『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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もう、色々とすみません。


その152 第七特異点

 

 正体不明の神性が現れ、修司がペルシャ湾まで引き連れて何とか討伐を果たし立香達がゴルゴーンを打ち倒した同時刻に、それは起きた。

 

ウルクに襲い掛かる黒い怪物達、後のラフムに襲われたウルクへ狙い棲ましたかの様に現れ、ウルクの人々を蹂躙した。ギルガメッシュ王が未来視で視たとされる滅びの日、その時が遂に来たのだと誰もが確信し、恐怖に震えた。

 

突然の襲撃で浮き足たつウルク、それでも駆け付けてくれた立香達カルデア組のお陰でどうにか持ちこたえる事が出来た。

 

 故に、これは立香達がウルクに駆け付ける僅かな時間の合間、ラフムによってウルクが蹂躙され掛けた時の一幕。

 

「ならん、行くなシドゥリ!」

 

 ジグラットの王の間にて、王の怒号が木霊する。それは賢王と呼ばれるギルガメッシュ王が滅多に見せることの無い人としての一面だった。

 

今、ウルクは嘗て無い危機に陥っている。ラフムという怪物に滅茶苦茶にされたウルクは、サーヴァント達が出払っている事もあって、至る所で人手不足に陥っている。

 

その深刻さは既にジグラットの王の間に及ぶ程、手を貸して欲しいと懇願してくる兵士を前に、王の側近であるシドゥリが向かおうとした時………王は視た、視てしまったのだ。

 

今、シドゥリを向かわせてはいけない。王としてではなく、人類の裁定者としてではなく、人として、ギルガメッシュはシドゥリの行く手を拒んだ。

 

それをシドゥリは一瞬だけ驚き、次に微笑んで見せた。そう、王には視えてしまったのだ。此処から先、このジグラットから出てしまえば、きっと其処で自分の運命が終わるのだと。

 

しかし、いや───だからこそ、自分は行くべきなのだろう。後に続く人の歴史が紡がれる為に、自分の運命を受け入れる時なのだと。

 

 ふと、シドゥリの脳裏に一人の男性の姿が浮かんだ。藤丸立香と同じ、人類を守る為に遥かな未来からやって来たとされる異邦人。白河修司、遠い地で新たに王の臣下となった最も新しいウルクの人。

 

彼が自分の決断を知ったら、きっと怒るのだろうな。怒って、泣いて、止めてくれと懇願してくるのが………不思議と、簡単に思い浮かんだ。

 

赤の他人なのに、不思議と違和感がない。シドゥリには遠い親戚こそいても、この様な親近感を持つ者はいなかった。きっと、自分に兄弟がいたらこんな気分になっていたのだろう。

 

弟と思えるような人と出会い、たった今王から人としての寵愛を受けた。ならば、自分にはもう何も思い残すことはない。人にはそれぞれ役割があるように、今回は偶々自分の番が来た。これは、ただそれだけの話なのだ。

 

故に、シドゥリは王に頭を下げた。これ迄自分達を導いてくれた事、王としての責任を全うしてくれる心優しき王の慈悲に、感謝と謝罪を込めて。

 

「────これ迄ウルクを、私達を導いて下さり………ありがとうございます。ギルガメッシュ王」

 

顔を上げ、慈愛に満ちた笑みを浮かべるシドゥリに、ギルガメッシュの口からはそれ以上の人としての言葉が出る事はなかった。

 

シドゥリは決めたのだ。運命を受け入れたのでも、末路に嘆いているのではなく、それが自分のやるべき事なのだと決めたのだ。迷い、怯えても、それでも自分がやるべきなのだと、そう───“覚悟”を決めたのだ。

 

であるならば、ギルガメッシュ王が口にすべきは覚悟に泥を塗る引き留めの言葉ではない。これ迄自分に、ウルクに忠誠を誓ったその誇り高き覚悟を尊ぶ事。

 

「そうか………忠道、大義である。シドゥリよ、そなたの忠義、嬉しかったぞ」

 

ギルガメッシュ王からの最期の労いの言葉を受け、シドゥリは単身ジグラットを後にする。小さくなっていく自分の忠臣を見えなくなるまで見送ると………王は手で顔を覆い天を仰いだ。

 

それは、立香達がジグラットに訪れる数刻前の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆ける。ラフムによって連れ去られたというシドゥリを助ける為、立香達から話を聞いた修司は彼女達の制止を振り切り、一人エリドゥに向けて地を蹴り続ける。

 

その際、ロマニから人類悪やらラフムの生態系について少なからず情報を聞かされていたが、その悉くが修司の耳に入る事はなく、彼の胸中にはただ焦りと憤りだけが渦巻いていた。

 

何故自分は気付かなかったのか、つい先程まで自分はエリドゥ近辺の集落にいたと言うのに、何も気付かず拐われたシドゥリと擦れ違っていた事を、修司は悔やまずにはいられなかった。

 

何故気付かなかった。自分の落ちた場所がエリドゥ近辺の集落で、その気になればラフムに囚われている人達だって助けに行けていた筈。………いや、分かっていた。あの化け物に襲われ、一時は記憶の混濁まであった自分では、エリドゥの事まで気が回る事はなく、あの時は僅かな生存者を護るだけで精一杯だったのだと。

 

いや、所詮はこれも言い訳に過ぎない。北壁の損壊を防ぐ為に敢えて場所を移動させたというのに、これでは何の意味も無いではないか。自責と呵責の念に苛まされ、それすらも自分には資格がないと吐き捨てて、修司はエリドゥへと急ぐ。

 

「ちょっと、落ち着きなさいってば! どうしたって言うのよ」

 

 すると、空から先行してきたらしいイシュタルが、修司の所まで追い付いてきた。空を飛んでいるとは言え、修司の足に追い付くとは流石は女神。しかし、呼び止めるイシュタルを無視し、修司は更に地を蹴る脚に力を込める。

 

「バカ! アンタが先走った所でどうにもなんないでしょうが! 傷だって治ってないんだし、もうちょっと冷静に───」

 

「うるせぇ………」

 

「なっ、」

 

「うるせぇって、言ってんだ!!」

 

制止の呼び掛けをしてくるイシュタルの言葉を遮って、修司は子供じみた怒声を上げる。

 

分かっている。今の自分が先走った所で、エリドゥに囚われている人々全てを助ける事は叶わない。そもそも、今もまだウルクの人達が無事でいる保障は何処にもないのだ。

 

だが、修司は見てしまっている。ペルシャ湾を観察していた灯台で、ラフムになり掛けた人だったモノの姿を。もし、奴等の増え方の一つにその様な手段を取っているとするならば………。

 

 そんな考えを振り払う様に、修司は首を横に振る。だって、だって彼女は、自分にとって………掛け替えのない大切な───。

 

「修司、アンタ………」

 

この時、自分がどんな顔をしているのか、鏡を持たない修司には分からない。ただ、横から覗き込んでくるイシュタルは、罵声を浴びせられた事を咎める事せず、静かに修司の後を追走していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、それから僅かな時間が過ぎ、修司はエリドゥへ辿り着いた。其処に人の姿はなく、見えるのはラフムの群れだけ。遅かったのか? いや、集中して気を探れば、エリドゥの広場に百人規模の人の気配が感じ取れた。

 

未だに立香達が追い付いてくる気配はない。が、今は彼女達の合流を待っている場合ではない。既にラフム達は自分達を向いている。その貌に目はないが、その縦型に裂かれた口が、嗤っている様に見えた。

 

他の仲間を呼ばれる前に仕留める。修司は手刀に気を纏わせ、押し寄せるラフム達目掛けて横薙ぎに一閃させる。

 

瞬間、横に両断されたラフム達は塵となって消えていく。相変わらずコイツ単体ではどうってことはない、このまま広間まで一直線に進もうととして────。

 

「っ! 討ち漏らしががいたか!」

 

大通りから少し離れた所で、息を潜めていたラフムを見付ける。此方の様子を影から眺める、なんて知性の発露を見せてくるラフムに、修司は言葉に出来ない怖気を感じた。

 

やはり、ラフムは学習している。その生態系がどう言ったモノかは定かではないが、恐らくは個体同士で感覚を共有し合う特殊な繋がりがあるのだろう。謂わばラフムだけのネットワーク、このまま奴等が知性を学んでいったら、それこそ何か取り返しの付かない事になる気がする。

 

ラフムは一匹たりとも生かしてはおけない。再び修司は手刀に力を込め、そのラフムを両断しようと迫り───。

 

「───────え?」

 

動きを、止めてしまった。

 

 そのラフムは修司の姿を見ても襲っては来ず、仲間を呼びもせず、殺気を向けられても尚、敵意を見せては来なかった。

 

その個体がしているのは、ただ両手を上げているだけ(・・・・・・・・・・・・)。威嚇のつもりか、はたまた別の意図があるのか、震えながらただ前足らしい両手を上げながらその姿は────まるで、人間らしい投降を示しているみたいで。

 

「────ま、さか」

 

喉が乾く。息が止まる。心臓の鼓動が煩い。目の前の無抵抗なラフムを前に、修司は呆然とその様子を眺める事しか出来なかった。

 

嘘だ。否定の感情が、修司の胸中に溢れていく。だって、その格好はこの神代に於いて知るものは誰もいないのだから。両手を上げて降伏なんてモノ、この時代には存在しない筈───。

 

 

 

 

 

『あの、修司様? 白旗とは一体?』

 

『あぁ、白旗ってのは降参の意味を相手に伝える手段の事さ、他にも両手を上げてバンザイの姿勢とかも自分の負けを認めるジェスチャーだったりするんだ』

 

『バンザイ………ですか?』

 

『そうそう、バンザーイってね』

 

 

 

 

「───────あ」

 

 気付いた。気付いて、しまった。目の前のラフムが両の触手を上げている理由を、敵意もなければ殺意もない。そもそも敵対する意志がそのラフムにはなかった。

 

だって………。

 

「あ、あぁ………アアアアアァァァァァァァッ!!

 

慟哭。目の前のラフムを前に修司の膝は崩れ落ち、許しを乞う様に、その額を地面へ打ち付けた。

 

まただ、またこうなった。大事なモノを理不尽や不条理から守る為に、自分は今日まで鍛え上げてきた。自分の好きな人達が笑っていられるように、理不尽に喘ぎ、不条理で涙を流さない様に、強くなると決めた筈なのに。

 

「また、俺の手から………溢れていくッ! ゴメン、ごめんなさい、ごめんな……さいっ」

 

 自分の大事なものだけは溢さないように握り締めても、それを嘲笑うかのようにすり抜けていく。涙を流し、踞る修司にイシュタルが何かを言える事はなかった。

 

だが………。

 

「ナカ………ナイデ………」

 

「────え?」

 

「嘘、ラフムが喋った!?」

 

ふと、自分の頭に何かが乗せられた。その感触は既に人のモノではなく、泥と悪意から生まれたもの。しかし、その冷たく変わった怪物の手に、確かな温もりが其処にはあった。

 

「ナカナイデ、ツヨイヒト。ドウカ、アヤマラナイデ。アナタハ、ワタシタチニ、マブシイアシタヲ、ミセテ、クレタ」

 

拙い口調で、それでも懸命に想いを伝えようとしてくる。

 

その姿に、修司は彼女の微笑みを幻視した。

 

「ドウカ、カナシマナイデ。ドウカ、ワラッテ。アナタノ、カガヤキヲ、ミウシナワナイデ」

 

「─────────」

 

 また、涙が溢れていく。自分の行いを、身勝手で拙いハチャメチャを、輝きだと言ってくれた彼女に………修司の折れ掛けた心に、再び熱が入る。

 

変わっていない。どれだけ時代が、姿や形が変わっても、その魂の在り方は変わっていない。

 

“命の輝きこそが永久不変”

 

 ふと、脳裏にそんな言葉が浮かんだ。良い言葉だ。なら、今の自分もこれに肖るとしよう。

 

立ち上がる。鼻水と涙でグシャグシャになった顔を拭い、修司は目の前のラフムに笑みを浮かべる。

 

 と、その時だ。広場の上空に空間が裂けていく。中から現れたのは………ペルシャ湾にて現れた翼を持った髑髏。

 

その全容を目の当たりにして、修司はあの化け物が先の北壁に現れた化け物と同系統の存在だと確信する。

 

「修司───いけるわね?」

 

あの化け物も恐らく一体だけではないのだろう。それでも、修司の顔に翳りはなく。

 

「あぁ、勿論だ」

 

 背後に佇むラフムを、護るようにして怪物へ向き直る。

 

「────行ってきます」

 

ただ一言、別れの言葉ではなく、行ってくると口にして、修司は広場へと駆けていき、その奇妙なラフムは見送るように………その背中を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴が聞こえてくる。広場に近付くに連れて、惨劇の声が大きくなっていく。広場に押し込めた十数人の人々、互いに互いを殺し合わせ、最後に残った人すらも愉しげに殺す殺戮のコロシアム。

 

ラフムは嗤う。愉しいと、これが人間なのだと讚美しながら、旧き人間達を効率良く駆逐する。

 

さぁ、次はどんな風に殺そうか。与えられた玩具を喜ぶ子供の如く、人間達を殺そうと集まるラフム達。もうこの世界に自分達の脅威となる者は存在しない。

 

そして、魔術の王から遣わされたとされる邪神が現れた今、人間達に残された道は一つしかない。

 

滅びよ。その過程で存分に楽しませてくれ。何処まで行っても悪意しか存在しないそのラフム達の間に、突如として………銀色の風が流れていった。

 

瞬間、ラフム達は消えていく。どうして消えたのか、ラフム達本人が自覚しないまま、塵となって消えていく。

 

ウルクの人々すらも何が起きたのか理解できない中、邪神は嗤う。

 

『死ニ損ナイノ愚カ者メ………滅ビヨ』

 

どれだけ己が強くなっても、所詮お前は供物でしかない。そう嘲笑う邪神に、修司もまた笑みを浮かべる。

 

「あぁ、確かに俺は愚かだろうさ。けれど、それでも俺はこの生き方を変えはしない。何故なら────それが、俺だからだ!!」

 

扉に触れる。流れ込むは修羅の力。されど、その修羅に流れるは確かな人の血、人の可能性である。

 

異なる思想、異なる流派。しかし、その根底にある願いは、正しく………人の心が詰め込められていた。

 

「往くぞ、化け物。この業を以て、俺の怒りを思い知れ」

 

瞬間、修司の放つ闘気が天地を切り裂いた。

 

『何ッ!?』

 

「砕く、止めても無駄だッ!」

 

尋常ならざる覇気を目の当たりにして、見るからに狼狽える化け物に、修司はただ拳を振り抜いた。

 

『ガァッ!?』

 

殴る。殴り殴り、無数に殴り付ける拳の弾幕。体長十数メートルの化け物を、無遠慮に殴り飛ばしていく。

 

 修司は戦う。それが、誰かに託されたモノでもなければ、委ねられたモノでもない。自分の心が命ずるままに……その拳を奮う!

 

「真覇! 剛掌閃!!」

 

『お、オノォォレェェェェッ!!』

 

空高く打ち上げれた邪神が、断末魔と共に砕け散る。それは正しく、人類の反撃を示す狼煙であった。

 

 

 




散々悩んだ結果、この様な展開になりました。

スミマセン。

目立った鬱展開は今回で終わりですので、何卒ご容赦下さい。


次回、緑の人。

それでは次回も、また見てボッチノシ




オマケ

ボッチinApocrypha+1 そのに

「ふーん。聖杯戦争ねぇ、あの胡散臭い儀式が続いていたとは。夢とは言え、趣味が悪いな」

「修司、俺は………戻ろうと思う。戻った所で俺に何が出来るかなんて分からないけど、それでも、彼等を残したままで生きていくことは出来ない」

「ん? あぁ、良いんじゃねぇか? それがお前の望みだって言うなら止めねぇよ。つうか、俺も往くし」

「な、何故だ? お前にはこの戦いは無関係なのだろう?」

「その無関係の人間を巻き込もうとするのが、聖杯戦争の厄介な所なんだよ。それに、例の戦場にはジャンヌさんもいるんだろ? なら、尚更放っておけねぇよ」

「どうして、其処までして………」

「誰かを助けるのに、理由はいるのか?」

「え?」

「あちゃ、このネタ知らないか。まぁ生まれて間もないホムンクルスなら仕方ないのかな? じゃ、そう言う訳で行くとするか」

「え? 今から?」

「おお、善は急げってな。んじゃあ爺さん、世話になったな。飯、旨かったぜ」

「おお、気を付けてな」

「それじゃあ、行くか。トゥリファスへ!」

「なんだか、物凄い勢いで押しきられてしまった」


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