着点である決戦の地を特定した事で、人理焼却の最後のカウントダウンが始まった。

 

しかし、魔術王の拠点を知るという事は、向こうにもカルデアの拠点を特定されるという事。建物ごと魔術王の領域に引き込まれたカルデアは、魔術王からの侵食に抗いながら行動を開始させる。

 

 これも承知の上だと、色々と覚悟を決めようとしていたDr.ロマニとの最後の作戦会議も終わり、遂に立香と修司、そしてマシュの三人はいつもの様にレイシフトを行い、遂にその地へ降り立った。

 

冠位時間神殿ソロモン。魔術の王の居城に辿り着いた一行は、その異様な光景に一瞬だけ言葉を失った。

 

「うっわぁ、ここが魔術王ソロモンの居城かぁ……」

 

「空も、草木も、動植物の気配すらないなんて。まるで宇宙に佇む箱庭の様な………」

 

『箱庭、か……マシュの感想は概ね間違いではないと思うよ。此処は魔術王ソロモンの領域、彼にとって此処は完成された世界なんだろう』

 

「その割には、随分と余裕がなさそうだけどな」

 

 降り立ったのは人類の歴史から隔絶された異様の空間、其処にはこれ迄の特異点とは違って命の息吹が感じられなかった。感じられるのは底抜けた悪意だけ、一方で、意味深な言葉を口にする修司に立香達も辺りを見渡し………気付いた。

 

周囲に蠢く巨大な肉塊、その全てが魔神柱だと気付く、この特異点全てを覆う程の夥しい数を前に立香とマシュは揃って身構えた。

 

「安心しろ。コイツらには相変わらず悪意はあるが、今の所敵意はないよ」

 

緊迫する彼女達の空気を解きほぐすように修司はそう語り、今すぐ攻撃を仕掛けてくる様子のない魔神柱達に立香とマシュは強張りながらも構えを解く。

 

「さて、向こうで奴がお待ちだ。此方はゲストなんだ。精々、楽しませて貰うとしよう」

 

不敵な笑みを浮かべながら先を往く修司に、二人も続いていく。宇宙の只中に浮かぶ箱庭だと思っていたが、トンだ巣窟に迷い込んだモノだ。幾ら一柱が大した相手ではないにしても、この数は少々厄介だ。

 

此方の戦力は未だ準備段階のまま、魔術王が抱え込んだあの怪物達の全容が明らかにされていない以上、此方の手札は可能な限り温存しておきたい。

 

「───そう言えば、立香ちゃんの今回の礼装、なんか今までと印象が違うな。妙に物々しいというか」

 

 緊迫した様子の二人を僅かでも解しておこうと、話題を立香の着込んでいる礼装に向ける。今回彼女の着込んでいるモノは、これ迄の旅で着ていたモノとは毛色が違っていた。

 

全体的に黒く、彼女の右腕から胸元に突出した幾つもの白い杭の様なモノ。その物々しさから修司は初見でありながら彼女が纏う礼装の本質を察した。

 

恐らく、彼女が今回着ている礼装はマスター本人を一つの戦術的兵器とさせる代物なのだろう。これ迄の彼女の礼装が生き残る為の安全装置だとするならば、今回のは相手を倒す為の武器。最後の戦いという事で、恐らくはダ・ヴィンチ辺りが用意した決戦礼装なのだろう。

 

実に魔術師らしい人権を度外視したやり方だが、その事を追及するような事は修司はしなかった。あの万能の天才の事だ。表情に出しはしないが、内心では罪悪感で葛藤し、心を磨耗させていたのだろう。

 

この礼装を身に付けている立香が受け入れているのがその証拠、彼女も多分修司には自分から話すつもりはないのだろう。此処から先は何が起きるか分からない伏魔殿、使える手があるのならなりふり構ってはいられない。

 

 なら、その憂いが完全に無くなるまで自分がカバーすれば良いだけの事。幸いに司令官代理であるロマニから此方の切り札を遠慮無く使って良いというゴーサインが出ている。如何に向こうがどんな手段を講じて来ようが、その全てを討ち滅ぼす用意が此方にはあった。

 

────尤も、最終的には自分の拳で叩き潰すつもりではあるが。と、そんな風に自分のやるべき事を考えていると、修司の足が止まった。

 

そんな彼に倣って、二人の歩みも止まる。修司の様子を訝しんでの行動ではない。二人とも気付いたのだ。前方にある開かれた扉の辺りから漂う濃厚な悪意に……。

 

恐らくは、あの扉の先にあるのが魔術王の玉座。彼処を抜ければいよいよ奴との決戦が待っている。そんな、意を決して進もうとした彼等の前に………。

 

「─────ようこそ、カルデアの諸君。先ずは七つの特異点を越えてきたその強運、今は素直に称賛させてもらうよ」

 

 拍手をしながら、レフ=ライノールが扉の前で立ち塞がった。

 

「貴方は……!」

 

「レフ=ライノール………!」

 

人類を裏切り、魔術王の野望に与した魔術師。カルデアの爆破から第二特異点まで介入し、其処で顕現した大王アルテラに両断された筈の男、レフ=ライノール。

 

内心で特大の悪意を滲ませておきながら、上っ面で称賛等と口にする。当然その言葉をそのままの意味で受け止める者はこの場にはいない。何処までも人類を下に見て、侮蔑の眼差しを向けてくる彼に修司は珍しく傍観の姿勢を崩さなかった。

 

「久し振り、と言うべきかな? あぁ、挨拶の必要はないよ。君達のこれ迄の苦労話なんて欠片も興味は無いからね。まぁ、君達の戦いぶりは時折他の柱を通して知っているからね。あの魔術に毛ほども精通していないマスターが、よく此処まで辿り着いたモノだ」

 

それは、レフの語る藤丸立香に向けての心からの称賛。巻き込まれた立場である筈の彼女が、よくも今日まで生きてこられたという……憐憫から来る賛辞。

 

「私はこれでも人間の機敏はよく理解している。だから、藤丸立香の努力には素直に感心できるのさ。いやぁ、まったく─────」

 

「吐き気を催す程の生き汚さだ」

 

その賛辞も、次の瞬間には侮蔑に変わる。よくもまぁみっともなく足掻けるモノだと、呆れと蔑みで満たされたその悪意に、立香は正面から見据える。

 

「どうしてこう、行儀よく死ぬ、なんて誰にでも出来る簡単な事が出来ないんだい?」

 

 行儀よく死ぬ。人間の命を無いものとして見ているレフだからこそ口に出来る凄惨な言葉。その何処までも人類を下に見ているレフに流石の修司も眉を動かすが、マシュ=キリエライトはそれでも彼の善性を信じた。

 

「…………レフ教授。貴方がなぜ生きているのかは問いません。ですが、どうしても無視できない疑問があります。貴方は最初から人類を、カルデアを滅ぼす為にオルガマリー所長に近付いたのですか?」

 

「…………。君らしい疑問だマシュ。だが、本当はこう聞きたいのだろう? 私だって最初は人間側であった筈だ。レフ=ライノールはまともな人間だったが、何処かで魔術王に拐かされたのでは? と」

 

レフ=ライノールも、最初は魔術王に与する人間ではなかった筈だ。彼が人類を裏切ったのも彼なりの理由があったからで、自ら進んで自分達の前に立っているのではないのだと、人の善性を信じているが故の疑問。

 

そんなマシュの言葉に、カルデアで観測しているロマニも続く。

 

『…………それは僕も聞きたいな、レフ教授。貴方は僕がカルデアに来る前からいたスタッフだ。カルデアスだけでは人理定礎の復元は出来なかった。貴方の開発したシバがあったからこそ、我々は此処に辿り着けた。その貴方が初めからソロモンの手の者だったとは考えづらい』

 

『ああ。私を四年近くも欺けるとは思えないしね。キミはいつ魔神柱なんてものになったんだい?』

 

カルデアに来てから今日まで、誰もレフが魔術王の手先だと見抜けなかった。後に配属されたロマニは勿論、四年近く同じ施設にいたダ・ヴィンチでさえ気付けなかった。

 

彼等が気掛かりなのは、レフ=ライノールが魔神柱となった時の出来事。明確に人類の敵となった時の事だ。

 

「おやおや。これはこれは、ロマニ=アーキマン。そしてダ・ヴィンチ女史。懐かしい顔ぶれだ。君達とこうして話し合う日が来るとはね。君達も私の名誉………いや、人権か。そういったモノを気遣ってくれているようだ」

 

「だがその心遣いは不要だよ。いつから魔術王の配下だったか、だって? キ────キキ、ギャハハハハハ! そんなもの、3000年前からに決まっているだろう!」

 

 

しかし、そんな二人の最後の情けとも呼べる気遣いをレフは踏み砕く。

 

「この計画が始まった時から、我々はあらゆる伏線を世界に撒いた! 百年後に魔神柱になる家系(もの)。五百年後に魔神柱になる家系(もの)。そして遥かな千年後に魔神柱になる家系(もの)! 私はその中の2016年担当だったにすぎない! 我々はそのように、地に撒かれた種だったのだよ」

 

魔術師の家系伝わる原初の指令────“そうあれかし”と定められた絶対遵守の教え。それこそが冠位指定、グランドオーダー。それは、魔術の王がこの時の為にと作り上げた法則。

 

 人間から生まれた魔術師達はそれぞれの信念、理論を子孫達に定めたが、レフ達魔術の王から分かたれた魔術師達はこの時が来るまであらゆる時代で生き延びた。人間の根幹となっている遺伝子に魔神柱の依り代となる呪いを刻み、“担当の時代”まで存続し続ける。

 

そうして2015年、最後の担当であるレフ=ライノールが魔神柱である事を自覚した時点で、人類史は焼却されたのだ。

 

つまり、マシュやロマニが定め、望んでいたレフ=ライノールは最初から────否、3000年も前からとっくに消え去っていたのだ。全ては魔術王ソロモンが仕組んだモノ、幻想処か虚像ですらなかった。

 

 しかし、とレフは続ける。

 

「回収する資源は“そこまで”で十分だった。だが───貴様達カルデアはしつこく生き延びてしまった。何故だ? 何故生き延びた? 私の失態だったのか?」

 

全ては2016年の担当であるレフ=ライノールが終わらせた筈だった。人理焼却を防ぐために世界中から集めた選りすぐりの魔術師達をまとめて始末し、全ては彼の手で終わる筈だった。

 

しかし、人類は歴史ごと焼却された筈なのに未だに存在し、今日までしつこく生き残った来た。何故そうなった。どうしてこの様な事態に発展した? 人類に幕を下ろす筈だったレフの失態? ………いいや、違う。

 

「そう、いたのだよ。私の観察眼をすり抜けた食わせ者が。そうだろう、ロマニ=アーキマン。私は君を過少評価していたようだ。それとも、そうなるように私の前では道化を演じていたのかな? だとしたら残念だ。私は君に友情を感じていた」

 

「医学と魔道。共に歩んだ道は違えど、君の善性、君の無駄な努力というヤツに、私は敬意を表していたのにねぇ?」

 

 どの口が、とは言わない。喩え悪意と憐憫から来る嘲りだとしても、レフの言葉の端には感情が込められていた。奴は奴なりに本気でロマニにある種の親しみを抱いていた。それが喩え、皮肉に満ちたモノだとしても。

 

『……………』

 

レフの問いに、ロマニは応えない。代わりに応えたのは、彼と最も長い付き合いのある万能の天才だった。

 

『そりゃあそうだろうとも。キミがロマニの人間性を見抜けた筈がない。何しろこの男は、私がカルデアに召喚されるまで、周囲全ての人間を信用していなかったんだから』

 

「…………なんだって?」

 

 ダ・ヴィンチから告げられるその事実は、レフ=ライノールだけでなく、立香や修司、マシュにも衝撃的なモノだった。

 

『ロマニは凡人だが、ある一点であらゆる天才を凌駕する我慢強さを発揮していたのさ!“理由は不明” “誰が敵かも分からない” “そもそも、本当に起こるのかどうか保証もない” そんな、夢に見た程度の“人類の危機”を信じて、自分の人生全てを投げ出した』

 

『起こる筈のないものを、起きると信じて待ち続ける。自分が気付いていると敵に知られる訳にもいかない。だから誰にも相談出来ない。その時の為に何を学べばいいのか分からないから、自分に出来る範囲の事は全て学習する────』

 

『それが、ロマニ=アーキマンの10年間だ。一分たりとも利息のなかった、自由の地獄だ。そんな男が、喩え学友だろうと本性など見せるものか!』

 

何処か自慢気に語るダ・ヴィンチとは異なり、その事実はレフだけでなく、修司や立香、マシュにまで小さくない衝撃を与えた。

 

ロマニ=アーキマンは10年間、ずっと一人で戦い続けてきた。いつ起こり、本当に起きるかも分からない災厄に、たった一人で戦い続けてきた。誰にも頼らず、誰にも心を開く事なく、ただ一人でずっとその不安と恐怖に抗っていた。

 

 そんなロマニ=アーキマンを修司は心の底から尊敬し、同時に確信した。彼は恐らく、黄金の英雄王や夢魔の魔術師が持つとされる千里眼なる見通す眼の力、それに類する何かを持ち合わせて“いた”事を。

 

ダ・ヴィンチは言った。ロマニが10年間孤独に戦い続けてきた理由となった人類の危機、それはまるで夢に見たと。それは未来を視るとされる英雄王にも似た症状、だとするならロマニ=アーキマンは未来を視る千里眼の持ち主という事になる。

 

そして、それは上記の英雄二人を除き、修司の中で何人か候補がいる。一人は第六の特異点で非常に世話になった弓の大英雄、アーラシュ=カマンガー。

 

もう一人は七十二の魔神と契約したとされる────。

 

「…………まぁいいさ。今、我らの王は手が離せない。何しろ、あと数時間で最後の計算が終了する。本来なら、貴様らなど放置しても構わないが───いや、一人いたな」

 

「私の仕掛けた爆弾にも傷一つ負わず、これ迄ふざけた逆転劇で今日まで此方を引っ掻き回してくれた糞生意気な野蛮人、そう────貴様の事だ。白河修司!」

 

「あ?」

 

唐突に、レフの敵意の対象が修司に移る。話の流れ的にもう暫くは此方には注意が向けられないと思っていたから、思わず間の抜けた返事をしてしまった。

 

「藤丸立香はいい。所詮は凡人、ロマニ=アーキマンの様な気狂いさも無ければ、並みの魔術師ですらないただの人間。だが、貴様は違う。あぁ、認めよう。貴様は強い。その力は既に英霊を凌駕し、神霊すらも退ける。有象無象のカルデアの中で、唯一貴様だけは確実に殺せと、我等の王から指令が降った」

 

「それは………なんとも、光栄なこって」

 

「その余裕、その不遜も此処までだ。貴様はこのレフ=ライノール。否! 魔神フラウロスが、直々に塵芥へと変えてやろう!」

 

 至極どうでも良さそうな修司に、レフは憤りを顕にしながら自身の肉体を変容させていく。眼前に聳え立つ魔神柱、しかも既に攻撃態勢となっている。

 

魔神フラウロスの起動に併せて、周囲の魔神柱も稼働し始める。全てはカルデアの一行を確実に滅ぼす為、そのおぞましい瞳を一つ残らず修司達に向けられる。

 

『消え失せるがいい! 人類史の残滓よ! 貴様達の存在は跡形もなく焼却してやる。さぁ、己の無知と無力と後悔、存分に味わいながら────死ね!』

 

 瞬間、魔神柱の無数の眼光が瞬き、光が爆ぜた。周囲の大気を震わし、地を砕くその一撃は正に魔神の慈悲無き一撃。

 

しかし、この程度で奴等を倒せるとはレフ自身思わない。何故なら────。

 

『────開戦の合図にしては、随分とショボいな』

 

奴には、白河修司には、底知れない“魔”が憑いている。主に従い、主の為に力を奮う魔道に通じる何かを宿す────計り知れない“魔”が。

 

 舞い上がる砂塵の中から現れるのは、巨大にして強大な蒼き魔神。魔神柱と根底から異なる真性の魔神。

 

『なら、この一撃を以て決戦の合図としよう。────ワームスマッシャー』

 

魔神の双眸が瞬く。瞬間、周囲の魔神柱の内側から無数の光の槍が突き出て、その悉くを塵へと帰していく。

 

蒼き魔神の足下に護られる形で座り込んでいる立香、マシュは驚愕する。これが、白河修司が有する魔神。

 

その()を────。

 

『さぁ、暴れるぞ《グランゾン》お前の鬱憤を晴らす舞台が整った』

 

 蒼き重力の魔神グランゾン。正式に暴れられる機会を得た魔神は漸く得られた己の舞台に立てたことを喜ぶように、その双眸を瞬かせた。

 

 





「ちょ、修司くん待って! まだ私達が出てきてないから!」

「………うん? そう言えば英雄王の奴が見当たらぬな。のう太陽王、ギルガメッシュの奴は何処行った?」

「奴ならばビールを片手に先に行ったのを見たが?」

「………完全に物見遊山ではないか」



次回、ダークプリズン


「ククク、貴様のその余裕も此処までよ! さぁ、来るがいい、異界の破壊神よ!」



それでは次回も、また見てボッチノシ




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