『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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キリの良いところまでと書き続けたら、無駄に長くなってしまった。

いや、第七特異点は書きたいところが多すぎて困る。


その161 第七特異点

 

 

 ──────決戦前夜。

 

「………ここが………天の丘………」

 

 ウルク市を見渡せるジグラット屋上………通称天の丘。ウルクの街並みを見下ろせるその場所にて、キングゥはいた。

 

虚ろな眼差しで眼下の街並みを見下ろすティアマトの仔、その瞳には嘗ての覇気は消え失せ、今にも消えてしまいそうなキングゥは、まるで迷子の子供の様だった。

 

「………馬鹿みたいだ。最期に、なんで────こんな場所に、来たんだろう」

 

胸元をラフムに貫かれ、預かっていた筈の聖杯は奪われた。現在キングゥがこの世界に繋ぎ止められているのは、その体に僅かに残った魔力の残滓のお陰。

 

戦うことも出来なくなったキングゥが自身の最期の場所へと選んだのが………ここ、天の丘だった。

 

それは、キングゥの記憶によるモノではない。キングゥが依り代として容れられたエルキドゥの肉体の記憶が、この場所への訪れを強く望んでいたからだ。

 

 ここは、エルキドゥの肉体に深く刻み込まれた場所、エルキドゥが初めて友人を得たとされる………誓いの丘。

 

そう、ここはエルキドゥが望んだ場所だ。キングゥ(自分)ではなく、この器となったモノの思い出。自分ではなく、誰かの記憶(ユメ)

 

「………無意味だ。こんなところも、僕自身も」

 

何もかもを失った。母への愛情も、人類の憎しみも、自身の存在価値も、何もかもが与えられたモノで、偽物だった。

 

存在そのものが偽物、皮肉が利きすぎて嘲笑すら浮かばない。何もかもを失った自分に、今更縋るモノなんて在りはしない。創造主に見捨てられ、帰る場所も最初から何処にもなく、ただの偽物でしかないという事実だけが、キングゥに残されていたモノ。

 

─────もう、体が動かない。

 

「此処で、機能停止か。つくづく、どうしようもないな」

 

 抜けていく力に、キングゥは抗うことが出来なかった。聖杯を抜き取られ、空っぽとなった自分には自己を維持できる程の魔力も残されてはいない。

 

所詮、偽物にはこんな結末がお似合いかと、何もかもを諦めて眼を閉じた時────。

 

「何をしている。立ち上がらぬか、腑抜け」

 

懐かしい声が、キングゥの意識を蘇らせた。

 

 全身に稲妻が走る。衝撃に体が震え、体と目蓋が起き上がる。端から見れば鈍重だが、キングゥにとってそれは雷に打たれた様に劇的だった。

 

声のした方へ見上げれば…………あぁ、なんて事だろう。

 

「まったく。今宵は忙しいにも程がある。漸く人心地つこうかと思えばこの始末。無様に血を撒き散らし、膝を屈したまでは見逃そう。だが、此処で屍を晒す事は許さぬ」

 

「疾く立ち上がり去るがいい。そうであれば罪には問わぬ」

 

 何処までも傲慢で苛烈な、黄金の王が其処にいた。

 

倒すべき敵、自分がこの世界に生まれた時点で決まっていたキングゥが必ず殺すと定めてきた最大の標的。念願の宿敵が、態々自分の前に出てきたのだ。なのに………今のキングゥがそれを実行するには、何もかもが遅すぎた。

 

「………あ、あ────」

 

声が、出ない。この男には言いたい事が沢山在ったのに、叫びたいことが山ほど在ったのに、その全てが喉の奥底に引っ掛かって抜け出せない。

 

「なんだ。立てぬのか? それでも神々の最高傑作と言われた者か? 何があったか知らぬが、胸に大穴なんぞあけおって。油断にも程があろう」

 

呆れの混じった溜め息。やれやれと言いたげな賢王に、キングゥは死にかけの身体(エルキドゥ)を駆動させる。

 

「な、にを、偉そう、に………! おまえに、見下される、ボクなもの、か!」

 

立て。立て。見下されることが嫌なのか、呆れられているのが悔しいのか、心配されているのが嬉しいのか(・・・・・・・・・・・・・・)、そんな事はどうでもいい。ただ、このまま朽ちていくのはイヤだと心が叫んでいる。

 

動かない身体に苛立ちを募らせつつ、それでも立ち上がろうとして……。

 

「グゥッ!?」

 

足が砕けた。膝下からゴッソリと、溶けるように砂となって消えていく自身の脚。キングゥの器となっているエルキドゥの素体は泥、核となっていた霊基は砕かれ、炉心となっていた聖杯は奪われた。

 

絞り滓でしかないキングゥには、最早その身体を満足に動かす事も出来なくなっていた。

 

「く、そ………! こんな………こんな、ところ、を───お前なんかに、見られる、なんて………!」

 

無様、あまりにも無様。人類を滅ぼすことに費やそうと奔走していた敵対者が、立ち上がれることすら儘ならない。悔しさと恥辱で、キングゥは今すぐこの世から消えてしまいたかった。

 

「…………ふん。そう言えば、こんなものが余っていたな。使う機会を逸してしまった。棄てるのもなんだ。貴様にくれてやろう」

 

「────は? な、えぇ!?」

 

 カランッと、乾いた音が響いたと思ったら、聖杯がキングゥの所まで転がってきた。一体何のつもりだ? 糾弾しようとするキングゥの反応も、この時ばかりは遅かった。

 

キングゥに触れた聖杯は、その瞬間エネルギーとなってキングゥへと吸い込まれていく。元々聖杯を心臓部分としていただけの事はあり、同じ聖杯であるウルクの大杯とは相性が良かった。

 

存外使えるではないかと、ウルクの王はケラケラと笑う。三女神が狙っていたとされている聖杯、その一つを非常に軽いノリで渡してきた賢王に、キングゥはあ然となり………そして、怒りを爆発させた。

 

「どう、して………?」

 

「うん?」

 

「なぜ、なんでこんな真似を!? ボクはお前の敵だ! ティアマトに作られたものだ! お前のエルキドゥじゃない! ただ、ただ違う心を入れられた、偽物の人形、なのに………」

 

「そうだ。貴様はエルキドゥと違う者だ。ヤツの身体を使っている別人であろう。だが、そうであっても、貴様は我が庇護の─────いや、友愛の対象だ」

 

「──────────」

 

 自分は敵だ。神の手によって都合の良い棄て駒で、ギルガメッシュという存在を序でに殺すように命じられた………ただの泥人形だ。

 

間違っても聖杯を使っていい存在じゃあない。そんな、憤るキングゥにギルガメッシュは答え、その台詞に…………言葉を失った。

 

そんな、あ然となって眼を見開くキングゥに───。

 

「言わねば分からぬか、この大馬鹿者が!」

 

「たとえ違う心、異なる魂があろうと! 貴様の身体(それ)は、この地上でただ一つの天の鎖!」

 

「っ!?」

 

「…………まぁ、奴は己を兵器だと言って譲らなかったがな。その言葉に倣うのなら、我が貴様を気にかけるのも至極当然。なにしろ、貴様は我がもっとも信頼した兵器の後継機の様なもの! 贔屓にして何が悪い!」

 

 これ以上無い、手前勝手な理屈を叩き込んできた。

 

敵であり、空っぽな自分を、信頼した兵器の後継機と呼んで、贔屓にして何が悪いと開き直る黄金の王。その何処までも深い傲慢(優しさ)に、キングゥは何も言えなくなっていた。

 

「ではな、キングゥ。世界の終わりだ。自らの、思うがままにするがいい」

 

 背を向け、立ち去ろうとするギルガメッシュ。そんな彼に掛けられた“すきにしろ”という言葉を理解しようと、キングゥは王へ訊ねた。

 

「………待って、それは、どういう?」

 

「母親も生まれも関係なく、本当に、やりたいと思った事だけをやってよい、と言ったのだ」

 

それは、嘗ての自分達がそうであった様に。

 

「キングゥ。貴様は全てを失ったと言っていたが、笑わせるな。貴様にはまだその自由が残っている。心臓を止めるのは、その後にするがいい」

 

 目的も、役割も、存在意義も失い。帰る場所も最初から無かった。全てを失い、何もかもが無くなったと思われていたキングゥの前に置かれた────たった一つの事実。

 

「──────なにを────今更。ボクには、成し遂げるべき目的なんて、なかった。自由なんて────選択する、自分(知性)もないのに」

 

奪われ、失い、全てを失くした。それゆえに残されたたった一つの選択肢。

 

“自由” これから自分がなにをするのか、なにがしたいのか。残されたその事実を前にキングゥが選んだのは────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────多くの犠牲があった。シュメルの大地は再び黒い泥に覆われ、数多の命が消えてなくなった。

 

僧兵(常陸坊)源氏の侍(牛若丸)太陽の女神(ケツァルコアトル)蛇の少女(◼️◼️)、多くのサーヴァント達が命を掛けて戦い、そして散って逝った。全てはたった一つの────消えかける希望を守る為、原初の女神を打ち倒す為の布石として、彼等を送り出してきた。

 

そして、彼等カルデアの一行は遂にウルクヘ辿り着く事が出来た。心臓を穿たれ、大量の血を流し続ける修司を一刻も早く治す為、ウルクを一望できるジグラットの屋上………天の丘を目指す。

 

しかし、そこで一行が目にしたものは剰りにも残酷な光景だった。

 

「そんな、ウルクが………!」

 

 燃えている。ウルクの街が、人の営みのあった人類最後の防衛拠点が、焼失仕掛けている。

 

既に黒泥は賢王が考案した牙の防壁を突破し、ウルク内部へと侵入しようとしている。嘗ての栄えていた一大都市が半日足らずで消滅しかけている事実に、立香達はただ打ちのめされた。

 

今、ウルクに生き残っているのはギルガメッシュ王とカルデアの一行、そして………城壁で今もなおラフムを打ち落とし続けている八名の兵士のみ。

 

僅か十数人の生き残りが、対ティアマトの戦力だった。そして、そんな彼等に止めを差すように、原初の女神の影は………もう、すぐ其処まで来ていた。

 

「戻ったか。時間にして半日ぶりか? つい先程の事のように思えるが………さて」

 

 ジグラットの屋上、ウルクの様子が一望できる天の丘に王はいた。

 

「見るがいい、ウルクの全容を。これがあと一歩で地上から消え去る。一つの世界の終焉だ」

 

翼竜から降り、立香は修司をマシュに任せ、王の下へ頼み事をするべく駆け寄っていく。そこで王の言葉に倣って街を見下ろすと、その光景に改めて絶句した。

 

ケイオスタイドが、黒い泥が、ウルク市の至る所に侵入してくる。カルデアの大使館として用意された家も、泥に呑み込まれて消えかけている。

 

多くの命と栄えを踏みにじり、それを嗤うように黒い化物(ラフム)達は燃える街の上空を渦を描くように旋回している。

 

終末。王の言うように一つの世界が終わりを迎えつつある。一方で、この光景に意義を唱えたのは、意外なことに同じ神である筈のイシュタルだった。

 

「酷い。私も、散々ウルクには八つ当たり紛いの事をしてきたけど………ここまでする事はないじゃない。ティアマト神は、母さんは、そこまで人間が憎かったの?」

 

「分からぬ。あの獣の声は我等には届かぬからな。そもそも、アレに意思は無いのではないか? あれは、ただ在るだけで世界を滅ぼす機構。人類悪の一つになった時点で、お前が父神から聞いていたティアマト神ではなくなっていたのだろうよ」

 

「………じゃあ、どうしたら母さんは止まるの? 憎しみを晴らす相手もないのなら、止めようがない」

 

「そうだな。ティアマト神が生み出した多くのもの────旧きメソポタミアがなくなれば、その悪も終わるだろう」

 

「…………ギルガメッシュ?」

 

 どうやったらティアマトは止まるのか。人類を滅ぼしても尚、止める様子の無い女神の進撃。そんな時呟くギルガメッシュの言葉にイシュタルが怪訝に思った時………。

 

 

「なんだっていいさ………そんな事は」

 

「修司さん、いけません!」

 

これ迄マシュに肩を借りてどうにか立てていた修司が、マシュの制止を振り払い王の下へ歩み寄っていた。胸元から滴り落ちる血液、目元はどす黒く、既に死に体である筈の修司は、それでも闘う意思を折ってはいなかった。

 

「どのみち、俺達はアイツに勝たなきゃなんねぇ。そうだろ、王様ッ!」

 

「────全く、今まで大人しくしていたからどうしたかと思えば貴様、なんだその様は? 奴といい貴様といい、胸元を貫かれた者は此処に訪れるのが昨今の流行りなのか?」

 

死にかけの修司に、やはり王は冷静だった。それどころか何処か呆れた様子で目を細めている。そんないつもと変わらない王の態度に修司もまた笑みを浮かべた。

 

「お願いします王様! 修司さんを治してあげてください! 私の、私の所為で、私を庇ったから修司さんが………!」

 

「成る程。そこの小僧の傷を癒す為に戻って来たわけか。平事であれば普通に極刑案件だが…………今はそれどころではない。特別に赦してやろう」

 

王の財宝を対価もなしに求めてくる輩はギルガメッシュ王的には不敬極まる話だが、生憎とそれに拘る時間はないし、何より立香達カルデアの活躍はギルガメッシュ王も認めている。土下座をする勢いで頭を下げてくる立香の頭を撫で、王は診察する医者のように修司の下へ歩み寄った。

 

「どれ、一度横になるがよい。血も流れるだろうが………踏ん張れよ?」

 

「あぁ、悪い王様、無様を………晒した」

 

「ふん、雑種の無様さなど毎日見飽きておるわ」

 

王に促され、修司は大人しく仰向けになる。その所為で血液はより多く流れていき、修司の背中に血の池が出来始める。

 

その光景に立香は息を呑み、マシュは悲痛な顔になる。自分達が信頼し、頼りにしていた男が心臓を穿たれて死にかけている。今の彼の状態をなんとか出来るのは、あらゆる財を持つとされているギルガメッシュ王以外に存在しない。

 

縋る様な面持ちでギルガメッシュ王を見る立香。対するギルガメッシュ王は、穴の空いた修司の胸元をジッと見つめ………。

 

「………ハッキリ言おう。この傷を今すぐ治す程の財は我が宝物庫には存在しない」

 

 ただ一言、そう口にした。

 

「なっ………」

 

『バカな、何を言っているんだギルガメッシュ王ッ! こんな時に冗談を吐いている暇はない筈だろッ!』

 

絶句する立香よりも先に、ロマニがふざけるなと罵倒する。人類最古の英雄の一人であるギルガメッシュには、この世全ての財が収集されているとされている。

 

この世全て、即ち全人類の財産を意味しているギルガメッシュ王の宝物庫。その財源に限りなど存在せず、人類の叡知が続く限り王の財宝は膨らみ続けていく。

 

過去現在未来と、ありとあらゆる財宝を持つとされている王には不可能などありはしない。そう、思われていた。思っていただけに、本人から口に出される無理の二文字は立香達を絶望の淵に叩き落とすのに充分な威力を秘めていた。

 

「ただ心臓を貫かれただけであれば、どうとでも出来ただろうよ。だが、この男の胸にはティアマト神から擦り付けられた呪いが蠢いている。原初の女神の呪いが吐き出す呪いだ。それを今すぐ完治させる道具など、我の財には存在しない」

 

 呪い。そう言われて改めて立香は修司の傷もとを覗き込むと、痛々しい傷の奥底から黒い蠢くモノと目があった気がした。

 

それは、ティアマトの流すケイオスタイドと同種のモノであり、それはつまりラフムを生み出す泥と同じ性質。ティアマトの一撃から立香を庇った修司は、その代償に心臓を穿たれるだけでなく、ラフムとなる呪いまでもが掛けられていたのだ。

 

「良くもまぁ此処まで自我を保てるモノよ。心臓を穿たれるだけに飽き足らず、原初の呪いまで持ち込んでくるとは。さては貴様、貯蓄は得意な質か?」

 

『そんな、此処まで来て手詰まりなんて、あんまりじゃないか!』

 

「お願いしますギルガメッシュ王! どうか、どうか修司さんを助けて下さい! わた、私に出来ることなら、なんでも………!」

 

「いらんわたわけ。そも、勝手に結論を出すではないわ。今すぐ治せないとは言ったが、それはあくまで限られた時間内での話よ」

 

「そ、それはどういう………?」

 

 意味深に語る王にマシュも立香も怪訝に思うが、確かに王は直ぐには治せないと。逆を言えば時間さえ掛ければ、修司を治せるという意味になる。

 

遠回しの言動に辟易する立香達だが………ウルクに迫るティアマトを見て、確かに時間は掛けられないと思い直す。状況は以前として変わらず絶体絶命のまま、今すぐ修司を治せないのなら、この後に待つ決戦には間に合わない。

 

いや、そもそもウルクと冥界の境界は未だに繋がれている状態だ。このままティアマトの進行を許してしまえば、人理はウルクと共に焼失される。

 

「簡単な話よ。刻まれた疵が癒せないと言うのなら、その疵自体を別な所へ移してしまえばいい。貴様らも一度は聞いたことがあるであろう? 痛いの飛んでいけ、とな」

 

 軽くそう言うギルガメッシュ王に、立香達は一瞬何を言っているのか分からなかった。だが、この王の言っていることがそのままの意味だとするならば。

 

『そ、そうか! 修司君の受けた傷や呪いが癒せないのなら、それそのものを別の所へ移してしまえばいい! 事象の移し変えというヤツか!』

 

事象の移し変え。言葉の通り傷や呪いを受けた相手を別の対象へ移すという荒業、治せないというのなら、別の所へ飛ばしてしまえばいい。そう言い切るギルガメッシュ王に立香もマシュも表情を明るくさせ………。

 

『ちょっと待って、なんだか随分と都合のいい話だけど、本当にそんな宝具があるのかい? 仮にあったとして、修司君が受けている傷や呪いは、一体誰が引き受けるというのかな?』

 

これ迄サポートに徹していた筈のダ・ヴィンチの一言により、場の空気は再び凍り付く。

 

修司の受けた傷と呪い、それを余所へ押し付けるというのは暴挙ではあるが悪い話ではない。原初の女神の呪いを治したり防ぐのは難しいことかもしれないが、受けた対象を変えるというのは魔術的に考えても理に叶っている。

 

問題は、その傷と呪いを何処の誰に移すという事。聞く限りでは、ギルガメッシュのその宝具は無機物を対象には出来ないという事、であればその対象は自ずとこの場にいる者に限られる。

 

即ち、マシュか立香か、或いは別の誰かを。

 

「……私がやります」

 

「…………先、輩? 今、何を?」

 

「私が、修司さんの代わりになります」

 

 震える声で、立香はそう口にした。修司の傷を移し変える対象は、自分にして欲しいと、聞き返して来るマシュに言い聞かせるように、立香はハッキリとそう言った。

 

 

 

 

『────立香ちゃん、ふざけている場合じゃないんだよ』

 

「ふざけてない。私は、至って真面目だよ。ドクター」

 

『だから、ふざけている場合では────「だって!!」

 

「私の所為で、修司さんは傷付いている! 私の所為で、修司さんは苦しんでいる! 修司さんが辛そうにしているのはどうして!? 私を庇ったからでしょう!?」

 

 諌めようとするロマニだが、感情が爆発した立香には届かない。今、こうして修司が苦しんでいるのは、死にそうになっているのは、全て自分の所為だ。

 

自分を庇った所為で修司は心臓を撃たれ、呪いを受けて死にかけている。それが自分を庇った為に出来た疵だと言うのなら、その移し変えの対象になるのは自分以外にいない。

 

「それに、修司さんがいれば私なんかいなくても─────」

 

“パンッ”

 

「──────え?」

 

 自分なんかいなくても、そう言い掛けた立香の頬を、マシュが叩いた。大人しく、健気で、優しい少女。無垢とすら思えた少女のまさかの平手打ちに立香は勿論、ギルガメッシュ王も、ラフムの迎撃に出ていたイシュタルすらも目を丸くさせていた。

 

「私は、先輩と一緒だから此処まで来れました。先輩が側にいてくれたから、私は此処に来れました。ドクターが、ダ・ヴィンチちゃんが、カルデアの人達が、そして………修司さんが一緒だから此処まで来れたのではないですか!?」

 

「マシュ………」

 

「此処まで来れたのは先輩の力だけではありません。私も、そして修司さんも、皆が分かっていた事です。誰かが誰かの代わり、じゃないんです。先輩だから、先輩が居てくれたから、私は………」

 

「───────」

 

「だから、そんな悲しいこと………言わないで下さい」

 

「────ゴメン」

 

大粒の涙を流し、マシュに叩かれた事の意味を理解した立香は、小さくなって項垂れ、謝罪の言葉を口にする。

 

これ迄修司という規格外の人間を間近で見てきた故の葛藤、その感情の積み重ねを誰よりも近くで見てきたマシュだからこそ、立香の心に寄り添うことが出来た。

 

 しかし、事態は変わらない。こうしている間にも状況は刻一刻と悪化の一途を辿り、原初の女神ティアマトの進撃も、もう直ぐそこまで来ていた。最早一刻の猶予もない、取捨選択を余儀なくされた一行が頭を悩ませていた時。

 

「たわけ、そもそもただの人間が原初の呪いに耐えられる訳がなかろう」

 

黄金の王は、やはり呆れた様にそう言うのだった。

 

「言い忘れていたがな、この移し変えの儀式には幾ばくかの猶予を必要としている。要は事象の定着よ。その合間に移された対象が死に果てれば、事象は元の対象に引き戻される。仮に藤丸立香が引き受ければ、たちまち傷の痛みでショック死し、そのままこの小僧に戻されて終わるだけだぞ」

 

「そ、そんな………」

 

「それじゃあ、その対象になるのって……」

 

「無論、この我しかおらぬだろうよ」

 

 修司の傷と呪いを引き受け、それが定着されるまで耐えなければ、事態は何一つ好転しない。そして、その受け皿に足る器もまた、この場に一人しか存在しておらず、アッサリとそう口にするギルガメッシュ王にマシュも立香も息を呑んだ。

 

「王様………ごめん、ごめんなさい」

 

「たわけ、何を謝る必要がある。民を護るのも王の役目、貴様の謝罪など不要だ。故にマシュ=キリエライト、間違っても自分の所為だと思い上がってくれるなよ?」

 

「…………あ」

 

ごめんなさいと、頭を下げて謝る立香を不要と断じ、呆然となっているマシュを叱咤する。その不器用な優しさに救われたマシュは、立香共々頭を垂れるしかなかった。

 

「さて、そう言うわけだ小僧。とっとと始めるぞ」

 

そう言って王が波打つ黄金の波みから取り出すのは一本の筒。幾何学模様で不可思議な輝きを放つその宝具は何かしらの逸話の元となった宝具の原典。

 

これを使い、修司の傷と呪いを引き受けようと王が手をかざし………。

 

「!」

 

その手を、修司本人が掴み取った。出血多量で、意識も朦朧としている修司は、それでも意識を繋ぎ止め、手を伸ばしてくる王の手を掴み取ったのだ。

 

「王様、それだけは………それだけは、絶対に駄目だ」

 

「─────呆れた奴よ。息をするのも辛いだろうに、よくもまぁそこまで意地が張れるものよ」

 

「俺は、王様の………家臣だ。家臣は、王の為に生き、王を………護る、者。だから………」

 

 この特異点の王は、修司の知る王と何もかもが違っている。それは、修司自身が一番良く理解している事であり、最も気を付けていた部分でもあった。

 

だって、彼等を同一に視てしまったら、それこそが彼等に対する侮辱だと分かっていたから。しかし、今の修司は大量出血によって意識を朦朧としている状態、混濁する意識の中で彼が口にしてしまうのは、彼が抱いていた偽りなき本音。

 

家臣は、王の為に在るもの。王の為に戦い、王を支え、国を造っていく者であり、万が一の時の為の防壁となる存在だ。

 

王の影武者となる家臣がいるように、盾となるべく在る者もいる。そうあるべきだと思って生きてきた修司は、自分の代わりになろうとするギルガメッシュ王を引き留める。

 

そんな修司を見つめると………。

 

「たわけ、貴様ごときが我の身を案じるなど千年早いわ」

 

修司の額を軽めに叩いた。

 

「そも、貴様は我の家臣ではないだろうが。我も、貴様のような問題児を家臣に加えるつもりなどない」

 

「………………」

 

「そして更に言えば、貴様はこの時代には存在しない余分な者。そんな奴に、くれてやるものなど何一つ在りはしないわ」

 

「ダメ……だ。止めてくれ、王、様………」

 

 もう、目を開けていられるのも限界だ。暗くなっていく視界の中で、修司が最後に目にしたのは…………。

 

「我のモノは我のモノ。お前の(モノ)も我のもの。………此処まで、良く耐えた」

 

微笑みを浮かべながら宝具を発動させる、黄金の王の顔だった。

 

 ────光が天の丘を覆う。光が収まる頃には、修司の胸元から貫かれていた傷は綺麗に消えて無くなっていた。

 

しかし、傷のない修司は目を醒ます事なく、眠っている状態のまま、どうした事かと立香達は困惑する。

 

「傷と呪いは消えても、奪われた体力までは元には戻らん。今は休眠状態というヤツだろう。心配せずとも、直に目覚める」

 

「ギルガメッシュ王……」

 

眠っているのは、あくまで体力を回復させる為、そう教えてくれた王に振り向けば、その姿に立香達は息を呑む。

 

孔の空いた胸元から、夥しい量の血が王から流れていく。致命傷にして致死量、にも関わらず、王はその痛みと苦しみを一切表情に出さなかった。

 

「イシュタル! 貴様はあの暗雲を越え、太陽の真下で待機、合図はおって伝える。見逃すなよ!」

 

「────分かったわ。立香、マシュ、大変だけどこのバカの事、お願いね。変に自信家だから、これ以上のバカをしでかさないように」

 

「余計なお世話だたわけ」

 

最後に軽口を叩き合い、イシュタルは空へ昇っていく。道中にラフムを何体か蹴散らし、暗雲へ消えていくイシュタルを見送ると、王は口元から溢れる血を拭い、自身の戦いを始めた。

 

「さぁ、良く見ておくがいい小娘ども、これがウルクの、ティアマトめに見せる最後の意地よ!」

 

瞬間、空から無数の光弾がウルクの城壁上から放出されていく。放たれるのは城壁に備わったディンギルの魔力砲弾、弾幕となって放たれるそれはラフムの盾を突き破り、ティアマトへ押し寄せる。

 

『城壁に設置したディンギルからの一斉掃射!? で、でもどうやって!? 兵士達は、もう────』

 

「フハハハ、我の魔力を舐めるな、白衣! 城門に設置したディンギル360機、全て我が作り、魔力を込め、統括するもの! 死ぬ気でこの身体を酷使すれば、このように一斉に操れるわ!」

 

 王は笑う。この程度朝飯前だと。運用する兵士も、起爆剤である宝石も持ちいらず、その全てを自身の魔力で代用させる。召喚されたサーヴァント七騎の内、六騎が消滅した今、ギルガメッシュ王の魔力は全盛期の頃と遜色ない勢いで運用できる。

 

これが、人類最古の英雄ギルガメッシュの底力。その出鱈目な魔力に立香達は驚きを露にするが………やはり、無茶だ。

 

王の足下に血の池が出来上がっている。表情こそは平然としているが、その額には大きな汗が幾つも浮かんでは流れ落ちていく。

 

「ギルガメッシュ王、もう─────」

 

「無理と言うか? 我は限界だと? もはやウルクは戦えぬと! 貴様はそう言うのか、藤丸立香!」

 

 シュメルが黒い泥で覆われ、多くの(まち)が、人が、命が、失われていった。沢山の人が死に、大勢の人達が散って逝った。

 

これまでの自分達の戦いは無意味だったのかと、王は少女に問う。立香の胸中に甦るのは、これまでこの世界で生きてきた人々の姿。

 

皆、笑っていた。滅びが免れないのだと、死は免れないと、定まった運命だと残酷に宣言されても尚、その微笑みを絶やさなかった。そんな彼等の姿は、今も立香の心に根付いている。

 

故に。

 

「─────いいえ、いいえ! っ………ウルクはここに健在です!

 

彼女の口から出てきたのは、まだ戦えるという意志。根拠もクソもない、ただの根性論だった。

 

「よくぞ吼えた! では我もいよいよ本気を出すとしよう! なに、初めから割りと死ぬ気で全力だったが、見栄というものがある! 貴様の生意気な言葉で目が覚めたわ!」

 

立香の叫びに呼応するように、王もまた意地を張る。既にティアマトはウルク市内に到達し、ジグラットまで三分を切りそうになっている。

 

冥界との境界もあと僅か、ここが真の正念場だとギルガメッシュ王が更なる魔力を回し始めた時。

 

ティアマトから、大量のラフムが放出される。一万に及ぶラフムの群れは、一つの形を形成し…………ジグラットへ殺到していった。

 

それは、まるでグガランナの蹄のようだと、後にイシュタルは語る。

 

「ラフムの群れによる体当たりとか、そんなのあり!?」

 

 上空にてギルガメッシュ達の様子を見守っていたイシュタルは、崩壊仕掛けているジグラットを見て絶句する。あんなものグガランナの蹄と同じだと、此処まで来て更なる絶望を叩き込んでくるティアマトに圧倒され掛けていた。

 

そんな中、仁王立ちで崩れないギルガメッシュ王を見て一先ず安堵する。しかし立香とマシュは衝撃によって気絶されている。このままでは彼等は持たない、何とかしてラフムの壁を破壊しようと躍起になっていると、無数の槍がラフム達を貫いていく。

 

ジグラットに向かって一直線に向かっていく飛行物体、何なんだと目を凝らして見つめたイシュタルは………驚愕に目を見開いた。

 

「キングゥッ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────フン。見た事か。心臓さえあれば、お前達なんて話にならない。こんな量産型に手こずるなんて、旧人類は本当に使えない。それでよく、」

 

「………よく、ボク相手に大口を叩いたモノだ。カルデアのマスター達も、アイツも」

 

 眼下に広がる光景、死にかけている王と気絶している立香達を前に、キングゥはそう吐き捨てる。けれど、何故だろう、その言葉に以前のような人類に対する憎悪は薄い気がした。

 

「一人じゃなにも出来ないくせに、偉そうに胸を張って。それで、最後まで生き延びた。…………ふふ。一人でも何でもできる、か。その時点で、ボクは完全じゃなかったな」

 

己の起源を知り、己の真実を目の当たりにし、その上でこれ迄の人類と自身を比較して、キングゥは笑う。滑稽だなと、一人で何でも出来る気になっていた自分は、結局の所何一つ成し遂げてはいなかった。

 

完璧を目指していた自分こそが、何もかもが欠けていた。そんな自分に対し、足りなくても、欠けていても、それでも互いに補って支え合っている人類が、今更眩しく見えてしまった。

 

「キングゥ!? キングゥ、ダト!? 何故生きテいる!? 何故稼働しテいる!? イヤ、前提トして、何故─────人間ノ、味方ヲする!?」

 

 キングゥの生存、その事実に動揺しながら襲ってくるラフム達を鎧袖一触。キングゥの槍によって貫かれたラフムは、塵となって消えていく。

 

「──────人間の味方なんてするものか。ボクは新しいヒト。ただ一人の新人類、キングゥだ。だけど────」

 

 思い返すのは、昨日の夜。自分を後継機と読んでくれたたった一人の傲慢な王。

 

「母親も生まれも関係なく、本当にやりたいと思った事を、か」

 

自由。自分の心に従えと、そう語るギルガメッシュ王だが、それこそがキングゥにとって最も残酷な話だった。

 

「………ボクにはそんなものはない。なかったんだ。なかったんだよ、ギル。でも────」

 

「思えば、一つだけあったんだ。君に、会いたかったんだ」

 

それは、この身体として稼働した時から、ずっと抱いていた願い。

 

「君に会って、君と話したかった。この胸に残る多くの思い出の話を、その感想を、友として君に伝えたかった」

 

嘗て、自分と敵対した時の話。共に過ごし、共に笑い、共に語らい、共に戦い。そして………見送られた。

 

謝りたい気持ちと、感謝の気持ち。時が経ち、それでも変わることのない思い。それを伝えたかったのが、キングゥ(エルキドゥ)の望みだったのだ。

 

けれど、それは叶わない。それはキングゥではなく、エルキドゥという機体の望みだから。

 

だからそんな望みを、キングゥは抱いてはいけなかった。

 

「………ボクの望みは、今も昔も変わらない。新人類も旧人類も関係ない。ボクは、ヒトの世を維持するべく生を受けた」

 

そう在れと望まれ、そう生きろと命じられた。ヒトの世を維持する戦闘兵器。それが、キングゥの産まれた理由。

 

『──────Aa、a─────Kin────gu────』

 

母が、呼ぶ。その言葉にどんな意味が含まれているのか、今はもう分からない。

 

「さようなら、母さん。アナタは選ぶ機体(コドモ)を間違えた」

 

「………うん。アイツの言った事は、良く分からない。でも────この身体が、やるべき事を、覚えている。ウルクの大杯よ、力を貸しておくれ」

 

 キングゥが、()の前に立つ。もう自分の言葉は届かないし、母の言葉も、自分には届かない。生んでくれた事への感謝と、裏切ってしまった事への贖罪。そして………自分の心に従い、キングゥは高らかに告げる。

 

「ティアマト神の息子、キングゥがここに天の鎖の()を示す!」

 

「母の怒りは過去のもの。いま呼び起こすは星の伊吹────」

 

それは、嘗て神と人を繋ぎ止める楔を戒める鎖。けれど、友を得て、人を知り、他者との関わりを持ったそれは、その役割を大きく塗り替えた。

 

故に─────

 

人よ、神を繋ぎ止めよう(エヌマ・エリシュ)─────!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────見事」

 

 神を繋ぎ止める巨大な鎖、原初の神の膂力すらも押さえ付ける友の姿に、王は一言そう呟いた。

 

 

 

 

 




託し託され、それは目覚め、シンカの扉は開かれる。

次回、“太極”

「俺は、貴様を倒すものだ!」


それでは次回も、また見てボッチノシ









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