『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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良いお年を!


その136 第七特異点

 

 

 

 ───その女と初めて遭遇したのは、地元の街の………とある路地裏。殆んど偶然とも呼べる出会いとして、白河修司は処理した。

 

当時から続く友人が使役していた、聖杯という願望器を巡る戦いに喚ばれたとされるサーヴァント。その七騎の内の一騎が奴だった。

 

ある意味、奴も被害者だったのだろう。 生前は神によってその在り方を歪められ、姉妹共々人の手の及ばない孤島に追いやられ、更には命を狙われる日々。そして、今度は聖杯という怪しい代物を獲得する為だけに利用される。

 

それでも、好ましい相手を出来るだけ死なせたくは無いという善性が、彼女にはあった。自分を喚び出した少女を死なせたくはない。“今だけでも”慎ましく、人並みの幸せを享受出来ればそれでいい。

 

成る程。確かに彼女はそれだけ見れば善性で、怪物として語られるよりは遥かに良い存在に思えただろう。人間に対して恨みや憎しみは強い筈の彼女が、誰かの幸せを願う。………結構な事ではないか。

 

しかし、だからこそ、何処までも現状の維持を想う彼女と、何処までも未来を夢想し、実現させる為に可能性を示し続ける修司とは………どうしようもなく。

 

致命的に───相性が悪かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だよこの馬鹿デカイ怪物は!?」

 

「ティアマトだ。やっぱり魔獣女神は………原初の女神、ティアマト神だったんだ!」

 

 地を割り、這いずるように現れたのは見上げる程に巨大な女神。魔獣達の産みの親にして、人類の絶対的な敵対者───ティアマト。満を持して顕れた原初の女神を前に兵士達の間で瞬く間に恐怖が伝播していく。

 

人は、巨大なモノに恐れる。それは人の身では決して敵わないと知っているからだ。自分を遥かに凌駕する巨大な存在に畏れ、敬い、祈る。それ故に人は天変地異の前には無力となり、だからこそ人は絶対なる自然の力に超常の存在………即ち、神を見いだす事になる。

 

神代。人と神が別たれ、人の時代となる黎明期。現代と比べ、遥かに神秘が色濃く残るこの時代に於いて神という存在は絶対。人間である自分達では到底敵わない怪物の前に、兵士達が持つ槍や剣は爪楊枝よりも矮小に見えた。

 

立香もマシュも、魔神柱並みに巨大な神霊を前にして、若干気圧されている様子。それでもこれ迄の彼女が経験してきた旅の記憶を以てすれば、決して抗えない事はなく。事実、藤丸立香は深呼吸を繰り返した事で平静を保てている。

 

そして、そんな色んな意味で図太い立香に呼応するようにマシュの表情にも過度な緊張は消えていく。そんな二人に感心するマーリンは、改めて見上げる程に巨大な自称(・・)ティアマトに眼を向ける。

 

「アーキマン、アレの分析を急げ! 信じられないかも知れないがアレもサーヴァントだ! 霊基と体長、クラスぐらいなら分かるだろう!?」

 

「やっているとも! 霊基は神霊クラス、本体は10メートル、体長は───尾を含めると100メートルを超えている!? 分類はエクストラクラス! 復讐者、アヴェンジャーだ!」

 

 復讐者(アヴェンジャー)、それを聞いて立香達が思い浮かぶのは、カルデアにすっかり馴染んでいる黒い聖女の事だ。召喚された当初は滲み出る殺気が凄まじい事から誰も近付こうとしないが、娯楽室にある漫画を読んでからは自分も何か書いてみようと、作家組からアドバイスを受けて独自に漫画を書き始めている。

 

アレ? そう思うと案外怖くない? 立香の思考に一瞬そんな考えが過るが、それでも恐るべき力を持っている事には違いない。しかも相手は神霊、決して侮って良い相手ではなく、改めて立香は目の前の巨大サーヴァントと向き合った。

 

「しかし、やはり少々目覚めるのは早かったのではないでしょうか? この北壁に顕れる刻まで、あと幾ばくかの猶予があった筈です」

 

「───そう言うな。なに、我が子の遊び相手を見ておこうと思ってな」

 

エルキドゥ(?)に嗜められても、尚平然と見下ろしてくる自称ティアマト。それは獲物を前に舌舐りをする蛇そのもので、正しくこの状況を表していた。この巨大な怪物の前に自分達の逃げ場はない、天災を前に人は祈る事しか出来ないように、兵士達はただ怯えを抑え込むしか出来ないでいた。

 

そんな中、自称ティアマト視線が立香達に向けられる。

 

「カルデアの生き残り、今もって人間の世にしがみつく虫は、アレか? ───小さい。なんとも弱々しい生命よ。まこと解せぬ、その様な生命で、どうやって此処まで辿り着いたのか」

 

覗き、見下ろし、嘲笑する。これ迄の特異点で生き残ってきた藤丸立香を、弱い生命と蔑む自称ティアマト。そして、その見解は概ね正しい。これ迄の特異点攻略で彼女は決して自分一人の力で生き残ってきた事は、ただの一度も無いのだから。

 

しかし、それを立香は恥とは思わない。何も出来ず、魔術師としてもマスターとしても未熟な自分だが、それでも此処まで生き抜いて見せた自負がある。

 

 見つめ返す。憎悪と怒り、復讐に駆られる女神を前にしても怯むこと無く立香は魔獣の女神を見据えている。

 

そんな藤丸立香を、魔獣の女神は何処までも否定し、嘲笑う。

 

「見る価値も無ければ嬲り殺す価値もない。このティアマトの舌には合わぬ。────ク。だが喜ぶがいい。今、私はとても空腹だ。下らぬ命であろうと、それなりの味わいにはなろうよ。人類最後のマスター、さて、甘いのやら苦いのやら」

 

自分は喰らう者であり、眼下の人間どもは喰われるモノ、それは目の前の女神にとって絶対であり、法則であり、理である。全ての人間は補食すべきエサ、そこに一切の呵責葛藤はなく、思うがまま蹂躙する意志が詰められている。嘲笑し、僅かに力を解放するだけで暴風が吹き荒れる。

 

山のごとき怪物を前にどうにかして立ち向かおうと模索する立香達の前に………。

 

「いや、メドゥーサだろ。お前」

 

 ────ふと、修司から特大の爆弾が投げ込まれた。

 

「「「「───────」」」」

 

固まる。人も魔獣も神霊も、自称エルキドゥさえも唐突に投げ込まれた爆弾の威力に押し黙り、ギギギと修司の方へ視線を向ける。

 

錆び付いたブリキの人形のごとく音を立てて視線を向ければ、両腕を組んで呆れた表情で女神を見上げる修司がいた。

 

「────人間、今、私の事をなんと言った?」

 

「いや、だからメドゥーサだろ? 何を食ったらそんなにデカくなるのか知らないが、態度も随分とデカくなったみたいだなぁ」

 

顔中に青筋を浮かばせる自称ティアマト。彼女の意識と敵意が一気に修司へと向けられ、女神の圧力から解放された立香達はマーリンの手助けの下、今の内に撤退の準備を始めている。

 

「し、修司さん、もしかして………彼女も?」

 

「いや、アイツは別に地元の知り合いって訳じゃねぇよ。知ってるのもアレの進化前見たいな奴だし……え、もしかしてお前、“やみのいし”でも食べた? えー、なんかヤだなぁソレ。イーブイが可哀想」

 

『なぁんでこんな時にポケモンで例えるかなぁこのトンチキ君はァ!?』

 

「とは言え、これはチャンスだ! ニップルが壊滅状態である以上、申し訳ないが此処に留まる意味はない! 詰まる所────逃げるよ!」

 

「させると思うのかい?」

 

 魔術を展開して、兵士達共々逃げる算段を立てようとするマーリンに、自称エルキドゥが追撃を仕掛ける。中身は(・・・)どうあれ、神造兵器の性能は伊達ではない。足元から無数の槍を出現させて投擲し、迫りくる凶刃の前に術式を展開中のマーリンは流石にヒヤッとした。

 

迫りくる槍の波、それを防ぎ両断したのは修司の放つ気円斬だった。槍の波を中心から斬り飛ばされ、切断された穂先は力無く大地へ消えていく。助けてくれた修司に短く礼を言うと、マーリンと立香達は花弁と共に散っていき、気付けば姿を消していた。

 

どうやら、一種の転移の魔術を使用したらしい。過去にメディアから似たような魔術を何度か見たことがある為、やはりマーリンは結構出来る魔術師なんだなと、修司は一人感心していた。

 

 

 そして、現在ニップルに取り残された修司は、静かに目の前の敵対者達を見据える。魔獣の女神と自称エルキドゥ、両者とも憤怒に満ちた貌で修司を睨み付けており、その迫力は凄まじい。

 

しかし、その迫力も今一つ修司には伝わらなかった。エルキドゥの方は最初に戦った時に大体底は見えたし、女神に至っては進化前の状態とは言え一蹴に伏した経験がある。詰まる所、一人取り残された状況であっても修司は一切不安に感じる事はなく、また負ける要素も見当たらなかった。

 

「………随分と、舐めた事をしてくれたね。自分が何をしたのか、理解しているのかな?」

 

「ん? まぁ、別に? そんな危機感を覚える程じゃないだろ。片や中古の兵器、片やなんちゃって女神、密林の女神達を相手にするよりは幾分か楽な相手だろう」

 

実際に相対してきた修司にとって、警戒すべきは密林の女神達だ。なにせ、相対した時の圧力(プレッシャー)が違いすぎる。あの太陽の女神と比較すれば、魔獣の女神はただ図体がデカイだけ。

 

侮る訳ではなく、純粋な事実として修司はそう認識している。だから───。

 

「立香ちゃん達が逃げ切るまで、遊んでやる。掛かってこいよ」

 

何処までも人類を嘲笑う女神と神の兵器に、修司もまた嘲笑で返す。お前達など密林の女神の前の前哨戦に過ぎないと、そう暗に挑発して見せた。

 

そんな修司の挑発を、女神は殺意を以て返答する。頭髪から蠢く無数の蛇、その開かれた顎から禍々しい黒き光が放たれる。受ければ石化処かそのまま消滅しかねない死の一撃を前に、瞬時に修司は白い炎を纏って姿を消す。

 

魔術師の様な転移ではない。純然たる速さで以て回避した修司だが、移動した先で待っているのは無数の槍の雨だった。

 

 自称エルキドゥ。英雄王の唯一の友として語られる彼の姿を持ち、人を何処までも見下す新人類。人間に対して無関心を貫いていた筈の神造兵器はこの瞬間、たった一人の人間を殺す為だけに形振り構わず襲い掛かってきた。

 

視線が交差する。殺意と憎悪に満ちたエルキドゥの双眼と、何処までも余裕と不敵な笑みを崩さない修司。互いの瞳に自身の姿を写しておきながら、互いの心境は全くの正反対だった。

 

刃が奮われる。自称エルキドゥの振り上げた右手に魔力が迸り、修司の頸に目掛けて振り下ろされる。しかしその刃は届く事はなく、振り下ろされた手刀を同じく気を纏った修司の手刀が迎え撃つ。

 

 互角。空中で鍔迫り合いになった状態で自分と目の前の人間の膂力は全くの互角だった。悔しい、屈辱だ。しかし、この状況はどうしようもなく好機。

 

「いまです! 母さん!」

 

「!」

 

自分が抑えている間、母たるティアマトに自分ごと攻撃しろと檄を飛ばす。我が子を巻き込むのに一瞬の躊躇を見せる自称ティアマトだが、今はそれに応える他無かった。

 

閃光が放たれる。上下左右、一切の隙間も容赦も無い光を前に今度こそ修司に一撃が入れられると確信していた。

 

そして、自分も離脱を試みる。この身は神々によって造られた兵器、鍔迫り合いになった所でエルキドゥに取れる手段は幾らでもあった。

 

権能とも呼べる業、泥の文明メソポタミアらしく、エルキドゥが操るのもまた土。大地を操り、無数の鎖を生み出す程度、造作もない。

 

造り、練り上げ、放たれる無数の鎖。修司の四肢を縛り上げるのは大地の鎖。四方八方から降り注がれる石化の極光の前に更なる駄目押し。そして───。

 

 爆発が、ニップルを覆う。その衝撃と爆音はウルクにまで届き、戦況を俯瞰していたギルガメッシュ王の耳にも届く。動揺が広がる兵士達、しかし賢王のその口元は薄く三日月を描いていた。

 

「───本当に、愚かな奴だよ。確かに人の身を弁えない度が過ぎた力があることは認めよう。しかし、だからこそ、人類は淘汰されるんだ。身の程を弁えない旧人類はそれ故に滅びる」

 

もくもくと広がっていく黒煙、今頃は石となって塵同然となった修司を、エルキドゥは憚ること無く罵倒する。身の程を弁えず、強さと力を求めた者はそれ以上の理不尽を以て蹂躙される。

 

今回もその例に漏れず、弁えない愚か者が無様に死に絶えた……ただ、それだけの話だ。

 

「───さっきから、何処見て独り言を溢してるんだ? 見ていて滑稽だぜ?」

 

「「っ!?」」

 

 背後から聞こえてきた声に、女神と兵器は動揺しながら振り返る。バカな、奴は確かに先程の一撃を受けた筈。避ける素振りも、防ぐ動作もさせなかった。指先の挙動すら許さなかった拘束、其処から抜け出す事は喩え令呪を以てしても不可能な筈。

 

何故、一機と一柱が抱くのは疑問の念。しかし振り返った先に奴の姿はなく、あるのは荒廃したニップルの街並みだけ。

 

「何処を見ている」

 

再び、声が掛けられる。あり得ない、こんなこと、決してあってはならない。神代の神が、兵器が、たった一人の人間に後れを取る事があってはならない。

 

しかし、どんなに否定の言葉を脳裏で反芻しても、決して現実が覆る事はなく。

 

「こっちだ───ウスノロ」

 

 淡い光を纏い、不敵な笑みを崩さないでいる無傷の修司(人間)を前にして、魔獣の女神と神造兵器はただ言葉を失っていた。

 

 

 

 

 




これで今度こそ今年最後の更新となります。

皆様の、良い年末年始をお祈り申し上げます。

それでは次回も、また見てボッチノシ



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