『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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は、話が進まないィッ!


その144 第七特異点

 

 

 

「───う、うぅ……ん」

 

「あ、起きた。みんなー! ケツァルコアトルさんが起きたよー!」

 

 朧気だった意識が浮上し、目を覚ましたケツァルコアトルが最初に目にしたのは、自身を見下ろすオレンジ色の髪をした少女、名前は確か………そう、藤丸立香だった筈。

 

人類最後のマスターの、その片割れ。頭部に伝わってくる感触からして、どうやら自分は彼女に膝枕をされているようだ。何故こんな事になっているのか、順を追って記憶を辿ると………ある事実に辿り着く。

 

空高く舞い上がる自分と、淡く輝く光を纏った修司。互いに全力を出してのぶつかり合い、一体あれから自分はどうなっているのか。

 

いや、本当は分かっていた。周囲に被害の少ない大地や自分が気絶している事から、どうやら自分は敗北したらしい。気を失っていたこともそうだが、全力を出し切った自分に対して、相手の修司はまだまだ余裕が残っている様子から、自分の負けは覆らない事実だ。

 

 悔しいが、認める他なかった。自分は目の前の青年、白河修司に正面から戦いを挑まれ、敗北した。サーヴァントの身である事も言い訳にせず、ケツァルコアトルは粛々とその事実を受け入れる。

 

「よう、身体の方はもう平気そうか」

 

「えぇ、貴方には随分と迷惑を掛け、それ以上に喜びを与えて貰いました。このケツァルコアトル、謹んで此度の敗北を受け入れようと思います」

 

 悔しさで腸が煮え繰り返る思いだが、それ以上にケツァルコアトルは充足感に満ちていた。人間の可能性を見せ、示してくれた修司に太陽神は敗北の憤りよりも、人類の強さに嬉しさを感じていた。

 

あれだけの可能性を見せられた以上、自分が口出し出来る事はほぼない。あるとしたら、これからの自分の立ち位置を示す事くらいだ。

 

「戦う前の約束を此処に。これより、私はあなた方の配下に加わりまーす」

 

 拳を地面に突き立て、頭を下げる。神にとって約束は何物にも勝る契約だ。それが喩え口約束であったとしても、決して違えてはならないモノ。

 

そんな彼女に修司は改めて受け入れた。

 

「あぁ、これから宜しくな」

 

『じゃあ、これで晴れて修司君もマスターとして成立する訳だ。やったね修司君! パートナーが出来るよ!』

 

「おいバカやめろ」

 

 サーヴァントとの契約。それは修司が体験してきたこれ迄の特異点修復の旅に於いて初めての経験である。

 

思い返せば、最初の特異点を攻略してからこっち、召喚する為のリソースは全て碌でもない結果に終わった。黒鍵というよく分からない得物だけがコロコロ落ちていくだけの召喚、時には好物の激辛麻婆が呼び出されたりするが…………いや何で麻婆?

 

この二つしか喚び出されなかった事から、第二の特異点を攻略してから、修司はサーヴァントの召喚を諦め、そのリソース全てを立香に譲渡した。使い道のない礼装に費やすより、強力なサーヴァントを引き当てる縁を結んだ彼女に任せた方がいい。その日、ポンポンと頼もしいサーヴァント達を喚び寄せる立香を尻目に、修司は自室の枕を涙で濡らした。

 

そんなほろ苦い思い出を噛み締めながら、いよいよ初めての契約を結ぼうと、修司はケツァルコアトルに令呪が刻まれた手を差し出す。初めての契約の相手が太陽神という事に少々気後れするが、それでもこれで充分マスターと呼べるようになる。

 

いつしか、カルデアの一部のサーヴァント内で広がっていた嘲り、人類最後のマスター(笑)などと呼ばれずに済むのだ。

 

その称号()で呼んだ奴は等しくぶっ飛ばしてきた修司にとって、この機会は絶好のチャンスとも呼べた。

 

────閑話休題。

 

 そして、跪くケツァルコアトルに手を差し出すこと数秒、これ迄立香にしか確認しなかった令呪の輝きが、遂に修司の手にも顕れるようになった。これで自分もマスターだと、そう言って胸を晴れる現象が起きようと────。

 

 

“バチン”

 

 

「は?」

 

「───え?」

 

────確信した時、修司の手から火花が散った。これ迄の旅路の中で見たこともない現象、これ迄多くのサーヴァントと契約をしてきた立香や、その場を目撃してきたマシュ、ロマニを含めたカルデアの者達から見ても初めて目の当たりにする現象に、誰もが言葉を失い、唖然としていた。

 

「───えっと、今ので契約完了なのかな?」

 

『い、いや。原因は不明だが修司君とケツァルコアトルの間に契約のパスは繋がっていない。契約は失敗した? そんな、こんな事例始めてだぞ?』

 

嫌な予感を覚えた修司がロマニへ問うと、そこには案の定契約失敗という無慈悲な事実が突き返されてきた。何故失敗するのか、その理由を解明して対応する為に何度も修司はケツァルコアトルとの契約を試みたが、結果は総じて失敗。初めて自分のサーヴァントと組める事を期待していた修司は、半泣きしながら肩を落とす。

 

本気で自分との契約を望んでいた修司の落ち込み様を見てしまうと、ケツァルコアトルも責めることは出来なかった。

 

『うーん。残念だけど、修司君のパートナーはまた次の機会という事で。立香ちゃん、申し訳ないけどお願いしてもいいかな?』

 

「え? 私は別に良いけど………ケツァル姐さんは大丈夫なの? 私なんかと契約しちゃって」

 

「えぇ、とても残念な結果となりましたが、こうなっては仕方ありません。ですが、別に妥協している訳ではありませんよ? これ迄六度も特異点を乗り越えてきた藤丸立香、貴女の事も興味津々でしたからね」

 

「そ、そうなの?」

 

「えぇ。だから、自分を“なんか”って卑下しちゃダメよ。自分を下に見たら、それだけ貴女の可能性は小さくなるのだから」

 

「まぁ、あまり自分を大きく見せるのもアレだけどね。最悪、傲慢で傍若無人なあの金ピカみたいになるんだから」

 

 結局、ケツァルコアトルは藤丸立香と契約を結び、晴れて彼女は三女神同盟を抜ける事を決め、これからの旅を動向することとなった。

 

「はぁ、俺のサーヴァント、一体どこにいるんだろ」

 

「ドンマイ修司、君の次の出会いに期待しよう」

 

「そんな合コン風に言うのもどうなん?」

 

マーリンからの慰めも受け、一先ず立ち上がった修司は、その後無事だったエリドゥ市の戦士達と挨拶を交わし、マルドゥークの手斧を翼竜達が運ぶ手配を整え、この地でのやるべき事は全て完了とするのだった。

 

ただ、その途中で一行はケツァルコアトルに連れられてある広場へと連れてこられる事となる。連れてこられたのはエリドゥ市の広場、その中央部分には石碑にも似た建造物が突き立てられており、ケツァルコアトルはこれを王権の一つである円筒印章と呼称していた。

 

文字と言うより絵、小さな羅列する文字と複数の絵が掘られたその印章は何やら不気味な予見を思い起こさせた。これから起きるこの地での最悪、ケツァルコアトルは観光名所の一つと誤魔化していたが、修司にはそうは思えなかった。

 

 

やはり、この地にはまだ何かが隠されている。それを今後の旅の中で見付けるしかないと察した修司は、一先ずの考察を中断し、皆と共にウルクヘ帰還する事となった。

 

その後、マルドゥークの手斧を運搬する際にジャガーマンが何やら不満を溢していたが、その全てがケツァルコアトルに一蹴され、野生のジャガーは悲しき雄叫びを上げながら手斧を運ぶ翼竜達の監督役を担う事になり、一行とは一時此処で離脱する事となった。

 

そんなジャガーを哀れに思った立香が、殆んどお情け感覚で彼女とも契約を結ぶ事になるのだが………それはどうでもいい話なので割愛。

 

 そしてエリドゥ市から引き返すその途中、寝ずの番をしてくれた立香に感謝しながら床に就くと、修司はふと違和感を覚えた。やはり何かが違う。自分の知るイシュタルとは気配が違うことに戸惑うが、幸いなことに彼女から敵意や害意の類いは感じなかった。

 

どうやら純粋に立香との対話を楽しんでいるだけで、それらしい素振りを見せないイシュタル(?)に安堵すると、改めて修司は横になり翌朝まで体力の回復を練るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「王様が………死んだ?」

 

 翌朝、マルドゥークの手斧だけでなく、ケツァルコアトル達も仲間に引き入れた事で、いい報告が出来ると、意気揚々にウルクに辿り着いた一行がシドゥリから聞かされた話は、賢王ギルガメッシュの訃報だった。

 

死因は不明、一時は現代日本に於いても度々問題視されてきた過労死なのではないかと、他人事ではないロマニを含めた全員が唖然とした様子で王のいない玉座を見上げている。

 

「そんな、あの王様が死ぬなんて………」

 

「シドゥリさん、王様はが崩御されたのは……その、いつ頃なのでしょう? 私達がエリドゥに向かう時はギルガメッシュ王はまだ健在だった筈です」

 

「…………はい。マシュ様の言う通り、王は昨夜までは健在でした。魔獣戦線の建て直しも順調になり、仕事も取り敢えずの段落を済ませ、これ等の報告を私がする事で王は一時の休みを受けていただく………その、手筈でした」

 

嗚咽を抑えながらも当時の事をシドゥリは順番に説明していく。その日、王はまだ健在だった。立て込んでいた仕事を全て片付け、これで一時の休みを受け入れて英気を養って貰い、再び政務に挑んで貰おうと、シドゥリは片付いた粘土板を抱えながら玉座を後にした。

 

そして、各部署の長に粘土板を配り終えたシドゥリが再び玉座へ戻ると、其処には眠るように息を引き取った王がいた。突然の王の死、その事実に修司は眩暈を覚えたが、同時に感じた違和感に我を取り戻した。

 

「───そう言えば、ウルク市内から感じられる気の数が結構減っている気がするけど、シドゥリさん、何か心当たりがあったりしないか?」

 

「言われてみたら、ウルクの街もいつもより活気がない様な………」

 

 ウルクに戻ってきて早々、ギルガメッシュ王の死去という事実に混乱していたが、修司の言う通り、現在ウルクには以前にはなかった不気味な静けさが渦巻いていた。

 

「………そう、ですね。言われてみれば皆様がウルク市から出発されてから続々と死亡者の報告が増えてきたかと思われます。特に、年配の方が次々と」

 

「っ!」

 

現在、ウルクには死が渦巻いている。シドゥリからその話を聞いたアナは一目散にジグラットを後にする。恐らくは彼女が贔屓にしている花屋の老婆の所へ向かったのだろう。アナとは後で合流する事にして、改めて一行は話を続けた。

 

「──成る程、それは少々不自然だな。女神ゴルゴーンの権能的にこの手のやり方はしないし出来ないだろうから、恐らくは………別の女神の仕業か」

 

「え? 三女神同盟は………ゴルゴーン、ケツァルコアトルさん、イシュタルさんの三柱では?」

 

「ちょっとマシュ、幾ら何でもそれは無いんじゃない?」

 

「え!? 違うの!?」

 

 これまで、三女神同盟とはゴルゴーン、ケツァルコアトル、イシュタルの三柱だと思い込んでいた立香とマシュの二人は、前提が覆えられた事実を前にロマニすらも驚いた様子で狼狽していた。

 

「………一つ、心当たりがあります」

 

「シドゥリさん?」

 

「以前、皆様がウルクに訪れて初めての夜、立香様の思い付きから話が広がった時、修司様はイシュタル様の“力”に付いて話をされましたよね?」

 

「あぁ、覚えているよ」

 

 それは修司達がウルクに訪れて過ごした初めての夜、後のカルデア大使館にて話をした時の事だ。女神イシュタルは霊基の格自体はゴルゴーンやケツァルコアトルにも負けてはいないが、感じられる力の大きさでは見劣りしてしまう。

 

其処に何らかの理由があるのではないかと、疑問に思ったシドゥリは、仕事の合間に王の許可の下、秘密裏にその事を調べてきた。

 

「現在、イシュタル様のお力は召喚された際に大きく力が削がれている状態。これは召喚した巫女達の力不足かと思われてきましたが………」

 

『実際は、違ったと?』

 

「───はい、恐らくイシュタル様は力が削がれているのではなく、分けられた状態なのではないでしょうか」

 

 イシュタルの他の女神に比べて、やや力が劣っている原因。最初は巫女達の力不足による弊害かと思われていたが、シドゥリは一つの可能性に行き着きた。

 

即ち、力の分裂。神とは時に人間のように自身と近しい存在を親兄弟、或いは姉妹のように認識する時がある。それは、シュメル神話に綴られた神々も例外ではない。

 

そしてこの場合、女神イシュタルの力が他の女神と比べてやや見劣りする理由、それは召喚した巫女達の実力不足による弊害ではなく、単に近しい存在が分かたれたが故の事だった。

 

「じゃあ、今回王様やウルクの人々が急に亡くなったのも、そのイシュタルに近い神様の仕業って事?」

 

「………て言うか、それってもしかしなくてもエレシュキガルの事よね?」

 

「え、エレシュキガル?」

 

「て言うか、ケツァルコアトルは知ってたの?」

 

「いや、てっきり皆さんもご存じなのだとばかり……」

 

 エレシュキガル。イシュタルと分かたれる形でこのメソポタミアに顕現した女神、冥界と死者の魂の管理を生業とした冥界の女主人。その女神が今回の首謀者で間違いないと、ケツァルコアトルは語る。

 

冥界から出ることを許されず、エレシュキガルもそれを是とした。イシュタルにとって天敵とも呼べる神性、冥界に於いて絶対的な法とも呼べる女神が今度の相手だという。

 

今回も厄介極まりない相手だが、それでも何とかするしかない。冥界に囚われた人々の魂とギルガメッシュ王を取り戻す為、一行は嫌がるイシュタルの首根っこを捕まえ、再びジグラットを後にするのだった。

 

「………冥界の女主人か。やっぱり、閻魔のおっちゃんみたいにデカイ図体してんのかな?」

 

「いや、なに言ってるの修司さん」

 

「フォウ………」

 

 





次回、冥界の女主人。

「め、冥界がー! 冥界そのものがー!」

それでは次回もまた見てボッチノシ



オマケ。

もしもボッチが時計塔に短期留学してたら? そのさん

「おや、シュージ、これからお昼ですか?」

「おー、ルヴィアさんか。あぁ、ここのパン結構美味くてさ。ちょくちょく通ってるんだ。噂じゃあエルメロイ先生も贔屓にしているみたいだしな」

「全く、貴方ならそこらのシェフよりも腕が立つのだから、ワザワザ庶民に合わせる必要なんて無いでしょうに……」

「まぁまぁ、庶民の味ってのも案外バカに出来ないんだぜ? ここはコーヒーも美味いし、奢ってやるから一食どうだい?」

「まぁ、貴方がそこまでいうならって、なんか張り紙が張られていますけど?」

「あ、本当だ。なになに………諸事情により暫く店を畳む、だと?」

「───どうやら、魔術的被害が及んでいますわね。僅かですが、何者かの魔力の残滓を感じます」

「野郎、食い物を粗末にする輩は何人も許さん! その腐った根性、修正してやる!」

「全く、仕方ありませんわね。尤も、同じ魔術師として庶民に迷惑を掛ける輩は感化出来ませんが」






「師匠! 修司さんが地下水路で暗躍していた魔術師をぶっ飛ばした様です!」

「くそ! 今回は表だって叱れん!」


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