漸く出てきましたティアマト神。
ちょっぴり扱いが雑かも?
「一体、何が起きたんだ?」
森の木々を薙ぎ倒し、エリドゥを呑み込んだ黒い泥。その濁流はエリドゥを呑み込むだけでは飽きたらず、シュメルの大地すらも覆っていく。
修司が何とかしようにも、津波のごとく押し寄せる黒泥を阻める術は今の修司には持ち合わせていない。出来ることと言えば、大地にダメージを残さない程度に自身の手からエネルギー弾を放ち、黒泥を弾く事で泥の侵攻を若干遅らせる程度である。
それも焼け石に水。押し寄せる黒泥を払い除ける程の効果はなく、黒泥は瞬く間にウルクヘと侵略していく。それだけはダメだと気を纏って一直線にウルクヘ向かおうとする修司だが、既に事態は動いていた。
恐らくは賢王ギルガメッシュによる采配なのだろう。ウルク到達まであと僅かという所で、巨大な牙の障壁が黒泥の侵攻を阻んで見せた。
今ので牙の障壁もかなりの負荷を掛けた様だが、それでも人類最後の防衛拠点を守れたのは大きい。先を読み、予め仕込んでいたであろうギルガメッシュ王の手腕には、いつも驚く事ばかりである。
「流石王様だ。………けれど、いつまでも悠長に構えてはいられないよな」
一度目の黒泥を防げたのはいいが、いつまた次の黒泥な津波が押し寄せてくるかは分からない。黒泥を何とかするには、アレを生み出す大元をどうにかするしかない。
ペルシャ湾から感じる巨大な気配。これ迄の相手とは桁違いの大きく、強い気配。規模だけで言うなら第三特異点のヘラクレスや第五特異点のクー・フーリン以上に感じる存在感。
エリドゥからでも視認できる巨大な存在、恐らくはあれこそが黒泥やラフムを産み出す根元にして元凶。
「あれが、ティアマトか」
女神ティアマト。一つの神話に於いて創世の役目を担っていた原初の女神が遂に復活を果たし、その瞳の先にはウルクへと向けられていた。
◇
「戻ったかカルデアの。では、現状を纏める」
「ハッ! 現在、ウルク市に残った市民は四百十八名。うち軍属が三百十八名、残りは一般市民となります」
「市民達は避難を拒否したものの、王のお言葉もあり、先ほど北壁への避難を同意いたしました」
「北壁に逃れた市民のうち、生存者は三百九十七名。昼間のラフム襲撃の後、北壁で生き残った兵士は五十五名。なお、牛若丸様や弁慶様、レオニダス様達はこれに含まないとします」
「合わせて八百七十名の人間が、現在シュメルに残された人命となります」
その後、立香達と無事に合流を果たし、ウルクのジグラットへ戻ってきた修司達が直面したのは…………残酷なまでの現実だった。
あれ程活気に溢れていたウルクは静寂に包まれ、残された人々は人類最期の日を前に、静かにその準備を始めていた。
870。それがこの世界に残された最後の人類の数である。ラフムの二度に渡る襲撃と黒い海洋の侵食により、ウルク第一王朝は崩壊した。喩えこの窮地を乗り越えようと、1000にも満たない人口では王国の維持は出来ず、衰退していくだけだろう。
そんな、どうしようもない事実を前に、マシュは言葉を失った。あれ程栄えていた文明が、此処まであっさりと終わってしまうものなのか。どれだけ認めたくないと心が拒絶しても、眼前に聳え立つ現実は変わらない。
自分達は負けたのか? 立香達の脳裏に敗北の二文字が過った時。
「案ずるな。我らが滅亡しようとシュメルの文化が生き残れば、後に続くものが現れよう」
王は、微笑みながらそう言った。自分達が終わりを迎えようと、僅かに残された人々が後に続くバトンを渡してくれる。それで充分だと、王は笑った。
「次にラフムだが、奴らの行動は二つに別れた。日没と共にその場で球体となって停止するもの。母なるティアマトの下に飛翔し、この周囲を守護するものとにだ」
「球体となったラフムは俺が駆除しておいた。次に何時動き出すか分からないからな」
「全く、小癪な事をしおるわ。貴様もボロボロだろうに………だが、それならそれで良い。では次だ」
ウルクに残った黒い球体。それがラフムの休眠状態だと知った修司は、傷に苛む自身を労る間もなく黒い球体を殲滅した。これを王は余計な世話だと口にするが、それ以上追求する事はなかった。
「さて、例の北壁とペルシャ湾に現れたとされる謎の神性、片方はギルタブリルに酷似したものだと聞いたが………これも、貴様が倒したものと見て間違いないな?」
「あぁ、その後も二体程ちょっかいを出してきたが、どうにか片付ける事が出来たよ。ただ、今後も出てこないとは限らないけど………」
北壁とペルシャ湾。並びにエリドゥにて現れた二体の巨大な敵性生物は修司の手によって倒された。だが、あれが魔術王からの横槍だとするのなら、今後も現れないとは限らない。目下の対策は修司が担うことで全員が同意し、話の話題はいよいよティアマトへと向けられた。
「ではロマニ=アーキマン。ティアマト神の解析はどうなっている?」
『あぁ、ティアマト神への解析は今のところ終了している。能力は提出した資料の通りだ』
次第に表示されていく電子スクリーン。魔術と科学の融合らしい画期的なシステムを前に王は感心しながら読み上げていく。
「ええい、貴様ティアマトの太鼓持ちか! 弱点らしきものが一切書かれていないではないか!」
『僕だって攻略法の一つくらい書きたかったよ! でもこれが現実なんだってば! あれは物理的にも神話的にも欠点のない完全な存在だ! 僕らでは太刀打ちしょうがない』
「………修司さん、そうなの?」
カルデア側から提出された現段階に於けるティアマトのスペック。その質量と出力から途方もないエネルギーを有しているのは当然の事ながら、使役しているラフムという取り巻きや黒い泥の海というティアマトの神話由来の権能が、この女神の厄介さを際立たせている。
それらを考慮して…………正直な所、修司がどうにか出来るかは微妙な所だった。
ティアマト神は強い。創世の役割を担っているだけあって、その強さはこれ迄修司が戦ってきた大英雄達と比べても遜色せず、寧ろ純粋な出力という面で言えば凌駕していると言えるだろう。
ただ、それでも相棒であるグランゾンとならどうにか出来る可能性はあった。自分とグランゾンの真の姿を現すことが出来るのなら、ティアマト神にだって対抗出来る。此処が、世界の土台として曖昧な神代の第七特異点でなければ。
ならば修司が万全な状態で挑むとするなら? 答えはきっと先程と変わらないだろう。確かにこれ迄幾度となく死線を経験してきた事で、修司自身も大分自らの力量が上がってきた自覚はあるが、それでも神を倒したことなど経験にないし、何よりティアマト神の持つある権能が、より討伐の難易度を引き上げている気がする。
「強さがどうこう以前に、ティアマトには厄介な特性があるのがなぁ」
ティアマトはこのシュメルの大地の礎になったとされる神であり、この原初の女神と戦う前提として全ての命を失う必要があった。
全ての命は原初の母神ティアマトの子。であるならば、その命が絶えない限り、ティアマトの不死性は崩れない。
つまり、“地上に命が有る限り、ティアマト神は倒せない” この無茶苦茶な法則を何とかしない限り、人類に勝ち目はないのだ。
(不死性かぁ、それって何処まで有効なんだ? 粉微塵になったりしても、どこかで復活したりするのか?)
皆がティアマト攻略について頭を悩ませている一方で、修司はふとそんなことを考えていた。
不死。それは生命体として完全な状態を意味しており、更にその上の不老不死は嘗て秦の始皇帝が追い求めたとされる代物だという。
不死という事は死なないという意味合いだが、純粋に力で破壊された場合果たしてその不死者はどうなるのだろうか。細胞レベルで消滅しても復活するのか、それとも絶対に破壊されないという加護の様なモノが付与されているのか。
いや、原初の女神であるティアマトに加護なんて付与されているのかなんて甚だ疑問なのだが。
そんな事を考えている内に、話はティアマトの本格的な攻略が始まった。発端は立香の何気ない一言から始まった。
「地上の命かぁ………ん? なら逆を言えば、命が無い所なら倒せるってこと?」
「「「それだっ!」」」
地上に命が有る限り、ティアマトは倒せない。ならば、命のない世界へと落とせばいい。立香の漏らした一言を発端にティアマトの冥界へ突き落とす作戦が立ち上げられた。
であるならば冥界の女主人であるエレシュキガルにも話を通しておかなくてはならないと、丁度良いタイミングで地上に連絡を入れてきたエレシュキガルからの通信を、予め渡されていた冥界の鏡を使って交信した。
『えっ!?
ティアマト神を倒す前提の舞台として選ばれた冥界。当然ながらエレシュキガルは酷く動揺するのだが、事態が事態なので僅かに渋りながらこれを承諾。長年ウルク憎しで冥界へ続く穴を堀り続けた結果、冥界とウルクを繋げるまでの猶予は本来10年の時間が掛かる所を、驚きの3日にまで短縮する事が出来た。
これにはギルガメッシュ王もニッコリである。なお、その後のエレシュキガルは王に小言を説教されたそうな。
ティアマト神はウルクという一つの文明の存在を破壊し尽くす迄止まらず、必然的に決戦の地がウルクへ移る事になった。嘗ての繁栄を遂げたウルクの街を捨て駒扱いにするのは心が痛むが、王がそうするべきだと決断された以上、立香達が口を挟む事は出来なかった。
『よし、可能性が見えた来たぞ! けれど、此処からが本当の意味で大変な所だ。冥界がウルクと完全に繋がるまでの間、どうやって足止めをするかだけど………』
「俺が遠距離からかめはめ波で押し留めるとかどうだ? 今は少し厳しいが、少しの間休みを貰えれば体力も気力も回復するし、多分いけなくもねぇぞ」
「でも、修司さんは例の謎の神性を何とかしなくちゃいけないし………」
「ならば、牛若丸と弁慶。この二人貴様の共にしてやろう。あ奴らは共に戦場にて輝く豪傑よ、例の神性擬きの怪物相手でも充分に翻弄してくれるだろうよ」
「……いいのか?」
「無論。だが、それだけでは足らんだろうよ。故にイシュタル、いい加減出し惜しみは止めて、貴様渾身の一手をさらけ出せ」
「は? アンタいきなりなに言って………」
「そうか、グガランナだよ! イシュタルには最強の神獣グガランナを従えていたよね!」
「────え”?」
ティアマト神の足止めをするには、些か時間が足りない。二日、少なくとも一日はティアマト神のウルク到達迄の時間を稼がなくてはならない。その役目を率先して修司が受け持つが、それだけでは足りないと王は話の矛先をイシュタルへ向ける。
一瞬なんの事だかと困惑するイシュタル。そんな彼女を出し惜しみをする小癪な奴だとギルガメッシュ王は笑い飛ばす、対してイシュタル本人は本気で心当たりがなく、やはり戸惑いを露にするだけだが………グガランナ。嘗て自身が使役していた神獣の名を出された事で、イシュタルは固まった。
顔面蒼白。冷や汗を垂れ流しながら視線を泳がせるイシュタルを余所に、ジグラットの空気は既に勝ち確ムードに包まれつつあった。
その昔、イシュタルが父神に駄々を捏ねて半ば強奪してきた神々の神獣グガランナ。その一撃は大地を砕き、一つの巨大な川を干上がらせたという逸話を持ち合わせているシュメル神話最強の神獣。
彼の神獣であれば、ティアマト神が相手であろうと恐れることはなく、それがただの時間稼ぎとして使われるのなら、一日二日程度の時間稼ぎなんて訳は無いだろう。
その間にエレシュキガルはウルクとの門を繋ぎ、グガランナの一撃を以てティアマト神を冥界へ突き落とす。単純ながらも確りとした勝ち筋を前に、ジグラットだけでなくカルデア側まだもが勝利ムードに包まれつつあった。
瞬く間に膨れ上がる期待感。グガランナ! イシュタル! と、コールが沸き立ち、彼等の周囲にはジャガーも踊り、フォウまでもが興奮気味になっている。
悔しいがこればかりはイシュタルの勝ちだ。此処まで出し惜しみを渋ってきたのも、偏にこの展開を予測しての事なのだろう。
これには流石の修司も感心するしかなかった。そう思っていた所に────。
「………無いです」
「─────は?」
特大級の爆弾が放り込まれた。
「──────貴様、今なんと?」
「………ありません。グガランナ」
空気が凍り付き、時間すらも止まった様な錯覚。ウッソだろオイ。誰もが言葉を失い、話を聞いていたカルデア側の料理長が両手で顔を覆った時。
「ないの、落としちゃったの! どっかで無くしちゃったのよォォ!」
「多分北部で落としたんだけど、もう何処にも見当たらなくて! バビロンも探し回ったのに、グガランナの奴、影も形もないんだものォォォ!!」
絶句。グガランナを無くしたとギャン泣きする女神に、王を含めた全員が言葉を失った。しかし、当然ながらごめんで済ます話ではなく。
「こ、このバカ女神が! 何のために貴様をスカウトしたと思っている───!」
怒髪天。歳を重ね、幾分か落ち着いた王といえど、流石にこれには怒鳴らずにはいられなかった。とは言え、切り札を出せないのは自分も同じなので、責め立てられるイシュタルを追撃するような真似はせず、大人しく修司は自身の回復に勤める事にした。
◇
─────その後、イシュタルに駄女神の文字を掘られた粘土板を持たせ、一先ずは反省を促す事にし、話はティアマト神の足止めの話まで戻った。カルデア側もティアマト神を冥界へ落とし、その絶対性を削る作戦を押したいという結論に達している為、この時間稼ぎの作戦はなんとしても成立させたい。
結局、作戦は修司の力に頼る事で話が纏まりつつあったが、時間も推している事でギルガメッシュ王は作戦会議の一時中断と、夜明けまでの短い間に体を休ませる様に一時解散を申し付けた。
グガランナを頼れない以上、明日こそが真の意味での決戦の日になる。その要となるのが修司となるのなら、なおさら休ませる必要がある。北壁での戦いから今日まで、殆んど休まず戦い続けた来た修司は誰が見てもボロボロだった。
そして、立香も同様に疲労で限界に差し掛かっていた。人類最後のマスターを担う二人がこの様では、最悪足を引っ張る恐れがある。
故にせめて今だけでも休んでおけと、王は優しくに命じた。これがウルクでの最後の休暇、対ティアマト神に備え、一行は王の言葉に甘える事にした。
ただ、その際に………。
「………ギルガメッシュ王」
「なんだ?」
「その、シドゥリさんの事………なんだけど」
「良い」
「え?」
「良い。と言ったのだ。あれはあの女が決めた………シドゥリという一人の人間が自ら定めた終わり方よ。そこに誰かの同情など介在する余地などない」
「─────そう、だよね」
「良いな。決してあの女の最期に同情など抱くなよ。それはあの女の………シドゥリという人間の誇りを踏みにじる行為だと知れ」
「うん、ありがとう王様」
「貴様の礼など不要だ。それ、とっとと貴様も戻って休め。夜明けを迎えたら、否応なく働いて貰う故な」
「あぁ、おやすみなさい。王様」
シッシッと、片手で払うように出ていけと促す王に、修司は苦笑いを浮かべながらジグラットを後にする。そんな彼の背中を横目で一瞥した時。
王の千里眼が、一つの未来を捉えた。
燃え盛る世界。天も地も、何もかもが赤黒く染まる世界の中で、白河修司という人間の胸元が………何かによって貫かれている映像。
見えた未来の光景は一瞬。しかし、その予知は賢王ギルガメッシュ王の脳裏にこびりつき。
「そうか、そうなるのか」
その笑みは、何処か呆れの色が滲み出ていた。
次回、決戦の朝。
このウルクに、雑兵など存在しない。
それでは次回もまた見てボッチノシ
オマケ
Apocrypha+1
「アッチ! この野郎、バカスカと好き勝手炎を撒き散らしやがって、周囲の事をもっと鑑みろ!」
「その言葉、そっくりそちらに返そう。我が鎧すらも砕きかねないその膂力、人の身でよくぞ練り上げた。感嘆する以上に呆れるな」
「そりゃどうも。………とは言え、流石に暴れすぎだ。アンタもまだ宝具とか残しているんだろ? お互いにまだ様子見の段階だし、此処は一先ず引き分けって事にしないか?」
「────いいだろう、此方にも色々と予定がある。そして、既に俺には倒すべき相手を見定めている。お前との決着は次の機会にとっておくとしよう」
「そうかい。なら、その時を楽しみにしておくよ」
「────では、改めて名乗るとしよう。我が名はカルナ、お前の名は?」
「────修司、白河修司だ。次にアンタと戦う時まで、もっともっと腕を上げておくよ」
「楽しみだ」
それだけを告げて、カルナは炎を上げて自陣へと引き返していく。
「さて、俺もジークに合流しないとな。向こうもバチバチにやりあっているみたいだし、急がねぇとな」
気を纏い、戦場を走り抜く。ジークという少年と合流する為に、浮遊する城塞を尻目に、修司はユクドミレニアの城へと目指すのだった。
「………なんだろう。物凄い悪寒がする」
「カウレス? どうしました?」