『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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お待たせしました。

第七特異点、導入開始です。




その121 第七特異点

 

 

 

 極寒の地に建造された人類最後の砦、人理保障機関カルデア。これ迄六度の特異点を修復し、残る特異点は後一つ。人理の完全なる修復は目の前に来ているのと同時に、人理の完全なる焼却もまた目の前に来ていた。

 

2017年より先、人類に未来はない。元凶であるソロモン王の言葉を信じるなら、期日となるその日までもう一月も時間がない。

 

そして、更に言えば特異点を七つ攻略したとしても、人類の勝利はなく、完全に人類の歴史を未来へ繋ぎ直すには元凶となった魔術王を倒す必要がある。

 

 あまりにも切迫した状況、なのにも関わらず、カルデア内部のスタッフ及びサーヴァントの面々は平時と変わらない穏やかな空気の中で過ごしていた。

 

そんな中、二人のマイルームに呼び出しの音が鳴る。それぞれ身支度を済ませ、準備も万全となった二人はそれぞれ礼装と胴着を身に纏って通路に出る。

 

道中、サーヴァントやスタッフ達から応援やら激励の言葉を受け取り、最後の特異点の攻略に向けて気合いを入れる。その表情に一切の気負いはなく、ただ己のするべき事を成し遂げる為の────決意ある顔をしていた。

 

「やぁ、おはよう二人とも。昨晩はちゃんと寝眠れたかい?」

 

「おはようドクター! うん、今日も快眠で朝ごはんもちゃんと食べてきたよ! キャットの作るご飯美味しいよねー。あ、勿論快便も済ませてきたよ」

 

「うん、其処まで聞いてないからね。て言うか女の子が便とか言わないで欲しいかな~! 反応に困るから! いや、医学的には大変結構な事なんだけどね!?」

 

「そっちも、朝から元気そうで何よりだよ」

 

 相も変わらず元気一杯な少女、藤丸立香。魔術的要素は微塵も待ち合わせていなかったのに、今日という日まで生き残り、多くのサーヴァント達と縁を結んで戦ってきた最後のマスターの片割れ。最初に誘拐同然にカルデアに訪れた時と変わらない笑顔を見せる彼女に、ロマニ=アーキマンは申し訳なさと嬉しさを噛み締めていた。

 

そんな彼女を見守るように佇むのは、立香と同じ立場となっている………もう一人の人類最後のマスター。これ迄数多くの英霊英傑達をその手で下してきた戦士、彼も立香と同様に魔術素養を待ち合わせておらず、その事実は魔術師達にとってある種の皮肉にも聞こえる事だろう。

 

しかし、魔術の素養を持ち合わせていない程度で彼等を責める人間は此処にはいない。皆、誰もが立香の奮闘奮戦を見てきており、修司という出鱈目人間のハチャメチャ具合も熟知している。そして、それを知っているが故に、皆安心して送り出そうとしているのだ。彼等なら、きっと今回も何とかしてくれるのだと。

 

「すみません! マシュ=キリエライト、遅れました!」

 

「フォーウ!」

 

「ははは、時間的にはピッタリな頃合いだ。そう慌てる必要はないよマシュ、そしておはよう。最後の特異点の攻略、そのブリーフィングを始めるとしようか」

 

そんな彼等の下へ、僅かに遅れてしまったマシュがフォウを肩に乗せて駆け付ける。時間は丁度、コーヒーと食パンをそれぞれの両手に待ってやって来るダ・ヴィンチの登場を皮切りに、遂に第七特異点の攻略の準備が執り行われる。

 

「───先日話した通り、今回のレイシフト先は人類史、その始まりだ。地球全土に於ける各文明の興りたるモノ、世界が未だ一つであった頃の世界そのもの。ティグリス・ユーフラテス流域に形を成して、多くの文明に影響を与えた母なる世界。そこは正真正銘、最古の文明の一つ。発生時期は最初期の古代エジプトとほぼ同時期」

 

 ロマニの語る特異点先の世界。ティグリス・ユーフラテスと耳にした瞬間、修司は黄金の王の背中が脳裏に浮かんだ。

 

「紀元前2600年前、古代メソポタミアの土地。ウバイド文化期の後、シュメル文明の始まりだ」

 

古代メソポタミア。それを聞いて修司だけでなく立香もマシュもかの英雄王の姿を幻視した。西暦以前の世界、まだ世界の表面が神秘・神代に片寄っていた頃の世界。

 

「そう、これから私達が向かうレイシフト先の世界はシュメル初期王朝のメソポタミア! これはもう、“そこに行く”だけで今まで全ての特異点以上の難易度と言えるだろう!」

 

「ダ・ヴィンチちゃん、頬っぺたにパン滓くっついてる」

 

「おっと、これは失礼」

 

「で、その神代ってのは具体的にどんな時代なんだ? いや、メディアさんとか神代の英霊達からそれとなく話は聞いていたけど………」

 

「では、改めて説明するとしよう。神代とはその名の通り日常的に神様やら巨大な怪物やらが跋扈する地球最後の幻想紀。現代より魔力の濃度が極めて高いヤッベェー世界さ。と言うわけで、はい立香ちゃん」

 

神代の世界観を端的に、かつ分かりやすく説明するダ・ヴィンチ。朝食と思われる食パンを頬張り、コーヒーを飲み干すと、彼は側に置いていたトランクを立香へ手渡す。

 

「これって……礼装? スッゴいきめ細かくて着心地良さそう」

 

トランクの中にあったのは、民族衣裳に見立てた一式の礼装。軽く、強く、そして頑丈に施された魔術礼装にはダ・ヴィンチだけでなく幾人ものキャスター達の手が施されている様に感じた。

 

「ほら、砂漠の時にマスクを作ってあげただろう? あれの発展型だよ。これから君達が向かう先はあのエジプト領より魔力の濃い世界だ。レイシフトで持ち込めるものは制限があるからね。こんな、最低限のものだけど性能は折り紙つきだよ。……本当は、私だけの手で作り上げたかったのだけどね」

 

 若干不満そうに唇を尖らせるが、ダ・ヴィンチもこれから立香達の向かうレイシフト先がどれだけ危険な場所なのかは、漠然としか理解できていない。理解できていない以上自分に出来ることを限られていると早期に悟った万能の天才は、神代に生きたサーヴァント達に知恵を借り、手も借りた。

 

その果てに誕生したのが、神代でも無事に生き残り、生還できる事を優先させた魔術礼装。これならばきっと、レイシフト先での彼女を護ってくれる事だろう。

 

「そして、済まない修司君。立香ちゃんの事ばかり気に掛けて、君には何の餞別も渡せなかった。本当に……申し訳ない」

 

「謝る必要はねぇよ、ダ・ヴィンチちゃん。アンタは立香ちゃんの生存の為に最大限の事をしてくれた。俺の事は気にしないでくれ、なぁに、きっと向こうで深呼吸でもすれば体も順応するさ」

 

「……そうか、そう言ってくれると、私も幾分か救われるよ。今回は、私もスタッフの一員として働くよ。君達の存在証明は、私がしっかりと受け持とう」

 

「おう、頼む」

 

その後も、軽くメソポタミアに関するレクチャーを受けた。メソポタミアとは元はギリシャ語を語源とするもの、メソは中間、ポタミアは河とそれぞれ意味を持つ。ペルシア湾へと流れるティグリス河、ユーフラテス河の間で栄えた文明、という事。

 

オーダーの名称の中にバビロニアとあるが、そう呼ばれるのはもう少し後の事。古代メソポタミア、そしてシュメル。これらの古代文明として規定されるモノはあまりに長大、例えば同じ古代文明でも紀元前5000年前と紀元前2600年前ではかなりの差異があり、歴史的背景も異なってくる。

 

「その中で、今回は紀元前2600年前。初期の王朝時代だ。魔術的な視点によると、人間が神と袂を分かった最初の時代とされている」

 

「そうだね。この時代の王が何を思ってその選択をしたのかは知らないが、神々の時代はここを決定的な決別として薄れていき、西暦を迎えた時点で、地上からは神霊が消失した。一部の島国では西暦後も残っていた様だが、それも西暦1000年頃には消失したとされている」

 

「あれ? 一部の島国って………」

 

「ブリテン島、もしくは日本だな」

 

「えっ!? お二方の故郷が、ですか!?」

 

「あぁ、カルデアの資料室で軽く歴史の書物とか漁ってみたけど、どうやらそうっぽいんだよ。ほら、日本って基本的には山々に囲まれた土地だろ? 人の手には入りづらい地形だから、神秘とやらが他の国々より残りやすいのかもって、メディアさんから昔聞いたことがあるんだよ」

 

「へー、そうなの? ドクター?」

 

 

「う、うーん。ブリテン島は兎も角、極東の日本はよく分からない所が多々あるからなぁ。ほら、修司君が生まれた国だし」

 

「おぉい、どういう意味だこら」

 

「はいはい、話を脱線させないの。ロマニも茶化さない」

 

「あ、あぁ、済まないね。で、話を戻そう。西暦を迎えた時点で神霊は消失した。極めて特殊なケース以外の、いわゆる“人間と一切交わらなかった”神性はね」

 

「?」

 

「まぁ、その辺りの話は置いておいて。君達にとって重要なのはレイシフトの難易度だ。紀元前へのレイシフトはとても難しい。時代を遡れば遡る程に人類史は不確定になる。というか、神代に近付くと不確定にならざるを得ない」

 

「神代とは不確定性の時代だと宣う学派もあるぐらいでね、こと観測や実測といったモノとは頗る相性が悪い。シバもなかなか安定してくれない。というか、絶対に安定なんかする筈がない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

それはつまり、譬え魔術の結晶であるシバであっても、神代という世界は不確定に満ちている事。それでも第七特異点の座標を割り出し、観測を可能としてくれたカルデアのスタッフ達には改めて頭が下がる思いだ。

 

その背景にはダ・ヴィンチという万能の天才が手を貸してくれたこその一面もあり、今回は彼も管制室に詰める為、ナビゲートに口を出す余裕はない。それでも立香に新たな礼装を授ける時間を作ってくれるのだか、彼に対しても頭が上がらない。

 

「大丈夫。さっきも言ったが君達の存在証明はこの私が完璧にこなして見せよう。なーのーで、後は安心して現地で西へ東への大冒険を楽しみ、いつも通りにハチャメチャを巻き起こしてきたまえ!」

 

「ダ・ヴィンチちゃん……うん、ありがとう! 頑張るね!」

 

「レオナルドの言い分は不謹慎だけど、確かに得難い経験ではある。危険は計り知れないけど、それと同じくらい素晴らしい発見がある事を願っているよ」

 

「うん、ドクターの分も、しっかり体験してくるね!」

 

「あぁ、全てが解決した旅の終わりに、君が得たものを、僕にもちゃんと聞かせてくれ」

 

 さぁ、全ての準備は整った。後は立香が新しい礼装に着替え、コフィンの中へと入るだけ。その間に軽めの準備運動を済ませると、ふと疑問に思うことがあった。

 

「なぁ、ロマニ。レイシフトする前に一つ質問したいんだけど……いいか?」

 

「うん? なんだい?」

 

「今回のレイシフト先、古代メソポタミアの時代だと言うのは理解した。ならさ、其処には………その、あの人もいるんだよな?」

 

修司が思うのは、一人の英雄。自身が仕えると誓い、強くなると約束した英雄達の王。その彼が生きたとされる時代にこれから向かうのだと、修司はらしくない期待と不安にその胸中をざわつかさていた。

 

「そうだね。その可能性は大いにあるだろう。けれど修司君、仮に英雄王がいたとしても、それは君の知る王じゃない。あまり、妙な期待はしない方が……」

 

「あぁ違う、そう言うんじゃないんだ。王様のいた時代なんだって言うなら、カルデアにいる英雄王も此方に送れたりするんじゃないかなって」

 

「あ、あぁー、そう言う意味ね。確かに英雄王が二人もいるとすれば、大抵の事は解決しそうだけど……」

 

「だろ? ギルガメッシュ王がいれば、万が一俺が立香ちゃんから離れる事態になっても対応してくれそうだし、土地勘もありそうだからなんとかなるかなーって」

 

 仮にこれから向かうレイシフト先で嘗てのギルガメッシュ王が存在するのなら、カルデアの英雄王と合わせ、二人の英雄王が第七の特異点で爆誕する事となる。そうなれば嘗ての特異点修復の旅の中でも随一に心強い存在になるだろう。

 

そうすれば、自分が遊撃に出てマシュが護り、王が迎撃するという無敵の布陣が完成するのだ。修司が期待に胸を膨らませるのも、ある意味仕方がないと言えた。

 

しかし……。

 

「けど、残念だけど修司、それは多分叶わない。ほら、先日にも言っただろ? これから僕達が向かう先で待つのは神代。神と神秘が色濃く残る世界、観測だけで手一杯の僕達にカルデアの戦力を送る余裕はないんだ」

 

「あっ……」

 

 そう、先にも述べた通り、神代とは不確定に富んだ世界だ。余程その時代の相性の良いサーヴァントでない限り送るのは難しいし、仮に送れたとしてもそれは他のスタッフ達の大きな負担になりかねない。

 

更に言えばメソポタミアはギルガメッシュ王が存在した世界。同じ時代に同じ人間を送れば、それが特異点にどの様な影響を与えてしまうのか、最早予想すら難しい。最悪の場合現地にて、本人同士による対消滅だって引き起こるかもしれない。

 

修司の言いたい事や懸念する事も理解できるが、それでも簡単に頷ける程、今回の特異点は甘くない。修司には多大な負担を被るかも知れないが、ロマニとしては今は修司に踏ん張って欲しいところだ。

 

「そっか、なら仕方ないな。よし、この話はこれで終わり。なら、その分のバックアップは頼んだぜ」

 

「あぁ、勿論だとも。レオナルド共々、君達の事は僕達が責任をもってサポートするよ」

 

その言葉に安心した修司は、改めて準備運動を始めた。マシュと一緒になってストレッチをする事数分、新しい礼装に身を包んだ立香と共に、いよいよ三人はコフィンの中へと入り込む。

 

その最中、マシュはロマニへある質問をした。命に意味はあるのかと。微かに聞こえてきた声に修司は一瞬足を止めた。

 

その時、ふと管制室に視線が向いた。其処には黄金の鎧を身に纏う王が、静かに修司を見下ろしている。

 

紅い瞳、全てを見通しているようなその眼に、修司は初めて王と出会った時を思い出す。あの時と今の自分、果たして其処にどれだけの違いが出来たのか。修司には推し量れない。

 

けれど、示す事は出来る。あの時と気持ちが全然変わっていないと、それを証明するように修司は王に向けて拳を突き出した。

 

すると、王の目がキョトンと丸くなる。次いで、呆れた様に嘆息を溢している。ガキが、そう貶しているだろう英雄王の態度に修司は笑って答えるのだった。

 

「行きましょう、修司さん。今回の旅もきっと、ワクワクするものだと思いますので」

 

 いつの間にか、修司の横をマシュが通りすぎている。どうやら、ロマニから納得のある答えが貰えたらしい。ならば、自分もそれに続くとしよう。

 

目指すは神代、挑むのは嘗て存在したとされる神々。嘗てない強敵達と冒険の前に………。

 

「あぁ、往こう!」

 

修司は、ワクワクが止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

アンサモンプログラム スタート。

 

霊子変換を開始 します。

 

レイシフト開始まで あと3、2、1………

 

全工程 完了(クリア)

 

第七グランドオーダー 実証を 開始 します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───来たか」

 

 遥か遠い過去、バビロニアの玉座にて偉大なる王は立ち上がる。その胸中に抱くのは、滅び行く時代への不安か、それとも達観か。

 

「最早、我の眼に映る未来など意味はない。さぁ、神々よ、天から人を見下ろす者共よ、刮目するがいい!」

 

否。

 

「ハチャメチャが押し寄せてくるぞぉっ!!」

 

偉大なる王は、何時だって───ハチャメチャな未来にワクワクするものだから。

 

 

 

 

 

 

絶対魔獣戦線バビロニア+1

 

 

開幕。

 

 




と言うわけで、第七特異点開幕です。

なんか、当時の状況とリアルが一致しているような気がしますが、あくまで作者個人のペースで書かせて貰いますので、あまり期待せずに楽しんで下さると幸いです。

いや、本当に。

それでは次回もまた見てボッチノシ



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