『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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コロナワクチンの副反応で、脇の下が痛くなったり熱で魘されたりして遅れました。

ついでにタイトル詐欺にもなりました。

申し訳ありません。


その160 第七特異点

 

 

 大規模の熱量の発生と共に、原初の女神ティアマトが産み出していたケイオスタイド(黒泥)は根刮ぎ蒸発していった。あの黒泥はティアマト神がウルクヘ侵攻する為に必要な道であり、自身を運ぶレール。それが極限定的であるとは言え、ケツァルコアトルの太陽によって蒸発された。

 

お陰でシュメルの大地はその一部が熔解し、マグマと化しているが、それでもティアマトの進撃に大きな遅延をもたらすことに成功し、そのティアマトも、今は地に這うように両手両膝を地に付けている。

 

この分ならティアマトがウルクに辿り着く迄に冥界との境界線を繋ぐ段取りが完了する筈だろうと、彼女を含めて観測していたカルデア側も作戦成功の兆しを見た。

 

ラフムも軒並み焼失し、あの怪物も牛若丸の奮闘のお陰で退治できた。自分の仕事は果たしはしたが、まだ魔力には余裕がある。大部削れた体力の回復に勤め、立香達に合流しようとして………その違和感に気付いた。

 

「なん………ですって?」

 

 ティアマトが、浮いている。あれだけの巨大さと質量を持った存在が、地に膝を付けている処か、今にも空へ飛び出そうと浮遊をしているではないか。

 

ティアマトという女神は世界の土台に結び付けられ、属性的には“地”に分類されている。地に属する神性は、大地に根差す事で真価を発揮するのであって、空を飛ぶことは決して有り得ない。

 

だが、現にこの女神は空を飛ぼうとしている。巨大な角からスラスターの様に膨大なエネルギーが噴出し、その巨体を大空へ飛ばそうとしている。

 

『バカな、ビーストの性質が原初の女神の在り方を変えたと言うのか!?』

 

 遠巻きからでも確認できる程、既に浮かび始めるティアマトを見やる立香達の心境を代弁するかの様に、唖然とした様子のロマニが口漏らす。あれだけの巨大な存在が自在に空を飛ぶようになったら、それこそ人類には手出しが出来なくなってしまう。

 

漸く見えた勝利への道標、それが今、閉ざし掛けている。

 

『立香ちゃん! 何としてもウルクへ向かうんだ! 今の修司君を治せるのはギルガメッシュ王の宝物庫にある癒しの秘薬しかない! あの王様ならそれくらいの薬はある筈だよ!』

 

空を飛び、手出しが出来なくなったティアマトを、それでもどうにかするにはイシュタルを除いて空を飛べる修司に頼る他ない。そんな修司は、ティアマトによって心臓を穿たれ、息も絶え絶えとなっている。そんな今の修司を治すには、ギルガメッシュ王が持つとされている傷を癒す秘薬に託すしかない。

 

 翼竜にもっと速度を出すように頼み込む。どちらにせよこのままでは本当にどうしようもない状況に陥ってしまう。修司の命と人類の生存の為に、立香達はウルクヘと急ぐ。

 

そんな時、ふと、修司は見た。ティアマトの足下で燦々と輝く太陽の輝きを。

 

立香も、マシュも、その光景に息を呑む。太陽の光で灼かれた大地、マグマとなったその上で、翼ある蛇は原初の女神を睨み付けていた。

 

「─────いいわ。そっちがその気なら、私だって手段は選ばない。翼を持つ火の鳥となって今一度貴方を大地へ縛り付けてあげましょう」

 

 幸いにも、彼女の内に秘められている神格は損なわれていないお陰で、まだ余力が残されている。これも自分という我が儘な神性と正面から付き合ってくれた修司のお陰、その恩に報いる為にも、ケツァルコアトルは此処で全てを出し切る事にした。

 

「メソポタミア世界の武器では、原初の女神ティアマトには傷一つ付かない。そう言ったのは私でしたね」

 

原初の女神ティアマトは、シュメルという一つの世界の礎であり、後の人類が生きる大地となった。故に彼の女神に傷を付けられる武器はこの世界には存在せず、彼女に太刀打ちできる存在もいなかった。

 

しかし、太陽の神ケツァルコアトルは、シュメル神話とは異なる神話体系の出身。遠い魔性の神性であるならば………!

 

 手に握られた太陽暦石。大元の権能の力を引き出されたその石から熱と輝きは未だ消えず、ケツァルコアトルの手の中で燃え続けている。燃え尽きるにはまだ早いと、太陽の神は呑み込むようにケイオスタイドを蒸発させた暦石を胸元へと取り込んだ。

 

沸き上がってくる熱と力、文字通り身を焼きながら力を解放させるケツァルコアトルは、その体で繰り出せる最大威力の力を解放する。

 

「この身はこの大地(世界)の神にあらず! 遠い魔性の神性なれば! メソポタミアの神、何するものぞ!」

 

 熱くなる。皮膚が、血が、骨が、焼いて燃やして力へと換えていく。熱量が自らの体から吹き出るのを堪えながら、ケツァルコアトルは空を飛ぶ。

 

「我ら南米の地下冥界(シバルバー)、多くの生命を絶滅させた大衝突の力を見せてくれる!」

 

「我が身を燃える岩と成し、彗星となって大地を殺す!」

 

“ウルティモ・トペ・パターダ”

 

燃えろ闘魂。神をも焼き尽くす炎は、この日、嘗て一つの種族を滅ぼした大隕石となって、空を飛ぼうとする原初の女神へ落下。

 

凄まじい熱と衝撃がシュメルの大地を砕く、障壁を張ったティアマトを僅かでも後退させ、スラスターである角にも罅が入った。サーヴァント一騎の力として見るなら破格すぎる戦果である。

 

 けれど、それだけだ。依然としてティアマトは顕現し、ケツァルコアトル決死の一撃も状況を覆す一手には届かなかった。燃え尽きてケイオスタイドへ落ちていく彼女を見て、残酷な現実を突き付けられた立香達は、それでも足掻こうと自らを奮い立たせる。

 

しかし。

 

『ティアマトから、再びケイオスタイドが流出! ラフムも多数接近!』

 

その気概を捩じ伏せるかの様に、ティアマトから黒い泥が溢れ、再び大地を埋め尽くしていく。ケツァルコアトルが蒸発させたマグマすらも呑み込み、進撃を開始するティアマト。

 

それでも戦うしかないと、立香も形振り構わず魔力を回そうとして………膝を着いた。

 

「先輩ッ!?」

 

「ゲホッ、ゲホッ、………大丈夫。少し眩暈がしただけ、ウルクに戻るまでもう一踏ん張り!」

 

マシュを安心させる為に立香は笑みを浮かべるが、凄まじく顔色の悪い立香の表情を見て、マシュは息を呑んだ。

 

限界を迎えつつあるのは修司だけじゃない。立香もまた、限界だったのだ。今回の作戦に消費された魔力は尋常ではなく、イシュタルという神性とマシュの戦力を維持する為に、立香は現在進行形でその体を犠牲にしていた。

 

カルデア側からの魔力供給は量こそ賄えても、譲渡する量は制限されている。それでは魔力が滞った際に最善の動きが出来ないと、ロマニの反対を押し切って立香は身を削る様に自身の魔力をマシュに注ぎ続けていた。

 

結果、マシュとイシュタルの魔力供給は滞る事はなかったが、その代償に立香自身への負担は膨大となってしまった。

 

これ迄幾度と無く修羅場を乗り越えてきたとは言え、藤丸立香はどこまでいっても一般人。魔術師ではない彼女には荷が勝ち過ぎている話だった。

 

そして、それを裏付けるように彼女の指先は壊死し掛けている。

 

「先輩! その体では………もう!」

 

「分かっている。此処で無理をしても結果は変わらないって、でも………立ち止まる訳には、いかないんだ!」

 

 既に、このシュメルの大地には殆んどの人間は死に絶えてしまっている。何れも自らの意志で戦い、自らの選択でその道を選んだ者達。

 

自分は、何時だって安全な所で戦況を俯瞰しているだけの、ただの案山子。体を張って戦っているのは何時だって修司やマシュで、藤丸立香というマスターはただその様子を見ている事しか出来なかった。

 

 皆が、体を張っている。だったら、自分も形振り構ってはいられない。

 

ラフムも既にそこまで来ている。心配そうに寄り添ってくるマシュの肩に手を置き、戦うための魔力を注ぎ込もうとした時。黒い泥の奥底から、巨大な白い蛇が姿を現した。

 

「嘘、ゴルゴーン!? 何で!?」

 

『フンッ、地上が喧しいから起きてみれば………なんだこれは?』

 

「ゴルゴーン、生きてた! 生きてた!」

 

「偽物の母が生きてた! 面白い。これは面白い!」

 

『──────』

 

 奈落の底へと落ち、消滅した筈のゴルゴーンが生きている。その事実に驚く立香達、もし自分達の知るゴルゴーンならば戦いは避けられない。ティアマトという災害の他に嘗ての魔獣母神も相手にしなくてはいけないのか。

 

いよいよ後がなくなった。と、立香が半ば自棄糞に令呪という切り札を切ろうとした時、白き蛇の顎は立香達に殺到する事無く、彼女達に迫るラフムの群れを悉く喰らっていった。

 

『─────不味いな。流石に泥は喰えんか』

 

「ご、ゴルゴーン?」

 

「私達を、助けてくれたのですか?」

 

 敵対していた自分達にではなく、ラフム達に攻撃するゴルゴーンに立香達は戸惑いの声を漏らす。人間を憎み、恨んでいる筈の復讐者、それがゴルゴーンというサーヴァントの本質の筈。

 

何故自分達を助けてくれたのか、その質問に答える事はなく。

 

『フンッ、死に損ないの二人を喰らった所で、腹の足しにもならん。貴様らはとっとと尻尾を巻いて逃げるがいい。尤も、逃げ切れるとは限らんがな』

 

「……ゴルゴーンは、どうするの?」

 

『知れたこと、我を体よく利用してくれた神に、報いを受けさせるまでよ』

 

 一瞥するだけでそれ以上目を合わせる事無く、ゴルゴーンは眼前に迫り来る神を睨む。その時、彼女の瞳に映る色が、二人にある確信を抱かせてしまった。

 

「マシュ、行こう」

 

「先輩、ですが彼女は………!」

 

「いいんだ。────そうだよね?」

 

『何をぐだぐだ宣っている。とっとと失せよ、それともその男と一緒に此処で終わるか?』

 

「うん。ありがとう──────さようなら」

 

ゴルゴーンとなった彼女を見て、全てを察した立香とマシュは今度こそウルクヘ向かって先を急ぐ。去り行く彼女達の背中を気付かれないように見送りながら………。

 

『────良かった。この姿をあの人達に見せるのは、流石に気が引けましたから』

 

『別れの言葉は言えなかったけど………でも、お花は戴きましたから。私には、それで充分です』

 

純白の美しき蛇の少女(・・)は微笑んだ。最期に逢えて良かったと、この大事な局面に間に合って良かったと。その胸中に後悔と慚愧の念を抱きながら、それでもこの最期に満足した少女は、迫る女神へと向き直る。

 

『Aa、Aaaaaa───────!』

 

『女神ティアマト。あの人達をウルクヘ帰したのは、貴方から逃がす為ではありません。この姿を────怪物になる私の姿を、見せたくなかっただけ。きっと、余計な瑕を負わせてしまうから』

 

『けれど、貴方には本当の傷を与えましょう。これ迄貴方として活動したお返しです』

 

 力が高まり、ゴルゴーンの体が変異していく。それは紛れもなく怪物で、その眼差しは何処までも強く前へ見据えている。

 

『そして、あの人達に追い付いた時、貴方は知るでしょう。トンでもないハチャメチャな男、白河修司という人間の恐ろしさを』

 

既に、彼女は確信している。この先に待つのがどんな絶望であっても、あの男はきっと予期しないやり方で塗り替えてしまうのだと。残念なのは、その光景を目の当たりに出来ない事だけ。

 

『大いなる蛇身となって、大地の竜を地に落とす! 複合神性、融合臨界………!』

 

『全てを溶かせ! 強制封印・万魔神殿(パンデモニウム・ケトゥス)!』

 

 斯くして、怪物へと至った少女と、原初の女神との戦いは呆気ない程に終了した。万物を溶かして侵す復讐の一撃は、女神の進撃を止める事は敵わず、純白の少女の戦いは一方的に蹂躙される事で幕引きとなった。

 

しかし、意味はあった。全てを擲って戦った小さな少女の意地は、罅の入った角の片割れを見事砕き、ティアマトは強制的に地へと叩き落とされた。

 

利用され、貪られ、蹂躙された復讐者。しかし、それでも確かに、彼女の報復は此処に完遂されたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────さて、どうにかこうにか此処まで来れた。

 

多くの命を代償に、多くの輝きを対価に。

 

さぁ、修司よ。シンカの道を往く者よ。

 

覚醒の時は近い。シンカの雄叫び(コエ)を─────張り上げろ。

 

 

 

 




物語も佳境に入ってきたのに、一言も喋らない主人公がいるんだって?

ボッチ「……………」(心臓を穿たれ、出血多量により意識不明中)



それでは次回もまた見てボッチノシ

オマケ。

とある無人島にて。

「本当、何で私なんかが呼ばれたのか喚ばれたんでしょう」

「姉さん、そんなに落ち込まないで。あの男も言っていたじゃない。貴方の在り方は美しいって」

「ん? あの男? 徴姉妹以外に誰かいたのか?」

「ワガハイ知ってる~、何かとってもキラキラしている人だった~」

「キラキラ? うーん、ちょっと抽象的過ぎるわね。他に特徴はなかったのかしら?」

「て言うか、スタァである私を差し置いてキラキラって………」

「んん~、でも、メルメル見たいなキラキラとはちょっと違うキラキラだった~。ああいうの、なんていうんだっけ?」

「あ、思い出した~! “エレガント” あのキラキラ、ボスボスをエレガントって呼んでたんだー!」

「………ん?」

「修司さん、どうかしたの?」

「いや、何となく心がざわついた気がして………」

「?」







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