『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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その79 第五特異点

 

 

 

「俺は………生きているのか」

 

 天変地異の様な激闘も終わり、焼け焦げた大地に仰向けになって倒れ伏しているカルナは、染み渡る青空を見上げながら呟いた。

 

尋常な勝負。記憶の片隅に残った約束を果たすべく修司と戦ったカルナは、今の自分に出来る最大限の全力を以て彼と戦った。心地よい高揚感に包まれ、最後は互いの必殺を繰り出しての決着。力のぶつけ合いに敗北したカルナは、そのまま特異点から消滅する筈だった。

 

眼前に迫る蒼白い極光。カルナが覚えているのは自身の放つ宝具が破られ、修司の放つ光に呑まれる所までだ。あの光に呑まれて生きていられる筈がない、けれど現に………自分はこうして生きている。

 

修司が手を抜いた? 否、彼がそんな事をする様な男でない事は分かっている。ぶつかり合う時も、最後の決着を付ける時も彼は本気であり、真摯に自分と向き合っていた。

 

ならば何故自分は生きているのか。空に流れる雲を見つめながら答の出ない問いにカルナが堂々巡りをしていると。

 

「運が良かったな」

 

「運……だと?」

 

「いや、それしか考えられないだろ。俺もアンタをブチのめすつもりで戦ったし、最後の競り合いだって奥の手(界王拳)を使うことになった。アレを受けて生きていられるって事は、それはもうアンタの運が良かったって事だろ?」

 

其処らにある岩に腰掛け、カルナと同じ様に空を見上げるのは、己を降した男、白河修司だった。山吹色が特徴的だった胴着は上半身の部分が消し飛び、その全身の至る所には火傷の痕が残っていた。

 

「俺も、アンタも、本気で戦って全力でぶつかった。なら、それでいいんじゃねぇか? 別に俺達は互いを憎いと思った訳じゃないからな」

 

 正直、その話を鵜呑みにするには先の戦いは苛烈に過ぎた。少なくともカルナは死力を尽くして戦い、修司に挑んだ。そこに運などという不確定要素が割って入る余地などなく、最後に修司の放った閃光はそれこそ運そのものを破壊する勢いがあった。

 

事実、修司はカルナにかめはめ波が当たる直前に気の出力を抑え、彼に与えるダメージを最小限に抑えた。その受けたダメージもカルナが気を失っている間に修司が気を分け与える事で回復し、カルナはダメージによる消滅を免れる事ができた。

 

 見るものが見れば、修司の行いは尋常なる戦いを汚したと糾弾するだろう。負けた相手に情けを懸けるのは武人のする事ではないと、潔くトドメを差せと宣うだろう。

 

尤も、修司は自身を武人等と自覚した事はないし、その気はない。あくまで修司が戦ったのはカルナの語る約束に応えるためと、エジソンが率いるアメリカ軍を仲間に引き入れる為と、向こうにいるインドの大英雄であるアルジュナに対抗する為である。

 

そんな打算があるが故に修司はカルナを殺す事はせず、彼に対する致命傷を避ける為に考慮しながら戦い続けた。

 

そして、カルナの持つ貧者の見識もまた修司の意図を看破していた。自分に情けを掛けた事、自身の体力を削りながらも己を癒し、生き長らえさせた事への打算。それらを隠し、カルナの名誉の為に運が良かったで片付ける修司の気遣い。

 

それら全てを看破した上でカルナは………フッと笑みを溢した。

 

「あぁ、そうだな。俺は運が良かった。そう言うことにしておこう」

 

そんな修司の言い分を笑って受け入れる事にした。今の戦いで、自分は最大限の全力を出し切った。そこに嘘偽りはなく、修司もまた真剣になってカルナと戦った。その事実だけで充分だった。脳裏に刻まれた戦いの記憶、生前叶えられなかった己の全てを出し切っての戦闘、カルナに微塵の悔いはなく、彼の胸中にあるのは修司と同様に妙に晴れ晴れとした気持ちだけだった。

 

「んじゃ、今回はおれの勝ちって事で。アンタがカルデアに召喚され、また俺と勝負したいっていうなら、そん時はまた………相手してやるよ」

 

「そうか。ならば、その時を楽しみにさせてもらうとしよう」

 

 差し出された手を掴み、カルナは立ち上がる。互いに酷い格好だと、笑いながらエジソンや立香達にどういった言い訳をしようかと考えていた時───ソイツは現れた。

 

「………どういうつもりだ。カルナァッ!」

 

「っ!?」

 

「ん?」

 

横から突然怒号が聞こえ、明らかに怒気の色が濃く出ている声の方へ二人が振り向くと、白い服が特徴的なアジア系の男性が、物凄い剣幕でにじりよってきた。

 

「なんだアイツ、松◯し◯るの親戚か?」

 

「アルジュナ………」

 

アルジュナ。カルナからそう呼ばれた男はその端整な顔立ちを憤怒を以て歪ませている。美人が激怒すれば震え上がる程に怖いと聞くが、それは性別問わないらしい。

 

「貴様、何故宝具を使った!! それはインドラより賜りし決戦兵器! 生涯に一度しか使えぬその一振りを、よりにもよって………その様な男に!!」

 

ワナワナと震える指を突き付け、どうしてと喚くアルジュナ。生涯で一度しか使えない宝具を使用したカルナからは、既に身に纏っていた黄金の鎧は消失しているし、あの錫杖の槍も影も形もなく消滅してしまっている。

 

「それは違うぞアルジュナよ。俺はこの様な男にではなく、相対した相手が白河修司だからこそ宝具を使用した。そこに一切の呵責はなく、またお前が口を挟む余地はない」

 

「~~~っ!?!?」

 

 互いに合意の上で全力を出したのだから、余計な口出しはするな。そう宣うカルナにアルジュナは先程以上に激昂を露にしている。

 

………直接戦った事で何となく解った事だが、このカルナと呼ばれるインド神話の英雄は他人とコミュニケーションを築く際に、言葉が一つ以上足りない節がある気がする。今だって本来ならもっとオブラートに言い回せる筈なのに、ワザワザ相手を怒らせる様な直接的な物言いとなってしまっている。

 

それが、アルジュナの視線が修司にではなくカルナ自身に向ける為のモノだとしても、次の瞬間に己の眉間がアルジュナに射られたとしても、全てを承知した上でそんな風に語るカルナが修司には一周回って器用に見えた。

 

「あー、アルジュナさんだったか? 俺、インド神話とか叙事詩とかそんな知らないから何とも言えないけど、その様子だとカルナとは因縁浅からぬ仲みたいだな」

 

「…………」

 

 相手を刺激させないように丁寧に言葉を選んだつもりなのに、返ってきたのは凄まじい憤怒の眼光。その目から滲み出る嫉妬の激情を叩き付けられながらも、修司は内心ビビり散らかし、必死に表情に出さないようにしていた。

 

「アンタとカルナがどういう間柄なのかは知らないが、現に俺はコイツと本気で戦い、コイツに勝った。それは覆らない現実であり、事実だ」

 

「っ!!」

 

「アンタからすれば、俺こそがカルナとの勝負に余計な手出しをした憎い相手、腹が立つのは無理もないかもしれない。だから────」

 

「カルナへの文句は、俺に言え」

 

「修司………」

 

「………貴様、自分が何を言っているのか分かっているのか?」

 

カルナと戦ったのは自分で、カルナに宝具を使わせたのも自分だ。万全なるカルナとの決着を望めなくなり、苛立つアルジュナの怒りを鎮めるには方法は一つしかない。

 

今ここでアルジュナと戦い、勝つ(・・)。そう豪語する修司にアルジュナは息を呑み、カルナは目を見開いていた。そこにカルナを降した事への驕りや慢心はなく、ただ一つの事実として修司はアルジュナとの戦う道を選んだ。

 

「………正気か。貴様はこの後、あの凶王と戦うのだろう。カルナと戦い、その上で私と戦い、更にはあのクー・フーリンとも」

 

「あぁ、そのつもりだ」

 

 カルナと戦い、少なくない疲弊を被ったのにそれでもアルジュナとも戦うつもりでいる修司に授かりの英雄の怒りは………遂に、頂点を越えた。

 

()をコケにするのもいい加減にしろォッ!!」

 

カルナと双璧を為す授かりの英雄、神々の手によって祝福され、神々の手によってその生涯を振り回されてきた男。そんな男の沸点がたった一人の人間の物言いによって限界を迎え、怒号となって炸裂する。

 

「私を………俺を、ついでに倒すと宣ったか!? それは最早、傲慢という言葉ですら収まらない侮蔑と知れ!」

 

己を倒し、先にいるクー・フーリンをも倒すと豪語する修司に遂にアルジュナの怒りの限界値が振りきれる。弓矢を構えて狙いを定める大英雄を前に白河修司は笑みを浮かべた。

 

「傲慢? バカ言え、こんなもの傲慢の内に入るかよ。戦う相手が決まっている以上何処までも真剣になるのがウチの家訓だ。傲慢不遜は我が王だけのモノ、たかが一臣下が図に乗るには百年早い」

 

アルジュナは修司を傲慢と言うが、修司自身はそうは思わない。自身が口にしているのは何処までいっても己の我が儘、本物の傲慢というモノは修司という男を軽く凌駕している。

 

英雄王ギルガメッシュ。この世全てを背負うと語る彼こそが、傲慢と呼ばれるに相応しい傑物であると、修司は確信している。

 

「何を、訳の分からない事を……!」

 

「そこまでにしてもらおうアルジュナ。この場は引け、修司も、無駄に相手を煽る口振りは控えた方がいい」

 

今にも矢を放とうとしていたアルジュナに、カルナが待てと呼び掛ける。

 

「アルジュナ、お前の怒りも尤もだ。俺がこの地に喚ばれて応えた様に、お前もこの大地に召喚された。お互い相容れぬ間柄であるが故に、お前はケルトへ着き、俺はエジソンの所へ加わった」

 

「あぁ、あぁそうだ! 私は、お前と戦えると、生前果たせなかった決着が付けられるからと、そう思い人理と敵対する道を選んだ。そうする事で漸く、あの時の………なのに……っ!」

 

 カルナの言葉にアルジュナは嘗ての光景を思い出す。神々の寵愛を受け、授かりの英雄と称されるほどとなった大英雄。そんな彼の心に最も黒い影を落とすことになったのは………ある大戦。インド神話を巻き込んだ大きな戦い、そこで仕留めた父親違いの兄だった男の亡骸。

 

万全な状態なら、自分すらも凌駕していた男の、呆気ない終わり。全ての苦難を受け入れて戦った男と、全てに祝福された男。後悔と苦悩に苛まされるのは………後者だった。

 

それは瞼を閉じても消えず、座に還っても決して覆ることのない疵。消しても消えない過去が、アルジュナを縛って離さない。故に、カルナもまた腹を括った。

 

「ならば、戦うとしよう。アルジュナ、生前から続くお前との因縁。この大地で決着を付けるとしよう」

 

「っ!?」

 

 その言葉にアルジュナは言葉を失った。カルナは修司との戦いで持ちうる全ての力を殆んど使い果たしている。あの目映い鎧も、槍も、何もかもが失っていて、その姿は随分とみすぼらしく、まるであの日の焼き増しを見せ付けられている様だった。

 

そんな満足に戦えもしない体で、どうして自分と戦う気でいるのか。そこまでして自分を侮辱したいのか、アルジュナが怒りで感情を振り切ろうとした時………カルナと目が合った。

 

強い眼だ。英雄としての矜持と強さを兼ね備え、ボロボロになりながらも戦う意思を抱き続ける男。まるで、自身の心の内を暴こうとするその眼こそが、アルジュナがカルナと敵対する最大の理由であった。

 

瞬間、アルジュナの内から何かが溢れ掛ける。黒く、大きいナニカ、それが何なのか修司が見極める前に、黒いナニカは霧となって消えていく。

 

気付けば、アルジュナから敵意は消えていた。手にしていた弓は消え、踵を返して背中を晒す。その横顔から、彼の表情はもう伺い知れる事はない。

 

「………いいだろう。その死に体で何ができるのか、見せてみろ」

 

それだけを言い残し、アルジュナは姿を消した。訪れる静寂、戦いとは別の意味で疲れた事に修司は溜め息を吐きながら空を見上げた。

 

「ぷはー。いやー、おっかねぇなインドの英雄は」

 

「済まんな、俺の弟が迷惑を掛けた」

 

「あぁ、いや、別にアンタが気にする事じゃ………待って、今何て言ったの?」

 

「? 済まない、と」

 

「その後ぉっ! え? あのアルジュナって奴とお前って………兄弟だったの?」

 

「あ、あぁ。そうだが?」

 

「に、似てねぇ~~……」

 

 アルジュナとカルナ、異父兄弟であり宿敵である両者。兄弟同士で相争う二人を哀れに思う事はなく、ただ似てないと唖然とする修司。

 

それがなんだか可笑しくて、気付けばカルナは笑っていた。戦いに敗北し、生き長らえてしまった自身を一時は生き恥を晒してしまったと考えたりもしたが、“次”があるという感覚に喜んでしまっている自分がいる。

 

多くの英雄にとって敗北とは死を意味しており、死とは終わりを意味している。なのに、今はこうして笑ってしまえる自分がいることに堪らなく不思議で、楽しかった。

 

「あぁ、本当に。人間というのは………」

 

 縁、出会い。時代を越えて出会う人々はいつだって自分に思いがけないモノを授けてくれる。人は自身を施しの英雄と呼ぶが、自身こそが施しを受けていたのだと、カルナは改めてそう思えた。

 

「おっ、あっちも終わったか。あの様子だと無事に終ったみたいだな」

 

遠くから聞こえてくる立香達の声に振り返り、修司は手を振って自身の無事を伝える。すると気の所為か、彼女の走る勢いは加速していく。フォームも洗練され、その姿は何処と無く陸上の某黒人選手を彷彿とさせた。

 

そんなに急いだら転ぶぞ、と、微笑ましく修司が笑みを浮かべると………。

 

「こんの、ハチャメチャ大量生産機がぁぁっ!!」

 

「ぶへらぁっ!!??」

 

 乙女の矜持をかなぐり捨てた藤丸立香の渾身のドロップキックが炸裂した。

 

こうして、エジソン率いるアメリカ軍との戦いは修司と立香達の勝利として幕を下ろし………。

 

そして………。

 

「………あぁ、楽しみだ」

 

ケルトの大英雄との決戦の………始まりである。

 

 

 

 

 




Q.立香ちゃん、どうしてそんなに怒っているの?

A.絶え間なく熱波と暴風で立香達は拠点ごと吹き飛んでいました。
この時の彼等は敵対関係だった事も忘れ、互いに協力しながら生き延びる事を選択したとか。


それでは次回もまた見てボッチノシ


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