『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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は、話が進まなくて……済まない!




その92 第六特異点

 

 

 

「おーおー。連中、大将がやられた事で躍起になりやがったな」

 

 遥か聖都の上空、大地を見下ろすほどに高い中央の塔の天辺から、黙視できるほどの砂塵が浮かび上がっている。

 

太陽の騎士ガウェインの撃破。その事実は昼だった世界が夜に戻った事で証明され、周囲に展開している粛正騎士達の間で瞬く間に広がり、小さくない衝撃となって動揺の波紋が伝播されていく。

 

円卓の騎士の中でも最高峰の実力者であるガウェイン、そんな自分達の直属の上官とも言える太陽の騎士が吹き飛んだ事で、最初こそは騎士達の足並みは及び腰となっていた。

 

しかし、それもほんの僅かの合間。開かれた正門の奥から続々と現れる粛正騎士達の援軍により、連中の気炎は息を吹き返した様に燃え上がっていく。どうやら、この戦場を俯瞰的な視界で眺めている指揮官がいるらしい。嫌なタイミングで押し掛けてくる騎士の群れに、修司はその額に脂汗を滲ませながら身構えた。

 

「やれやれ、数だけは大したもんだな。だが、その程度で俺の首を取られると思ったなら───見込み違いも良いところだぜ?」

 

正直に言えば、背中の傷を早く何とかしたいというのが本音である。幾らガウェインの持つ聖剣がサーヴァントの一部で、魔力の結晶であろうとも、その力の性質は嘗てのモノと変わらない。太陽の映し身というガウェインの謳い文句は誇張ではなかった。

 

切り裂かれた背中からジリジリと灼けるような熱の痛みが、修司の体力を徐々に奪っていく。幸いなのは背中の傷が灼かれている事で、出血が収まっているという事だ。

 

体力も奪われつつあるが、それでもまだまだ体は動く。立香達が完全に逃げ切るまで、殿を勤めようと修司が身構える。

 

 城壁から、矢の雨が降ってくる。頭上を覆い尽くす程の凶器の雨に修司は気を解放させる。この程度なら拳圧だけで吹き飛ばせる。拳に力を乗せ、今放とうとした時。

 

「はぁっ!!」

 

「っ!?」

 

 突然、外套を翻しながら銀腕の騎士が腰に差した剣を手に、降り注ぐ矢の雨を弾き飛ばす。その気配は聖罰が始まる前から身を隠していた奴と同質のモノだった。

 

今まで隠れ潜んでいた騎士、そんな奴が今更なにしに来た。軽蔑よりも戸惑いの方が大きい修司は構えを解かずに目の前の騎士を見る。すると、その視線に気付いた騎士の男は振り返ると即座に頭を垂れて、謝罪をしてきた。

 

「突然の無礼、お許し下さい。私の名はベディヴィエール。円卓の末席に加えられている者です」

 

「………で? その円卓の騎士が、今更何のようだ?」

 

「っ、気付いて………いたのですか?」

 

頭を下げての謝罪を口にしているベディヴィエールに対し、修司の声音は何処までも冷たかった。それは、戦いに乱入に対するものや、円卓の騎士を名乗る者に対する警戒ではない。これ迄難民達が襲われていながらも、何もしようとしなかった癖に今になって現れる事に対しての疑問と怒りだった。

 

「そりゃあな、お前の気配はさっきの奴と何処と無く似ている。難民の人達とは桁違いに強いお前の気配は、岩場の影で様子見していた位には丸わかりだったよ」

 

「…………」

 

「それで? 無抵抗の難民達が襲われている中で、傍観を決め込んでいたお前が、今更俺に何の用だ?」

 

「それは………」

 

 突然現れた円卓の騎士、ベディヴィエールと白河修司の邂逅は過去の特異点の旅の中でも、最悪の形となっていた。言葉を詰まらせて俯くベディヴィエールに対し、修司は若干苛つき始める。自分より背が高い癖に女の様にナヨナヨしたその態度に、ガウェインをブッ飛ばした事で、多少は沈静化した修司のボルテージは徐々に膨らみ始めていた。

 

そんな時、正門の方から強い気配が現れるのを感じた。その大きさからしてガウェインと同格の騎士、背中を駆け巡る痛みを、脳内分泌(アドレナリン)で誤魔化しながら正門を見据えると、其処には大勢の粛正騎士達を引き連れた紫の騎士が、鞍の付いた馬に跨がりながら現れた。

 

「ランスロット卿! やはり、貴方までもが……!」

 

「ベディヴィエール卿……だと? バカな、何故卿が此処にいる!?」

 

「あ? お前ら仲間じゃねぇの?」

 

ベディヴィエールとランスロット。共に円卓の騎士に数えられる人物であり、嘗ては同じ王を仰いだ同士。てっきり、ベディヴィエールが円卓の騎士と合流する為にここへ来たのだと、そう思い込んでいた修司はまるで予想と反していた二人の反応に僅かながら戸惑った。

 

「何故我等が王に喚ばれなかった貴殿が、今更此処にいるのか。………いや、今更その是非は問うまい。今私の課せられた任務は、そこの山吹色の男を捕らえる事!」

 

 ランスロットが修司に剣を突き付け、周囲の粛正騎士達も呼応して身構える。ガウェインという大将格を倒れされたのにも関わらず、即座に体勢を整えさせるカリスマ性。その風貌は確かに最高の騎士と謳われるだけのモノがあった。

 

「へぇ? 殺すんじゃなくて捕獲か。そちらの王様は随分とお優しいんだな。難民達には容赦なく切り捨てる割にはよぉ」

 

「………全ては、我が王の聖断故に。責めるべきは実行したガウェインと、それを是とした我々にある。何も知らない若造が、知ったことを言わないで貰おうか!」

 

「だったら教えて欲しいもんだな、アンタ等の言う王がどれ程上等なモノなのか。我が子だけでも、そう願う母親を容赦なく斬り殺したお前らに、どれ程の立派な言い訳(理由)があるのかをよぉ」

 

「…………! 全ては、我が王の為に!」

 

「思考停止かよ。騎士ってのは、皆こんなのばかりなのか?」

 

自らを王の為と、まるで自分自身に言い聞かせるように口にするランスロットに、修司はゲンナリしながら呆れ果てていた。軽く挑発するつもりが、効果は抜群だ。感情を圧し殺しながら駆けてくるランスロットに、修司もまた身構える。

 

その際に一瞬だけ隣にいるベディヴィエールを一瞥するが、どうやら彼は強いショックを受けている様で、とても戦える状態ではない。別に頼りにしている訳ではないが、目の前で殺されるのは………流石に目覚めが悪い。

 

仕方ないから、何とか庇いながら戦うしかない。ランスロットは円卓の騎士の中でも最強の騎士として有名だが、そんな豪傑を相手にそう上手くいくのか。

 

「難しいけど………やるしかないか」

 

迫りくる最強の騎士。マントを靡かせながら愛馬と共に駆けてくるランスロットを迎撃しようと、構えた体を更に低くしようとした瞬間。

 

『修司くん! 立香ちゃん達は安全圏まで退避した! 君もすぐにそこから離脱するんだ!』

 

「良かった。それはいいニュースだぜロマニ! 出来ればもうちょっと前に聞きたかった!」

 

『も、もしかして戦闘中だった!? ゴメン! 怪我とかしてない!?』

 

 突然、割って入ってきたロマニの通信に目を丸くさせた修司は、振り抜かれる騎士の刃を直前で回避、傷は、なんとか頬を掠めるだけで済んだ。

 

ロマニはゴメンと謝ってくるが、それは彼がこれまで必死に立香達をナビゲートしたからに他ならない訳で、今このタイミングで修司に撤退を指示したのは、立香達の安全圏が確保されたという事。

 

そんな、懸命に自らの仕事を成し遂げた人間に罵声を浴びせるほど、修司は狭量ではない。

 

「ちょっと円卓最強とやりあっている所! 何とか隙を見つけ次第逃げるから、引き続き立香ちゃん達の事を宜しく頼むよ!」

 

『円卓最強って……まさか、ランスロット!? ほ、本当に大丈夫なのかい!?』

 

「大丈夫にする為に、なんとか……する所、だ!」

 

 馬上の上から奮われる剣閃。その悉くが凄烈を極めており、剣筋の鋭さもガウェインを凌駕している。太陽の聖剣を使い、面制圧を得意とするガウェインの剣に対し、ランスロットの奮う剣は相手の一点を崩すモノだった。

 

気の力で防いでいるが、そう長くは続かない。距離をとって反撃を試みても、ランスロットは間合いの詰め方も上手く、その戦い方は修司の戦闘スタイルと悪い意味で噛み合っていた。

 

このままでは不味いと、修司は全身から気力を放出して砂塵を巻き上げる。突然の目眩ましに動揺する事なく剣で振り払うランスロットだが、死角から現れる蹴りに僅かに反応が遅れてしまった。

 

「っ!」

 

咄嗟に剣で防ぐランスロットだが、彼の据わる場所は踏ん張りの利かない馬上。幾ら膂力のある身だとしても、修司の蹴りを防ぐには些か以上に力が足りなかった。

 

 当然、馬から吹っ飛ぶ事になるランスロットだが、そこは円卓最強。宙に舞っても体勢を建て直し、追撃してくる修司に落ち着きを払いながら迎え撃つ。

 

奮われる剣戟、放たれる剛戟。剣に対して拳で戦う修司に戸惑うが、ランスロットは構わず剣を奮う。

 

「驚いた。よもや生身の人間が、これ程の実力を持ち合わせていたとは。人間の可能性には心底驚かされる!」

 

「最近、似たようなことを言われるけど、別に大した事じゃないだろ。過去を遡れば、強い奴ってのは幾らでもいるんだ。だったら今を生きる俺が強くなっても、然程驚く要素はないだ、ろ!」

 

振り抜かれる剣筋に合わせて、修司もまた拳を奮う。鍔迫り合いになって一瞬だけ睨み合う両者、互いに力を込めての一撃は、修司の勝利となった。単純な膂力にモノを言わせての押し出し、それは遠回しに修司自身が技ではランスロットには敵わないという告白にも見えた。

 

 しかし、これでランスロットとは距離が空いた。奴が自分との間合いを詰めてくるまで僅かばかりの猶予が生まれたのだ。その間にできる限りをしようと、修司は偶々隣で立ち尽くしていたベディヴィエールに声を掛ける。

 

「俺はこれからここから離れるが………アンタはどうする?」

 

「わ、私は………」

 

「お前が何を思って此処に来たのかは知らないし、興味もない。だが、此処に残れば確実に捕まるぞ。俺も、本当なら此処にいる連中を全員ブチのめしてやりたいが………その前に、やらなきゃいけないことがある」

 

 そう言って、修司はルシュドの母親へ視線を向ける。穏やかな死に顔、きっと息子の生存を信じて疑っていないのだろう。自身の生を擲ってまで繋げた息子の命、そんな彼女の想いを無下にする訳にはいかない。

 

故に修司は、未だに気持ちの固まっていないベディヴィエールに、決断を迫らせた。

 

「三秒やる。その間に決めろ」

 

「………お願いします。私も、貴方方の旅路に加えさせて欲しい!」

 

 一瞬の間があったが、即決したベディヴィエールに修司はこの男も円卓の騎士なのだと、僅かだが見直した。とは言え、周囲には粛正騎士達が迫ってきており、更に正面には円卓最強の騎士が迫ってきている。

 

常識で考えれば離脱は不可能。しかし、白河修司という男ほど常識という言葉が似合わない者はいない。

 

「逃がしはせん! 嘗ての同士共々、大人しく縛に繋がるがいい! ───最果てに至れ。限界を越えよ。彼方の王よ、この光をご覧あれ!」

 

正面から真名解放の光が溢れてくる。ランスロットの放つ宝具、迫り来る極光を振りかざす円卓最強を前に、修司は不敵に笑みを浮かべる。

 

「悪いな、アンタとの決着はまた今度───太陽拳!!

 

「た、太陽の光だと!?」

 

突然現れる太陽の光、周囲が夜に包まれているから余計強烈に輝く光を前に、ランスロットの目は完全に潰される。眼光を焼く光、失明にこそ至っておらず、じきに収まるモノであっても、その痛みはランスロットや周囲の粛正騎士達を一時的に行動不能にするには充分すぎるモノだった。

 

だが、たかが視覚が奪われた程度で円卓最強は崩れやしない。不意打ちに備えて身構え、修司が近付くのに合わせて切り捨てる。そうランスロットが意識を集中させているが……修司が近づいてくる様子は微塵も感じられなかった。

 

一体何処へ? やがて取り戻した視力で辺りを見渡せば、其処には修司とベディヴィエールの姿はなく、あるのは自分の部下達だけである。

 

自分は、夢でも見ているのか? そう呆然としているランスロットの遥か後方には、ベディヴィエールを抱えながら飛翔する修司の後ろ姿が僅かに残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………それで修司君、其所の騎士は一体?」

 

「拾った」

 

「目が、目がぁぁっ!!」

 

「ルキウスさん、しっかりしてください!」

 

「くっ、一体誰がこんな酷いことを!」

 

「…………」

 

「修司君、取り敢えず手当てをするから、そのあとは……少し、お話しようか?」

 

「あ、はい」

 

 




と、言うわけで何とか円卓軍から逃げ切れたボッチ達でした。

Q.この時点でダ・ヴィンチちゃんが離脱してないの?

A.してませんね。今後、これがどう物語に影響するのか。楽しみにしていただけると幸いです。

Q.考えてるの?

A.おはぎ、オイチイ……。


それでは次回も、また見てボッチノシ






おまけ

ちょっと未来のマイルーム。

某妖精王の場合。

「はぁ? 白河修司ぃ? なんだってあんな出鱈目人間がなんだっていうのさ」

「何処までも努力家で? 何処までも勤勉で? 正しくて? 才能の塊? まさに、ご都合主義の塊(デウス・エクス・マキナ)みたいな奴だよね」

「あそこまでいくと、気持ち悪いというより、最早おぞましいよ。彼処まで強くなっておきながら、奴自身はまだまだ遥か上を目指してやがる」

「気付いているのかねぇ。何処までも進んだ先に待っているのは永遠の孤独、誰もいない無の世界だ。そんなもの、奈落の底となんの違いがある?」

「………いや、違うのか? 誰もいないから進むんじゃなく、もしかして───その先にある何かに挑む為に?」

「マスター、気を付けろ。あの男、もしかしたらとんでもなくヤバいモノに首を突っ込もうとしているかもしれない。引き離されたくなかったら、死ぬ気で押し止めろ」

「ソレが何なのかは僕には分からない。でも、もしも……もしも《未来永劫続く闘争》なんてものがあるのだとしたら」





「白河修司は、終わるかもしれない」








「なーんて、ね」




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