『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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前話の感想で全くやりすぎていないのコメントに草が生え散らかした作者です。

そんな皆様に感謝しつつ、これからも自重無く書いていけたらなと思います。


その138 第七特異点

 

 

 

 幼い少女、通信から聞こえてきた声はそんな年端のいかない少女像を想起させた。触れれば手折れてしまいそうな、そんな儚い印象を聞く者に抱かせる。

 

兵士達は皆、懐疑的に首を傾げていた。何故、この様な少女の声が聞こえてくるのか。何故、魔獣達を相手にしなくてはいけない場面で、少女の声を耳にするのか。

 

何故、少女の声を聞いた魔獣の女神が狼狽えているのか、頭を両手で抱える魔獣の女神を前に、兵士達は魔獣達との戦をしているにも拘わらず、唖然としていた。

 

 戦場のただ中で呆然としている兵士達、何時もなら魔獣達はそんな隙を晒す人間達を嘲笑いながら、その喉元に牙を突き立てていた筈。

 

しかし、そうはならない。何故なら、魔獣達もまた自分達を生み出した母たる女神の様子に唖然としているからだ。この様な母は見たことがなく、人類に対して無尽蔵とも呼べる怒りと憎しみを募らせていた筈の女神の姿は其処にはなく、衆目に晒されているのは嘗て己が犯した罪に直面する罪人のソレ。

 

「や、やめろ。その声を、妾に、私に、聞かせるな、やめろ。止めてくれぇぇぇ………!」

 

後退り、のたうち回る。其処にあるのは哀れで惨めな罪人の吐露であり、其処には魔獣の女神としての威厳など欠片も残されてはいなかった。

 

「おいおい、何を勝手に逃げようとしてるんだよ? 通信越しとは言え、折角の姉妹水入らずなんだ。遠慮なんてせずに、もっと話していけよ」

 

「…………以前から思っていたけど、彼ってば敵対する者に対して容赦が無さすぎない? 幾ら相手が見知った相手でも、其処までする普通?」

 

「あの、その………恐らく修司さんは私達を守る為にああ言った対応をしているのではないでしょうか? 相手側の関心を自分に向けさせる為に、敢えてそう振る舞っているとか」

 

「へ、ヘイトを集めているって事? まぁ、確かにそう言われるとそう思わなくもない───のかな?」

 

『いや、アレは単に相手を追い詰める為に手段を選んでいないだけだ。戦いは滅法得意な癖に、手段を選ばない時は本当にえげつない手段を取る。特に、奴は周囲に被害を出さない為に相手の心をへし折る傾向があるからな。そんな奴の怒りに触れた事で再起不能にされた魔術師を、私は何人も見てきた』

 

 魔獣の女神、その正体と弱点を瞬時に見破った修司の相手のトラウマを抉る戦法に、マーリンは軽く引いていた。相手を追い詰める為なら実力行使だけでなく、こう言った搦め手すらも遠慮なく使ってくる辺り、余程魔獣の女神を警戒しているのだと立香とマシュは疑問に思いながらもフォローするが、唐突に話しに割り込んできたエルメロイⅡ世によって両断される。

 

敵対する相手に一切の慢心も驕りも見せず、また容赦もしない。その徹底した敵対者への潰し方は流石英雄王の臣下だと感心したい所だが、この場合、果たして素直に喜んで良いものか。彼と敵対した事で魔術師としての生き方を終えた者を何人も見てきたエルメロイⅡ世にとって、正直反応に困る話だった。

 

尤も、修司に喧嘩を売ってきた多くの魔術師が身の程を弁えない愚か者ばかりだから、同情はしないしするつもりもない。

 

───閑話休題。

 

『今、Dr.ロマニは双子姉妹の対応で忙しくてな。現在私が代理として勤めさせて貰っている。さ、今の内に君達も少し下がれ、女神の逆鱗に触れたのだ。彼奴のハチャメチャに巻き込まれる前に、兵士達と共に距離を取れ』

 

「では、そうさせて貰うとしよう。Mr.エルメロイ、君とはいつか良い酒が飲める気がするよ」

 

『止めろ。お前が言うと縁起でもない』

 

 エルメロイⅡ世の指示に従い、二人して魔獣の女神から距離を取る。北壁の側まで移動し、レオニダスと合流を果たして立香達は、未だに呻く女神を見る。

 

「き、貴様ぁ、許さん。許さん……ぞぉ! この様な事をして、只で済むと………」

 

『あら怖い。そんな怖い目を向けられたら、堪らず石になっちゃいそう。ねぇ、(ステンノ)

 

『石にされて、飾られるのかしら? でも、貴方には愛でられたら、触れただけで砕けてしまいそう。ねぇ、(エウリュアレ)

 

「ち、違っ、私は、そんなつもりは───」

 

憎き人類、その身を八つ裂きにして尚余りある憎悪は既にこの胸に燻っている。なのに姿も見えず、声しか聞こえてこない双子の女神に魔獣の女神は狼狽し、身動きが取れない。

 

そろそろ、余興は終わりにしてやろうか。今は女神の気紛れで協力してくれているが、後日どんな無茶振りしてくるか分からない以上、此方としてもあまり勧められない手法だ。

 

 嘗て体験した聖杯戦争にて、当時参加していた英霊達の生い立ちや経験、それらを調べて分かったからこそ、この様な手段が可能となった。敵対する英霊のトラウマとなる相手、事前にそんな相手を召喚出来ていたからこそ出来た精神攻撃。

 

我ながら誉められたやり方ではないが、仮にも相手は神。手を抜かず、出来る限りの方法は積極的に取り入れるべきだろう。とは言え此処まで痛め付ければ、後は自分一人でこの女神は対処可能だろう。

 

元々そのつもりだったし、今回魔獣の女神を精神的に追い詰めようとしたのは、奴が原初の女神の名を騙っているからだ。奴はティアマトという創世の神の一柱ではない、元は女神アテナによって姉妹共々故郷を追われた……哀れな少女だったのだから。

 

「其処までにして貰おうか!」

 

「っ!」

 

 双子の女神に礼を言い、後日埋め合わせをする事を約束して通信を切ろうとした所へ………上空から緑の人、エルキドゥが強襲する。振り下ろされた手刀に合わせ、修司も手刀で迎撃する。

 

遥か上空からの襲撃により足場は凹み、半径数メートルに渡って陥没していく。重い。先程蹴り飛ばした感触とはまるで違う重み、自身の質量まで変えられるエルキドゥにある種の感心を抱く修司だが、それでも自分を抑え込むには力が足りていない。

 

全身に纏う炎を赤く染め上げ、自身の膂力を底上げさせた修司は、腕を振り抜いてエルキドゥを弾き飛ばす。

 

「全く、随分と勝手な事をしてくれるじゃないか。流石は旧人類、やることが卑劣極まりないね」

 

「相手の力を削ぐ為ならなんだってやる。その事を理解できていないのなら、それは単にお前の想像力が乏しいだけだろ?」

 

貶してくるエルキドゥに対して鼻で嗤う修司、その何処までも相容れない様子の二人に更なる戦いを予感した兵士達は自然と修司から離れていく。

 

「良いだろう。そんなに死にたいのなら、お前から殺してやる。お前の頸をギルガメッシュへの土産にしてやる」

 

「おいおい、あまり実力にそぐわない台詞は口にしない方がいい────弱く見えるぞ?」

 

瞬間、エルキドゥは駆ける。その身に殺意と憎悪を滾らせ、自分達を嘲笑する修司の頸目掛けて、その手を振り抜こうとする。

 

しかし。

 

「止めよ、キングゥッ!」

 

「っ!?」

 

今まで黙していた女神、自称ティアマトが頭を抑えながら立ち上がる。憔悴しきった顔、明らかに体調不良な魔獣母神にキングゥと呼ばれた緑の人は急停止。見上げた先に見えるその顔に、キングゥなるエルキドゥ擬きの彼の者は戸惑いの色が滲み出る。

 

「その者に………手を、出すな! その人間は………私が、殺す!」

 

 怒気が形となって立ち上ぼり、その歪んだ眼光からは何処までも人類に対する憎悪と殺意が滲み出ていた。あれだけ精神を揺さぶられたのに、それでも立ち上がる魔獣母神に修司は素直に感心する。

 

───力が、収束されていく。魔獣母神を中心に魔力が迸り、髪から伸びる無数の蛇の口からドス黒いエネルギーが集約されていく。

 

紛れもない魔獣母神の本気、大気が震え上がる程の魔力量に周囲の兵士達はざわつき始める。そんな尋常ならざる母の雰囲気に圧され、魔獣達とエルキドゥ? は魔獣母神から離れていく。

 

「……へぇ…それが、お前の全力か。良いぜ、お前がその気で来るのなら、俺も全身全霊で相手してやる」

 

「人間が、神の威光を知るがいい!」

 

 瞬間、閃光が放たれる。追い詰められておきながら、それでも魔獣達の母であろうとする彼女。本来の名を知る修司としては、そんな彼女を放置しておくのは忍びない。荒療治として嘗ての姉妹で対応させたのはいいが、その成果は芳しく無かったようだ。

 

「………悪いな女神様。アンタ等の妹、自分を取り戻すのは無理そうだ」

 

『───えぇ、そうでしょうね』

 

『あの子に掛けられた呪いは、生半可な事では解けやしない。悔しいけど、これが限界でしょうね』

 

双子の姉妹の呼び掛けを以てしても、未だに自分を取り戻せていない彼女を不憫に思うが、生憎と此処で立ち止まる訳にはいかない。敵対する以上、喩え知り合いの身内でも、容赦はしない。

 

 

折角協力してくれた双子の女神に感謝と侘びを言いつつ、修司は気を解放させる。迫り来る黒き極光、後ろには人類最後の防壁。

 

負ける訳にいかないのなら、押し通すまで。

 

「かめはめ───波ァァァッ!

 

 迫り来る黒き極光に対し、蒼白い極光が激突する。拮抗するかと思われた力の鬩ぎ合いは、立香達の予想に反して呆気なく崩れ去る。

 

軽い。修司がこれ迄戦ってきたヘラクレス、クー・フーリン、カルナといった英雄達の一撃と比べればなんて軽く、そして浅いのだろうか。

 

僅かな鬩ぎ合いの中、修司は確信した。人類を脅かす三女神、その中で一番制するのに容易いのは、間違いなくコイツだと。

 

「ぐ、ぐぐぐぐ………」

 

「───本気でこんなモノかよ」

 

 瞬間、力を振り絞る魔獣母神に対して、これ以上戦っても意味はないと判断した修司は、界王拳を解放させて一気に黒い閃光を押し返していく。

 

「だァァァッ!!」

 

「っ!?!?」

 

自身の放つ憎しみの光が、理不尽の如き光によって塗りつぶされていく。こんな事があっても良いのか、襲い掛かる不条理を前に、しかし魔獣の女神がこれ以上抗える事もなく。

 

魔獣の女神は、光に呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───まさか、今のを受けて生きているとはな。流石は神、しぶとさも一級品か」

 

 全身を光で焼かれ、黒焦げになりながらも息のある魔獣母神に、修司は呆れながらも感心の言葉を口にした。確かに今の一撃は本気でなかったとしても、充分全力と呼べるモノだった。それこそ、魔神柱程度なら跡形もなく消滅させられる程の威力が込められていた。

 

それでも原型を保ち、生きていられるのは倒れ伏す女神の元々の生命力か、それとも別の要因か。仰向けに倒れる女神をマジマジと観察していると、修司はふとあることに気付いた。

 

「………あの光は、聖杯か?」

 

 突然、魔獣母神を見覚えのある光が包んでいく。それはこれ迄何度もレイシフト先で回収してきた特異点の原因、膨大な魔力を保有しているリソース源───聖杯。

 

アレを回収したらこの特異点は終了か? だとしたら、幾らなんでも簡単すぎる。あの陰険な魔術王が、果たして最後にして最初の特異点として選んだこの特異点に、その様な回答を残すだろうか。

 

………色々と腑に落ちない点が多い今回の特異点、何か重要な見落としはないのか注意深く観察していると、ふと違和感に気付いた。

 

確かに、魔獣母神から聖杯の光が再生能力として現れているが、女神自身から溢れているようには感じない。どちらかと言えば流れ込んで来る力を受け取っているような、そんな不自然さが感じられる。

 

なら、聖杯の所有者は他にいるのか? 周囲を見渡して聖杯の真の保有者を気で探すが………既に、その頃には魔獣母神の傷は完全に癒えていた。

 

「おのれぇぇ……おのれぇぇ……! 何処までも、何処までも私を愚弄しおってぇぇ……」

 

しかし、喩え傷は癒えても受けたダメージそのものを無かった事には出来ないらしく、魔獣母神は明らかに疲弊していた。

 

立ち上がり、憎悪をつのらせても、以前より覇気のない女神に修司はただ冷たい眼で見上げている。

 

(それとも、コイツを倒せば出てくるのか? コイツと繋がっている本当の聖杯の所有者に。仮にそうだとしても、その場合ソイツは何処にいる? 何処に隠れている? いや、それとも出てこれないのか?)

 

 見上げて、魔獣母神を観察しても、修司の頭の中で巡らせているのはは本当の元凶の存在、その有無について。

 

魔獣母神が聖杯の力で再生した時、それは紛れもなく外部からのモノだった。咄嗟の事だったので出本を特定する事は出来なかったが、この女神を完全に回復させるには相応の力を必要とする筈だ。

 

女神を癒す女神。聖杯の力で行うにしても、同じ神の中でその様な施しをするには余程神としての格が上でなければ、難しいのではないか?

 

魔術や神秘、神々の法則なんて知る由もない修司だが、どうもこの特異点には色々と裏がありそうな気がしてならない。

 

(これは、皆と話して相談した方がいいな。出来れば王様の意見も交えて……となると、今すぐコイツを倒すのは止めた方がいいのか?)

 

もし、この自身をティアマトと思い込んでいる蛇の女が洗脳された状態にあるのなら、術を掛けた者とそうさせようとする者が必ずいる筈だ。そして、それは自らをエルキドゥと名乗る緑の人にも言えた事。

 

仮に此処で魔獣母神を倒してしまったら、果たしてその後何が待っているのか。単に聖杯を回収して終わるのか、それとも何かが起きるのか(・・・・・・・・)

 

「母さん、ここは僕に任せて、一度神殿へお戻りください」

 

「っ! キングゥ、この私を母たるこのティアマトに逃げろと申すのか!?」

 

「子供の言うことくらい素直に聞き入れろよ。子供の負担になることが、お前の望みなのか?」

 

 そうこう考えている内に、エルキドゥ改めキングゥが修司と女神の間に割って入ってくる。これ幸いに修司も撤退する事を促すが、肝心の自称ティアマトは退く気はない模様。

 

倒すことは出来るのに、それを縛られるのはなんと不自由な事か。今回の件で確かめるべき事、報告すべき事は沢山出来たと言うのに、この戦いを終わらせる口実が修司には無かった。

 

もういっそのこと、此処に飛ばした時のようにもう一度尾を持って投げ飛ばしてやろうか。未だに此方を見下ろして睨み付けてくる女神に、修司もまたガン飛ばす。

 

「母さん、僕達の相手はそこの人間もそうだけど、何より他の女神も警戒するべきだ。ここで無理に戦って勝利したとしても、それは他の女神に付け入らせる隙になりかねない。旧人類を確実に滅ぼす為には一度万全まで整わせる必要がある」

 

「────」

 

「母さん、僕達の母よ。どうか今は堪え、苦渋を飲み干して欲しい。耐え難い時を耐えたその暁には、僕がその人間の頸を取ってご覧にいれましょう」

 

「………良いだろう。我が子に免じ、此処は退いてやる。しかし十日の後、我等は貴様等人類を滅ぼすべく、総力戦を仕掛ける。覚悟するがいい」

 

「……彼処まで無様を晒しておいて、まだ強がれるのか。すげぇな神の胆力、それだけは素直に称賛するよ」

 

 キングゥに諭され、今は退くことを選んだ魔獣母神は、渋々ながら踵を返して自身の巣へと戻っていく。その途中、修司の煽りとも呼べる台詞を耳にした所為か、一度だけ物凄い形相で睨み付けてきたが、その都度キングゥの献身の説得によって引き返す事に成功し、他の魔獣達も森の奥へと引き返していく。

 

こうして、ニップル市とそこに住まう人々の解放という任務こそ果たせなかったものの、神の迎撃に成功したという事実は瞬く間に兵士の間で伝播し、北壁には勝鬨の声で埋め尽くされていった。

 

「───やれやれ、どうにか凌げたか。全く、彼のハチャメチャブリには色んな意味で冷や汗かいたよ」

 

「…………」

 

「あの、アナさん、大丈夫ですか? 酷く顔色が悪そうですけど?」

 

「大丈夫、私の事は心配しない───グハァッ!

 

「ちょ、アナ!? 大丈夫!?」

 

 今回の立役者である修司が兵士達によって胴上げされている一方、マシュの盾に隠れていたアナが吐血を吐いて倒れるなどのハプニングが発生したが。

 

今回の作戦によるウルク側の被害は、最小限の範囲に留まる事になるのだった。

 

 

 

 





Q.ボッチの中の三女神の格付けは?

A.暫定一位ケツァルコアトル。

 二位未だに姿を見せぬ謎の女神。

 三位魔獣の女神。

この格付けは今後変動するかもしれませんし、しないかもしれない。

Q.双子の女神、ちょっと辛口じゃない?

A.こんな感じしか思いつかなかったんや。今回、そこら辺のまとめが難しく。結局原作になぞる形になりました。

でも、確実に変化は起きてますので、その辺りも順次書いていけたらと思います。

それでは次回もまた見てボッチノシ


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