『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今回、ちょっと地味な話。




その139 第七特異点

 

 

 

「───ほう、十日後か。魔獣の女神は確かにそう口にしたのだな?」

 

 翌日、ティアマトを僭称する魔獣母神を撃退した修司達は賢王ギルガメッシュの許しの下、その日一日戦いの疲れを癒す為、北壁に駐屯している兵士達全てに休むための猶予を与える事とした。

 

女神を退けたという事実は、北壁から瞬く間にウルク中へ知れ渡る運びとなり、ジグラットの王の間を除き大層な騒ぎになったとか。特にその最大な功労者である修司は、女神を退けた勇者として既に英雄扱いをされている。

 

そんな彼等は現在、賢王の呼び出しを受けて御身の前へと集結している。其処には牛若丸や弁慶の姿もあり、唯一レオニダスだけは戦線を維持するために北壁へ詰めて貰っていた。

 

「はっ、魔獣達の襲撃数が昨日と比べて劇的に減っている事から、恐らくは間違いないかと」

 

「数もそうですが、質の方も同様に低下傾向にあるかと思われます」

 

「ふむ………」

 

 十日後、修司の猛攻を受けた魔獣母神は十日後を決戦の日取りとし、現在は北の森の更に奥、魔獣の女神が穴蔵として建てた神殿の奥深くへ逃げ込んだとされている。

 

その為か、北壁に襲ってくる魔獣の数は劇的に減少し、昨日と違って負傷者達の報告も聞いていない。魔獣側の勢いを完全に殺せた事に一時は喜んだ兵士達だが、十日後───より正確に言えば今日から九日後───で待つ決戦を思えば、それは嵐の前の静けさに思えた。

 

恐らくは、現在この空白の時間が今後の分水嶺となるのだろう。そもそも今回の作戦ではニップル市の解放を失敗している事から、未だに人類が完全な勝利をしたとは言えない。だからこそ魔獣戦線を支える兵士達の浮き足は翌日まで持ち越す事はなかったのだ。

 

「それで、自らティアマトを名乗る不埒者の正体、カルデアの見解はどうだ? 許す、話してみよ」

 

『そうだね。修司君の証言もあって、魔獣母神の正体は判明したよ。あの女神の正体はメドゥーサを神霊として昇華させた霊基、その名は───ゴルゴーン』

 

ゴルゴーン。古代ギリシャ神話にてとある女神の怒りを買ったとして、形なき島へと追放された三姉妹の一柱。度重なる人間達からの襲撃を退け、それでも迫害を受けた怒りから芽生えた復讐の女神となったモノ。後に彼女はある悲劇を引き起こし、その心に永遠に消えることのない瑕を刻んでしまった。

 

その果てに生まれたのが、あのゴルゴーンなる女神。しかし、そんなゴルゴーンが魔獣を生み出したとされる逸話は存在せず、故に魔獣を生み出す権能である“百獣母胎(ポトニア・テローン)”は聖杯の力によって得られたモノだというのが、カルデアとマーリンの見解だった。

 

「全く、女神に猶予を与えるとは、少し慢心が過ぎるのではないか? なぁ、白河修司よ。幾ら訳があるとは言え、神を見逃すのは少々貴様らしく無いのではないか?」

 

 カルデアとマーリンの見解を聞き、一先ずゴルゴーンが十日後迄に襲来してこない事を確認したギルガメッシュ王は、その顔に僅かな喜悦の笑みを滲ませながら修司を問い詰める。

 

また王の悪い癖が出たと、頭を抱えるシドゥリを余所に修司は申し訳ないと断りを入れて、頭を下げる。

 

「スミマセン。独断でゴルゴーンを逃がした事、深く反省しています。許されるのならば今すぐにでも奴等の巣に向かい、女神の頸を討ち取って参ります」

 

「ふっ、ウルクジョークよ、本気にするな。真に受けてこの大地を焦土にされたら、それこそ笑い話にもならんからな。良いな、時が来るまでゴルゴーンに付いては静観しておけ」

 

「───ウッス、分かりました」

 

「では、続いて貴様からも話を聞こう。復讐の女神ゴルゴーン、奴と戦った事で貴様は何を見て何を感じ、何を考えた? 余すこと無く我に話してみろ」

 

「………憶測や推測が大分混じっているけど、それでも良ければ」

 

「許す。申せ」

 

 魔獣母神の正体をゴルゴーンだと看破し、次に賢王が意見を求めたのは復讐に燃える女神を一方的に叩きのめした男、白河修司だった。真摯たる意見を求めてくるギルガメッシュ王に、あくまで自分のは推測や憶測を交えての可能性でしかないと断りを入れ、それでも構わないと促してくる賢王に、修司は言葉を選びながら話し始めた。

 

女神ゴルゴーンから感じた違和感。ロマニやマーリンは聖杯の力によって百獣母胎の権能や尋常ならざる再生能力を会得したと解析しているが、修司の見解は少々異なっている。

 

確かにティアマトの権能を得たのは聖杯の力によるものが大きいだろう。メソポタミアの大地に広く根付いている事から、その凄まじい繁殖能力は疑いようがない。だが、修司は聖杯を取り込んでから得た力というより、聖杯という力から与えられたモノではないかと考えている。

 

与えられたと言うのなら、与えた者も同時に存在している筈。あの時感じられた断片的な力から聖杯の本来の保有者まで特定する事は出来なかったが、修司はその保有者こそが今回の特異点の原因に深く関わっているのではないかと睨んでいる。

 

「これは、あくまで個人的な見解だ。けど、これが一番しっくりくるんじゃないかと、俺は睨んでいる」

 

『うーん、確かにそう言われてしまえば納得出来る話だね。相手はあの魔術王、この特異点に絶対的な自信があるみたいだし、そのくらいの搦め手は考えられるか』

 

 修司の見解に同意を見せるロマニ、ゴルゴーンは聖杯の力を与えられてこそいるが、聖杯そのものを保有しているとは考えられない。魔術王が人類には決して超えられない壁として用意した第七の特異点、奴の狡猾さを考えれば修司の見解は的を射ている様に思えた。

 

「つまり、君はゴルゴーンを倒すだけでは全てが解決する訳ではないと、そう睨んでいるんだね?」

 

「脅かすつもりはないが、端的に言えばその通りだ。あの女神を倒すこと、それ自体は簡単だ。けど、その先に待つ何かを思うと、素直に手出しする事は躊躇する。て言うのが、俺の本音だ」

 

「ふん、ならば話は早い。ゴルゴーンめが定めたと言う猶予の期限まで、可能な限り手立てを募らせるまでよ。幸いなことに兵の損害は想定より低い、その補填の埋め合わせは我の仕事よ」

 

「………スミマセン、ギルガメッシュ王。俺の独断で仕事を増やしたみたいで」

 

 事情がどうあれ、自分の判断で倒すべき女神の一柱を見逃したのは事実。三女神の一角を倒す切っ掛けを自ら捨てることとなった咎は大きい、頭を下げて非を詫びる修司に賢王は鼻で笑う。

 

「はっ、思い上がるなよ。元よりこの戦いは我等のモノ、余分な貴様達がもたらした弊害など取るに足らん。だが、それはそれとして貴様等にも相応に働いて貰う必要があるがな」

 

初めて出会った時から今日まで、ギルガメッシュ王はカルデアの戦力を余分な存在としか認識しておらず、故に彼等を其処まで叱責するつもりはなかった。

 

元々この戦いはこの時代に生きる人間達で乗り切るべきモノで、お前達はその来訪者でしかない。そう語るギルガメッシュ王だが、その言葉の端には確かな人としての暖かさがそこにはあった。

 

そして、それはそれとしてと修司達に仕事を任せる強かさも、相変わらずである。

 

 何れにしても、残る猶予は九日。次のゴルゴーン達魔獣の軍勢を相手に万全以上の体勢を整わせる為に、やるべき事はまだまだ多い。

 

「───でも、私達に出来る事って何があるんだろ?」

 

「やはり、これまで通りにシドゥリさんからお仕事を戴く形式なのでしょうか?」

 

復讐の女神ゴルゴーンとの決戦を控え、自分達に出来る事とは何なのか、首を傾げる立香とマシュに賢王ギルガメッシュは不敵な笑みを浮かべ、ある任務を任せる。

 

それは………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう、ですか。女神イシュタルを仲間に……確かに、話を聞く限りそれが一番効率的なのでしょう」

 

 ギルガメッシュ王から直接賜った新たな任務、それはエビフ山を根城にしているとされる女神イシュタル、彼女を仲間に引き入れるという大胆な内容だった。

 

確かに彼女の強さは神霊だけあって凄まじく、依り代としている人間の人格もあって比較的話が通じる為、ギルガメッシュ王が用意してくれた策を以てすればそれも可能となるだろう。

 

途中、彼女を引き入れると聞いた時は修司が凄まじく嫌な顔をしたのだが、これから先に待っている戦いを思えば必要な事だと諭され、渋々ながらこれに承諾することとなった。

 

明日、日の出と共にマーリンを含めたカルデアの一行はエビフ山を目指して女神イシュタルと交渉をし、戦力の一つとして仲間に加える算段を付ける。その旨を伝えに、修司は現在ウルクのカルデア大使館(マシュ命名)へ訪れ、其処で休んでいるアナへ話を告げた。

 

「気分が優れないなら、暫くは此処で休むのも手だろう。君の抜けた戦力の穴は俺が埋めるられるからな。ただ、君には少し聞きたい事がある」

 

「………なんでしょう」

 

「君は、ゴルゴーンの嘗ての姿。更に言えば………メドゥーサの幼体で間違いないな?」

 

「……………」

 

 確信を突いた修司の物言いに、アナはただ沈黙で返す事しかしなかった。メドゥーサの幼体、それは詰まる所ゴルゴーンに至るまでの蛹であり、幼い頃の少女が二人の姉と共に過ごせた彼女にとっての黄金時代。

 

女神アテナから呪いを受ける前の姿で現界した彼女、ある使命感を抱いてこの時代に召喚された彼女は、今日までその正体をマーリンや他の神霊を除いて誰にも悟られる事はなかった。

 

深くフードを被る彼女の額には大粒の汗が流れている。その反応だけで図星を突いたと確信した修司は、アナが体を預けているベッドの横、予め用意されていた椅子に腰掛ける。

 

「───俺が確信したのは、ゴルゴーンと相対してからだ。君と奴の気配は剰りにも近い、サーヴァントの召喚システムが時間軸に囚われないモノだとするなら、あり得ない話では無いからな」

 

 サーヴァント。英霊を座から召喚して人類の脅威に立ち向かう者達、その術式には過去や未来といった時間という概念に囚われない性質を持ち、喩え未来に現れる英雄だろうと召喚可能とする規格外のシステム。

 

英霊エミヤ。嘗ての親友が正義の味方を目指した果てに存在する未来の英雄、彼が未来に現れる英雄だと言うのなら、アナは嘗て存在した反英雄の卵。その在り方は正反対だが、性質は似ている。エミヤという前例があるからこそ、行き着いた結論だった。

 

アナという少女は対ゴルゴーンを想定して召喚されたサーヴァント、何を以て切り札とされているのかは分からないが、少なくともゴルゴーンに対してアナという少女は鬼札になるに違いないだろう。

 

「それで、それを知って貴方はどうしたいのです?」

 

「別に、何もしないさ。ただお前が何かを抱えているみたいで、それを立香ちゃんとマシュちゃんが気にしていたみたいだからさ、話ついでに確かめたかっただけ」

 

「そう、ですか」

 

「お前さ、人間嫌いなのは別に良いけどよ。あんまり自分を追い詰めるのはどうかと思うぜ? お前が人間を嫌っていようと、それ以上にお前を気に掛ける人間はいる。聞いたぜ? お前、ちょくちょく花屋の婆さんの所に顔を出しているんだってな?」

 

「それも、藤丸からですか?」

 

「うんにゃ、これはマーリン」

 

 花屋の老婆に心を許し掛けている。その事を突き付けられたアナは、出所は立香かと訊ねるが修司はこれはマーリンからだと否定。あのクソ野郎いつか殺す、アナは強く心に誓った。

 

「その花屋の婆さんだって、お前の事を心配している。これは強い弱いの話じゃない、心の話だ。それくらい本当はお前にも分かっているんだろ?」

 

「─────」

 

「まぁ、色々口出ししたが、結局はお前が決めることだ。どんな使命がお前の肩に乗っかっているのかは知らないが、それを一緒に支えてくれる奴がいるって事くらい、覚えておいて欲しいってだけの話よ」

 

「………どうして?」

 

「あ?」

 

「どうして、貴方は其処まで私を気に掛けてくれるんです? 私と貴方には其処まで接点は無かった筈だと認識していますが?」

 

これ迄、アナは修司に対して無自覚ながら距離を取っていた。何故なら彼は英雄、現代に生まれた最新の英雄で、自分はその英雄に討たれた嘗ての怪物。

 

幾ら幼い頃の自分として現界したと言っても、自分を殺した英雄に連なる男と一緒に行動するのは精神的に堪える。故にこれ迄は修司とは明確な距離を空けていた。

 

更に言えば、この男はメドゥーサに対して思う所があるらしく、その因縁はアナに推し量れるモノではない。互いに因縁があるのなら、積極的に関わるのは控えよう。それが修司に対するアナの対処方だった。

 

そして、対する修司も似たようなモノで、互いに関わるのは慎もうとしていた。アナが年老いた老婆を気に掛ける所を見るまでは。

 

「あー、まぁ、なんだ。年寄りを大切に想う奴に悪い奴はいないからな。それだけだ」

 

「それだけ………ですか?」

 

「そう、それだけ。でも、それで充分だろ?」

 

頬を掻き、笑う修司にアナは一瞬目が丸くなった。確かに自分は彼との因縁はあるし、苦手意識は色濃く残ったまま。人間に対する嫌悪や恐怖も簡単に消える事はない。

 

けれど、それでも誰かを想うのは構わないのだと、アナは知った。それだけでいいのだと、難しく考える頭にスーッと溶けていくのを確かに感じた。

 

「………私は、其処まで楽観的にはなれません。私は、貴方のように強くはありませんから」

 

「…………そうかよ」

 

「でも、もう少し、話はしてみようかと思います。折角の………体験ですから」

 

「………そうかよ」

 

苦手意識もある。嫌悪もある。恐怖もあるし、もしかしたら殺意だってあるかもしれない。嘗て自身の体験した地獄に比べれば、その切欠は剰りにも小さい。

 

けれど、それでも切欠は得られた。これがこれからの自分に対してどの様な影響に繋がるのか定かではないが、それでもアナは悪い気はしなかった。

 

「さて、それじゃあ俺は下に行ってるよ。食欲が出たら君も来るといい。今日の料理当番は俺だからな、楽しみにしているといい」

 

「………バターケーキはありますか?」

 

「おお、今朝から仕込んでいたからな。出来映えを楽しみにしていてくれ」

 

「───え?」

 

「なんだ? アレだけ旨い旨いって食ってた癖に、気付いてなかったのか? お前が食ってたバターケーキ、あれ殆ど作ってたの俺だぞ?」

 

「───え?」

 

「初日に出されて旨かったからさ。シドゥリさんから作り方を教わったんだよ。で、以降は俺が作ってたって訳」

 

「────え”?」

 

「いやー、あんなに旨そうに食べてくれるからさ、ついつい作っちゃうんだよ。今日も沢山作っておいたから、遠慮無く食べてくれ」

 

 固まるアナを余所に、修司は気分良さげに去っていく。その後、彼女の中に新たに修司に対する苦手意識が芽生えたのは………また、別のお話。

 

そして………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁぁぁっ!! 私を酷い目に合わせに来たんでしょ! ゴルゴーンの様に、ゴルゴーンの様に!!」

 

 エビフ山へ訪れた一行、其処で待ち構えていたのは、既にギャン泣きしている女神。

 

「この鬼、悪魔! 人でなし! ボッチ! よくも女神に対して彼処まで酷い事が出来たわね! 人の心とか無いのかしら!?」

 

「………よし、ぶっ潰そ♪」

 

「修司さん、落ち着いてぇっ!」

 

「出来ぬゥッ!」

 

喚き散らす女神を前に、修司は既に我慢の限界へと達しつつあった。

 

 

 





ボッチとアナ、意外な共通点という話。

アナは花屋のお婆さんの事を気にしてたし、ボッチも祖母の事は大事に想ってました。

まだまだ壁のある二人だけど、それでも少しは歩み寄れた。と言うのが後半の話でした。

次回から、本格的な女神の攻略が始まりますので、お楽しみに!

それでは次回も、また見てボッチノシ


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