『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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やはり、どう考えても今年中にバビロニアが終わらない模様。



その132 第七特異点

 

 

「さて、そろそろあの戯け者がウル市に到着した頃合いか」

 

 自身の前に並べられる数多の報告を片付けながら、玉座に張り付いた賢王はつい先程までに眼下に佇んでいた山吹色の男を思い出す。カルデアという遥か未来の時代より来訪した藤丸立香と同じ、人類最後のマスター。

 

奴のトンチキ具合なら、今頃は森に覆われたウル市やその先にあるエリドゥ市まで辿り着く事だろう。別に異邦の異物に頼る程落ちぶれてはいないが、それでも奴の行動力には期待せざるを得ない。三女神同盟の間に結ばれた契約、その全容が暴けなくともその一端だけでも知り得る事が出来れば御の字である。

 

 過去二度に渡って行われた南部への派遣調査、アサシンの風魔小太郎とルーラーの天草四郎、彼等も英霊と呼ばれる存在だけあって、二人とも一騎当千の強者だった。その二人が密林の女神に敗れ、消滅したと知った時は流石の王も頭を抱えた。

 

彼等が、修司という一人の人間に劣るとは思わない。しかし打ち止めされた強さのサーヴァントに対し、奴は今を生きる人間だ。これから先、どんな切欠で更なる高みへと至るのか、それは千里眼を持つ王でも分からない。

 

 だが、それでも王の眼が映すその光景は覆ることは無かった。砕かれる大地、空と海は赤黒く爛れ、世界は静かに終焉の一途を辿る。滅び行く世界を前に立ち向かうのは、盾を支えに立ち上がる二人の少女と一人の戦士。

 

巨大な終末機構を前に、一体どうやって立ち向かうというのか。そこから先の景色を知らない王は、ただその時を越える為の一手を思案し、思考を加速させる。

 

「度しがたい未来があったものよ。この我抜きで世界の行く末を決めるとはな………」

 

業腹だが、今は一先ず呑み込むしかない。呑み込み、前を見据えた者にしか勝利という明日を手に入れられないと言うのなら、ギルガメッシュは何度だって苦渋に満ちた盃を飲み干してみせる。

 

「王よ、如何なされましたか?」

 

「ん? 何がだ?」

 

「いえ、その………今しがた王が笑っていたように見えましたので」

 

「なんと、それはまことか。であればそろそろ我が過労死する日も近いか? フハハハ、いや笑えんな」

 

「?」

 

「不思議そうに首を傾げるでないわ。泣きたくなるであろう」

 

 誤魔化すために高度なノリツッコミをしてみたが、どうやらウルクには千年程早かったらしい。純粋な眼差しで首を傾げるシドゥリに本気で凹みそうになった時、王の間に慌てた様子の兵士が一人雪崩れ込んできた。

 

「ご乱入、失礼します!」

 

「良い。何があった?」

 

「ハッ! エレシュ市方面より伝令があり、ウル市方面の密林から巨大な土煙が舞い上がったとの報告! 更に大地を揺らす程の轟音が頻繁に起こり、魔獣共が酷く脅えた様子で北壁へ押し寄せてくるとの事です!」

 

 他の神官を押し退ける兵士、そんな彼に王が一喝する事なく、疾く報告をしろと促す。兵士の口から紡がれるのはウル市で起きている異変、簡潔に要点だけまとめて報告してくる兵士に要領の良さが伺えるが、それを誉めてやれる暇は王にはない。

 

瞬間、空気の破裂する音が遠くから聞こえ、うっすらと土煙が見えた。加えて、小さな地震の様な振動がジグラットを揺らしている。報告とまったく同じ内容の光景と事象に賢王は頭を抑えた。

 

「えぇい! 誰がそこまでやれと言ったか! 段取りというモノを知らんのか! あのハチャメチャ小僧めが!!」

 

 怒りとも嘆きにも聞こえる賢王の雄叫び、しかし悲しいかな、王の最大限の訴えは現地で戦っている戦士に届く筈もなく、唖然となっている臣下達の耳朶を震わすだけに終るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、空を行く大鷲。相手より高く、より強く飛び上がるその姿は得物を見やる捕食者のそれ。太陽の神であるケツァルコアトルは、ウル市を一望できる程に高く舞い上がり、眼下で身構える修司を見下ろす。

 

(いきなり仕掛けて来たな!)

 

対する修司は太陽を背に舞い上がるケツァルコアトルを前に、彼女が何を仕掛けてくるのか、その頭脳を持って検索する。浮かび上がるのは先の自己紹介の時に耳にしたルチャドーラという単語。

 

奇しくも、修司はルチャドーラと同じ意味を持つ単語を知っている。それは修司の商売敵であり、良きライバルであるとある魔術貴族のご令嬢も嗜む由緒正しき肉体言語。キャッチ・アズ・キャッチ・キャン。それは1830年頃のフランスが起源とされているプロフェッショナル・レスリング、通称プロレスである。

 

何故古代アステカ文明の神がプロレスに心酔しているのか、疑問は尽きないが、落ちてくる女神からは隕石の落下に似た迫力が感じられる。

 

直撃は避けるべきだ。勢いを増して落ちてくるケツァルコアトルに、修司は当然のごとく回避を選択。タイミングを見計らって後ろに跳躍すると………落下地点を中心に爆発が起きた。人気のなくなった大通りとは言えウル市は人の住む都、街のあちこちから聞こえてくる悲鳴に修司は回避を選択したことを後悔した。

 

同時に、駆ける。肉体ごとぶつかってくるケツァルコアトルは、その技自体が特大の爆弾みたいなモノだ。やたら頑丈な肉体故に無茶な技が好きなのだろうと解釈した修司はその肉体に加減は無用と判断し、立ち上がるケツァルコアトルに向けて飛び蹴りを放つ。

 

直撃。放たれた蹴りは吸い込まれるように女神の腹部にめり込ませる。くぐもった声、苦悶の表情からダメージは入ると確信した修司は、太陽の神をウル市から追い出す様に蹴り飛ばす。

 

幾つ、幾十もの木々をへし折り、吹き飛んで行くケツァルコアトルを追うと、開けた場所へと辿り着いた。恐らくは此処がエリドゥ市なのだろう。向こうに見える街からして多分間違いない、だが、それ以上に気になるものが其処にはあった。

 

「なんだ、あの馬鹿デカイ斧は?」

 

神殿らしき建物の後ろに聳え立つ巨大な斧、外観から目測しても相棒の剣(グランワームソード)よりも巨大な斧の存在に、修司は驚きに眼を見開く。

 

「あれは、嘗てティアマト神の喉を斬り飛ばしたとされるマルドゥークの手斧。一種の神造兵器デース、そして───」

 

「っ!」

 

「試合の最中に余所見はダメ、相手に対して失礼……ヨ!」

 

「しまっ……!?」

 

巨大な斧の存在に気を取られ、ケツァルコアトルの姿を一瞬見失った。気付いた時には既に懐の内側、拳を突き出して距離を離そうとしても、地を這うように飛び込んでくる女神の動きを止める事は出来なかった。

 

腰が太陽の女神に鷲掴みにされる。ガッシリと両手で固く握られたその握力は修司を決して離そうとしない。ならば気を解放して吹き飛ばすと修司は力を解放しようとするが、それよりも早くケツァルコアトルから力の奔流が解放される。

 

「見せて上げましょう、ルチャ・リブレの真髄を!」

 

炎が吹き荒れる。ケツァルコアトルを中心に炎は燃え盛り、その炎を以て上昇気流が吹き荒れる。嵐とすら見間違う暴風、平衡感覚すら狂わされる炎と風の暴力に、修司は空へと舞い上がる。

 

舞空術で体勢を整えようとするが、それを許す程の時間をケツァルコアトルは渡さない。強さにおいて同格と認めているからこそ、彼女が手を抜くことはあり得ない。

 

「私は蛇! 私は炎! 炎、神をも灼き尽くせ(シウ・コアトル・ツァレアーダ)!!

 

 上空に投げ出された修司を、再び空へと舞い上がったケツァルコアトルが抱き付く形で拘束する。両手両足を封じられ、身動き出来なくなった修司は次に起こる自分への衝撃に顔を青ざめた。

 

ヤバい、このままでは自分の脳天はメソポタミアの大地と激突する。受け身をしようにも両手は縛られ、落下の速さは段階的に加速していく。間に合わないと察した修司はせめてもの抵抗にと、気を纏い防御を底上げし……。

 

瞬間、白河修司は太陽の女神ケツァルコアトルの宝具、遥か天空からのパイルドライバーによってメソポタミアの大地に叩き付けられる。

 

その衝撃はエリドゥ市の大地を陥没させ、神殿を一瞬だけ浮かせ、背後にあるマルドゥークの手斧を傾かせた。更にその振動は周囲にも伝播し、ウルクの市にも轟かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっべぇ~、あの山吹色の子、流石に死んだのでは?」

 

 ケツァルコアトルに地中に埋め込まれるも、どうにか自力で抜け出して二人の戦いの場へ戻ってきたジャガーマン。彼女の宝具という名のパイルドライバーは、これ迄二度も和風のサーヴァント達を大地というマットに沈めてきた。

 

今回は生身の人間に渾身の一撃を見舞い、その一撃は大地を割る程に強烈。地中深くめり込み、ジャガーマンが確認できるのは修司の脚だけ。これ迄は敵対する人間にはクオリティ重視の戦いだったが、今回は何がなんでも勝ちに行く泥臭さがあった。

 

恐らく、それだけケツァルコアトルも必死だったのだろう。彼の放った蹴りの一撃はとある特性を持つ彼女であっても相当堪えた筈、それでも満面の笑みが浮かんでいる限り、彼女もかなり楽しめている様子だが……。

 

 その時、陥没した大地の中心から、小さな爆発が起きた。ボンッと小さな衝撃と砂塵を巻き起こし、地表に降り立つのは土埃にまみれた人間、所々擦り傷を負ってはいるが、それ以外に特にダメージはない様子の修司にジャガーマンは驚きと呆れに眼を見開いた。

 

「ワァオッ! 凄いタフさですね! お姉さん驚きデース! 私、結構本気で叩き込んだつもりでしたが、ピンピンしているのネ!」

 

「いや、そうでもねぇさ。今のアンタの一撃、効いたぜ。受け身もマトモに取れなかったし、実際に気を纏って師父から教わった剛気の呼吸法をしてなかったら、意識を数秒失う程度では済まなかっただろうな」

 

首を鳴らし、肩を回して身体を解しながら調子を整えながら、修司はケツァルコアトルの技を称賛する。気を纏い、師から教わった呼吸法が無ければもしかしたら自分は死んでいたかもしれない。

 

実際、修司の頭の登頂部は未だにズキズキと痛むし、何ならたん瘤だって出来ている。しかし、修司が疑問に思うのは其処ではない。

 

「けど、それ以上に不思議に思ったのはアンタのタフさだ。俺もそれなりに打たれ強さを自負しているが、アンタのはそんな次元じゃない。俺の蹴りを受けてケロッとされているのは………流石に予想外だったよ」

 

修司が不思議に思うのはケツァルコアトルの異常な迄の耐久性だった。最初に叩き込んだ飛び蹴り、並みの相手なら一時的に動けなくなる程度の威力があの蹴りには込められていた。

 

相手が神霊だからと言われればそれまでだが、攻撃を受けてからの反撃の短さを考慮すれば、何らかのカラクリがあるのはある程度察しがつく。

 

「では、どうします? もう一度私と戦いますか? お姉さんはいつでもウェルカムデース!」

 

「………いや、今回は此処等で引き上げるよ。王様から命じられているのはあくまで調査、これ以上続けれると歯止めが利かなくなる。───それに」

 

「?」

 

「アンタは多分、其処まで悪い神様じゃないんじゃないかな? 基本的に、ケツァルコアトルってのは善神として知られている。今回人類の敵に回ったのも、アンタなりの理由があると俺は思う」

 

「…………」

 

 再戦を望むケツァルコアトルに対し、意外にも修司は引き下がる事を選んだ。直接戦ったのは差程長くはないが、それでも真っ向から戦いを仕掛けてくる太陽の女神に対し、修司はそこに悪意はないと理解した。

 

恐らくは、三女神同盟の間で何らかの契約が交わされているのだろう。その言葉に沈黙で返すケツァルコアトルに底知れぬ事情があるのだと、修司は改めて察した。

 

「………まぁ、色々言ったけど、結局今回は俺の敗けだ。アンタの技に尻込みした以上、それは覆らない事実だ」

 

「ん~? じゃあ今回の勝負、ククルんの勝ちってこと? なら、此処で暫くは強制労働していって貰う事になるけど?」

 

「げっ、そうなの?」

 

 ケツァルコアトルの技に怯み、マンマと宝具まで受けてしまったのは事実。何より修司自身が敗北を認めた以上、修司は勝者であるケツァルコアトルに従わなければならない。

 

「………いいえ、今回は引き分けにしましょう。自慢の技を受け止められた以上、私も自らの敗北を認めなければなりません」

 

「え? 俺としては有り難いけど……良いのか?」

 

「確かに私は“母さん”から人類を滅ぼす為に召喚され、私もそれに応えました。ですが、やり方までは指示されていませんので、其処は各々の裁量に任されているのです」

 

だから多少の融通は利くのだと、太陽の女神は朗らかに笑う。そんな彼女に修司は神に対する偏見が少しばかり和らいだ気がした。そもそも、修司は元々目の前の太陽神に対してギリシャの神々程の嫌悪感を抱いてはいない。彼女が自分のよく知るゲームに出てくる神だからなのかは定かではないが、それでも問答無用で消滅させようという気持ちは沸いては来なかった。

 

ジャガーマン? アレはほら、UMAと似たような感じだから。

 

ともあれ、ケツァルコアトルの温情で勢いで始まった戦いは引き分けという形で終ることになった。懐の広い彼女に借りを作る事になった修司は、ある提案を示す事にした。

 

「………なら、今回はその言葉に甘えさせて貰うとしよう。但し、忘れないで欲しい。アンタが人類の敵で有る限り、俺はアンタを必ず制して見せる」

 

「勿論、その時は正面からガチンコ勝負デース!」

 

 修司から差し出された手を、ケツァルコアトルは満面の笑みを浮かべて握り返し………ふと、違和感を覚えた。

 

力が湧いてくる。修司との戦いで削られた分の力が涌き出てくるのが感じた。不思議に思ったケツァルコアトルが眼を見開くと、其処には悪ガキの様に笑う修司がいた。

 

「………何のつもり?」

 

「なに、敗者から勝者への贈り物だと思ってくれ。もしこれが施しで、アンタにとって不愉快なものだっていうなら……俺からの細やかな嫌がらせだと割り切ってくれ」

 

「────」

 

「俺からは以上だ。じゃあな、愉快な神様。出来れば次会う時まで、あまり此方にちょっかい出さないでくれ」

 

敗北を認めた男からの嫌がらせ、そう語る修司にケツァルコアトルは目を丸くさせた。神様も驚くのだなと、彼女の反応に微笑むと、修司は白い炎を纏って空を飛ぶ。

 

「待って!」

 

「ん?」

 

「貴方の名前、もう一度聞かせて貰えませんか?」

 

 呼び止めてくるケツァルコアトルに、すわ再戦か? と一瞬警戒する修司だが、どうやら彼女は改めて自分の名前が知りたいらしい。

 

それで見逃してくれるなら安いものだ。そんな軽い気持ちで改めて修司は名乗った。

 

「修司、白河修司。近い内にアンタを制する男の名だ」

 

そう言って、今度こそ修司は空を飛んでいく。

 

次に彼女と戦う時は、きっと今回以上の激戦が待っている事だろう。しかし、今回の敗北を胸に刻み、リベンジに闘志を燃やす修司は、報告の待つ王の下へ急いでウルクへ引き返していく。

 

「………ねぇ、ジャガー」

 

「ククルん?」

 

「日本式の結婚式って、どんな感じでしたっけ?」

 

「ククルん!?」

 

 どうやら、彼にはある種の女難の相があるらしい。ジャガーマンは何となく既視感を覚えながら、空の彼方へ消え行く修司の姿を見送るのだった。

 

 




Q.ボッチがケツァルコアトルに気を分け与えたみたいだけど、これ強化フラグになったりしない?

A.あくまで、今回削られた分の力しか与えてないので、多分そうはなりません。



Q.今回、ケツァルコアトルとのフラグ回?

A.多分違う……と、思いたい。

Q.もしも女神と結ばれたらどうなるの?

A.「やめとけやめとけ、下手すりゃ星になっちまうぞ? 俺みたいにな!」


それでは次回もまた見てボッチノシ






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