紀元前2600年。広大なティグリス河とユーフラテス河の間にて栄えたとされる人類最古の文明、メソポタミア。古の神々の逸話、伝説、伝承が存在し、同時にその神が地上から姿を消したと言う人類の黎明期。
人理焼却、その原因である七つの特異点の………最後の特異点であるメソポタミア文明の地へ降り立った一行、修司の提案もあって一先ずは徒歩で目的地であるウルクの
「修司さん、遠坂って……?」
突然、空から落ちてきた謎の女性の。黒髪のツインテールと赤い瞳が特徴的で、色々とアレな格好をした人物。そんな彼女を修司はまるで見知った間柄のようにその名を口にした。
どうして紀元前2600年前の人物と面識があるのだろう? しかもその名前からして、どうやら目の前の女性は日本人らしい。しかし、ロマニや当の修司からは神霊である事は間違いないとされている。困惑し、どういう事なのかと説明を求めようと、立香は修司の方へ振り返るが……。
「ウソダドンドコドーン……」
当の本人である修司は、視界の隅っこで体育座りになり、現実逃避をするかのごとく両手で顔を覆っていた。
「た、大変ですドクター! 修司さんが嘗てない程に動揺し、言語がオンドゥル語に変換されています!」
『いやどういう事!?』
「て言うか誰よ! マシュにいらん知識吹き込んだ奴!?」
『仮面ライダーは……良い文明、坂田金時も言っていた』
「アルテラさん!?」
通信越しにピースしながらフェードアウトしていく破壊の大王に、流石の立香も唖然とした。ここ最近、色んなサーヴァントが通信に紛れ込んでくる気がする。因みにアルテラさんはブレイドとセイバーが推しの模様。
「いや、本当にゴメン。ちょっと取り乱した」
「だ、大丈夫?」
「………本音を言えば、まだ心が追い付いていないけど、今はそうも言ってられないからな。さて、空から落ちてきたお嬢さん、先ずは改めて名を名乗らせて貰うとしよう。俺の名前は白河修司、特異点となったメソポタミアの人理崩壊を防ぐ為、カルデアからやって来た者だ。許せるのなら、君の名前を教えて貰ってもいいかな?」
動揺する心を無理矢理に抑え込み、仕事先で使う営業スマイルと共に、極力相手を刺激させないよう勤めながら、修司は目の前の女性に名を訊ねた。何故か知り合い達からは胡散臭いと総スカンを受けた営業モードだが、初対面の相手には割りと好印象だ。
目の前の女性が本当に自分の知る人物と正反対なら、怪しまれても敵愾心は向けられない筈。
「は? 何なのアンタさっきから、気持ち悪いんだけど?」
「……………」
ビキィッと、空気が張る音が聞こえた気がする。上から目線の物言いならまだしも、謂れのない侮蔑を挨拶代わりに投げつけてくる目の前の女性のあまりにも“らしい”その態度に、修司の額から青筋が浮かび上がってくる。表情こそ笑顔のままなだけに、その笑顔が恐ろしく見えてしまう、そんな彼を目にして慌てる立香とマシュは慌てて二人の間に入るのだった。
「あ、あの! すみません! 私達此処に来たばかりで、まだ何が何だか分かっていないんです!」
「それで、大変失礼なのは承知の上なのですが、御近づきの印にお名前だけでも教えて貰っても宜しいでしょうか? あ、申し遅れました。私はマシュ=キリエライトといいます。此方は藤丸立香、私の先輩でマスターです」
「私を知らない───ですって!?」
一先ず場を持たせる為に自己紹介を始めた二人だが、そんな二人を他所に目の前の女性は自身を知らない事に酷く狼狽していた。
しかし、そんな慌てふためく様も直ぐに消えてなくなり、黒髪ツインテールの女性は考え込むように顎に手を添え、僅かに思考を巡らせる。
「………いえ、確かそこの山吹色の男が言ってたわね。つまり、異邦からの客人って事? 些か信じがたい話だけど………ま、そう言う事もあるか」
「私だってそのお陰でこうしているんだし。───いいでしょう。一先ずはアナタ達がこの地の人間でない、という言葉は信じます。つまり、アナタ達は私を全く知らない。この世界の事も、今の状況も知らないのね」
先程の傲慢な態度は未だに色濃く残っているものの、どうやらこの神霊、或いは何処かの神話の女神と思われる女性は思った以上に話の分かる相手の様だ。少なくとも問答無用で襲ってこない辺り、最初に仕掛けてきた魔獣よりは遥かに話が通じる気がする。
そして、目の前の女神も立香達の状況を何となく察したのか、諦めた様に目を伏せる。
「………そう。なら不敬、無礼も仕方がないか。遠い世界の野蛮人なんですものね」
「ん? 自己紹介かな?」
『修司君シーッ!! また話が拗れるから! 詳しい事情は後で聞いてあげるから、今は大人しくして!』
「フォフォーウ!」
女性の横柄な態度を前に、修司は
「今回はその無知さに免じて見逃してあげるけど、次に同じことをしたらただじゃおかないからね。私に無礼を働くのはこの世界ではあり得ないことなんだから」
すると、女性は立香達に興味を失ったのか、踵を返して足早に去っていき、珍妙な形をした船と共に空へ飛翔。その姿は瞬く間に空の彼方へと消えていった。
まるで、嵐のような女性だった。その傲慢な振る舞いから恐らくは名のある女神の何れかなのだろうと考えるロマニだが、今はそれよりも追求すべき事がある。
『………さて、それじゃあ修司君。先ずは話を聞かせて貰おうか。君は先ほど、彼女の事を遠坂と言っていたが、それは君のよく知る人物の名前なのかい?』
知っていることがあるなら話して欲しい。そう目線で訴えるロマニに、修司もまた頷いて答えた。
「あぁ、俺の記憶する限りでは、あの女は俺の知る奴と同一人物だ」
「今の人が、修司さんの知り合い……」
「あの女の名は遠坂凛。俺と同じ街の出自で俺の………姉弟子だ」
重くなった口から紡がれる衝撃的な言葉に、立香達は驚愕に目を見開いた。
◇
「な、成る程、そうなると彼女はエルメロイ二世と同じ、依り代として召喚された可能性が高いな」
「で、でもあの人は修司さんの事を知らない様子だったよ?」
その後、嵐の様な女神の来訪を受けた一行は、修司から彼女の素性を可能な限りの説明を聞き出す事となった。結果、あの女神と思われる神霊は遠坂凛なる現代の女性を依り代にして現界しているのではないか? という推測に行き着いた。
唯し、元となった人格は女神を主軸にしており、だからあの女性は修司の事を見ても何の反応も見せなかった。そうなれば依り代となった遠坂凛の人格やら魂はどうなったのか危惧する所だが、それにしては依り代の自然体が遠坂凛に傾いている気がすると、修司は否定する。
そもそも、あの遠坂凛がエルメロイ二世やメディア達の様な修司の元いた世界の住人であるとは限らない。自分の知らない彼女かもしれないし、元となった神霊に人格も魂も消されたという根拠もない。
「……所でロマニ、そっちでエミヤとエルメロイ先生はどうしてる?」
『あ、うん。エミヤはなんか厨房の奥へ引っ込んだよ? エルメロイ二世は………なんか、自室に引きこもっているみたいだよ』
「クソが、アイツ等絶対確信してるだろ!」
ともあれ、あの女性に関しては明確な情報がない以上後手に回す以外に今の所案はなく、他にも調べなければならない事がある以上、彼女だけに拘っている場合ではない。次に会った時、その時こそ詳しく聞き出そうという結果で話し合いは終わり、一行は改めて城塞都市に向かう事となった。
「………マスター、修司さん。囲まれています。速やかに戦闘を行い、廃墟からの脱出を!」
「チッ、少しウダウダと遊び過ぎたか。マシュちゃん、立香ちゃんを守ってやってくれ、ここは俺が片付ける」
そうこうしている間に、既に周囲には再び魔獣による包囲網が出来上がりつつあった。恐らくは魔獣の死骸の臭いに引き寄せられたのだろう。初遭遇と動揺に襲い掛かってくる魔獣達に修司が気を解放して一気に片付けてやろうとした時───。
「あぁ、良かった。間に合いましたか」
細く、それでいて凛とした声が一行の耳に入ってきて───瞬間、自分達を襲おうとしていた魔獣の群れは一瞬にして細切れにされていった。
「っ!?」
「て、敵性エネミー……全て消滅。今のは、鎖でしょうか?」
「いや、其にしては切り口が鋭すぎる。鎖というより鎌、或いは剣か?」
「ふふ、どれも当たり。とだけ言っておきましょうか」
先の遠坂凛に瓜二つの女神と遭遇した事もあり、声と気配のする方へ視線を向けた修司は、その人物を見てホッと安堵の溜め息を溢した。美しく中性的な美人、男性とも女性にも区別の付かないその風貌は修司の知るどの人物にも該当しなかったのだから。
「は、はぁ~、良かったぁ~、知らない人だぁ~」
「? えっと……随分と面白い方のようですね。良かった。随分と話しやすい人のようで安心しました」
「あ、あはは、すみません。助けて戴いたのに……」
「気にしないで下さい。それに、この程度の魔獣ならあなた方でも充分に対応出来た筈ですから。今のは、僕なりのアピールだと思ってください」
助けて貰ったのに、未だに礼の一つも言えていない事に不義理を感じた立香は、修司に肘で軽く小突き、我に返った修司と一緒にありがとうと頭を下げる。
そんな彼等に一瞬目を丸くさせた緑の人は、次にフッと微笑んだ。
「フフフ、面白い人達だ。それじゃあ、改めて名乗らせて貰うとしよう。僕の名前はエルキドゥ。神々によって造られた───神造兵器だ」
エルキドゥ。その名前を聞いた瞬間、今度は修司の目が丸くなる。何故なら、それは自身にとって恩人であり、仕えるべき王と定めた英雄達の王、その彼が終生の友と呼ぶ者と………同じ名前をしていたのだから。
これでまだ第一説にも到達してないってマ?
それでは次回もまた見てボッチノシ
Q.この女神、ボッチの事覚えていないの?
A.そこら辺はおいおい触れていく予定です。
具体的にはジグラットに到達する頃。
次回、「マーリンシスベシフォーウ!」