『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今回も長め、許してください。


その162 第七特異点

「──────う、ん?」

 

 微睡みの意識の中から浮上し、藤丸立香は自身が地面に倒れている事に気付く。何故、自分はこんな所で眠っているのか、未だに混濁する意識を覚醒させ、徐々にこれ迄の経緯を思い返していくと、今の自分達が窮地のただ中にいることを思い出し、ガバッと頭を振って起き上がる。

 

先ずはマシュ、彼女も自分と同様に気を失ってはいるみたいだが、今に起きそうになっている事から安堵する。次に修司だが………まだ、彼は起きそうにない。目を瞑り、端から見れば眠っているかの様だが、それでも胸元が上下に動いていることから息は出来ているのは確認できた。

 

もう彼の胸元には孔は開いておらず、一先ず彼自身の危機は抜け出せた事に安心した立香だが、其処で思い出す。

 

王は? ギルガメッシュ王はどうなっている? 先程の衝撃により意識を失っていた立香は、この特異点に於ける最も重要な王の存在を思い出し、彼がいた場所へ目を向け…………言葉を失った。

 

王は、生きている。修司のティアマト神から受けた傷と呪いを肩代わりし、致命傷を受けてしまったウルクの王、そんな彼の眼前には原初の女神が聳え立っている。しかし、そんな女神の進軍はギルガメッシュ王を前にしてピクリとも動けてはいない。

 

何故なら─────。

 

 鎖が、原初の神を縛っていた。黄金に輝く巨大な鎖が、ティアマト神の動きを完全に封じてしまっていたのだ。その光景に立香だけでなく、気が付いたマシュまでもが唖然としていると、彼女達に気付いたギルガメッシュ王が声を掛けてきた。

 

「目を覚ましたようだな。少しは休めたか? 小僧の方は………うむ、あと数分といった所か。結構。では、この後を任せられるというものだ」

 

「ギルガメッシュ王、これは………!」

 

「見ての通り、ティアマト神は我らが目前。あと数歩こちらに踏み込めば、このジグラットは灰塵に帰す」

 

「─────ハ。だが悔しかろう、その一歩があまりに重い。………僅か一刻の束縛だったがな。まさに、気の遠くなるような永劫であった」

 

 自分達が気絶していた間に一体なにが起きたのか、その答えを簡潔に教えてくれた王に立香もマシュも何となく察しがついた。

 

身動きが封じられ、ジグラットまであと数歩という所で動けなくなったティアマト神。原初の女神の膂力を封じているのは、恐らくは彼─────キングゥだ。

 

彼は、エルキドゥの身体を引き継いだ後継機であり、同時に天の鎖でもある。何故彼が人類の為に足止めをしてくれるのか、立香には全く皆目検討も付かないが………誇るように、自慢気に語る王を見て、その答えが間違いでないと確信する。

 

「─────さらばだ、天の遺児よ。以前の貴様に勝るとも劣らぬ仕事────天の鎖は、ついに、創世の神の膂力を抑えきった」

 

 やがて、女神を縛る天の鎖から輝きは褪せていき…………砕けた。自分の仕事は終わりだと、砕けて消えていく天の鎖に、王は決して目を逸らす事はしなかった。

 

「Aaaaaa──────AAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

 

束縛から解放されたティアマトが吼える。空を揺さぶり、地を激震させる女神の咆哮。しかし何故だろう、その叫び声には微かな悲しみが混じっているように感じた。

 

『ギルガメッシュ王、聞こえる!? こちら冥界のエレシュキガルだけど! ウルクの地下と冥界の相転移、完了したわ! あとは穴を掘るだけよ!』

 

 そして、ここで遂に冥界の女主人からウルクと冥界の境界の接続完了の報せが届く。

 

「よし、聞いていたな。イシュタル?」

 

『もちろん。準備はとっくに出来ているわ。この一時間、アンタらしくもない顔を見ながらね。………でも、アナタはそれでいいの? 悔いとかないの?』

 

「──────無論だ。何を悲しむことがあろう。我は二度、友を見送った」

 

 一度目は悲嘆の中。悲しくて、悲しくて、泣きながら見送った悲しき別れ。けれど、今回は違う。

 

「その誇りある勇姿を、永遠にこの目に焼き付けたのだ」

 

だから、悲しくもなければ嘆くこともない。イシュタルからの問いにそう答える王に、天の女主人は溜め息を溢す。

 

『─────もう、そっちの話じゃないわよ、ばか』

 

 遥か空から、これ迄の様子を眺めていたイシュタルは思う。結局、自分はアイツの眼中に入る事はなかった。嘗て英雄王の勇姿に目を付け、求婚を迫ったとされるイシュタル。

 

彼女は決して認める事はないが、女神であるイシュタルは、あの日、確かに感じたのだ。黄金の王を目にした時の胸の高鳴りを。

 

もう、あの頃に戻る事は叶わない。それを本当の意味で受け入れたからこそ、イシュタルは己の全魔力を解放させるのだ。

 

『いいわ。後は野となれ花となれ────未練もろともフッ飛ばしてあげようじゃない!』

 

 目を金色に輝き、その神性を解放させる。注文通りウルクを地盤ごと冥界へぶち抜いてやろうと、イシュタルは全力の魔力を注ぎ込む。

 

 天から感じる力の波動を感じながら、王は唸った。それにしてもと。

 

「しかし、真なる神との決別、ときたか。我ながら勢いで、たわけた事を口にした。であれば、我が残る訳にはいくまいよ」

 

「─────王様?」

 

「カルデアのマスターよ。以前、人理の辻褄合わせの話、覚えているか?」

 

 それは、決戦前に王から立香達に話したとある悲しい事実の事、特異点で失った命は修復した後に甦る事はないというモノ。

 

「確かに、このウルクは滅びるだろう。だがティアマト神と、この特異点の基点となる我が消え去れば(・・・・・・・)、その結末は違う解釈になる」

 

古代メソポタミア、ギルガメッシュ王が治める第五王朝での特異点。その修復の要は確かにティアマト神の討伐も含まれているが、それだけはなかった。

 

ギルガメッシュ王自身が、特異点の基点だった。ティアマト神だけでなく、ギルガメッシュ王もまた、この時代に存在してはいけないモノ、初めて聞いた事実に二人は絶句していた。そんな彼女達を柔らかに微笑みながら、王は続ける。

 

「滅びるのはあくまでウルク第五王朝の治世のみ。この後に続く、ウルクの第六王の時代は健在だろう。倒さねばならぬのはティアマトだけではない。この我も、この先には不要だった」

 

不要。あれだけの治世を敷いて、あれだけ人々に慕われておきながら、自らを不要と断じる王。これに立香とマシュは何も言えなかった。言える、訳がなかった。

 

「唯一の懸念は我の死に方よ。自決など、王として話にならぬからな。どうしたものかと難儀していた所だが、小僧のお陰で手間が省けた。自決ではなく、ウルクの民を助ける為、と最低限の格好が付くからな。礼を言うぞ」

 

「そんな、そんな事………」

 

「あぁ、けれど、小僧には言うなよ? 面倒な事になるのは分かりきっておるからな」

 

「……………」

 

 自分は不要、誰よりも人類の為に働き、戦い、献身を尽くしてきた男の、最期の言葉。己の死すらも勘定に入れて計算している王に、立香は静かに涙を流した。

 

そんな彼女に、ギルガメッシュ王はやれやれと息を吐いて。

 

「…………仕方のない女だ。礼は先程の事だけではない。言わせるな、バカ者が」

 

「?」

 

「異邦からの旅人よ。心に刻み付けておけ。この時代にあった全てのモノを動員しても、恐らくはここ(・・)止まりだっただろう。貴様達は異邦人であり、この時代の異物であり、余分なものだった。だが─────」

 

「その余分なものこそが、我らだけでは覆しようのない滅びに対して、最後の一指しを差せるのだ。………時は満ちた。全ての決着は、貴様と小僧の手に委ねるものとする」

 

 ティアマト神(ビーストⅡ)が、もう其処まで迫っている。大いなる神、創世の神が立香達へ迫ると同時に、彼等の頭上からイシュタルの宝具の輝きが迫りつつあった。

 

急いで衝撃に備えなければ。立香はマシュを、マシュは立香と眠っている修司に手を伸ばそうとして………ふと、気付いた。

 

「王………様、手を……!」

 

修司は、目を覚ましていた。その目に涙を貯めて、必死に王へ手を伸ばす。死なせたくない、喩え時代が異なり、自分の知る王とは別人なのだとしても、修司にとってギルガメッシュは大事な恩人であることには変わりない。

 

そんな、修司の伸ばす手を……黄金の王は、振り払った。

 

「王様………!」

 

「────────」

 

 最後の囮は己自身、そう決めていた黄金の王は、遥か未来の臣下に向けてただ一言だけを告げて………。

 

イシュタルの放つ光の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女神イシュタルの渾身の一撃によって、ウルクの大地は砕かれた。地盤を穿たれ、足場を無くした立香達が次に体験するのは、慣れしたんだ落下のソレ。物理的に冥界に落ちていくのを体感しながら、立香は思った。アレ? このままだと私達死にそうじゃね?

 

人間は数メートルの落下でも打ち所が悪ければ死ぬだろうし、実際にこの高さで落ちれば間違いなく即死だ。其処まで対策を考えていなかった立香はやっちまったと顔を青くさせるが、そんな彼女達を冥界の女神は見捨てなかった。

 

「はいはい、そんなに慌てないの。────アナタ達に冥界での浮遊権を許可したわ。魔力を足先に集めて、地面をイメージしなさい。それで少しは飛べる筈よ」

 

聞こえてくるエレシュキガルの言葉に従うと、自由落下していた二人の身体は浮遊感を獲得し、無事にエレシュキガルの所まで合流する事が出来た。自慢気に胸を張る冥界の女主人を頼もしく思いながら、肝心なティアマトへ視線を向ける。

 

『な、なんだいこれは!? 先程のイシュタルの宝具並の熱量が絶え間なくティアマトに降り注いでいるなんて!?』

 

 立香達と同様、イシュタルの一撃によって冥界へ落とされたティアマトは、冥界の防衛機構とも呼べる迎撃システムにより、その身を焼かれていた。絶え間なく降り注がれる冥界の雷撃、エレシュキガルの許しなく冥界へ侵入してきた生者に落ちる神罰。

 

それは、世界の定めたルール。如何にティアマトと言えど、抗えぬ理であった。これで弱った所にギルガメッシュの合図により全員の一斉攻撃で仕留める。というのが、事前に開かれていた作戦会議での主な流れだった。

 

この流れならイケる。皆が命を懸けて繋いでくれた道筋に立香も気を引き締めた時、あることに気付いた。

 

「ねぇ、エレシュキガルさん、修司さんは?」

 

「え、えぇ!? 一緒じゃなかったの!?」

 

そう、この局面で貴重な戦力である筈の修司の姿が、何処にもないのだ。イシュタルに足場を穿たれるまでは、彼は自分達の近くにいた。だからてっきり自分達の側にいるのだと思っていただけに、その事実は立香達に重くのし掛かった。

 

「─────申し訳無いけど、今はあの人間の事まで気を回す余裕はないわ。けれど安心しなさい、事が済めば、ガルラ霊の総力を上げて必ず見つけ出してあげる。だから」

 

今は、ティアマトに集中しなければならない。これ迄の戦いの中で、ここに至るのがどれだけ大変だったのかを体験してきた立香達だからこそ、エレシュキガルの判断に異を唱える事は出来なかった。

 

それに、彼は足場を穿たれる直前、目を覚ましていた。なら、きっと何処かで生きている。彼のトンデモ具合に期待しつつ、立香は改めてエレシュキガルに向き直った。

 

「それで? ギルガメッシュ王からの合図はまだかしら? 今の状況こそが好機、逃す手はないと思うのだけれど?」

 

「そ、それは………」

 

「王様からは既に合図はあったよ。エレシュキガルさんだけに負担を掛けちゃうけど……お願い!」

 

 王は自分と修司に後を託し、笑って逝った。なら自分は身の程知らずでも、この場で指揮を取らなくてはいけない。エレシュキガルに攻撃の指示を出してくる立香、そんな彼女にある程度察しのついた冥界の女神は一瞬だけ目を伏せ、次に顔をあげる時には、その頬を不敵の笑みで歪ませていた。

 

「よろしい。ならば見せてあげる! 冥界のガルラ霊よ、立ち並ぶ腐敗の槍よ! あれなる侵入者に我らが冥界の鉄槌を! 総員、最大攻撃─────!」

 

瞬間、冥界の至る所からティアマトに向けて赤い雷槍が放たれていく。如何に相手が創世の神と言えど、冥界に落ちれば唯の神。冥界の支配者であるエレシュキガルとガルラ霊達の総攻撃の前には、一溜りもない。

 

これでティアマトはおしまいだ。そうドヤ顔で胸を張るエレシュキガルは自らの勝利を確信した時────それは起きる。

 

冥界に泥が、溢れ出る。ティアマトの放出するケイオスタイドが、冥界の理すらも侵食し始めたのだ。

 

そして、事態は更に悪い方へ加速していく。

 

『なんだ、この反応は!? ビーストⅡの霊基反応、更に膨張! 霊基の神代回帰、ジュラ紀まで進行!? これは………もう神性じゃない! 紛れもない神の体だ!』

 

「ななな、なに、何が起きるのだわ!?」

 

 冥界を侵食する泥の中で、創世の神が蠢く。より頑強に、より凶暴に、より残酷に、より悍ましく。

 

進化。冥界に落ちた際に受けた傷すらも復元、再生させ────それは顕れる。

 

『Aaaaaaaaaaa、AAAAAAAAAA─────LAAAAAAAAAAAAAAAAA』

 

ビーストⅡ。回帰を司る人類悪、その全貌が遂に立香達の前に姿を晒す。放出されるケイオスタイドは冥界を焼き、其処から無数のラフムを産み落としていく。

 

燃え盛る炎の中で、ティアマトは吼える。彼女が見据えるのは上、即ち───地上である。

 

「ティアマト神、体内からラフムを排出! 冥界中にラフムが広がっていきます!」

 

『それだけじゃない! 地上のラフム達もこぞって此処までやってくるぞ! 何とかしてくれエレシュキガル!』

 

「無理ィッ! こんなの私達だけじゃ絶対無理ィッ! て言うか波が来る! 来ちゃうのだわ! 冥界が乗っ取られちゃうのだわ!!」

 

 ティアマトの顕現とラフムの大量発生。絶体絶命の窮地の中、女神としての威厳をかなぐり捨てて、惜しげ無くエレシュキガルは醜態を晒す。

 

「泣き言言うなスカポンターン! それでも死の国の神様ニャのか!」

 

そんな冥界の女主人を叱咤し、ラフム達を切り捨てながら一匹のジャガーが立香達の前に降り立った。

 

「ジャガー先生!」

 

「駆け付けてくれたんだ!」

 

 ティアマトへの足止めを行う際、最期まで抵抗していた兵士達の救援に奮闘していたジャガーが、その身に幾つかの焦げ目と火傷を負いながら、此処へ来て加勢に駆け付けてくれたのだ。

 

「詳しい話は後! 兎に角此処までよくやったわ立香サン! そして冥界の神サン、アナタも弱音を吐いてないでさっきの凄い攻撃を続けなさい!」

 

「で、でも、私達の攻撃が全然効いていなくて……! それに冥界全体の出力も落ちてきてるし!」

 

「それでもやるしかないの! いい、あれでもティアマト神は今が一番弱い状態なの! でも、それもいつまでの事なのか誰にも分からないわ!」

 

「ここで! 私達が! 何とかしないと人類どころか地球終了のお知らせよ! あの状態で地上に出してごらんなさい! 一日もせず地球上が全部黒泥に覆われるから!」

 

事実、冥界は既にケイオスタイドに覆われた。ジャガーは今のティアマトを一番弱い状態と言うが、裏を返せばここを逃したら本当に自分達にティアマトに勝てる要素は永久に失ってしまう。

 

しかし、冥界は泥に覆われてしまった。エレシュキガルの力が作用されない冥界で、ティアマトを抑え込むのは不可能。

 

せめて、あの泥さえ何とか出来れば………。

 

「な、なんだありゃあ────!?」

 

 

 それはエレシュキガルの困惑の叫びから始まった。冥界を覆っていた泥は、その殆どが花に変わり、ティアマト神の足元を花で埋め尽くしていく。

 

「ケイオスタイドの権能が軒並み停止した!? いや、もう機能を使いきって唯の泥になった!? し、信じられない、けど! その花が、ティアマト神の力を枯渇させている!」

 

何故いきなり冥界に花が咲くのか、その答えは至極簡単な事で………。

 

「この花、もしかして────!」

 

「っいよぅし、間に合ったー! アヴァロン地方から全力で走り続け、どうにかこうにか間に合ったぞー!」

 

『ゲェェェェ、マーリン!?』

 

「ブフォォォウ!?」

 

 アスリートもかくやな走法で走り抜いてきた花の魔術師が、冥界へ馳せ参じてきた。

 

『この男、徒歩できやがった!』

 

「て言うか、走って来られるものなの!?」

 

「まぁね。人理焼却によって白紙状態の地球なら、妖精郷を使ってこっそりとね! ボクは、悲しい別れとか大嫌いだ。そんな悲しい思い出を味わう位なら、ハチャメチャに掻き回される方がまだましだ!」

 

「だからちょっとだけ信条を曲げて、幽閉塔から飛び出してきた。無論、君達に会う為にね」

 

ゴルゴーンを倒してから、相手の策略に嵌まってしまい、一度は敗北に消滅したマーリン。しかし、これでは終われないと、幽閉塔から飛び出し、此処まで走ってきた。今一度、マーリンがファンだというマスターに会うために。

 

「はい! お待ちしていましたマーリンさん! 再会できて、私達も嬉しいです」

 

「私からも言わせて、ありがとうマーリン!」

 

 マシュと立香からの心からの言葉に、柄にもなく照れるマーリン。しかし、笑みを浮かべるのも束の間、その表情を真剣なモノに変えると、改めてティアマトへ向き直る。

 

「────でも、実を言うとね。ボクが急いで駆け抜けたのは、それだけじゃあないんだ」

 

「そ、そうなの?」

 

「うん。がっかりさせてしまったのなら申し訳無い。けれど、視てしまったんだ」

 

「マーリンさん、視てしまった………とは?」

 

「────それは、可能性の光である」

 

「「「ッ!?」」」

 

意味深に語り始めるマーリンに、立香もマシュも首を傾げる。この魔術師は一体何を視たと言うのか、不思議に思う二人の胸中に答えるように、髑髏の翁が現れる。

 

「あ、アナタは!?」

 

「キングハサンさん!?」

 

「うわビックリした」

 

 突然現れた髑髏の仮面、武骨な大剣を携えて突然出てきたその翁は、マシュも立香も面識があった。

 

先の第六特異点。山の翁達が対獅子王に備えとして助っ人として頼み込み、結局は断られてしまった相手。

 

初代山の翁。数あるサーヴァントの中でも冠位として座している彼の翁が、どうして此処にいるのか。不思議に思う立香に今度はマーリンが答えた。

 

「マスター藤丸立香、彼は君の縁に応えて此処に来てくれたんだ。冠位を捨ててまで、ね」

 

「えっ!? ど、どうして?」

 

「………受けた礼は返すのが道理。如何に冠位と言えど、礼儀を失してはハサンに非ず」

 

「え? え?」

 

 礼に応えた故に、そう語る翁だが、肝心の立香は心当たりがない。目を丸くさせて困惑している彼女を余所に、カルデアからロマニの叫びに似た報告が飛んでくる。

 

『ビーストⅡ、背部の角翼を展開! ほらみろ! マーリンが変に余裕ぶるから相手が本気になった! 冥界への侵食は止められても、ビーストⅡ本体は止められない! ウルクに────地上目指して飛ぼうとしている!』

 

 回帰の人類悪、ティアマト神(ビーストⅡ)は折れた筈の角すらも復元させ、翼を広げて飛び立とうとしている。このままではティアマトを地上へ逃がしてしまう。

 

ケイオスタイドは止められ、冥界の権能は回復しつつあるが、上空からは無数のラフム達が雪崩れ込んできている。戦力は揃いつつも、まだ決定力が欠けている。

 

このままでは、そう焦る立香達に対してマーリンと山の翁は何処までも平静だった。

 

「────藤丸立香、マシュ=キリエライト。君達は此処まで良く頑張ってくれた。君達の頑張りはボクにとっても輝かしいモノであり、また掛け替えのない宝石の様だった」

 

「故に、どうかこれから起こる出来事に刮目して欲しい。君達が命を懸けて繋ぎ、託し、そして紡いできた────人の可能性を」

 

 マーリンは語る。それは、王の話でもなければ、星の話でもない。人が紡いで繋げてきた………人の可能性。

 

ふと、立香は気付く。原初の神を前に一人佇む男の姿を。

それは、立香がこれ迄の旅の中ですっかり見慣れた………もう一人のマスターの姿。

 

「修司………さん?」

 

斯くして、舞台は整った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────自分は、強くなれたのだろうか。

 

理不尽を許さないと声を張り、不条理を許さないと拳を上げて、大切なモノを失いたくないと、ガキの様に駄々を捏ねて………。

 

そうして、何を得た?

 

人並み外れた腕力? 野生動物も凌駕する脚力? 神秘やら魔術やらを扱う連中など足下にも及ばない膂力?

 

それらを得て、何が出来た? 何を守れた?

 

何も。そう、何もだ。

 

どれだけ強くなろうとも、どれだけ大きくなろうとも、人間一人の力で出来ることはたかが知れている。

 

では、諦めるのか? 自分一人では無理だと、諦めて、目を背けるのが正解か? ………成る程、それも一つの賢い生き方だろう。

 

諦めれば楽になる。見なければ気が楽になる。そうやって、生き方を定めていくのが賢い人間の在り方なのだろう。

 

……………下らない。実に、下らない。

 

白河修司が求めるのは、賢い生き方でなければ、楽な生き方ではない。愚かだと蔑まれ、侮蔑されてもひた走る王道の道だ。

 

強くなっても一人ではたかが知れている? そんな事、10年以上前から知っている。故に、足掻くのだ。

 

何故なら、白河修司は知っているから。足掻いて足掻いて、バカみたいに進み続けて、その先に自分の望む未来があるのだと。

 

自分だけは決して届かない。だから人に頼るのだと。頼り、頼られ、その果てに………己の望むモノがあると、そう教わったのだ。

 

故に、扉は開かれる。この扉の先に在るものがなんであろうと、その先に自分の望むモノがあるのだと。

 

そうして、扉を潜った先に待っていたのは────情報の宇宙だった。

 

“────────あ─────”

 

 体が、綻んでいく。膨大な情報の津波に、嵐に、白河修司の精神が磨耗していく。

 

其処には、無数の可能性があった。ガンダム。マジンガー。ゲッター。三体の鋼の戦士を筆頭に、数多の戦士達が戦場を駆けていく。

 

その光景を前に、修司は一つの解を得た。これは、自分の未来。無限に分岐された世界の中、しかしその最奥には必ずといっていい程に、一つの結末が用意されていた。

 

眼前に広がるのは、そんな、果てのない戦いに身を置いた自分が到達する世界。

 

…………怖い。目の前に広がる戦いの光景に、自分もいつか列を並べるのだと、そうしなくてはいけないのだと、突き付けられている気がして。

 

白河修司が、シュウジ=シラカワに染まる気がして。

 

 けれど、その恐怖も一瞬だけ。引けていた足は、次の瞬間駆け出していた。

 

だって──────いつか見た白い背中が、自分の遥か前に佇んでいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

“───────ついてこれるか?────────”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一度だけ、此方を一瞥する視線がそう語る。お前に出来るのか? そんな、分かりやす過ぎる挑発に、白河修司は笑って応えた。

 

 

 

“─────上等、すぐに追い付いて追い越してやる”

 

 

 

待っていろ。そう叫びながら駆け抜ける修司の先には─────無限の宇宙が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 人は、嘘を語る生命体である。──────偽りの黒羊。

 

 人は、強欲の生命体である。───────欲深な金牛。

 

 人は、死に怯える生命体である。───────沈黙の巨蟹。

 

 人は、痛みを知る事で、他者を思いやれる生命体である。──────傷だらけの獅子。

 

 人は、悲しみを知り、優しさを覚える生命体である。──────悲しみの乙女。

 

 人は、迷い、悩み、揺れながらも、決断できる生命体である。─────揺れる天秤。

 

 人は、知る事で世界と向き合う生命体である。────知りたがる山羊。

 

 人は、憎悪に身を燃やし、憎しみをもたらす生命体である。──────怨嗟の魔蠍。

 

 人は、立ち上がり、前を見据える生命体である。─────立ち上がる射手。

 

 人は、他者を無償の愛で包む事が出来る生命体である。─────尽きぬ水瓶。

 

 人は、夢を見て、理想を思い描く生命体である。─────夢見る双魚。

 

 人は、矛盾の中で、それでも生きていく生命体である。─────────いがみ合う双子。

 

 

 

 

 

 

 

 輝き抱くは十二の星。それはヒトの醜さと美しさを兼ね備えた混沌の理。それは身勝手で、我儘で、そして………どうしようもない程に、眩しい。

 

数多の可能性を抱き、託された想いを胸に──────今。

 

白河修司は──────“極”へ至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────その違和感に、最初に気付いたのは、果たして誰だったのだろうか。本来なら極寒の如く寒気を感じる冥界がこの時、嘘のように熱く感じた。

 

体感的な熱さというより………心が、胸の奥が熱くなるような感覚。何故、自分達はこんな感覚を抱いているのか。

 

その不思議な感覚は、マスターである立香だけではなく、ホムンクルスであるマシュや神霊であるエレシュキガルやジャガーにまで伝播していき、夢魔であるマーリンや、境界の翁であるハサンにさえ及ぼしていく。

 

─────来る。命を断つことに特化した山の翁だからこそ、その到来を予見する事が出来た。その胸中に確かな期待を抱き、そして…………。

 

それは起きた。

 

「ウオォォォォッ!!」

 

 吼える。冥界中を震わせる程の力の波動、嘗てない事象に一行は勿論、カルデア側の観測班も、何が起きているのか分からなかった。

 

唯一、カルデアに在籍している黄金の王は笑みを浮かべる。

 

『さぁ、見せてみろ。貴様の可能性を』

 

その王の囁きは、修司には届かない。だが、奇しくもその言葉に呼応するかの様に………修司の内から、銀河が溢れた。

 

「は、はわわわ、はわわわわわわ! め、冥界に花だけじゃなく、星まで生まれたのだわーッ!?」

 

その光景に、冥界の女神はキャパオーバーとなり。

 

「オォォォ………」

 

その光景に、山の翁は感嘆の声を漏らし。

 

「これは、流石に予想外だね」

 

その光景に、花の魔術師は度肝が抜かれた。

 

 輝き、瞬き、眩くて、熱い。それは命の輝き、人の可能性の、命の極致。

 

「凄いです。キラキラで、眩しくて、熱い。これが………命の、可能性の光」

 

人は、命とは、此処まで至れるモノなのか。何も知らないけれど、だからこそマシュ=キリエライトは理解する。

 

あの冥界の底で輝くモノこそが、人がいつか辿り着く(ソラ)の輝き。

 

無限に広がる可能性の輝きだと。

 

「っ、駄目ニャ、気付かれた! ティアマトが彼を敵だと認識したニャ!」

 

 そして、その輝きを潰そうと、ティアマトは動いた。目の前の輝きは邪魔だと、原初の神は何よりも修司の排除を優先させる。

 

赤黒い光。破壊の赤と黒い泥の色を織り交ぜた極光が、修司目掛けて放たれる。

 

「修司さんっ!」

 

ティアマトの放つ破壊の光に呑まれていく修司を見て、立香は声を張り上げる。冥界全体を揺さぶる程の破壊のエネルギー。

 

しかし、着弾した場所には彼の姿はなかった。

 

彼は何処に? マーリンも翁も、修司の姿を見失う中、偶然ティアマトは気付いた。

 

上。巨体であるティアマトを一望出来る程上空へ飛び上がった修司は、これ迄の旅路を振り返る。

 

 多くの人が、笑っていた。笑って、泣いて、怒って、また笑って。思えば、この世界での旅は大変だったけれど、それと同じくらい楽しい事が目白押しだった。

 

誰かを思う老人がいて、笑って遊ぶ子供がいて、それを守る大人がいて、彼等を導く王がいた。

 

そう、この古代の時代に確かな人の営みがあったのだ。

 

故に─────今だけ、この瞬間だけは彼等の為に拳を奮おう。

 

 目を閉じ、目蓋に甦るのは、これ迄出会ってきたウルクの人々と、シドゥリ。そして………。

 

“貴様が勝て”

 

 王の、この時代に生きる全ての人の想いを束ね───その全部を、拳に宿し。

 

可能性を紡ぐ(エヌマ)─────」

 

振り抜く。その拳に確かな熱と光を携えた一撃は、ビーストⅡの持つ回帰の権能すらも容易く突破し………。

 

開闢の拳(エリシュ)ッ!!!」

 

「っ!!??」

 

 

創世の、原初の女神を─────殴り倒した。

 

 

 冥界はおろか、地球()すら震撼させるその光景に、全員が言葉を失った。夢魔も、翁も、女神も、人も、ガルラ霊も、そして………ラフムすらも。

 

唯一、何処かで見ている王だけは、愉快に笑っていた。

 

「ナンデ!? ナンデ!?」

 

「ナゼ、ニンゲンが神ヲ殴レル!? 母ヲ倒せる!?」

 

「有り得ないィィィ、こんナの、あってはナラナイィィィィっ!!??」

 

 理解できない光景にラフム達が混乱の悲鳴を叫ぶ。その一方で、ビーストⅡが最も混乱に満ちていながら、それでも尚、問うた。

 

「Aa、Aaaaa、AAAAAAAAA─────!?」

 

何者だと、神の決定を覆す、お前は何者だと。

 

その言葉の意味を、修司は理解できない。それでも、冥界の地に再び降り立つ彼は応える。その瞳に、確かな輝きを宿して。

 

「俺は、白河修司。偉大なる黄金の王に仕えし臣下の一人で────」

 

「貴様を、倒す者だ!!」

 

遥か古代のウルクの神話(世界)にて────

 

新たな神話が誕生した瞬間である。

 

 

 

 

 

 




今回も一万字オーバー。第七特異点は書きたいところが多いからつい長くなってしまう。

次回からはボッチのターン。頑張って書いていきますので、宜しくお願いします。

次回、究極の聖戦(バトル)

それでは次回も、また見てボッチノシ






オマケ

Apocrypha+1


「んで、一応この子がアサシンなんだっけ? 白昼堂々殺しに来るとか、暗殺者とは思えない程に杜撰だなぁ」

「姉さん、無事か!?」

「か、カウレス! えぇ、私は無事………なんだけど」

「う、うえぇぇぇ、もうやめて、もう、止めてよぉ……」

「ちゃんとごめんなさいと、母親の名前を言うまで止めません。ホラ、イーッチ」

スパァァンッ!

「ふぐぅぅぅ!! お、お母さぁぁぁんっ!!」

「こ、これは………」

「聖杯戦争のルール的に、セーフなのか?」

「社会的にはバリバリアウトです!」

後に、娘を助けに来た母親共々叱り倒すボッチがいたとかなんとか。


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