『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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エルデンリングという時間泥棒。




その154 第七特異点 

 

 

 

 黒に染まる海を見下ろしながら、立香達は聖杯を所有するラフムを追う。眼下に広がる黒は全てティアマトが生成する泥であり、ラフムが産まれる苗床である事は既にロマニ達カルデア側からの分析によって明らかになっている。

 

問題は、仮にこの泥の海に落ちた場合の事。黒い泥は世界を創世したとされるティアマトを起源にしているものでその泥に触れたものは細胞レベルで意志を束縛されてしまい、ティアマトの眷属となってしまう。

 

それは神代の神霊であるイシュタルも例外はなく、異なる神話体系出身のケツァルコアトルですら危ぶまれ、現代に生きる立香ですらも触れれば自我を失うとされている。

 

翼竜の上から覗き見る立香は、ゴクリと唾を呑んで緊張を顕にしているが、此処で足踏みをしてはいられない。現在エリドゥでは最悪の軍勢を相手に修司が単独で殿を務めているのだ。

 

彼が命懸けで戦っているのに、自分だけ逃げる訳にはいかない。七つの特異点を巡る旅の中でもトップクラスの危険度を前に、立香は改めて気持ちを固めた。

 

『前方に超々々々弩級の高エネルギーを感知! 総量から見て聖杯七つ分を上回るエネルギーだ。間違いない、君達の目の前にいる存在(モノ)、それが創世の神ティアマトだ!』

 

 通信から聞こえてくるロマニの声、見れば黒泥の海の水面に一人の女性が佇んでいる。両手足を拘束されている彼女を前に、先に到達したラフムから聖杯を投げ入れられる。

 

『Aaaaaaaa──────!』

 

瞬間、爆発的な音波が、周囲一体を弾き飛ばす。ティアマトとの距離はまだ相当開いている筈なのに、音圧だけで身が捩りそうになる。

 

人類悪。人が滅ぼすべき悪であり、人類史にとっての自滅因子。それが聖杯を受け取った事で目覚めようとしているのだと察した立香は、問答無用でイシュタルに令呪込みの魔力を注ぐ。

 

「イシュタルッ!!」

 

「速攻即決か、良い判断よ立香! 母さんがまだ目覚めきれていないのなら、私の宝具が速い!」

 

仮契約とは言え、マスターである藤丸立香の迷いのない判断にそれでこそだとイシュタルは吼える。今この場で最も火力の高い一撃が出せるのはイシュタルの宝具だけ、立香とマシュをケツァルコアトルに任せている以上、この場は自分の出番だとイシュタルは己の魔力を解放させる。

 

 眼が、金に染まる。神話の時代に於いて神の血を引くものとしての特徴がより濃く現れたイシュタルは、天舟マアンナと共に天空へ昇る。

 

「さぁ、行くわよ。ゲート、オープン!」

 

右手に巻いた短槍を空へと投げると、波紋が広がり宇宙(ソラ)が顕になる。それは、かつて神々すらも畏怖し、敬った霊峰エビフ山を蹂躙し、死滅させたイシュタルに纏わる最大にして最強の逸話(やらかし)

 

「これが、私の全力全霊! 打ち砕け、山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)!!

 

 金星を投射し、その魔力をマアンナに装填させて放つイシュタルの砲撃宝具。天から地に向けて打ち放たれた一撃は、間違いなくティアマトを撃ち抜き。

 

ペルシャ湾に一つの風穴を抉じ開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────あれだけ啖呵を切った手前、早々に弱音を吐くつもりはなかったが………案外、どうにかなるもんだな」

 

 立香達を先に行かせ、エリドゥにて時間稼ぎをする為に単身で殿を務める事を決めて十数分。塵に還るラフムを尻目に、修司は残る二体の巨大な怪物を見上げる。

 

ギリタブリルに酷似した怪物は両方の鎌を引きちぎられ、尾も半分近くが切断されている。翼のある髑髏に至っては、翼部分を切り落とされているが為、モゾモゾと蠢く事しか出来ずにいる。

 

『バカナ、バカナァァァッ!』

 

『何故シラカワノ系譜ガ、生身デコレ程ノ力ヲ持ッテイル!? アリエン、アリエテハナラナイ!!』

 

自分達人間を何処までも下に見て蔑んでいる割には、目の前の化け物のメンタルは案外弱いなと、修司は冷静に分析しながら自身の身に起きている現象を振り返る。

 

今の自分は、空を飛ぶ髑髏に不意打ちを受けて相当なダメージを負っている。実際体のアチコチが軋んでいるし、僅かに体を動かすだけでも相当な痛みを感じている。

 

だが、それでも予想に反して体は動いてくれた。襲い来るラフムの群れを問題にせず、数による波状攻撃を難なく受け流し、数の暴力を純粋な腕力で打ち破り、更にはラフムごと攻撃してくる怪物達の攻撃も、容易く避ける事が出来るようになっていた。

 

以前よりも、力を引き出せている気がする。先の第六特異点にて山の翁の指導を受けて以来、変わることのなかったモノ。“シンカの力”、山の翁がそう呼ぶ力が自分の内側でドンドン大きくなっていく気がする。

 

これは、度重なる死闘を経た修司の無意識によるモノなのか、それともこの化け物達と戦った影響なのか、或いは………先ほど脳裏に浮かんだ幾つもの映像の所為か。

 

 

 疑問は幾つも浮かんで解消される事はないが、今はそれに思考を割いている場合でもない。動けなくなっている二体の化け物へトドメを刺すべく、修司は己の手刀に力を纏わせる。

 

『忌々シイシラカワノ系譜、何故我二従ワヌ!? 何故我ガ力二屈サヌ!?』

 

「いや知らねぇよ。何で面識のない化け物に従わなきゃならないんだよ。俺が王と仰ぎ見ているのは生涯でただ一人、この世の全てを背負っている黄金の英雄王だけだ」

 

この化け物達が自分の事を知っているのも不思議な話だが、その辺りは心底どうでも良いので深くは考えない。何処までも人間を見下している癖に、いざその人間が反抗心を見せると必死になって潰しに掛かる。

 

その有り様はどれだけ言葉を濁してもみっともないという単語が出てくる程に、二体の化け物の狼狽している姿は見苦しかった。

 

 とは言え先の北壁とペルシャ湾、今回のエリドゥでの戦いを経て修司はこの化け物に関する一つの確信を得ていた。地を這うモノと空を往くモノ、両者ともその性質は全くの真逆であると示しているのに、根底としている力はどちらも同質のモノだった。恐らく、この化け物は元々一つの存在だったのだろう。

 

二つに分けて送ってくるのは単純に魔術王の力不足か、或いは意図的にそうしてあるのか、元は一体だった筈の存在をどうして態々分解させ、第七特異点に送り付けてくる理由はなんなのか。考えても仕方がないのに余計な推測ばかりが脳裏に浮かんでくる。

 

とは言え、今さらコイツ等から何かを聞き出そうとは思わない。この化け物達が人類に仇なすと言うのなら、全霊を以て叩き潰すだけだ。

 

『英雄王? 愚カナ、タカガ人間風情二何ガ出来ル!!』

 

「その人間に、此処まで良いようにやられているお前らも、お察しだがな」

 

『………………』

 

見下している人間に敗れた事実を遠慮なく突き付ける修司に、化け物二体は押し黙る。対して修司は油断なく化け物へと近付いてくる。いい加減コイツらに付き合っている時間はないと、先程よりも手刀に気を強く纏わせ、天に向けて掲げる。

 

後は振り下ろすだけという時、化け物は嗤った。

 

『く、ククク、クハハハハハッ!!』

 

「っ!」

 

『見事ダ。シラカワノ血受ケ継グ末裔ヨ、認メヨウ。貴様ノ力、“奴”トハ系統ガ異ナッテイル様ダガ、ソレデモ“シンカ”ノ道ヲ進ンデイル事二変ワリハナイ!』

 

「テメェ、何を言っている?」

 

『楽シミダ。ソノ力、イズレ我ガ物トナル時ガ!』

 

「…………そうかよ」

 

 修司を自らの力にすると宣言する二体の化け物は、呆れ顔のまま振り下ろされる修司のエクスカリバーによって両断され、消えていく。

 

これで一先ずの脅威は去った。しかし、修司の心に引っ掛かりは解消される事はなく、痼の様に残り続けた。戦って生き残ったのは間違いなく修司なのに、何故かこれで終わったとは思えない。

 

だが、そんな修司の胸中を知る由もなく、事態は更に進んでいく。最悪な方向で、最悪な形となって。

 

「なんだ、今のは……地震か?」

 

 足下を揺さぶる大きな震動、何事かと動揺した修司が立香達の向かった方角へ見上げた瞬間。

 

「なにっ!?」

 

黒泥の津波が、エリドゥへ襲ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケラケラと、悪意に満ちた声が聞こえる。命を命と見なさず、ただ愉しむ為だけに命を弄ぶ泥の怪物達。

 

その黒い泥の怪物達を振り切ろうと、緑の人はただ走る。しかし胸を貫かれ、自身の根幹を為していた聖杯を奪われた緑の人──────キングゥには既に空を飛ぶ力も、黒い怪物(ラフム)を振り払う余力も無くなっていた。

 

聖杯を奪われ、なにも出来なくなった今だからこそ解る。自分は、母の子供ではなかった。ただエルキドゥという器に別の魂を容れられただけの………度しがたい贋作だった。

 

滑稽だ。今を生きる彼等を旧人類と蔑んでおきながら、自分は真っ当な命ですらなかった。借り物の器に容れただけの醜い贋作、それがキングゥである自分の正体だった。

 

だから、時折脳裏に過る映像(ビジョン)があの王に関係するモノだった訳だ。アレはエルキドゥのモノであり、この器の前任を務めていたモノ。つまり、キングゥにはなにもなかったのだ。

 

 ────こんな筈じゃなかった。自分は母によって作られた新しい人類。

 

だからこそメソポタミアを滅ぼし、その為だけに活動してきた。何の経験も、記録も、愛情のない体でも、母からの期待だけはあると信じていて…………それなのに!

 

「ギャハ! ギャハハ! ギャハハハハハ! そっちだ! そっちに逃げたぞ!」

 

「追い詰めろ、捕まえろ! 解体だ、木偶人形の解体だ!」

 

 悪意が迫ってくる。エリドゥで襲ってきたモノとは別個体のラフム達が、キングゥの命を狙って執拗に追ってくる。義務感もなく、使命感もなく、怒りもなく、殺意もない。ただ愉しいという悪意だけが、キングゥの命を刈り取ろうとしている。

 

キングゥは………泣きそうになった。崩れた自身の存在意義、信じていたモノが、信じようとしていたすがり付いていたモノが、最初から存在していなかった事実。

 

悔しさと歯痒で死にたくなるが、自壊の道を選ぶ暇さえ、今のキングゥには無かった。

 

「なにも、無かった。この大地には、始めから何もなかった!」

 

「はじめから使い捨てだった。僕は、はじめから偽物だったんだ!」

 

「未来も、希望も、自分の意志も────友人も、僕にはいなかった」

 

 ティアマト神の唯一の子供。それが、キングゥがすがっていたモノだった。

 

涙が流れる。不要と断じ、要らないとさえ思っていた人間の機能。何故神の兵器である自分の身体にこんな機能を付けたのか、キングゥは煩わしい涙をぬぐい捨てる事もせず、ただ闇雲に逃げ惑い………そして。

 

「あは、見ぃつけた」

 

(─────────)

 

あぁ、呆気ない。これが自分の終わりか。追い詰められ、逃げ場を失ったキングゥは歯をカタカタと震わせて嗤うラフム達を前に………キングゥは逃げる気力すら失っていた。

 

(………あぁ、こんな事なら。最後に、アイツに会いに行けば良かったのにね────)

 

最期に思い浮かぶのは、自分に向かって戯けと笑う黄金の人。自分の記憶じゃないのに、自分の経験じゃないのに、それでもこの身体に覚えている暖かな記録。

 

こんな事なら、このちっぽけな衝動に従っていれば良かった。と、キングゥは諦めて眼を閉じて────。

 

一体のラフムが、キングゥを狙うラフム達を貫いていた。

 

中枢を抉られ、塵に還るラフム達。群体であるラフムにはあり得ない現象を前に、キングゥの眼は大きく見開いた。

 

「…………え? おま、え………助けて、くれたのか?」

 

「──────逃ゲ、ナ、サイ、エルキ、ドゥ。アナタ、モ、長クハ、ナイデショ、ウ、ケド」

 

その声に、キングゥは聞き覚えがあった。それは昨日、ラフム達に連れてこられた弱くも気丈な一人の女性。

 

確か……名前は………。

 

「何で、僕を助け………」

 

そう、助けられる謂れは無かった。助けて貰う義理は無かった。自分は人類の敵、そう定められた哀れな贋作。見捨てられる事はあっても、拾われる事はない筈。

 

なのに……。

 

「──────シアワセ二。ドウ、カ、シアワセニ、ナリナサイ。親愛ナル、友。エルキ、ドゥ」

 

「────────」

 

 崩れていく。人類の敵対者である自分を、ラフムとなった彼女は崩れる自身を省みず、言葉を続けた。

 

「私タチ、ウルクノ民ハ、アナタへの感謝を、忘れは、シマセン。アナタハ、孤高の王二、人生ヲ、与えマシタ。偉大な王ヘノ、道を、示してクレマシタ」

 

「アナタノ死を、嘆かなかった者ハ、イナカッタ。アナタノ死を、忘れル者ハ、イナカッタ」

 

「…………私、も。私も、トテモ、悲しかった。ダカラ、ドウカ、シアワセに、エルキドゥ。美しい、緑ノ、ヒト」

 

「っ!」

 

 ヒト。そう呼んで、笑うそのラフムの微笑みに、キングゥの脳裏にはあの女性の微笑みが浮かび上がってくる。

 

「あぁ─────良かった。アリガトウ、言えて、良カッタ」

 

「アリガトウ、エルキドゥ。アリガトウ、アリガ、ト─────」

 

綴られたのは、感謝の言葉。人類に寄り添い、王に寄り添い続けた世界で一番優しい兵器に対するアリガトウという言葉。

 

その言葉を伝えるために、彼女はキングゥの前に現れた。喩えラフムに変えられようと、喩え、ヒトでなくなろうと。

 

その心と魂の在り方は、一切翳る事も、欠けることもなく。自身の想いを全て伝えきったそのラフムは、他の個体と同様に…………塵となって消えていった。

 

思わず、キングゥはそれを掴む。崩れ逝くラフムの触手部分のソレを、行かないでと追い求める子供のように………。

 

「なんだよ、これは。君の事なんて、知らないのに………どうして、君の名前も、顔も、分かるんだ。ありがとう、なんて─────」

 

「キミに言われる資格は、僕にはないのに────」

 

 自分は、キングゥだ。エルキドゥではなく、エルキドゥの器に別の魂を詰められただけの────使い捨ての玩具。

 

故に、彼女にありがとうなんて言われる資格はなかった。だから、嬉しく思う気持ちなんて………あるわけがないのに。

 

「うう────ううぅぅぅぅ……! ううあぁぁぁぁぁああああ…………!!!」

 

どうして、涙が止まらないのだろう。

 

誰か、誰でもいいから………。

 

どうか、教えて。

 

 

 

 

 





Q.第七特異点に現れてる何クルスさんって、もしかして弱い?

A.ヴォル某さんが弱いというより、ボッチがアタオカという話。

仮にこのボッチがOG時空に行ったら、多分某魔装機神のパイロットは宇宙猫になる模様。

それでは次回もまた見てボッチノシ





オマケ
Apocrypha+1



「────やるではないか、異国の乱入者よ。よもや此処まで余の槍を砕き散らすとはな。此処まで破壊されれば、いっそ清々しい」

「そう言ってくれると、アンタを正面から倒した甲斐があったってものさ」

「我がマスターからの追撃がありそうだが………なに、貴様程の男が相手では奴もおいそれと手出しはすまい。けれど忘れるな、今後貴様の前には十数ものサーヴァントを相手にしなくてはならない。聖杯の破壊という願いを持つ貴様なら、決して避けることの無い現実だ」

「望む所だ」

「クク、愚問だったか。…………最期に、貴様という男と戦えたのは私としても望外の喜び出会ったな」

 胸元を拳の形に抉られ、霊核を撃ち抜かれたヴラド三世は、若干の後悔を滲ませながら消滅していく。

「………さて、一先ずサーヴァントを一騎仕留めたけど、これからどうするか? 取り敢えず向こうで浮いているでっかい城みたいなのに近付いてみるか、それともジーク君の所へ合流するか」

 この場合、恐らくは後者だろう。意外と手強かったヴラド三世に少しばかり疲弊した修司は、先にいるであろうジークに合流しようと脚を一歩前へ進めた時。

「そこの男、一つ訊ねても良いだろうか」

「うん?」

「俺の名はカルナ、太陽神スーリヤの子だ。聖杯戦争に介入する異物よ、黒のランサーを倒したのはお前と見て間違いないな」

「…………そうだと言ったら?」

「マスターの命令に従い、お前の命を狩らせて貰う。悪く思え」

「ハッ、上等だ。こっちは全てのサーヴァントを相手取るつもりで来たんだ。連戦くらい、軽くこなしてやるよ!」

 黒の陣営の一角を落とした修司の前に、赤のランサーが立ち塞がる。今回の聖杯大戦に於いて最も邪魔だと認識された修司は赤の陣営の最大戦力を前に、笑みを浮かべて迎え撃つのだった。




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