『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今回、ボッチが悪すぎる部分があります。

ご容赦下さい。

今年も、よろしくお願いいたします。


その137 第七特異点

 

 

 ニップル市、メソポタミアに於ける人類最後の砦。本来であれば時代の移り変わりで、人知れず姿を消す嘗ての古代都市。人々の営みが詰め込まれた最古の人の街は、魔獣達によって崩壊した。

 

残されているのは、惨劇があったとされる血の跡のみ。引き摺られ、最期の抵抗を見せたであろうメソポタミアの人々の生き様を一瞥し、ニップルにただ一人残った修司はこの惨劇を生み出した元凶達を見据える。

 

片や、神々の手によって創造された神造兵器にして、偉大なる王であるギルガメッシュの唯一無二の友。

 

片や、魔獣達の母なる神にしてメソポタミア神話に於ける原初の女神、創世の一柱であるティアマト。

 

両者ともに自称であるが、いずれもその名に劣らぬ凶悪さと強靭さを併せ持つ神代の怪物達。人の身では、どうあっても覆らない差がある………筈だった。

 

「さて、そろそろ此方からも仕掛けるとするかな」

 

「っ!」

 

 人の身では決して届かず、敵わない。それが神と言う超常の存在との差であり、領域。

 

しかし、その領域を簡単に踏み越えるモノが彼等の目の前にいた。神々の兵器の眼を振り切り、女神の感知すらすり抜ける。その神の眼にも止まらぬ速さで以て翻弄するのは、神々が矮小と断じる人間である。

 

 明らかに動揺しているだろうエルキドゥとティアマト、そんな彼等の反応を尻目に、修司の顔から笑みが消える。先程まで挑発的な笑みは成りを潜め、代わりに浮き出てくるのは烈火の様な怒りだった。

 

「………お前達に殺された人々の無念、思い知れ」

 

静かに、一歩を踏み出す。その体に淡く輝く光を纏い、警戒を露にしているティアマト達に向かって、ただ一歩を踏み出した────と、同時に。

 

巨大なティアマトの体がくの字に曲がる。突然全身を襲う衝撃にティアマトだけでなく、エルキドゥすらも驚きに眼を見開いた。

 

───修司だ。この男、相当の距離があった筈のティアマトとの距離を一瞬で懐に入っただけでなく、一切の挙動を自分に認識させないまま、ティアマトの腹に蹴りを叩き込んで見せたのだ。

 

現界しての初めて感じる痛み。どのような攻撃でも通じはしないと断じてきたティアマトにとって、その一撃は未体験に等しい衝撃だった。

 

しかし、修司の攻撃はそれで終わる筈もなく、くの字に折れた事で必然的に下がったティアマトの顎を、容赦なく殴りあげた。アッパーよりも鋭く、振り抜かれた拳はティアマトの顎を外す勢いで殴り飛ばし、山の様な体格のティアマトは僅かな浮遊感を味わった直後、人のいないニップルに仰向きで倒れ伏す。

 

呆気ない、たった二発でもうグロッキーか。呆れの嘆息を溢す修司だが、当然ながらその態度をエルキドゥが許す事はなく、鬼のような形相で修司に向けてその手から無数の鎖を解き放つ。

 

殺意と敵意、序でに憎悪も滲ませた鎖は修司を貫こうと迫る。が、寸での所で避けられ、神をも縛る鎖は逆に修司の手によって捕まってしまう。

 

「ふっ」

 

「がっ!?」

 

 伸びた鎖を手繰り寄せ、体幹を崩されたエルキドゥは、強制的に修司の間合いまで引き寄せられ、バランスを崩された無防備な腹にティアマトに放った時と同様の蹴りが叩き込まれる。

 

ティアマトとは違い、エルキドゥは質量も体躯も人類と大差がない。故に修司の蹴りの威力に負け、エルキドゥはニップルの外壁に激突し、森の奥まで吹き飛んでいく。

 

引き千切られた鎖、魔力の塊でしかないソレは軈て砕けて空へ溶けていく。光の残滓となって消失する魔力を眺めながら、修司は背後から感じる力の動きを感じ取り、振り返る。

 

「おのれぇぇ、おのれぇぇぇぇッ! 人間風情が、図に乗りおってぇぇぇぇッ!!」

 

 激昂。腹を蹴られ、顎を殴り飛ばされた自称ティアマトは、怒りのままに雄叫びを上げる。その眼光は瞳孔が開き、激しい憎悪に満ちている。

 

そんな荒れ狂う女神に対し、修司は何処までも平静だった。嘗て自身の主人の為に献身的だった彼女が、此処まで変貌を遂げてしまうという事実に、修司の内心は呆れと哀れみで満ちていく。

 

「なんだ? 人間に虚仮にされるのがそんなに気にくわないのか? 自分は一方的に人間を攻撃する癖に、いざ反撃をされると激昂とか、デカイ図体の割に器が小さいんだな」

 

「黙れ、羽虫がぁっ! 本気で激昂した女神の恐ろしさ、思い知らせてくれる!」

 

 激昂し、怒りのままに力を奮うティアマトは、自身の髪と同一化した蛇の顎を開き、其処から石化の呪いを込めた閃光を放ってくる。対空砲火、そんな言葉が思い浮かぶ程の弾幕の濃さに一瞬面食らう修司だが、その攻撃は何処までも杜撰で、修司という人間を狙い撃ちにするには、些か以上に雑だった。

 

避ける。自身に向かって放たれる面制圧の光線を、修司は難なく避けていく。その様子はまるで舞いに近く、光線や伸びる頭髪の蛇の噛み付きを、わざと寸での所で回避する様は、その名の通り舞空術を顕していた。

 

「おのれ、羽虫ごときが、ちょこまかとォッ!」

 

何れだけ砲撃を放ち牙で噛み付こうとも、全く捕まる様子のない修司にティアマトの苛立ちは募っていく。創世の神たるティアマトが、脆弱な人間に翻弄されている。その事実が復讐の女神である彼女の神経をこれでもかと逆撫でる。

 

しかしティアマトは、何も無意味に攻撃しているだけでは無かった。自分の攻撃が完全に見切られているのは間違いなく事実だが、依然としてティアマトと修司の間には覆されないある差が残っている。

 

それは………体格。魔獣の女神として顕現を果たした自分と、ただの人間である修司との間には決して覆らない素の肉体の大きさが存在している。相手が逃げるのを得意としているのなら、逃げる場所を狭めれば良いだけの話だ。魔獣の女神ティアマトは、怒りに満ちた形相の裏でほくそ笑み、獲物を追い詰める策を講じた。

 

 ───軈て、ティアマトの攻撃は縦横無尽の全方位からではなく、生物にとって最も死角になりやすい頭上から降り注ぐ様になってきた。この時点で修司は自称ティアマトの狙いを看破しているが、敢えて乗ってやることを選び、されるがままに地上へと落ちていく。軈て修司の逃げ場はニップルの街並みに移り、絶え間なく降り注がれるティアマトの攻撃を避ける空間に限りのある地上へ移っていく。

 

好機。空に浮かぶ修司(羽虫)を地上へ追い詰めたと確信したティアマトは、獰猛な笑みを浮かべて自身の尾を振り回す。ニップル市にある建物なぞ気にも止めず、津波の如く迫る尾で引き摺り潰そうと、女神ティアマトは嘲笑を浮かべる。

 

これで、奴も他の人間同様潰れて生き絶える筈。すぐ其処まで迫る修司の死を前に、次はあのマスターの小娘をなぶり殺してやろうと画策───するのだが。

 

「なんだよ。もしかして、これで俺を仕留めるつもりだったのか?」

 

「な………に………?」

 

 迫る巨大な壁。ニップルの建物を押し潰し、津波となって押し寄せる魔獣の女神の尾を、修司は片手で防いで見せた。尾に触れる奴の感触、其処から伝わってくる強大な力の奔流に、今更ながらティアマトは驚愕した。

 

こんな事があっていいのかと、ただの人間が、物理法則すら置き去りにしている膂力を持ち合わせているという事実を前に、この時、魔獣の女神は確かに恐怖を抱いた。

 

「さて、そんじゃ………いっくぜぇ!」

 

「っ!?」

 

 引き摺られる。体格差において十倍以上の格差のある自分が、一人の人間の手によって力負けをする。屈辱的で受け入れがたい現実、しかしどんなに拒絶しようとも、魔獣の女神がこれに抗える術は無かった。

 

軈て修司の体に纏う光は消え、代わりに赤い炎が噴き出す様になっていく。

 

界王拳。人が発する純然たる膂力で以て修司は自身の10倍以上の大きさはある魔獣の女神を振り回す事に成功する。緩やかだった回転は徐々にその勢いを増していき、軈て竜巻の如き突風を生み出していく。

 

「そぅら、ウルクの街へ一名様───ご案内!」

 

 そして遂に手を放した修司は、北壁に向けてぶん投げる。遥か空の彼方へ飛んでいく自称ティアマト、悲鳴を上げる彼女を追って、修司もまた追走していく。

 

全ては魔獣の女神に敗北を突き付ける為、立香達のいる北壁にて、一先ずの決着を付けに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、全員無事だね。ウルクの兵士諸君も併せて、死傷者はゼロだね!?」

 

「まだ修司さんが残っているよ!」

 

 マーリンの魔術のお陰で、どうにかニップル市から逃れた立香達は、レオニダスが防衛する北壁まで戻ってくる事に成功した。

 

とは言え、ニップル市は壊滅。其所に住まう人々は既に魔獣達の巣に連れ去られ、今はもうどうなっているのか見当も付かない。魔獣のエサにされているのか、それとも別の用途として使われているのか、想像すら憚れる。

 

自分の無力に打ちのめされるが、それで参っている訳には行かない。すぐにも立香は賢王にニップル市での出来事を報告しなくてはならないし、ニップルに残った修司の事だって気掛かりだ。

 

如何に修司が常識はずれた強さを身に付けたと言っても、相手は神霊と神造兵器。侮って掛かるには危険が過ぎる相手だ。

 

「お願いマーリン、修司さんの助けになってあげて!」

 

「おぉっと、そうキタカー。あー、うん。君のお願い事なら吝かでは無いけど、今回に限って言えばちょっと厳しいかなぁって………」

 

「ど、どうして?」

 

「詳しいことは言えないけど、今の私は意識を手放してはいけない状態にあるんだ。対するあの女神は石化の呪いを得意としている。そんな彼女と私とでは、致命的に相性が悪い」

 

だから、自分では彼の助けにはなり得ない。立香の願いを聞き入れない事を残念に思いながら、それでも出来ないと口にするマーリンに、立香はそれならばと思考を巡らせる。

 

「ドクター! 修司さんの状態はどうなってる!? 無事? 石にされてたりとかはしてない?」

 

『うん。その事なんだけどね………立香ちゃん、どうか落ち着いて聞いてほしい』

 

 カルデアにて立香だけでなく修司のバイタルを確認しているロマニ達なら、離れた場所に位置する修司の状態も大体なら把握出来ている筈、其処から情報を解析し、現場の戦況を整理しようと意気込みを見せる立香だが、対照的にロマニの表情は………珍妙なモノだった。

 

引き吊っている。悲観的ではなく、楽観的でもない。俯瞰的に観察している状況で、信じられないものを見たような………そんな、どうすることも出来ない状況。

 

ハチャメチャが、押し寄せてくる。頬を引くつかせて笑っているロマニを見て、立香も何となく察した。

 

『来るよ』

 

 瞬間、爆撃。上空から途轍もなく巨大なモノが落下し、衝撃が魔獣戦線を襲う。多くの魔獣達が下敷きになる中、人類側は牛若丸や弁慶達が事前に気付いていち早く退避していた為、怪我人こそは出ても落下してきたモノに押し潰される者はいなかった。

 

そして、軈て収まってくる砂塵の中、横たわっているソレを見て兵士達は絶句する。何故ならそれは先程まで、ニップル市に現れたとされる巨大な魔獣の女神に他ならないからだ。

 

「おのれ、おのれ、おのれ、何処までも愚弄するか。私を、神たるティアマトを!」

 

 全身に傷だらけの体が、次の瞬間には塞がっていく。恐らくは聖杯の加護による超再生の能力だろう。厄介なモノだが、不思議と立香達は差程脅威とは思えなかった。

 

何故なら───。

 

「悪いな。女神の本気とやらが気になってついからかってしまった。気に障ったのなら謝るよ、それで? 何時になったらその本気が見れるのかな?」

 

何処までも挑発的で、傲慢な態度。神に対して何処までも冷酷になれる男が、地に這いつくばる女神の下に舞い降りた。

 

「き、貴様ぁッ!!」

 

激怒、憤怒、憎悪、殺意。ありとあらゆる負の感情が目の前の巨大な女神から噴き出してくる。その怒気に充てられた兵士達は身をすくませ、多くの者が恐怖に震え上がっている。何故、彼は態々此処に連れてきたのだ。傍迷惑になりかねない修司の所業にマーリンがどうしたものかと悩んだ時。

 

「なに、そう怒るなよ。今日は俺からアンタに素敵なプレゼントを用意したんだからさ」

 

プレゼント。魔獣の女神ティアマトを此処へ連れてきたのは素敵なプレゼントを贈る為だと宣う修司に、ティアマトの額には大きな青筋が浮かび上がっていく。何処までも神をも虚仮にするその態度、もはや八つ裂き程度では済まさない。憤り、激昂するティアマトを前に修司は得意気に指を鳴らした。

 

「さて、それじゃあロマニ。例の方々をマイクの前に連れてきてくれ」

 

『いや、確かに僕達人類が神々に勝つには手段を選んではいられないと思うけど……本当にやるのかい?』

 

「勿論、その為にこのデカブツを此処まで運んだのだから」

 

 通信越しで、ロマニが大きな溜め息を吐く。どうなっても知らないぞという台詞と共に、別の誰かとすれ違う。

 

「いい加減にしろォッ! 私を何処まで虚仮にすれば気が────」

 

『あら、何かしら? とっても恐ろしい声がするわね。(ステンノ)

 

『そうね。怖くて泣きそうだわ。(エウリュアレ)

 

「──────」

 

時が止まった。通信から聞こえてくる音声に、ティアマトを自称する女神はその動きを停止させる。手も足も、尾も髪も、それまで抱いていた筈の全ての感情が、聞こえてきた声に凍り付かされる。

 

『でも、何処かで聞いた気もするわね。一体何処のどちらなのでしょうか? 気にならない? 私』

 

『そうね、とっても気になるわ。じゃあ、一緒に聞きましょうか、私』

 

『『そこの女神様、貴方のお名前を聞かせて頂戴』』

 

 音声から聞こえてくる蠱惑的な声、知らない。今の自分は知って良い訳がない。しかし、どんなに否定しても彼女達の声が自分の心をざわつかせてならない。

 

「あ、あぁ………ああああああっ!!」

 

途端に狼狽え、のたうち回る魔獣の女神。そんな彼女を前に………。

 

「さぁ、感動のご対面だ。存分に楽しめよ」

 

白河修司は、怒りに満ちた微笑みで見詰めていた。

 

 

 




Q.今回、ボッチやり過ぎじゃない?

A.魔獣の女神も、これ迄多くの人間の命を弄んできたし、そこら辺考えればそうでもない………かも?

いや、これやりすぎだな。

次回からは少し自重させます。気分を害した方、申し訳ありません。

それでは次回もまた見てボッチノシ





オマケ

未来のカルデアにて。

「白河修司。えぇ、ご存じですとも。彼の操る魔神は私にとっても他人事ではありませんもの」

「重力の魔神グランゾン。その力は万象を穿ち、星すらも容易く討ち滅ぼせる。えぇ、人類が生み出す兵器の中でも最上位にして最高峰の代物でしょう」

「え? なら欲しくはならないのか、ですか? ………冗談じゃありません。あんなもの、近付く事だってゴメンです」

「闇の私も、光の私も、揃って関わりたくはないのです。何故ならアレは《◼️◼️》に至る魔神の一つ。私が触れた途端、どんな厄災が訪れるか分かったものではありません」

「下手したらゲッ────いえ、止めておきましょう。兎も角、私はアレと関わるつもりは一切ございませんので。其所のところ、宜しくお願いしますね。マスター」


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