『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今年、最後の投稿。

皆様、良いお年を。




その135 第七特異点

 

 

 賢王ギルガメッシュからの勅命により、魔獣に対して籠城するしかなかったニップル市の完全なる解放と、残された市民の救出作戦に参加することとなったカルデア一行。

 

北壁に訪れ、準備を整える兵士達と足並みを揃える為に一晩だけ休む事になった修司達は、明日への戦いに備えながら眠りに就いた。

 

そして翌朝、日が昇り陽光が北壁を照らす頃合い。北部の森を壁の上から注視していたレオニダスが呟く。

 

「───刻限、ですな。皆さん、覚悟と準備は出来ましたかな?」

 

「うん。私は大丈夫、何時でもいけるよ!」

 

「先輩も私も、共に体調良好です」

 

「俺も二人に同じだ」

 

 ニップルの解放という大作戦を前にして今更な問いを投げ掛けるレオニダスに、三人は愚問とばかりに即答する。これから自分達は率先してニップルへ向かうことになり、それは即ち魔獣達に囲まれた所へ吶喊するという事に他ならない。

 

無数の魔獣達に囲まれてしまったら、下手をすればサーヴァントですら敗北しかねない。そんな危険地帯に自ら突き進まなければならないという現実を前に立香とマシュは微塵も臆した様子がない。

 

そんな二人の顔付きにレオニダスは兜の奥で微笑む。頼もしい限りだと、これならばきっと万事上手く行くと、根拠の無い確信を抱きながら、レオニダスは改めて作戦をその場にいる皆に伝えた。

 

「この時刻、大部分の魔獣達は空腹を覚えます。視界に獲物が入れば真っ先に襲い掛かるでしょう」

 

「ならば、戦場に斬り込む私と弁慶が指揮する遊撃隊は、魔獣達にとって格好のエサという訳ですね。無論、エサになるつもりはありませんが。悉くを返り討ちにしてみせましょう」

 

 今回のニップル市に於ける作戦は単純明快。先行する魔獣達の部隊を遊撃隊を率いる牛若丸と弁慶が囮の役割をし、その間に修司達突入組がニップルへ向かうという手筈になっている。

 

ニップル住まう人々の救出を第一に考え、可能であればニップルそのものを魔獣の包囲網から解放させる。それがギルガメッシュ王が定めた作戦の全容であり、単純であるがゆえにその規模は壮大なものとなっていた。

 

ニップル市はウルクと同規模の土地有する大都市。当然ながらそこに住まう人々も数多く存在し、修司が時々救出に参加しても未だに全員の救出が出来なかった程に規模が大きい都市である。

 

故に、今回の作戦の最も困難な所が市民の移動であり、その間の護衛である。未だ二百の人間が取り残されているニップル市、修司が一時参戦した事で戦えない女性や老人、負傷者はある程度救出されてはいるが、それでもまだこれだけの非戦闘員が残されている。そんな彼等を無事にウルクまで送り届けるのが今回の作戦の肝なのだ。

 

「修司殿、どうです? ニップル市の人々の状況、確認できますか?」

 

「…………やはり、前よりも魔獣達の数が多い所為かニップル市の人達の気が感じられない。すまん」

 

 作戦を始める前に、せめてニップル市に取り残された人々の安否を確認しようと、レオニダスは修司に気の探知を頼むが、ニップル周辺には無数の魔獣の気が点在しており、それらの所為でニップル市の人々の気が感知出来ないでいる。

 

強い気や特殊な気配の認識・感知は得意なのに、弱い気配の察知には未だ不得意の域から出てこれない。自分の未熟さに痛感する修司だが、レオニダスは気にするなと一蹴する。

 

「謝る必要はありません。修司殿にはこの後、大事な役目がありますので、挽回するのであれば是非其方で頑張って戴きたい」

 

「あぁ、それはいいんだけど………本当にこれでいいのか?」

 

 レオニダス達が一瞥する方へ修司も不安げに視線を向ければ、其処には見上げる程に巨大な綴の籠が修司の背後に聳え立っていた。それは、賢王ギルガメッシュが命じて作らせた大勢の人間を運べる籠。

 

名付けて“百人乗っても大丈夫な籠”、頑丈さと頑強さを併せ持ったマーリン渾身の一品。呆れながら籠を見上げる修司の隣には、やたらとやりきった感のある花の魔術師がサムズアップしていた。

 

「なぁ、本当にこんなこれで大丈夫なのか?」

 

「大丈夫さ、問題ない」

 

「…………」

 

 どうやらマーリンはこの籠を作るのに結構な時間と労力を掛けたらしく、その表情は達成感で満ちている。台詞的に激しく遠慮したい所だが、この籠にはニップルに籠城している人々にとって文字通りの助け船になるのだから、修司としても断り辛い。

 

仕方なく承諾して籠を背負い込むと、既に籠は結構な重さを誇っていた。どうやら事前に部隊の兵士達が乗り込んでいたらしく、一旦下ろして上から覗き込むと武装した兵士が数十人単位の兵士達が鎮座していた。

 

「修司殿! 此度の作戦、必ず我等で勝利を勝ち取りましょう!」

 

「今回の戦いで人類の強さを魔獣どもに思い知らせてやりますよ! なぁ皆!」

 

「「「オォーッ!」」」

 

 既にヤル気満々なウルク兵士。そんな彼等の熱気に腰が引けた修司は、ややげんなりとした様子で籠から降りる。

 

「……あれ? ちょっと待てよ、もしかしてこの中に私も入らなくちゃ行けないのかな!?」

 

「今更気が付いても遅いですよ。さ、とっとと乗ってください」

 

「アハハ、それじゃあ修司さん、宜しくね!」

 

「が、頑張ってください!」

 

今更な事実に気付いたマーリンを、アナが蹴り飛ばしながら籠へ乗り込み先程よりも重量感が増した籠、これを背中に担いで行かなくてはならない現実に、早くも修司は泣きそうになった。

 

そんな修司を慰めつつ、立香とマシュも籠へと乗り込もうと………する前に、レオニダスから声が掛けられた。

 

「立香殿、そしてマシュ殿、お二人のこれから先に待つのは、恐らくは人智を超えた戦いになることでしょう。厳しく、困難で、過酷な戦い。しかし決して目を背けなされるな。天変地異の如き災いの前に人の力は時に無力、其処に魔術の才能の有無は差程意味はありますまい」

 

「ですが、だからこそ、どうか生き抜いて欲しい。私から言えることは………それだけです」

 

「レオニダスさん………うん、分かった。今の言葉、絶対に忘れないよ」

 

「ありがとうございます。そしてマシュ殿、貴方には私から教えられる盾の戦い方の基本を叩き込みました。後はご自身の手で、守護(まも)られよ」

 

「───はい。ありがとうございますレオニダス王。貴方から教わった薫陶、決して忘れません」

 

 レオニダスから掛けられるのは一種の予言だった。これから待つ戦い、それがニップルで待つ魔獣なのか、それとも別の何かなのか。それは二人にも、レオニダスにも分からない。

 

けれど、二人には何か言葉を掛けなければ行けない気がした。それは英霊の勘なのか、それは定かではない。

 

助言をくれたレオニダスに頭を下げると、二人とも改めて籠へと乗り込んでいく。その様子を確認した修司は改めて籠を背負い、全身に白い気の炎を纏わせる。

 

「それでは、これより戦闘を開始します。修司殿、貴方もどうか気を付けて」

 

「あぁ、ありがとうレオニダス。牛若丸も、また後で」

 

「えぇ、訳あって私達はニップル市には入れませんが、太陽が中天に座す頃には全てが片付きましょう。昼食は、是非皆さんと………それでは!」

 

 牛若丸が駆け出し、弁慶もそれに続く。森から現れる魔獣の大群に果敢に攻め立てる牛若丸達を尻目に、修司は気を滾らせる。

 

「そんじゃ………行くぜ!」

 

気を解放し、数十人を乗せた籠を背負っての飛行。背中から兵士達の絶叫を耳にしながら、修司はニップルへ急いだ。

 

作戦開始。人類の、魔獣に対する反撃が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ、魔獣ども、やっぱり数を増やしていたか」

 

 遥か上空から見える魔獣の群れ、その数はこれ迄ウルク市に押し寄せていた総数を優に超え、今なお数を増やしていく。これ迄修司が数を減らした反動か、魔獣達の顔には今まで以上に強い憎しみを抱いている様に見えた。

 

囮に徹してくれている牛若丸達の負担を軽くさせる為に、せめてもの援護として、修司は空から気弾を放ち魔獣達を僅かに削っていく。

 

北壁に備え付けられた“ディンギル”、ギルガメッシュ王から賜ったラピスラズリを動力源とした砲台で牽制しているが………正直、焼け石に水だろう。

 

やはり、早くニップルへ向かい急ぎ住民達を避難させる必要がある。異常な数の魔獣の群れに修司は一抹の不安を覚えながら、ニップル市へ急いだ。

 

 背負っている籠に乗っている立香達に極力負担を掛けないように気を付けながら飛翔すること数分、ニップル市へ降り立った修司が目にしたのは………凄惨たる光景だった。

 

「これは、そんな………!」

 

「私達、間に合わなかったの?」

 

辺り一面に広がる血の跡、ニップル市の至る所に残された惨劇の跡に籠から降りてくる立香達は息を呑む。しかし、修司が眼を鋭くさせる理由はそれだけではない。

 

死体がない(・・・・・)。これだけの血が流されたと言うのに、ただの一人も遺体が残されていない事に、修司は言葉には出来ない違和感と怖気を感じた。

 

………そう言えば、北壁に参戦していた頃も似たような光景を見た覚えがある。手足をへし折り、戦闘不能に追いやっておきながらその場では止めを指さず、森の中へ引き摺り込もうとする魔獣の姿。目の前の惨劇の現場はあの時修司が見た光景と似ている気がしてならない。

 

そして、その修司の予見は最悪の形で証明される。

 

「やぁ、来たね。歓迎するよ、旧人類」

 

「っ、エルキドゥ!」

 

上空から現れたのは、エルキドゥと酷似している者。親友であるギルガメッシュ王自ら良く似ていると言わしめる程の存在。状況的にこの惨劇は彼が起こしたものだと断定し、修司は鋭い視線を維持したままエルキドゥなる者に問い掛ける。

 

「このニップル市の惨状は………テメェが起こしたものか?」

 

「そうだけど………それが何か? 彼等は先日魔獣達によって残さず回収させて貰ったよ、魔獣達も燃料が無くなれば活動は難しくなるからね。資材の調達は時には迅速に行わないと」

 

修司の問いに、即答で答えるエルキドゥ。そこに一切の躊躇や呵責の様子はなく、心の底から人間を資材としか見ていない。

 

ニップル市は既に藻抜けの空だった。残された人々は魔獣達によって巣と思われる場所へ連れ去られ、その生存率は絶望的。この時、修司は己の浅はかさを呪った。

 

確かに魔獣達は数を増やして北壁に向かい、魔獣戦線を支える兵士達を襲っていた。その狙いは北壁を破壊し踏み越えるだけでなく、白川修司という特記戦力を北壁に釘付けにさせる為にあった。

 

事実、修司が戦線に参加した時の強襲する魔獣の数は、通常より多かったらしく、魔獣の勢いも何時もより強かったとレオニダスから聞いている。だからこそ魔獣達に連れ去られる兵士達が何時もより多く見受けられ、その都度修司は助けに入っていた。

 

 特異点ほぼ全域に強い気が点在している現在のメソポタミアは、人間一人の位置や場所を気によって特定させるのが非常に困難になっている。それが魔獣達相手に籠城するしかないニップルなら尚更で、これ迄何度も救出に参加しても直接赴かなければ把握できない程にそこに住まう人々の気は小さかった。

 

もっと早く気付くべきだった。籠城を強いられていたとはいえ、彼等もまた賢王のギルガメッシュの民。戦えなくとも、自分達で生きていける強かさを持っているから大丈夫なのだと、勝手に思い込んでいた。

 

「………そこを退け、エルキドゥ擬き。テメェの相手をしている暇はねぇ」

 

「そうだね。僕も君如きに関わっている場合じゃないさ。でもね、そうも行かなくなった」

 

「あぁ?」

 

「母さんが、君に一目会いたいと聞かなくてね。これまで君が殺してくれた子供達の分まで、お礼がしたいんだってさ」

 

 瞬間、地震が起きた。それは地響きというには胎動的で、噴火と言うには粘着的。うねりとも呼べる地震の中で膝を折って地に伏す兵士達に対し、修司は近付いてくる気配に身構える。

 

そして───それは来た。

 

地面を割り、地表を砕き、地中深くから現れるのは………巨大な蛇。山の如く巨大にして強大、魔獣の母とも呼べる怪物が、天高くから修司達を見下ろしてくる。

 

「───ほう、貴様が噂の山吹色の男か。お前には随分と我が子達が世話になった様だな」

 

「…………」

 

「フフフフ、恐ろしくて声も出せぬか。なに、案ずる事はない。貴様には特別の恐怖を味合わせて、その時になって踊り食ってやろう。我が子から話しは聞いている。せいぜい、私を楽しませてくれよ?」

 

「…………」

 

「我こそは人類の怨敵。三女神同盟の首魁。貴様らが魔獣の女神と恐れた怪物───百獣母神、ティアマトである。平伏し、ただ祈りを捧げるがいい」

 

その体躯に見合った尋常ならざる霊基。その強さ、強靭さ、なにより………その残忍さは正しく人類の天敵と呼ぶに相応しかった。

 

その迫力に兵士達は呑まれそうになり、強く己を立てている立香とマシュも足を震わせている。その中で平然としていられるのは、グランドクラス候補のマーリンと、何故かフードを深く被り直しているアナ、そして───。

 

「もしもしロマニ、ちょっと双子の女神姉妹を呼んできてくれる?」

 

何処か達観した様子の修司が、呆れながらもすました様子で、密かに相手の心を折る準備を始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.ボッチ、ニップルの様子とか気で探れなかったの?

A.北部に存在する女神の気配が大きくて詳しくは探れませんでした。例えるなら、風呂桶一杯の牛乳に数個のミルクキャンディを黙視で探し当てるようなもの。
直接入れば探せるけど、遠くからは観測しづらい的な、そんなニュアンスです。




次回、魔獣母神

それでは次回もまた見てボッチノシ








オマケ とある世界線のカルデア。

「しっかし、改めて凄いよね。修司さんって」

「そうか? まぁ、そう思ってくれるならこれ迄頑張ってきた甲斐があったかな?」

「そんなに多才な修司さんなら他の組織から引き抜きとか、あったりしたんじゃない?」

「ん? ん~~~、まぁ確かに裏表問わず、色んな組織から勧誘された事はあったかなぁ。でも、大抵が断ったら命を狙ってくる野蛮人だから、比較的早くそう言うのはなくなったかな」

「お、おおう。デンジャラス」

「あ、でも一つだけしつこい組織があったな。なんか魔術社会では有名な所で、名称が独特で妙に頭に残ってたんだよ」

「………因みに、それ何て組織?」

「確か………芳香剤、だったかな?」

「………何故に芳香剤?」



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