『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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信じりる? これ、まだ第二節辺りなんだぜ(汗?


その125 第七特異点

 

 

 

 駆ける。その細身の身体からは想像のつかない膂力で以て、エルキドゥを名乗る敵対者は修司との距離を瞬く間に詰める。その眼には既に先程までの様な慈しみのある眼差しではなく、己を虚仮にしてくれた敵対者に対し、何処までも深く燃えるような敵意を滲ませている。

 

振り上げた右手には人一人を文字通り捻り潰すだけの力が秘められており、更に彼の特性か、その腕にはモノを切り裂くある種の付与が施されている。何者でもないのに何物にもなれる神々が造られし神造兵器、そんな最古の神秘を纏うエルキドゥの一撃を修司は片腕で防いで見せた。

 

瞬間、引き起こされる現象。ビリビリと空気が震え、周囲の大木の如き杉の木々を軋ませる衝撃波。押し寄せる空気の爆発を前にマシュは立香とアナ、ついでに白い男を守る為に盾を構えて前に出る。

 

『い、いきなりの戦闘!? 二人とも、大丈夫かい!?』

 

「うん! マシュが防いでくれたから平気!」

 

「間に合って良かったです。そちらのお二人も大丈夫ですか?」

 

「………まぁ、大丈夫です」

 

「やれやれ、相変わらず人間が嫌いなんだねアナは。あぁ、勿論私は無事だとも。ありがとう盾のお嬢さん、些か毛色は変わってしまったみたいだけど、君の魂の輝きは全く色褪せていないみたいだね、安心したよ」

 

「え? あ、ありがとうございます?」

 

「フォフォーウ!」

 

襲い来る衝撃波を、マシュは慣れた態度で対処する。そんな彼女を見て白い男は感慨深そうに呟いているが、初対面である筈のマシュには彼の言葉の意味を理解出来ないでいる。ただ、気になるのはこの白い男が登場してから、フォウがやけに荒ぶっている事。

 

マシュや立香に近付こうとすれば番犬の如く吼え、毛並みを逆立たせて威嚇している。この小動物とはカルデアに来てからそれなりの付き合いだが、此処まで露骨に誰かに敵意を見せたことは今まで一度もなかった筈だ。

 

一体、この白い男は何者なのだろうか? 手にした杖から察するに、何らかの魔術を得意とする人物なのは間違いないと思うのだが………。

 

「それよりも、どうしようかなアレ、流石に彼処まで派手に暴れられては私も迂闊に手出しが出来ない。て言うか、山吹色の彼って本当に人間? 明らかに物理法則を超えた挙動をしているんだけど?」

 

呆れたように呟く白い男に釣られ、立香もマシュも彼と同じ方向へ視線を向ける。其処には神造兵器と謡われる最古の兵器を相手に、互角以上に戦う修司の姿が見えた。

 

 振り抜かれる蹴り、これ迄の道中で魔獣すらも一撃で屠る自称エルキドゥの蹴りを、修司は同じ蹴りで以て迎え撃つ。拮抗は一瞬、気を解放して白い炎を纏う修司の膂力は既に素の状態で従来のサーヴァントすらも凌駕している。

 

加えて、過去の英霊達との切磋琢磨を幾度となく繰り返し、加えてその身体にはギリシャとケルト、それぞれ最大の英雄と呼ぶべき相手と死合った経験が染み付いている。

 

如何に相手が最古の神秘を纏う怪物だろうと、今さらその程度に屈する程、白河修司という人間は柔ではない。振り抜かれた蹴りの押し合いに敗れ、身体ごと吹き飛ばされた自称エルキドゥは、その表情に苛立ちの色を濃く滲ませながら地面へ下り立ち、修司を忌々しく睨み付けている。

 

「チィ、馬鹿力め。一体どんな魔法を使ってそんな力を身に付けた!」

 

「誰が教えるかよ。人間を失敗作と見下しているんだ。そのさぞかし立派な脳味噌で、頑張って答えを出して見せろよ」

 

度重なる煽り文句に、エルキドゥの顔色が憤怒で赤くなる。そんなある意味人間らしい反応を見せる彼に対し、修司は何処までも平静だった。いや、感情的にはエルキドゥ以上に怒りで満たされているが、目の前の相手を倒すと言う意味でなら、修司は何処までも冷静になれる。

 

そんな修司の態度が、エルキドゥの苛立ちを更に加速させる。今すぐその余裕な態度を後悔させてやると、緑の人は地面に手を置き、力の一部を解放させる。

 

瞬間、修司の足下から鎖が生える。否、生えると言うよりは地中から襲ってきた無数の鎖は、修司の身動きを封じるべくその全身に巻き付いていく。思っていたより頑丈な鎖、とは言え引き千切れない程の強固さではない。

 

全身に力を入れて振りほどこうとした時、修司の身体は鎖を操るエルキドゥによって宙を舞う。幾つもの杉の木を巻き込み、へし折りながら尚、エルキドゥの力は止まることはない。一回転、二回転、回数を重ねるごとに周囲の木々が薙ぎ倒され、立香達の視界が広くなる。

 

「シュメルの大地に咲く、赤い花になれ!」

 

 次の瞬間、修司を巻き付けた鎖は操るエルキドゥの手によって地面に叩き付けられる。大地が揺れ程の衝撃、舞い上がる砂塵の中で無惨な死に様を想像したエルキドゥは、これ迄の苦悶の表情が嘘のように晴れやかなモノへと変わる。

 

これで、自分の最大の仕事は片付いた。後は小さなオマケを始末するだけ、エルキドゥは鎖を魔力の残滓として消し、その足取りで立香達に近付いていく。

 

「さて、待たせたね。少し邪魔が入ったけど、これで漸く君達の相手が出来るよ」

 

「………え? 今ので、終わり?」

 

これ迄共に戦ってきた親友が、あっさりと殺された事に余程ショックを受けたのか、唖然とする立香にエルキドゥは愉快な程に同情した。

 

「可哀想に、まだ現実が見えていないんだね。なら、その夢心地のまま殺してあげ───ブッ!?

 

 並ば、現実を直視しないまま終わらせて上げよう。そう口許を喜悦に歪ませながら近付くエルキドゥは………横から延びてきた拳に頬を殴られ、吹き飛んだ。

 

幾つもの杉の木を貫き、森の外まで吹き飛んでいくエルキドゥ。何が起きたか理解できないまま地面に転がる彼は、ほぼ反射的に立ち上がろうとした。

 

しかし、立てない。無防備な所へ綺麗に入った一撃はエルキドゥに明確なダメージを与えている。驚愕に震えるエルキドゥ、しかし彼以上に驚いているのは………殴り飛ばした修司本人だった。

 

「え、………嘘だろ? 本当に入っちまった。俺はてっきり、此方を誘うフェイントの一種だと思っていたのに………」

 

 鎖に巻き付かれて、エルキドゥの膂力と遠心力を以て地面に叩き付けられた修司は確かに少なからずダメージを負った。しかしそれだけ、直撃した脳天は未だにズキズキと痛んではいるが、別にそれ以外に怪我を負った様子はない。

 

なのに此方の反応を確認せず、生死を確認しないまま鎖の拘束を解いたエルキドゥに、修司はある意味で動揺した。だって明らかに追撃チャンスだったんだもの、人を無抵抗のまま地面に叩き付け、ほぼ犬◯家の如く一時行動不能にしたのだ。てっきりあのまま宝具でも叩き込まれると予想していただけに、エルキドゥの反応は意外だった。

 

 罠かと思って取り敢えず振り抜いた拳も、抵抗を受けることなくアッサリと捩じ込めた。あれだけ人間を見下しておきながら、此処までお粗末な対応に、修司の胸中は嘲りよりも困惑が大きかった。

 

ともあれ、これでやられた分は返した。このまま戦闘を続け、奴の知っていることを諸々吐かせてやろうとした時、それは起きた。

 

「残念だけど、今回は此処までだ。修司君、君達にはまずある王様に謁見してもらうよ」

 

「お、もうそんな時間か。呆気ないな」

 

 修司の身体が消えていく。見れば彼だけでなく立香もマシュも花びらとなって姿を消していく。エルキドゥがまさかと戻る頃には既に一行の姿は完全に消え去り、杉の森の中心にはエルキドゥだけが残されていた。

 

「そうか、今のが例の魔術師か。予想通りチンケな魔術師だ。これなら、今はまだ泳がせてもいいだろう………」

 

逃げられ、免れた立香達にエルキドゥは内心で謗る。しかし、どれだけ心の内で罵倒しても、自身が一人の人間に敗北同然の仕打ちを受けた事実は変わらない。

 

故に………。

 

「クソッ、クソォォォッ!! 僕が、俺が、私が、あんな、あんな人間ごときにィィィィ! 許さない、絶対に許さないぞ、白河修司ィッ!!」

 

「殺してやる。お前だけは、ギルガメッシュと同じくこの僕が、直々に殺してやるッ!!」

 

エルキドゥは吼える。獣の様に、人間の様に………誰よりも人間を否定する彼の神造兵器は、この時、誰よりも人間らしかった。

 

しかし、エルキドゥの叫びは誰にも聞き届けられる事はなく、その自覚なき人間の雄叫びは人のいない杉の森に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんで、マーリンだっけ? アンタはあの自称エルキドゥについて、何か知ってる事ないのか?」

 

 花の魔術師マーリン。アーサー王の伝説にて登場する世界有数のキングメイカー、夢魔との混血児である彼は人間の夢を()む事で閉ざされた楽園にて息長らえてきた存在。

 

今回は特殊な事情でとある王の手によって召喚され、現在は探し物を見付ける旅の途中なのだという。その間にマーリンが召喚された事に嘗てないロマニの荒ぶり様を目の当たりにしたり、小動物のフォウから熱烈なアタックを受けたり、其処はかとなく怪しさを感じさせながら親しみの持てる振る舞いを見せるなどしていた。

 

そんな魔術師に修司は問い掛ける。あの杉の森で戦ったエルキドゥは、何者なのかと。

 

「………ふむ、質問に質問で返すのは失礼だが、それを承知で訊ねよう。白河修司君、君はあのエルキドゥを、どう見ている?」

 

「王の親友を騙る不埒者」

 

「だ、断言するんだね? 因みに、その根拠は?」

 

「どうもこうもない。奴が本当にエルキドゥだと言うのなら、ギルガメッシュ王と敵対するのはほぼ有り得ないだろ」

 

「どうして? 彼は神々によって造られた被造物だ。人類と敵対する女神の意向に沿って従っている可能性だってあるんじゃないかな?」

 

 逆に質問してくるマーリンに、修司は間髪いれず即答で答えた。あのエルキドゥの名を騙る何者かは、断じて王の親友ではない。しかし、マーリンの言う通りエルキドゥは神々の手によって造られた兵器。

 

そして、現在人類の生存を脅かしているのは三柱の女神達だ。未だ見えていない女神の何れかに従って行動している可能性だって捨てきれない筈。

 

「たわけ、そんなちっぽけな理由で王と敵対するのなら、エルキドゥは滅ぼされていない筈だろ」

 

嘗て、ギルガメッシュはエルキドゥと共に天の牡牛グガランナを打ち倒し、神々に敵対した代償としてエルキドゥは元となった粘土に成り果て大地へと還った。

 

あの日、王は言った。最後まで奴は自分を人間と認めず、自らを卑下したまま逝ったと。そう語る彼の背中はこれ迄自分が見てきたよりも、ずっと小さいモノだった。

 

だからこそ、二人の間には確かな絆があったのだと修司は察した。仮に、奴が本物のエルキドゥなのだとしても、それは自分や………まして、王の知るエルキドゥでは断じてない。外面だけを取り繕った別のナニカだ。

 

「成る程、君はエルキドゥがどう言った人物だったのか知っているんだね」

 

「口頭でだがな、それでもそう思える位の熱量があの人の話にあった」

 

「熱、か。羨ましいな。私にはそう言うのが疎くてね。どうも今一つ理解出来ないんだ。でも、君がそう言うのなら、そうなのだろ」

 

「揶揄ってんのか?」

 

「まさか、本心だとも。まぁ、理解しかねるという部分も、紛れもない本心なのだけれどね」

 

 真剣に語る修司に対し、自嘲の笑みを浮かべるマーリン。その人を食った態度を前に僅かに苛立った修司はマーリンを睨む。

 

途端に悪くなる空気、二人の間に流れる空気が暗雲となっていく事を感じ取ったマシュは、二人の仲を取り持とうとしているが、どうすればいいか言葉が見付からずあたふたしている。

 

「じゃあ、あのエルキドゥが今回の特異点となった原因って事?」

 

そんな時、それとなく呟いたのはこれ迄の旅路ですっかり足腰が強くなった藤丸立香である。修司が言うにはあのエルキドゥはエルキドゥではないらしい、歴史の時系列を鑑みれば、奴がこの特異点の原因か、或いはそれに近しい位置にいるのは間違いない。

 

『た、確かに! 時系列を考えればあのエルキドゥが最も特異な存在と言える! つまり、奴と敵対すればそれだけで特異点の原因に近付けると言うことになる!』

 

「さ、流石は先輩です!」

 

「え!? いや、あの………適当に思った事を言っただけなんだけど……」

 

「いや、そう言う何気ない閃きってのは時に天才の思案すら凌駕する。謙遜する必要はないさ」

 

「そうそう! あぁ、君のような聡明な人間が最後のマスターとは、人類とは本当に運がいい! どうかな? ウルクへ着いたら、私のオススメの酒屋に案内してあげるよ?」

 

「フォウフォーウ!!」

 

「ブベラッ!? な、何をするキャスパリーグ、私の細やかな楽しみを邪魔するなんて!」

 

「………本当、マーリンは一遍死んだ方がいいと思います」

 

「あ、あはは………」

 

悪くなっていた空気が途端に弛くなっていく。その事にマシュは安堵し、我に返った修司は熱くなった自分を戒める様に頭をかく。

 

 しかしどういう訳か、このマーリンという魔術師は立香に対して結構な執心を抱いているらしい。夢魔との混血というから、もっと人間に対して無関心だと思っていたが、その性質は表面上では親しみのある対応をしている。或いは、夢魔だからこそ人間に親しい感情を抱いているのか。

 

ともあれ、エルキドゥに対する考察も、魔獣の女神とやらと出会えなかった悔しさは今は置いておこう。今、自分達がするべき事はこの特異点における活動拠点を手に入れること。

 

そしてその為には、このメソポタミアを守る唯一の王と謁見を果たさなければならない。

 

「さて、紆余曲折を経て此処までやって来たカルデアのマスター達よ。人類最後にして最大の前線拠点にようこそ」

 

 眼前に聳え立つ巨大な門構え、その向こうには人類存続の最前線とは思えない程の………活気ある街並みが広がっていた。

 

そして、その奥には聳え立つ建築物が見える。エジプトのピラミッドに造形が似ているあの建物に、この時代の王がいる。

 

果たして、自分はあの王に認められるのか。自分の知る英雄王とは違う王の存在に、修司は緊張し、自然と拳を強く握り締めるのだった。

 

 

 

 

 

「………あの、修司さん。因みに聞きたいんだけどさ」

 

「うん、なんだい?」

 

「ギルガメッシュ王とエルキドゥが死に別れる事になったそもそもの原因、女神イシュタルについてどう思ってたりする?」

 

「アレ具合ならギリシャの神々にも引けを取らない、伝説の超DQN女神」

 

「………oh」

 

 

 

 

 

 




次回、謁見。

「貴様の力、我に見せてみよ!」

「よっしゃあっ!!」

「ジグラットがー! ジグラットそのものがー!」



それでは次回もまた見てボッチノシ


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