『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今回と次回、ちょっと駆け足気味。

許して………許して……。


その150 第七特異点

 

 

 

 ────鮮血神殿。人類に対して恨みと憎しみを募らせてきた魔獣達の女神、ゴルゴーンが根城にしている神殿。

 

人類に対して憎悪を抱いておきながら人類を利用すると言う手段を選び、またその矛盾に最期まで理解が出来なかった女神は、同じメドゥーサであるアナに討たれ、アナと共に割れた地の底へ消えていった。

 

ゴルゴーンを討つ為には、アナという少女の犠牲が必要だった。それが予め決められていた定めだとしても、その事実を受け止めるには………立香には重かった。

 

けれど、それをちゃんと噛み締めなければ、これ迄彼女と過ごした日々が嘘になる。否定はせず、肯定もせず、悲劇だけに眼を向けず、彼女との日々を思い出しながら、立香はゆっくりとマシュと共にその事実を受け入れた。

 

「ありがとう、アナ」

 

 裂けた大地を見下ろしても、既に彼女達の姿は確認できない。それでも自分達と共に戦ってくれた少女に立香は最大限の感謝を口にした。せめてもの手向けとして、あの日老婆から託された花の冠を優しく投げ入れる。

 

自分にはその資格がないと、一度は拒否した花の冠。使命を果たし、眠りに付いた今ならば、きっと彼女も受け入れてくれるだろう。そんな願いと老婆の優しさが届くことを祈って投げ入れた花の冠は、アナを追うように地の底へ消えていった。

 

「これで、人類を脅かす女神の攻略は完了しました。ですが………」

 

「修司さんが言うには、此処からが本番みたいだけど………何も、起きないよね?」

 

自らをティアマトと称し、人類の絶対的敵対者であるゴルゴーン。その女神の背景には今回の特異点の本当の元凶が潜んでいる。立香達はてっきりゴルゴーンが倒された直後に現れるかと思っていただけに、この静寂が少しばかり不気味に思えた。

 

もしかして修司の深読みか? そう思ったのも束の間、突如として巨大な振動がシュメルの大地を揺がした。突然の揺れに驚く一行だが、意外にも揺れ自体は直ぐに収まった。

 

「い、今の揺れは一体なに!?」

 

『立香ちゃん、マシュ、二人とも無事かい!?』

 

「ドクター、どうかしたの?」

 

『今、君達の観測が一時的に出来なかったんだけど、何も異常はないかい!? 気分が悪かったり、手足が透けてたりしてないかい!?』

 

「お、落ち着いてくださいドクター、私も先輩も無事です。ゴルゴーンも………その、アナさんのお陰で討伐する事が出来ました」

 

 シュメルの地震に動揺している暇もなく、必死な様子で通信を繋いできたロマニに、一行はホッと安堵の溜め息が漏れた。ロマニからの話では、カルデアは一時期立香達の観測が出来ていなかった様だが、立香達に特に変調はなく、体調面も至って良好だ。

 

その事にロマニも安堵の溜め息を溢すが………それも一瞬。深刻そうな顔をして立香達を見つめるロマニの眼差しは、これ迄とは何かが違う畏れがあった。

 

『二人とも、どうか落ち着いて聞いて欲しい。先程観測した結果………北壁が半壊している事が判明した』

 

「なっ!?」

 

『原因は不明、しかし北壁が半壊する直前に超弩級のエネルギー値を観測したから、恐らくはケツァルコアトル以上の神性が顕現したと思われる』

 

 信じられなかった。北壁には牛若丸や弁慶、レオニダスといったサーヴァントの中でも戦場を得意とする英霊が付いていて、更にはケツァルコアトルやジャガーマン、白河修司などゴルゴーン討伐の自分達よりも潤沢な戦力が揃っていた筈だ。

 

そんな彼等が揃っていながら、北壁が半壊。その事実は立香達に大きな衝撃を与える事になった。

 

『今、北壁には修司君を除いた全てのサーヴァント達が残った魔獣達の掃討をしてくれている。被害は甚大だけど、幸い致命傷には至っていない』

 

「待ってドクター、修司さんは………修司さんはどうなったの?」

 

 北壁の半壊、その事実は決して軽くはないが、幸いにもその防衛機構は死んではいない。怪我を負った兵士達もレオニダスが上手く立ち回ったお陰で被害者は最低限に押し留めたし、牛若丸達の助力もあって残りの魔獣達の掃討も滞りなく済むだろう。

 

しかし、それ以上に立香達には懸念するべき事があった。それは敢えてロマニが避けていた白河修司の事に付いてだ。

 

彼に限ってそんな事はあり得ない。しかし、嘗てない状況の前に立香はイヤな予感を感じずにはいられなかった。

 

「白河修司、今頃奴は死んでいるだろうね。他でもない魔術王からの横やりでさ」

 

「キングゥッ!」

 

そんな立香の予感を決定づけさせるような囁きが、頭上から聞こえてくる。天蓋を突き破り、ゴルゴーンの玉座へ踏み入ってきたキングゥは、人類を蔑んだ態度こそは軟化してないものの、その表情は複雑そうにしていた。

 

「アナタ、ケツァルコアトルの相手をしてたんじゃないの?」

 

「ゴルゴーン。彼女が討たれた以上、もう彼女と事を構えるつもりはないさ。いや、構えても意味がない。と言うのが正解かな?」

 

 イシュタルの問いを、鼻で嗤いながらも答えるキングゥだが、奴はこちらに対する敵意や殺意といった害意はなかった。これ迄は修司の顔をみるだけで殺意を滾らせていたのに、今はあの時の荒ぶりが嘘のように大人しくなっている。

 

「キングゥ、アナタは北壁で何が起きたのか知ってるの?」

 

キングゥは人類を根絶やしにする為、人類の守りの要とも言える北壁を多少なりとも疎ましく思っていた。故に修司がマルドゥークの手斧を投げ飛ばす際にそうはさせないと邪魔をしようとし、ケツァルコアトルがそんなキングゥを押さえ込んでいた。

 

つまり、北壁の状況については彼が一番情報を待っている。ダメで元々、一体今何が起きているのかを把握するために立香は訊ねるが………。

 

「っ、先輩! またもや地震です!」

 

「────っ、」

 

 再び足下を揺るがす振動に戸惑うと、突然血を吐き出したマーリンが、しまったと顔を歪めて悔しそうに地に付いた膝を叩き出す。

 

「───そうか、そう言う事だったのか。まさか、化かし合いで私が一歩上を行かれるとは!」

 

「マーリン!?」

 

恨めしく言葉を漏らすマーリン、その姿は徐々に薄くなり、サーヴァント特有の退去現象が起きている。ゴルゴーンを討伐したつもりが、マーリンまでもが致命傷を負ってしまっている。

 

この現象を理解しているのはマーリン自身を除いて唯一人、空中から立香達を見下ろすキングゥが、薄笑いを浮かべていた。

 

「花の魔術師マーリン。確かに君の魔術は厄介だったよ、対象を眠りの淵に落とし、その目覚めを時が来るまで遅らせる。ああ、大したものだよ。その努力、僕は素直に称賛しよう」

 

「けれど、少しばかり浅はかだったね。魔獣母神ゴルゴーンは、確かに原初の女神ティアマトの権能を授かっている。けれど、それは単に力を与えただけじゃない。彼女の存在は女神ティアマトとの繋がりを結ぶ為に必要な存在だったのさ」

 

 キングゥの言葉の意味を理解するのに、立香もマシュも時間は掛からなかった。ゴルゴーンとの決戦前に修司が見破った今回の特異点のカラクリ、その原因となっているのはやはりゴルゴーンだった。

 

つまり、ゴルゴーンは女神ティアマトを目覚めさせる為に必要な生け贄であり、代行者だった。眠りにつかせた母を目覚めさせる迄の代用品、ただそれだけの為に女神ゴルゴーンは利用されていた。

 

奇しくも、修司の読み通りの展開になってしまった。想定外だったのはマーリンが此処でリタイアしてしまう事、申し訳なさそうに俯くマーリンに代わり、立香がキングゥに言葉を投げ掛ける。

 

「なら、今度はその女神ティアマトが出てくるって事? 同じ神様を利用して悦に浸っているとか、貴方が見下している人間と………一体どう違うわけ?」

 

「せ、先輩!?」

 

「ヒュウッ、私好みの良い挑発ね。良いわもっと言ってもっと言って!」

 

人間を何処までも見下している癖に、そのやり方は何処までも人類と似通っていた。その人間らしいキングゥや魔術王のやり方を指摘する立香だが、挑発するにはその言葉は少々遅かった。

 

「吠えるなよ藤丸立香。そこの出来損ないのデミサーヴァントや、白河修司の力が無ければとっくに野垂れ死んでいる絶対弱者が、生意気な口を叩くんじゃあない」

 

「ならどうする? 此処で私達と戦ってゴルゴーンの敵討ちでもするつもり?」

 

「いいや、そんな無駄な時間を掛けるつもりはもうないよ。それに、どのみち君達人類とは此処でお別れさ。精々僕達新人類と…………邪神の糧にでもなってくれ」

 

 立香の挑発やイシュタルの煽りもものともせず、キングゥは憐憫にも似た眼差しで一行を見下ろし、言いたいことが済んだのか、天蓋の一部を穿って開いた孔を通りながら、キングゥは鮮血神殿を後にする。

 

その口振りから、もうここにいる意味もないと判断したのだろう。やけに余裕のあるキングゥの態度や北壁の様子が気掛かりだが、自分達もここにいる場合じゃないと鮮血神殿から脱出を試みる。

 

だけど、その前に……。

 

「藤丸立香、人類最後のマスターの片割れよ。僕がこの特異点から退去する前に、どうかこの事だけは王様に伝えて欲しい」

 

「七つの厄災が一つ、人類悪が目を覚ましたと」

 

紡がれるのは、人類が抱える厄災。人類悪(ビースト)という討つべき獣を説明すると、マーリンは花を散らすように消失。人類悪、それが一体何なのか。王に判断を委ねる為にも、一同は鮮血神殿を後にする。

 

しかし。

 

『なんだよこの数、ペルシャ湾から物凄い数の魔力反応があるぞ!? 総数は────凡そ一億!? こ、こんなの……人類にどうにか出来る数じゃない!』

 

既に、悪意は目を覚ました。人の時代を終わらせる為に、新しいヒトが進軍する。

 

その中に、とびっきりの邪悪が混ざっているのも知らずに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、………ふぅ、何とか倒せたか」

 

 地表深く抉られたペルシャ湾。窪んだ大地に海水が流れていくのを眺めながら、息を整えた修司は滲み出る汗を拭い、たった今消滅させた怪物の死骸を確認する。

 

とは言っても、怪物は修司の放った一撃によって完全に消滅。断末魔を上げること無く光へ消えていった怪物は、奇妙な台詞だけを残してこの世界から退出した。

 

結局、奴の言う言葉は何の意味があったのか。シュウ=シラカワとは、一体誰の事なのか。疑問に思う所はあるけれど、今はその事を考えている場合ではない。

 

被害を抑えようと場所をペルシャ湾に移した為に、大分時間を取られてしまった。北壁はまだ魔獣達との戦いを繰り広げている最中だろうし、立香達だって今頃ゴルゴーンと決戦の直中だろう。

 

早く戻って皆の手伝いに向かわなければ。と、その前にロマニへ事の顛末を報せる必要がある。北壁に引き返しながら連絡を入れようとしたその時………ペルシャ湾の海が黒く染まってくのに気付いた。

 

「なんだ………これ?」

 

青く美しいペルシャ湾が、どす黒いモノに変質していく。

 

────修司はこの黒いモノと良く似たモノを知っている。それは嘗て自分の全てを奪った呪いの泥、悪意と呪いに満ちた泥。ペルシャ湾の海面に浮かぶ黒いモノは、修司にあの時の光景を想起させていた。

 

「まさか、これがゴルゴーンと裏で繋がっていた奴なのか?」

 

目の前の光景がゴルゴーンとの戦いによって生み出された光景なら、立香達はあの復讐の女神に勝利した事になる。だが、如何せん状況展開が早すぎる。これでは人類側が体勢を立て直すよりも前に、襲撃を受けかねない。

 

 しかし、事態は修司の予想を上回る形で裏切っていく。より最悪な形で、より醜悪な形で。

 

「う、うわぁぁぁっ!」

 

「っ!?」

 

ふと、遠くから聞こえてきた微かな悲鳴。何事かと思い辺りを見渡せば灯台に似た塔に黒い泥がへばり付いているのが見えた。

 

いや、あれは泥ではない。どす黒い形をした………人ならざるモノ。相手を睨む目も、敵を感知する鼻もない、魔獣よりも醜悪なモノが薄く嗤う口だけを歪ませて人間を襲っていた。

 

その光景を目の当たりにした瞬間、修司は気を開放して灯台へ接近。人間を嗤いながら殺し続ける化け物に蹴りを一撃見舞うと────無惨に殺された老人が視界に入った。

 

「波ァァァァァッ!!」

 

振り向き様に、灯台を襲っていた黒い化け物の群れに向かってかめはめ波を放つ。放たれた蒼白い閃光は化け物達を呑み込み、空の彼方へと消えていった。

 

だが、これで終わりとは思わない。以前としてペルシャ湾は赤黒く変質したままだし、空も暗雲が立ち込め始めている。まるで世界の終わりが来ているような光景、早いところ此処から脱出しようと生き残っている人達に声を掛ける。

 

「皆さん、ご無事ですか!? 自分はウルクより故あって此処までやって来たもの、生き残っている人達は自分と一緒に来てください!」

 

「おぉ、貴方が噂に聞いた山吹色の! ありがたや。世界が終わりを向かえても、天運は未だ私達を見逃してはいませんでしたか」

 

「詳しい事はウルクへ戻ってから。全員、自分の体にしがみついて────」

 

「後ろッ!」

 

 灯台の長らしい老人を除いて、一先ず無事そうな人達に安堵するのも束の間、聞こえた来た怒号に返事をする間もなく背後からの悪意を感じ取った修司は、手刀に気の刃を纏わせて迎撃。振り抜かれた斬撃は確かにその悪意の元を断ち切ったのだが………。

 

「なん…………だと…………?」

 

それは、今黒い化け物に襲われて命を奪われた筈の老人だった。いや、正確には老人ではなく────半分が黒い化け物となった老人。おぞましい形相で笑みを浮かべ、斬られても尚笑みを絶やさないその貌はただ狂気に満ちていた。

 

「………今、俺は………何を斬った?」

 

何故、老人が化け物になったのか。思考を巡らせる修司だが、その答えは直ぐに導き出された。

 

化け物はただ海から来るだけでなく、襲った人間すらも化け物に変えてしまう。その恐ろしい性質を理解した瞬間、修司は即座に灯台に残った人達を連れてウルクへの一時撤退を選択した。

 

だが……。

 

『何処へ往ク』

 

その声を聞き、驚愕し、唯でさえ状況に混乱していた修司は………この日、最も大きな隙を晒してしまった。灯台の外から此方を覗いている巨大な骸骨、それは先に修司が倒した怪物と同じ性質の気配を漂わせていた。

 

違うのは、先の地を這う怪物とは異なり、翼を持っているという事。一瞬の時間、全ての光景が遅くなっていくのを自覚しながら………。

 

『───死ネ』

 

修司は怪物の放つ衝撃波に呑み込まれていく。全身を砕かれるような衝撃を受け、意識を断たれた修司は………エリドゥ近くの森まで吹っ飛んでいく。

 

 悪意は嗤う、面白いと。邪悪は嗤う、滑稽だと。

 

ありとあらゆるモノが踏みにじられ、絶望に沈み行く中。遥か空から見下ろす魔術の王の影は、とても晴れやかな笑顔で見下ろしていた。

 

 

 

 





Q.何クルス、何でもう一体いるん?

A.何クルス君は、二対で一体みたいな所があるから。

???「予習不足ですね。次回からは改めるように」

修司「─────誰?」

次回、新しいヒトの形

悪意の嘲笑が、シュメルを覆う。


それでは次回もまた見てボッチノシ







オマケ

もしもボッチが時計塔に短期留学していたら。ふぁいなる


「聖杯戦争?」

「そうなんだよ! なんでもアメリカのスノーフィールドって所で、新しく聖杯戦争が開かれるらしいんだ! ほら見てよ、僕の手に令呪が刻まれているでしょ!」

「………正直、あの血腥い戦いにお前を行かせるのは嫌だが、その様子だと決意は固いみたいだな」

「勿論。生半可な気持ちでは挑まないよ。けれど、僕一人の力じゃあたかが知れているのも事実。だからお願い修司、前回の聖杯戦争に生き抜いたっていう君の力を僕に貸して欲しい!」

「───はぁ、仕方ない。断ったら一人で行きそうだし、俺を頼ってくれただけでも重畳か。よし、行こう。そもそもアメリカのスノーフィールドには胡散臭い何かがあるって王様から聞いてたから、近い内に向かうつもりだったし」

「本当ッ!? ありがとう修司!」

「あとは、もう何人か巻き込みたいが………」

「アメリカだね。私も同行しよう」

「キリシュタリア」

「ロード・バリュエレータからも既にGOサインが出ている。私個人の飛行機も既に用意されているから、いつでも行けるぞ」

「よし、なら行くぞ。アメリカへ!」

「「おうっ!」」


これが、後に神秘の秘匿も糞もない。超絶ドッカンバトルな聖杯戦争になり、とある三人の所為で世界中の組織を巻き込んだ大騒動になるとは………この時、誰も知る由もなかった。


そして………。


「あ、あのー、師匠、カドックさん。時計塔から物凄い抗議の連絡が来てますが?」

「知るか、私は今温泉を堪能するのに忙しい」

「あ、エルメロイ先生、ここ露天風呂が人気らしいですよ?」

「二世を付けたまえカドック君。では、もう一風呂楽しむとしようか。折角の有給、堪能するとしようじゃないか」


尚、とある三人のトンチキ衆を何とかする為、一人のロードと魔術師の少年が世界中から身柄を狙われる事になるのだが…………それはまた、別のお話。




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