ご容赦ください。
第七特異点、人類最古の文明の一つ。メソポタミアの大地へと降り立った一行、王であるギルガメッシュと謁見を果たし、紆余曲折を経てウルクでの滞在を許された一行は、シドゥリを立香達の世話役として任命され、彼女の案内によって空いた一軒家を預かる事になった。
メソポタミアに訪れて凡そ三日、漸く拠点を手に入れた一行は一先ず今日の所は拠点の清掃を行い、その後はダ・ヴィンチから神代の時代背景を簡単に説明を受け、簡単な宴を開く事になった。
「成る程、ではあのウルク全体が震えた原因は修司殿にあったのですね! いやぁ、お見事! よもや闘気だけで大地を震わせる猛者だとは、現代の人間は凄まじいですな!」
「いやぁ、それ程でも……」
「しかし、前線を預かる身としては少々心臓に悪いですな。お陰で新兵の何人かは腰を抜かしてしまい、他の兵士達にも動揺が走りました。まぁ、魔獣どもも狼狽えていたので結果的には戦況は此方が有利な方に傾きましたから良いですが……出来れば、ああいった事は事前に相談してほしいでありますな」
「あ、はい。マジですみせんでした」
用意された麦酒と食事、細やかながらこの時代では豪勢な食卓を囲むのは修司達と、ギルガメッシュ王によって召喚されたサーヴァント達である。
露出の激しい少女は牛若丸、かの源義経の若かりし頃の姿で現界した彼女は大層な実力を持った修司を気に入り、立香と同様に大変懐いてしまっている。
気迫だけで大地を震撼させる修司をマジもんの武神の類いだと持て囃しているが、それを敢えて空気を読まずに嗜めるのが、スパルタ国王レオニダスである。
言葉の端こそやや棘のある言い方だが、彼も彼で修司の事は認めている。他にもその効率重視の戦い方は修司自身も興味を抱いており、その話をしてからは互いに意気投合するようになった。
「しかし、ウルクの兵士達は勤勉が過ぎるのが難点でありますな。戦士として戦う意気込みは大事ですが、動けばその分だけ体力は消耗してしまいます。戦士は時に計算高く在らねばなりません。私も、戦場で疲れた時は寝ています。そして、あ、危険だな。と思った時に目を開け、槍を奮えば、自然と刃は魔獣の喉笛を突き破るのです」
「あー、でもあれってタイミング間違えると悲惨な目に遇うんだよな。俺も似たことを昔アフリカでやった事があるけど、気付いてたらライオンやハイエナに齧られてるんだよな。お陰でその日一日涎の臭いで酷かったわ」
「あるあるですね。私も平家の駄馬に齧られた事がありますので、お気持ちは分かります」
「ハハハ、二人とも頑張りが過ぎる傾向があるようで。こう言うのはこまめに目を瞑って体を定期的に休ませるのがコツですな」
「「ほー、成る程なー」」
「ど、どうしましょう先輩! 修司さん達の会話が噛み合ってないようで絶妙に噛み合ってます!」
「うん、取り敢えず放っておこ? 私達には知らなくて良い世界だよ」
物騒なあるあるを楽し気に語る三人に立香とマシュの両名は遠い目をしていた。
その後も宴は続き、話は賢王ギルガメッシュの話へシフトする。彼は不老不死の霊草を探す旅から帰ってきた帰還者、ロマニが言うには今の彼は長い旅で精神的に成長し、覇を競う英雄王としてではなく、理を唱える賢王へ至ったとされている。
己一人が強者であれば良い、そんな様ではこの先の戦いでは生き残れないと、王としての矜持や責任、或いは自身に課せられた使命として受け入れたが故の選択なのだとか。
そんな彼が自ら国を起こし、バビロニアを解体して頑強なあの北壁の壁を作ったと言う。人類を守護する為、己の責務を全うしようと足掻く賢王ギルガメッシュに、ウルクに住まう人々もそんな王に呼応するかのように集い、立ち上がったのだと、シドゥリは語った。
「………本当、つくづく凄い人だよ王様は。先の特異点にいたどっかの誰かに聞かせてやりたい話だ」
「修司さんの正論は多方面に影響及ぼすから、もう少し加減した方がいいと思うな」
「そ、そうですよ! ここにはその、マーリンさんもいる事ですし……」
今日一日しかウルクの街並みは見ておらず、賢王ギルガメッシュの政策は触り程度しか知り得ていない。それでも先の特異点の某獅子王とは文字通り天と地程の差があり、二人の王を知る修司としてはどうしても比べてしまう。
事実、人の世界の為に人を殺す王と人の世界の為に人と共に戦うと決めた王、支持をするならどちらかとするなら、答えなど決まりきっている事だろう。とは言え、修司もこれ以上王達を比較するのは控える事にした。
如何に人にとって悪政だとしても、獅子王も王の一人。彼女を卑下すると言う事は、そのまま同じ王であるギルガメッシュを嘲るのも同然。臣下の一人でしかない自分にそんな越権行為など持っている筈もなく、他所の王の臣下が目の前にいる以上、この話題を続けるのは避けるべきだろう。
「………悪ぃ、口が滑った」
「うん? あぁ、別に気にする必要はないさ。あの王は確かにアーサー王の成れの果てと呼ばれる存在だが、同時に私の知るアルトリアではない。どちらかと言えば、君達のカルデアにいる彼女こそが僕にとってのアーサー王と言えるだろ」
「……………」
話の流れ的に悪いのは臣下でしかない癖に王を比べる言動をした修司であり、修司もまた己の非を認めている。だからこそ反省はするし、謝罪の言葉だって口にする。
けれど、何故だろうか。目の前の半人半夢魔の言葉を聞くと、過ちを認めた自分がバカみたいだと思えてしまう。言葉の端からマーリンという魔術師がどう言った存在なのか、何となく察してしまった修司は、以降マーリンに話し掛ける事はなかった。
それからも宴は進んでそろそろお開きになった頃、シドゥリがとある話題をふってきた。
「それで、修司様と仰いましたか? アナタには私から二つ程お訊ねしたいことがありますが……宜しいでしょうか?」
「あ、はい。どうぞ」
神妙な顔付きで話し掛けてくるシドゥリ、そんな彼女を前に修司の姿勢は自然と正される。
「先のジグラットで見せたアナタの力、大変興味深く、また感服しました。王も仰っていたようにその力は対三女神に対し、非常に有効であると認めざるを得ません。しかし………幾らなんでも女神イシュタルに対して無礼が過ぎるのでは無いでしょうか?」
「あー、うん。そうッスね」
麦酒を煽るように呑み欲し、やや頬が赤くなっているシドゥリ。酒に酔い、通常よりやや圧が強くなる彼女にすっかりタジタジな修司は、迫るシドゥリに俯く他無かった。
「尋常なる戦での決闘でならいざ知らず、勢いであんな………仮にも女神の尻を叩く等、その様な勇者は見たことがありません!」
『あ、そこは勇者扱いなんだ』
「兎も角、都市神でもあるウルクの女神たるイシュタル様を侮辱する行為は、極力お控え願いたいのです」
懇願するように願い出るシドゥリだが、しかしその願いを聞き届けるには少々難しい問題だ。確かにあのイシュタルはウルクの都市神で、戦いと豊穣を司る厄介極まる性質を持ってはいるが、だからと言って戦わないという選択肢は有り得ない。
女神イシュタルは三女神同盟の一角、彼女がジグラットを強襲してきた際に報告に来た兵士の一人がそう言っていたのだから、恐らく間違いはないのだろう。
誰もその事を否定しないから、修司も立香もマシュも、あの女神イシュタルが倒すべき敵なのだと、思い込んでいた。いや、修司だけは仮にも姉弟子をブチのめしていいのか判断に悩まされていたが………。
ふと、立香は違和感を覚えた。女神イシュタルが話題に上がり、そのお陰で思い出した彼女の言動。それを思い返した立香は恐る恐る手を上げ、自らが抱いた違和感を口にする。
「………あのさ、女神イシュタルについて質問があるんだけど、彼女って本当に三女神の一柱なのかな?」
「え?」
「ふむ、立香殿、その根拠を聞かせていただいても?」
「根拠って程でも無いんだけど、女神イシュタルってウルク市の都市神なんだよね? それで彼女がギルガメッシュ王の前に現れた時の言動を思い出したんだけど、人間を絶滅させる女神様の一柱にしては………ウルク市に拘り過ぎてないかなって」
『む、確かに言われてしまえばそう思える……のか? でも神って基本的に気分屋だし、その日の機嫌によって人間に味方すれば敵対する事もあるからなぁ』
あの時、イシュタルは魔獣の臓物にまみれて怒り浸透の様子だったが、その割にはシドゥリや兵士達に八つ当たりの攻撃をしてはいない。仮に彼女が三女神同盟の一柱なら、空から一方的に襲って来ることもあった筈なのに、そう言ったやり方は一度だってしてこなかった。
それがロマニの言うように神の気紛れだと言えばそれまでだが、何故か立香には三女神という恐ろしい神の一角とは思えなかった。
「………あの、あくまで私が何となくそう思っただけだし、話し半分で聞き流してくれればいいから!」
「───いや、案外その推理、当たっているかも知れないぜ、立香ちゃん」
「え”?」
あくまで自分の直感で言っただけであって、本心から来る言葉でも、確証がある訳でもない。話し半分で聞き流して欲しいと口にする立香に、修司が捕捉し始めた。
「根拠となる理由は一つ、女神イシュタルから感じる気の強さが他の三つの強大な気に比べ、若干だが劣るって点だ」
「“キ”?」
「恐らくは、あらゆる命に宿る力、もしくはそれに通ずるナニカでしょう。概念的に言えば仙道に近いでしょうか」
「なんと、では修司殿はこの若さで仙人の領域まで至ったと!?」
シドゥリは修司の語る“気”の概念に困惑し、弁慶は感心し、牛若丸は驚いている。日本出身のサーヴァントは中国から様々な文化が流れている所為か、“気”について感覚的ではあるが理解されやすい。
シドゥリには後程詳しく説明する事にして、修司は話を続けた。
「立香ちゃん達にも言ったと思うけど、このメソポタミアの大地には少なくとも三つ、デカくて強い気の持ち主がいる。恐らくはそいつらが三女神とかいう連中で間違いないだろう。最初は俺もそう思っていた」
「思っていたって………今は違うの?」
「あぁ、改めて女神イシュタルという神と出会して分かったが、あの女神は他二つの気配と比べて僅かだが劣っている。とは言え弱いという訳じゃない。この時代における代表的な神格であるとされる事から、決して侮っていい相手じゃない」
「ん? 二つ? 三女神は三柱から成り立っているって………」
「そう、其処なんだ。三女神同盟は三柱の女神から構成される人類の敵対組織、なのに感じられる巨大な気は二つで、内一つの神であるイシュタルはこの二つと比べてやや見劣ってしまう。仮にも同盟なんて呼ばれる程なのだから、普通は同格として成り立たせる筈だ」
結局の所、あの女神イシュタルが三女神の内の一柱なのではないか? 話し合いの最中でそう結論しようとも思ったが、話の流れに違和感を感じてしまった修司は納得しかねなかった。
故に、思い付いた推測が一つ。
「例えばさ、俺達が三女神と定めた神の他に、もう一柱別の神がいたりする………とか」
「もう一柱の神、ですか? しかし修司さん、それだと三女神同盟ではなく、四女神同盟になるのでは?」
「じゃあ、実は三女神同盟って言うのは人類側の目を欺ける嘘で、実は本命にもう一柱隠されてたり?」
「いや、その可能性は低いだろう。神々の誓いというのはそんな軽く扱えるモノではない。仮に破ってしまったら最期、同盟を破った神は存在ごと消滅してしまうだろう。神同士による
マーリンからの神の誓約に対する説明を受け、それを聞かされた修司は納得する他無かった。てっきりもう一柱の神がメソポタミアの何処かに隠れて、人類を虎視眈々と狙ったいるのかと思っていたのだが、魔術に詳しいマーリンに言われてしまった以上、修司から言える言葉はない。
結局、あの女神イシュタルも倒すしかないのか。仮にも彼女は姉弟子に瓜二つな容姿をしている。その性質は諦めがたくしつこく、そしてしつこい。一度や二度の挫折で目的を諦める程、柔な人間性はしていない。
そんな彼女と敵対する道しかないのか、項垂れながらその時が来るのを億劫に感じる修司だが、シドゥリだけは気になる事があるのか、考え事をしているように俯いている。
「………もしかしたら、修司様の推理、案外的外れではないかもしれません」
「シドゥリさん?」
「少々調べものが出来ましたので、私はこれで失礼します。マーリン、アナタもあまりハメを外さないで下さいね」
「やれやれ、シドゥリ殿に言われてしまえば仕方ない。それじゃあねカルデアの諸君また明日。アナも、あまり迷惑を掛けないようにね」
「余計なお世話です」
席から立ち上がり、その場からあとにするシドゥリを皮切りに宴は慎ましく終了。シドゥリの後を追うようにマーリンも家から出ていき、牛若丸や弁慶、レオニダスも後に続いていく。残されたのは立香とマシュと修司、そしてアナと呼ばれるはぐれサーヴァントのみ。
「………取り敢えず、お開きとしますか。二人とも、後片付けを手伝ってくれるかい?」
「うん、分かった」
『取り敢えず、今日の所はもう休もう。修司君も、考え事は後にして今はしっかりと休むようにね』
人類最古の文明の一つ、メソポタミア。ウルクに訪れた一行はこの日、一先ずの拠点を手に入れた。
そしてその翌日、立香達のウルクでの生活が始まるのだった。
Q.女神イシュタルって、他の女神と比べて弱いの?
A.神格的に言えば引けはとりません。けれど、純粋な力としてなら出自や召喚とか諸々の理由で劣る。という解釈になりました。
今回は色々とツッコミ所が多い話になったかもしれませんが、あまり深く考えないで読んでくださると嬉しいです。
次回、魔獣の女神。
遂に、魔獣の女神の存在が明らかになるかも?(嘘)
それでは次回もまた見てボッチノシ