『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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最近、めっきり寒くなってきました。

お体に気を付けてお過ごし下さい。


その124 第七特異点

 

 

 

 エルキドゥ。昔、修司は以前酒の席で一度だけ上司兼保護者である英雄王ギルガメッシュから、その名の人物について話を聞く機会があった。

 

神々によって造られし神造兵器。美しく、残酷で、残忍な者。自らを兵器として譲らず、最後までその在り方を損なわなかった………王の、ただ一人の友。

 

当時、仕事を一通り終わらせ、偶々時間の都合が合った時にグラスを傾けながらそう愚痴る王の姿を、修司は今も覚えている。誇らしく、けれど寂しそうに語る王に修司は二人の仲の良さを垣間見た気がした。

 

もし、縁があったら一度話をしてみたいな。酒の席だからこそ許される話、普段なら不敬と断じられる話題に、王は鼻で笑い。

 

『たわけ、貴様と奴を合わせたら、どんな科学反応が起きるか分からぬではないか。俺を過労で殺す気か?』

 

鼻で笑って一蹴し、それでも………もし、そうなったらどうなるのか、呆れながら朝まで語り明かした時間を、修司は今も覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、神様が、人間を滅ぼそうとしているって?」

 

 廃墟となった(まち)から、自らをエルキドゥと名乗る人物の協力を得た立香達は、彼女()のウルクの市まで送るという提案を受け、目的地に向かって移動を始めていた。

 

道中、この特異点で起きた出来事を端的に説明をさせて貰ったのだが、どうやらメソポタミアを滅ぼそうとしているのは魔術王の手勢の者ではなく、奴と同等、或いはそれ以上の存在の手でメソポタミアは滅亡の未来を確約されつつあるのだという。

 

その存在の名称は────“神”。遥か古より存在を認識されていた超常の存在が、人類を滅ぼそうと牙を向けているのだと、エルキドゥと名乗る緑の人はハッキリと口にした。

 

恐らくは、その神が修司の感知したという強大な力を持つ存在なのだろう。人類を滅ぼそうとしている神が、少なくとも三柱いる。修司の話と照らし合わせてほぼ確実な事実にロマニは痛くなる頭を抑えた。

 

“三女神同盟”。それが、人類と敵対する神々の名称であり彼女達によってメソポタミアの大地はその六割が奪われてしまっていた。

 

「成る程な、つまりは俺達を襲ったあの魔獣達もその三女神の何れかの尖兵、て事になるのか」

 

「そうですね。この場合、尖兵というより子供達、という表現の方が適切かもしれませんが………しかし驚きました。白河修司……さんでしたか? 道中何度か拝見しましたが、貴方の身体能力は凄まじい。ウルクの精鋭ですら手こずる女神の魔獣の相手を、貴方は一人でこなしている。既にこの時代の空気に順応しているし、きっと君だけならこの時代でも普通に生きていけるのでしょうね」

 

「俺は立香ちゃんと違ってサーヴァントは使役出来ないからな。その分前に出る事しか頭にないのさ、て言うか、“さん”付けは止めてくれ。アンタにそう畏まれると、此方は反応に困るからよ」

 

「───そうですか、了解です」

 

「?」

 

 エルキドゥの言葉に照れ臭さを覚えたのか、頭を掻いて視線を逸らす修司に、エルキドゥはやや困惑しながらも笑顔で答えた。エルキドゥは英雄王にとって唯一無二の友人、そんな彼が敬語で接してくるのだから、修司としてはやりづらい相手なのかもしれない。

 

しかし何故だろう。立香は視線を逸らす修司に微かな違和感を感じた。

 

 そして、話は三女神の話へと引き戻し、エルキドゥは三柱の女神について説明を続けた。

 

と言っても、その詳細は未だに不明のままで、明らかとなっているのは殆んどない。何故、どうして三柱の女神はこの様な事をしているのか。その殆んどが未だ分かっていない。

 

そんな中で唯一分かっているのは、彼女達の目的。エルキドゥは言った。三柱とも最終目標は同じなのだと。

 

三女神同盟が望んでいるのは───人類の抹殺。ただの一人も生かしておかない、人類という種族の完全なる消滅。

 

「後の歴史に繋がる人類をここで絶えさせる。それが彼女達の目的の様ですね」

 

「そんな、この時代を乱す事ではなく、人類そのものの滅亡を望んでいると!?」

 

これ迄の特異点とは違う、何処までもシンプルな目的。人類の生存を認めないと豪語する女神達に、修司は内心腹正しくも思うが、それ以上に動揺しているのはマシュだった。

 

「それでは、それでは魔術王と同じです! 女神であるのなら、人間の味方ではないのですか!?」

 

カルデアに所属している女神は、何れも個性的であり、癖の強いモノばかりだが、総じて彼女達は人類に対してそれぞれ協力的だ。ステンノやエウリュアレの双子女神も、基本的に人間を玩具として扱っているが、それでも相応に人類に対して協力的だ。

 

アルテミスも、オリオンに連れられて無理矢理な顕現を果たしているが、それでも頑張っている立香を気に入り、必要な呼び掛けには応じてくれたりしている。獅子王こと女神ロンゴミニアドも、そのやり方は間違っていても人類を愛していたし、カルデアに召喚された以降も自分達に協力してくれている。

 

マシュにとって、女神は何だかんだ協力してくれる存在だと思っていた。仮に協力を断られても、敵対せず、ことの成り行きを静観するだけのモノだと、今まで何となくそう思っていた。

 

しかし、その前提がここで遂に瓦解される事になる。神が、女神が、自分達の明確な敵なのだと、そうハッキリと口にするエルキドゥにマシュは足下が崩れる感覚を覚えた。

 

そんな時、ふとマシュの肩に手が添えられる。既に馴染みのある感触に落ち着きを取り戻すと、マシュは自身の隣へ立つ修司へ視線を向ける。

 

「落ち着けよマシュちゃん。女神が敵だって言うのに動揺するのは分かるが、今は落ち着いて話を聞いておこうぜ」

 

「し、修司さん、ですが………」

 

「それに、神が人間の明確な味方だった事は殆んどないんだぜ。昔、俺が旅をしていた時に偶々行き先が同じだったやたら暑苦しいお坊さんが言うにはな、人類に対して完全に味方をした神は、ただの一柱もいなかったらしいぞ」

 

 その昔、王の無茶振りによって世界中を旅していた頃、理想の神とやらを求めて旅をしていたお坊さんと、一度だけ行動を共にしていた時があった。

 

当時から神について信仰なんて微塵も待ち合わせていない修司だったが、暑苦しくも熱心な信仰を持つそのお坊さんの話は耳に届いた。その内容の殆んどは聞き流していた為に覚えていないが、神は人類全体を味方してはいないという彼の持論は………何故か、やけに耳に残った。

 

「そうですね。修司の言う通り、神は人間に対して明確な味方となった事はありません。神々にとって人間は労働力でしかないのだから。メソポタミアの神々は自分達の代わりに人間を作った。なんて話があるくらいですからね」

 

「真実はどうあれ、神々にとって人間は庇護対象であって、愛情を注ぐ対象では無いってことだな」

 

「そうです。尤も、それに納得するかどうかは別の話かと思いますが………いけない、話がまた脱線してしまった。神に関する談義は一旦此処までにして、今は三女神についての話でしたね」

 

「す、スミマセン」

 

 神と言う存在についてあれこれ話し、脱線した事を謝る立香達。そんな彼女達を笑顔で気にしないでと片手で制し、エルキドゥは三女神同盟について可能な限り説明していく。

 

「この地に現れた三柱の女神は、それぞれの手段でメソポタミアを蹂躙しました。その内の一つにして最大の勢力が《魔獣の女神》、ギリシャ世界から流れてきた女神です」

 

魔獣の女神。それは十中八九、これ迄既に何度も戦ってきた魔獣の親玉なのだろう。いや、エルキドゥの言葉に肖るのなら、魔獣という子の親、と言うのが正しい表現か。

 

「………さて、そろそろ見えてくる頃合いかな。この高台に登れば、北壁が見えてくる筈だよ」

 

 そうエルキドゥに促され、高台に登る立香達が次に目にしたのは、何処までも続く壁と、それを食い破る勢いで迫る魔獣の群れだった。それは魔獣達が北部を埋め尽くした際、バビロン市を解体しその資材で作り上げたモノ。

 

それをいつしか人々は、別物として呼ばれるようになった。

 

人間の希望、四方世界を守る最大にして最後の砦。絶対魔獣戦線バビロニア、と。

 

「す、凄い数の群れです先輩! 魔獣の総数、目視できる範囲でも数千頭………!」

 

「いぃっ!?」

 

 人類最後の壁に群がる無数の魔獣達。更にその北部ではその数十倍の魔力反応があると、ロマニは告げる。

 

有り得ない。こんな状況で人類が生き残れる筈がない。そう唖然としながら口にするロマニだが、現実として人類はこうして生き残っている。

 

「………スゲェ」

 

その光景に、修司もまた唖然としていた。しかし、その胸中から沸き上がってくるのはロマニが抱くモノとは異なっている。

 

圧倒的物量を前に、それでも抗う人間達。その背後には綿密に計画された兵士達のスケジュールが分単位で管理されているのだと、修司は一目で理解した。

 

そして、そんな人間離れした仕事をこなせる人物も修司は一人しか知らない。果てしない数の魔獣に一切臆せず挑む兵士達、一刻も早く自分も戦線に加わろうと、修司はエルキドゥへ向き直った。

 

「本当に、愚かな事だ。そんな事をしなくてもどうせ皆生き絶えるというのに………」

 

「……………」

 

 北壁を見つめながらそう溢すエルキドゥ。恐らくは魔獣に対しての言葉であろうその台詞が、立香と修司には何故か違った意味で口にしている気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少しして。ウルクに向かおうと先行きを急ぐ一行はエルキドゥの案内の下、ウルクから離れた森の中へとやって来ていた。これ迄魔獣に幾度となく遭遇し、その都度応戦してきた修司達。流石にこのままでは市にまで魔獣を誘き寄せ兼ねないと、エルキドゥはやや遠回りをしてでも安全策を提供してきた。

 

それが、ウルクから離れた杉の森。

 

「森、ですか。伝説では魔獣フワワが守っていたという話ですが………あれはウルクの東、ティグリス河の向こうにあるザグロス山脈にあると解釈されていたような……」

 

古代に記された記録では、西にあったとされる杉の森。故に此方に杉の森があったとしても特段可笑しいことはない。

 

だが、今一行が進んでいるのはウルクとは逆方向だ。先程僅かに聞こえたエルキドゥの台詞といい、立香の胸中に微かな疑惑が浮かんでくる。

 

「ん? あぁ、失礼。不安にさせてしまったようですね。実はこの先の川に波止場がありましてね、そこにはまだ舟が残っていますから、そこまで行けば後は川を下るだけなんです」

 

 振り返り、不安に思う立香の心中を覗き込んだ様な如何にもな台詞。この辺の地理に明るくない修司達にとってエルキドゥの言葉に従うだけだが………さて、どうするか。

 

と、そんな時だ。不穏な空気になりつつある一行に場違いな程の明るい声が聞こえてきた。

 

「なんと! それはいいことを聞いた! この先に波止場があるとは知らなかったよ!」

 

「え?」

 

「あ?」

 

「やぁこんにちは、驚かせてすまない! 怪しい者ではないから、先ずは話を聞くといい。我々は遭難者。この通り、慣れない獣道で迷ってしまってね。これはもう魔獣達のエサになるしかない、と悲嘆していたが、やはり私は付いている! ほら、そうだろうアナ? 私に付いてきて正解だったと思わないかい?」

 

「今回は運悪く目的地に辿り着けなかったが、こうして道を知る現地人に出会えたんだ。待てば海路の日和あり、一歩進んで二歩下がる。まさか魔獣の女神のお膝元(・・・・・・・・・・)で、人間に会えるとはね!」

 

 修司達の進行方向、つまり森の奥の茂みから現れたのは初対面でも胡散臭いと思えてしまう白いフードの男と、男とは対称的な黒い意匠に身を包んだ少女が現れる。

 

怪しい者ではないと男は宣うが、正直言って怪しさ全開である。特に、修司は男の台詞を耳にして自身の抱く疑惑が確信へと変わるのを自覚した。

 

「迷い人ですか。災難でしたね。僕たちはこれからウルクに向かいますが、同行しますか?」

 

「もちろん。断れても纏わり付くとも。もう三日も歩きづめで、足が棒になる寸前さ。………でも、うーん。名前も知らない人達に同行するのは少し怖いなぁ。そこのお嬢さん、良かったら名前を聞かせてくれないかな? あぁ、故あって私は名前が名乗れない。この娘も同じだと思ってくれ」

 

「はい! 私は藤丸立香! 宜しく、胡散臭いお兄さん!」

 

「うんうん、元気があって大半結構」

 

「そんで、俺が───」

 

「あ、君はいいや」

 

(こ、この野郎!?)

 

 怪しさ全開の男は、立香の自己紹介に満足げに頷くが、修司の時は恐ろしく冷淡になる。いっそ清々しい程の変わり身の違いに修司は蟀谷を引く着かせるが、男の思惑に乗るために辛抱強く堪え忍ぶ。

 

「それで、そちらのお嬢さん方は?」

 

「あ、はい。私はマシュ=キリエライトと言います。そして、此方はエルキドゥさんで……」

 

「…………」

 

「エルキドゥ? エルキドゥと言ったのかい? うーむ。それはこまったなぁ。うん、とても困る(・・・・・・・・)

 

「………何故? 僕に何かおかしな所があるとでも?」

 

エルキドゥの名前を聞いて、可笑しいではなく困ると口にする男。そんな彼にエルキドゥは無表情で問い詰める。声色こそ無感動なものの、言葉の節々からは言い知れない圧を感じた。

 

「いやぁ。君がエルキドゥだと、私の記憶が遂におかしくなったのかな? という疑問が出来てしまう。今ウルクで戦線を指示しているギルガメッシュ王は、不老不死の霊草探索から戻ってきた後の王様だ。つまり───」

 

そこまで男が口にして、立香とマシュ、そしてモニター越しで見守っていたロマニはその意味を理解する。何せギルガメッシュ王が不老不死の探索を始めた切っ掛けとなったのは、他ならぬエルキドゥの死。

 

なのに、その切っ掛けとなったエルキドゥが生きている。その辻褄の合わない話と、現在立香達が置かれている状況を合わせて、一同は一つの真実へと辿り着く。

 

つまり、今まで自分達がエルキドゥだと思っていた人物は、現地人の存在でなければ、人理側のサーヴァントでもく、まして人間の味方ですらなく────。

 

「ふふ、ふふふふふ! まぁそうだよね! あっさりバレなくちゃ嘘だよね。こんな即興の芝居はさ! こんにちは藤丸立香と白河修司。こんにちはカルデアの無能達」

 

「あぁ────でもたいへん惜しかった! あともう少しで面白い見世物が見られたのに! 君達は旧人類最後の希望ってヤツだろう? 人間はみんな失敗作だけど、その中でも度を超した失敗作が君達だ」

 

「そんな希少品をこの先にいる女神に献上すれば、きっとものすごい生き地獄が見られたのにね」

 

 その顔は、先程迄の親しみのある笑みではなく、何処までも人類を嘲笑する悪意のある微笑みだった。エルキドゥと名乗る存在は、最初から人間の味方ではなかったのだ。

 

しかし、目の前のエルキドゥと思われる存在は神造兵器である事に間違いない。これまで魔獣を瞬殺してきた強力な存在が、一転して自分達にとって強大な脅威となる。

 

白いフードの男が、アナと呼ばれる少女に声を掛ける。彼等の助けになりなさいと、それを渋々ながら承諾する少女は両手に身の丈を越える大鎌を携え、マシュと共にエルキドゥと相対する。

 

しかし、それを遮る者がいた。山吹色の胴着を身に纏い、背中に界の一文字を背負う───藤丸立香と同じ、人類最後のマスターを担う男。

 

「あぁ、確かに惜しかったな。このままお前に案内させてれば、労する事なく三女神の一柱を叩き潰せたのに………全く、惜しいことだよ」

 

「………随分と自身に満ち溢れている様だね。やれやれ、自身を失敗作だと解せない人間は、これだから困る」

 

「そう言うお前も人間を失敗作だと評している時点で、たかが知れてるけどな。神造兵器って言うのも、大したことないんだな」

 

「なんだと?」

 

「なんだ、人を煽るのは得意なくせに煽られるのは弱いのか? 随分と安い思考回路してるんだな。流石神代、この頃から既に中古品のリサイクル概念も定着していたか」

 

「………うん、以前から思っていたけど、本当に………アレだね! 怖いね、彼!」

 

 この特異点に来て早速始まった上から修司の煽り節、自分を特別な存在だと認識している程効果覿面な煽りは、今回の特異点でも健在だった。端正な顔立ちのエルキドゥ、その表情を憤怒で彩らせているのに対して………。

 

「貴様、其処まで吼えた以上、もう生かしてはおかないよ。お望み通り、生き地獄を味あわせてやる」

 

「やってみろよ三下。王の親友を騙るその口、物理的に減らしてやるよ」

 

修司は、エルキドゥ以上に怒りに満ちていた。

 

 

 

 





今回、白い男の機転で助かった人がいます。果たして誰でしょう?

1.藤丸立香&マシュ。間一髪、助かりました! ありがとうグランドで魔術師なイケメンお兄さん!

2.ロマニ。さ、流石はグランドなキャスター候補、僕なんかじゃあ足下にも及ばないよ。ふぇーん。

3.魔獣の女神。………え? どういうこと?

「さぁ、君は誰だと思う? 個人的には1と2がお勧めかな!」

「マーリンシスベシフォーウ!」

「ぶへら!? な、何をするんだキャスパリーグ!?」

それでは次回もまた見てボッチノシ


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