───修学旅行が始まって二日目、問題らしい問題は起こらず、旅行の過程の半分を消化しつつある現在、IS学園の生徒達は引率の教師達によって清水寺へと足を運んでいた。
京都で最も知られているであろう観光地、そこから見える景色に生徒達はいつもよりテンション高めでアチコチ見て回っていた。
そんな生徒達を諫めながらこれからの自由行動について織斑千冬と山田真耶の両名から説明を話し始めた。
「さて、皆もう知っているとは思うが今から夕方まで班での自由行動に移る。他の観光客の迷惑にならぬよう考え、単独で勝手な事をせず、慎ましい行動を心構えるように気を付けろ」
「各地で他の先生方を配置させていますから、もし迷ったり班からはぐれた時は近くの先生に頼って下さいね。集合場所はホテル、そこで班ごとの点呼を終えた後に各自部屋に戻って本日の日程は終了となりますから、それまでには戻って来て下さいね」
「「「はーい!」」」
千冬と真耶、二人の教師から告げられる注意事項と連絡内容を聞いた生徒達はそれぞれ目的地に向けて行動を開始する。
時刻は既に11時過ぎ、これからどこで昼食を取り、どこから散策に向かうか。誰もが京都での探検を楽しみにしている中で、ある一つの一団がある些細な事で揉めていた。
「えー! お父さん、私達とは一緒にいけないのー?」
「どうしてだ父上! 昨日私と京都の和菓子巡りをする約束をしたではないか!」
「だから昨日言っただろう。午前は一緒に行動するが午後からは野暮用で少し別行動を取るって」
「で、でもでも、それだと私達は一体どうすれば……」
ゴツゴツしながらも暖かみのある手、安心感のある温もりに目を細めてモモはコレを受け入れた。そんなモモに姉妹の羨望の眼差しが集まるが、そんな事気にも留めずに修司は言葉を続けた。
「班については心配するな。既に織斑先生を始めとした各先生方には話を通している。……と、言ったそばから来たようだな」
修司か向けられる視線、それに吊られて姉妹達も振り向くと、複数のグループが自分達の方に向かって歩み寄ってきていた。
「修司さん、お待たせしました」
「来たよ~♪」
「簪ちゃんに箒ちゃん、セシリアちゃんと鈴音ちゃん、シャルロットちゃんにラウラちゃんか、君達が班の代表として来てくれたと言うことは他の班の子達は皆納得してくれたのかな?」
「はい。みんな彼女達の事に興味津々で、二つ返事で了承を頂けました」
「布仏の班にモモ、セシリアの班にハナ、簪の班にはサキ、鈴音にメイ、箒の班にはミンミンで私とシャルロットの班にはタンポポ、という形になった次第であります」
「そうか。既に話し合いだけではなく担当する班も決めていたとは有り難い。助かるよ」
「ハッ! 恐縮であります!」
「ラウラの奴、どうして修司さんの前だとあんな仰々しくなるのかしら」
「まるで織斑先生を前にしたリンみたいだね」
「……反論出来ないのが悔しいわね」
「では皆さん、本日は娘達の事を宜しくお願いします。みんなも、迷惑にならないよう楽しみ、交流を深めて下さいね」
「「「……は~い」」」
箒達の班に新たに加わる事となったタンポポ達。最初こそは納得出来ていない彼女達であったが、各班での自己紹介を終える頃には意気投合し、和気藹々となってその場を後にしていく。
残された修司もその用事を果たす為にその場を後にしようとする。……が、その前に。
「さて、そろそろ生徒達の姿も見えなくなって来たことですし、そろそろ出てきてもいいと思いますよ。 楯無さん」
「……完全に気配は消していたと思うのだけれど、どうして気付かれたのかしら」
背後の建物の影から現れる学園最強の人物。忍者の様に現れる彼女に本来なら騒ぎになる所だが、予め修司が人気のなくなった所を見計らって呼び掛けた為か辺りに人影はいない。
その用意周到さに眉を寄せて不機嫌さを露わにする彼女に対して、修司は柔らかな笑みを浮かべる。
「確かに、貴女の気配の消し方は見事なものです。けれど相手の背後に回るのであれば相手の呼吸音や気配に合わせないとあまり意味はありませんよ」
「もうやだこの用務員」
笑顔のままでサラリと超級の暗殺術を教えてくる修司に楯無はげんなりした。しかし、そこは学園最強。だれる姿を一瞬で引き締めた彼女は鋭い眼光で修司を射抜く。
「………で? 私を呼びだして一体なんの用? 私これから一夏君の護衛を兼ねて様子を見にいかなくちゃいけないんだけど」
「そんなに慌てる必要はありませんよ。一夏君の方はアリカちゃん───私のIS達が監視しているので、万が一彼に何かあっても彼女達が対処してくれます。危険が迫れば織斑先生にいち早く連絡が行くよう手筈は整えていますので、その辺りも心配はいりません」
「───ホンット、ムカつく位用意周到ね。完璧よ。パーフェクトだわ白河修司さん」
「感謝の極み」
楯無の皮肉を目の前の白衣の男は簡単に受け流す。仰々しい礼もその容姿と合わさって似合っているものだから楯無も何も言えなくなってしまう。
この男、前から思っていたが天然なのか? 狙っているならかなりの策士だなと勘ぐりながら、楯無は進まない会話に釘を刺す。
「いい加減に話を進めるわよ。私は本来ならこの旅行に存在しない人間、簪ちゃんにでも見つかって嫌われたら大変だもの」
「あぁ、その心配なら必要ありません。既に私の方から話しておきましたから」
「んなっ!?」
「大丈夫。キチンと訳は話しておきましたし、簪ちゃんも自分の前に姿を現さない事を条件に納得しましたから、アナタが何も知らないフリして彼女の前に姿を現さなければなんの問題もありませんよ」
「~~~っ!!」
「? どうしました楯無さん。そんなに顔を赤くさせて? 何か私の言葉におかしな点がありましたか?」
「………どうして簪ちゃんに話したのよ」
「隠密行動に於いて必要なのは周囲の人間のバックアップです。織斑先生も気付いていたみたいでしたから大丈夫だとは思いますが、いつ予想外のトラブルに巻き込まれるか分かりません。その時の状況に対処する為に織斑先生以外の人物の協力も必要になると思います。ですので、更識家の人間であり貴女の行動にある程度理解できる人物という事で簪さんを選んだのですが……何かおかしいですかね?」
「…………」
不思議そうに首を傾げる修司に楯無は怒り心頭となる。これでは妹にドッキリを仕掛ける事など出来ないではないかと内心で酷く憤慨するが、相手の指摘が尤もな為に楯無は反論する事が出来なかった。
「さて、戯れもこの辺にしてそろそろ本題へと移りましょう。更識楯無さん、貴女を呼び掛けたのは他でもありません。この国の暗部として働く貴女に聞きたい事があるのです」
「聞きたい事? ……今更アナタに知らないモノなんてある───」
「白騎士事件、並びに第二回モンド・グロッソの最中で起きた織斑一夏の誘拐事件。この件にはある組織が関わっていると私は睨んでいます」
「っ!!」
「
「───アナタ、一体どこまで、何を知っていると言うの?」
───更識楯無はこの時初めて目の前の存在に畏怖を抱く。一般の人間は知られていない筈の情報を、本来なら知ってはいけない世界の裏側を、目の前の男は眉一つ動かさないで平然と口にしている。
そんな驚愕した彼女に対し───。
「そんな驚く必要はありませんよ。私はただ───知ってる事を知っているだけですから」
そう、不敵に笑みを浮かべるだけであった。
次回、IS編最大の勘違いが生まれます。