『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今回は地味目の話になります。




その74 第五特異点

 

 

 ────そこは、戦場と言うには剰りに苛烈で、地獄というには剰りにも鮮烈な光景だった。朱色の雨が降り注ぎ、大地を穿ち家屋を粉砕し、建物のあった土地は今は更地と化している。

 

槍が降る。無数の流星となって、前後左右上下を問わず、無秩序に、無遠慮に奮われ、すべての障害物を塵芥に変えていく。其処に敵味方の区別なく差別すらもなく、全てを等しく刺し穿っていく。

 

正に槍の嵐。一つ一つが命を呪い殺す鏖殺の一刺で、一つ一つが相対する師を、或いは弟子を、この世から退場させるつもりで奮われていく。

 

そんな嵐の中を、必死に走りながら逃げ惑う一つの小隊が存在していた。人類最後のマスターの一人である藤丸立香を守る為に、懸命に彼女を守護するサーヴァント達、嵐のごとき死の暴風の中で寄り添う彼らは荒れ狂う大海に佇む一隻の小舟の様だった。

 

「ちょっとー!? 何なんですかあの槍の人はァァッ!? マスター、あの人お宅のサーヴァントじゃありませんでしたっけ!?」

 

「うぅ、そうなんだけど、そうなんだけどさぁ!」

 

 迫り来る死の暴風を前に決死の勢いで逃げ惑う面々の一人、緑の弓兵ロビン=フッドは突然殺し合いを始めたスカサハについて追及していた。

 

「も、申し訳ありませんロビン=フッドさん! スカサハさんはなんというか、戦いに喜びを見出だす人らしく、強い人を見るとその………ちょっかいを掛けずには要られないみたいで」

 

「なにその傍迷惑な性癖!? ケルトってのはあんなんばかりなの!?」

 

「ていうか、話の流れ的にそれだけじゃないよね? 絶対他にも理由があるよね?」

 

「そう言えば、何か人を取り合っていなかった? やれアレは私のモノだとか………ハッ!? まさか恋の三角関係!? 蛮族同然なケルトの中にも恋は芽生えるのね!?」

 

「それはそれで凄く修羅場に………いや、だからこその惨状という訳か」

 

突然始まったケルトによる大戦争、完全に巻き込まれた側であるロビンはマスターである立香に問い詰めるが、立香も立香で訳が分からない状態である。半泣きになりながら、それでもマスターとして頑張る彼女にロビンは文句を言いながらも手を貸している。優しい。

 

 降りかかる槍を払い、或いは防ぎながら爆心地から遠ざかろうとする一行、確かにロビンの言う通り傍迷惑な理由から始まった戦いだが、お陰でこの場から逃げる算段が出来た。包囲していたケルトの軍勢が巻き込まれていることで戦局は瓦解し、立香達が逃げる活路が開けた。

 

結果的に、状況はスカサハによって切り開かれた。そんな彼女に一人で負担を強いるのは酷な選択だが、今の自分達に奴等を相手取る余裕はない。向こうの体勢がメイヴによって建て直される迄にどうにか包囲網を突破しなくては………。

 

そんな時、立香の後頭部に向けて光の矢が迫る。咄嗟に気付いたマシュが防ごうと盾を前にして防御の姿勢に入るが、信じられないことに……唯の矢の一射でマシュは盾諸とも吹き飛ばされてしまった。

 

「っ、マシュ!」

 

後輩でありパートナーであるマシュが吹き飛んだことに立香は目を見開いた。振り返ると、槍の暴風の只中にて自然体を崩さずに佇む男が弓を片手に立香達を見下ろしていた。

 

「………無駄なことです。我が目からは何人たりとも逃れはしない。我がアルジュナの名に懸けて、貴方達の命運は此処で断とう」

 

「まさか、アルジュナだと!?」

 

「アルジュナ!? そいつは確か、あのカルナが宿敵と定めたインド神話の大英雄じゃねぇか!? なんでそんなビッグネームがケルト側に付いてるんだよ!?」

 

「ええい緑の狩人、お主もアーチャーであるなら臆すでないわ! 弓の腕なら貴様にも覚えがある筈だ!」

 

「そりゃ純粋な弓の腕ならワンチャンあるかもだが、相手が悪すぎる! 此方が普通基準の弓矢ならあっちは大砲だ! 的を射抜くのと的ごと吹き飛ばすのでは本質が異なってるんだよ!」

 

「更に言えば、放たれる弾は変幻自在の光線(ビーム)ときた。僕も銃での曲芸は慣れたもんだけど、流石に弾そのものを変形させたりは出来ないなぁ」

 

 インド神話の大英雄、アルジュナ。授かりの英雄として知られ、叙事詩“マハーバーラタ”にも綴られている最強格のサーヴァント。表情こそは落ち着きのある清廉としたモノだが、その瞳の奥にある激情はロビンと銃使いであるビリー=ザ=キッドを震え上がらせる程に燃え盛っていた。

 

「いかん、此処で足を止めるわけには………」

 

「おっと、そうはさせないよ」

 

「此処を抜けたくば、我等を倒してからにしてもらおう」

 

アルジュナに標的にされ、焦り始めるジェロニモに追撃とばかりに更なるサーヴァントが立ち塞がる。ケルトの栄光なるフィオナ騎士団の団長であるフィン=マックールと彼が信頼する部下、輝く貌のディルムッド=オディナである。

 

ケルト勢力の中でも指折りの戦士、それが二人で連携を取りながら仕掛けてくるから、余計にその強さに拍車を掛けてくる。純粋なサーヴァントの数ならば立香達も負けていない。が、如何せんケルト側の戦力が多すぎた。

 

一人一人サーヴァントには及ばなくても、過去にそれなりの強者として数えられてきたケルトの尖兵。女王メイヴの力により無限に増えることが可能となった彼等は、謂わば尽きぬ兵隊。どれだけ倒し屍を晒した所で彼等の進軍は止まることはない。

 

 気付けば、立香達は分断されていた。津波のように押し寄せる軍勢に、気付けば立香とマシュは孤立無援の状態。そんな二人の前にはケルトの女王が君臨していた。

 

「はぁい。先程振りね仔猫ちゃん達。短い大冒険は堪能出来たかしら」

 

勝利を確信した笑みを浮かべるメイヴ、その傍らにはインドの大英雄アルジュナが控えている。マシュ一人では到底太刀打ちできない相手、ジェロニモ達が駆け付けようとそれぞれ奮闘しているが………間に合いそうにない。

 

 そしてスカサハもまた、地に膝を着けて息を切らしていた。影の女王と凶王、互いに無傷でこそないが、それでもクー=フーリンにはまだ余裕で、対するスカサハは悔しそうに肩で息を吐いていた。

 

詰み。将棋やチェスの王手(チェックメイト)な状況だが、それでも立香の目には諦めの色が微塵も出てはいなかった。楽観的、或いは泥臭い諦めの悪さ、何れにしてもその負けん気はメイヴにとって極上の餌でしかなかった。

 

「あぁ、いいわぁ。ゾクゾクする。まるで自分達の負けを分かっていないその目、その目がこれから泣いて赦しを乞うのかと思うと、楽しみでしかたないわぁ」

 

「させません! 先輩は、私が護ります」

 

「勿論、貴女も一人にはさせないわ。二人とも私の閨でヒィヒィ哭かせてあげる!」

 

 無垢に見せた悪食なる魔性の女が、涎を垂らして舌舐めずりをする。その性根にアルジュナは目を伏せ、それでも己の願いを叶えるために弓を引き。

 

────遥か空の彼方から何かがやって来る。アルジュナが目の前のマシュから空の彼方にいる何かに向けて矢を放った時、それは起きた。

 

空に向けて放たれた矢が、何者かによって弾かれる。アルジュナが更に追撃を仕掛けようとした時────それは地に落ちた。

 

 爆発と爆風、同時に起きた災害は周囲のケルト兵を女王であるメイヴごと吹き飛ばしていく。

 

その光景に全員の視線が向けられる。空から突然飛来してきたモノ、それを確かめるべく注視するジェロニモ達。

 

そして、砂塵が収まり視界が明らかになる中、スカサハに槍を突き付けていたクー=フーリンは目を見開く。これ迄何者にも興味を抱かなかった彼が、驚愕と歓喜に目を見開いたのだ。

 

 砂塵の奥にて佇む山吹色。背中に大きく書かれた界の一文字、それは嘗て自分が戦った忌々しくも懐かしい怨敵の姿。

 

「来たか!」

 

駆ける。メイヴにも、己の師にも目もくれず、獣と化した狂った王は狂喜に顔を歪ませながら、一心不乱に肉薄する。

 

そして、奴との距離が三メートルを切った所で………目があった。日本人特有の黒い瞳は、あの時自分が見たモノと、全く同じモノだった。

 

『───やってみろよ』

 

 思い出す。あの薄暗い闇の底で、吐き気の催す邪悪を前にそれでも決して揺るがない男の眼を。嗚呼、思い出す。思い出したとも、今この時この瞬間、クー=フーリンの感心は全て目の前の男に向けられた。

 

振り抜かれる鏖殺の槍、対するは白き炎を纏わせる剛腕。競り合う力は再び激しい乱気流を生み出し、周囲の全てを凪ぎ払っていく。

 

「よぉ、久し振りだなぁ。修司ィッ!

 

「やっぱりアンタか、クー=フーリンッ!」

 

激突する二つの闘気。世界と時間を越えて、二人は遂に再会を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが、噂に聞く白河修司ですか」

 

 女王の願いによって在り方が歪み、凶悪と残忍さに振り切った凶王を生身の人間が押し留めている。噂に勝る膂力、過去の自分達と比べても遜色のない戦士の登場に授かりの英雄は素直に驚いていた。

 

彼の男が現れた時、凶王の目的は彼の打倒への専念に切り替わると、前もって知らされていたから驚きは然程ではない。何れにせよ、自分のやるべき事は変わらない。逃げる人類最後のマスターの足を射ぬこうとアルジュナが矢をつがえた時。

 

「させん!」

 

「っ!」

 

 紅蓮のごとく燃える髪を揺らし、小さな王の剣がアルジュナの視界に割り込んできた。全く予想していなかった横やり、自分と同じ出身でありながら凶王に呪いを受け付けられて再起不能の状態だった筈のサーヴァント、コサラの王ラーマがアルジュナの前に立ち塞がった。

 

「………貴方は、戦える状態ではないと聞いていましたが?」

 

「良縁に巡り合えてな、お陰でこの通り全快よ。さて、授かりの英雄よ、戦況は既にこちら側に傾いた。お主の事情は分からない………事もないが、ここは一度引いた方がいいのではないか?」

 

剣を向け、やや同情の混じった視線で撤退を促してくるラーマにアルジュナもほぼ同意見だった。確定していた筈の戦局は白河修司というたった一人の人間の登場によって覆り、有利だった筈の戦況は瞬く間に劣勢に追い込まれつつある。

 

更には、ラーマと共に此方に辿り着いたもう一人のサーヴァント、ナイチンゲールがケルトの戦士達を蹴散らしていくのが見えた。徒手空拳から始まり、拳銃、何処から出したのかベットまで投げ付けて戦場を蹂躙する様はハッキリ言って悪夢である。ディルムッドが彼女を止めるが、花嫁衣装(ブライダル)に身を包んだ皇帝ネロが阻んでいる為、動けずにいる。

 

フィンもジェロニモやキッドの猛攻に防ぐ事しか出来ないでいる。現状、打開策はない。追い詰めていた筈の自分達が逆に追い詰められ始めている事実、しかし………。

 

「残念ながら、私には其処までの決定権がありません。我等の王の命令が下されない以上、私のやることは一つだけです」

 

「やれやれ、汝も大変だな」

 

「遠慮は無用です。さぁ、来るがいい、コサラの王よ!」

 

「ならばいかせてもらおう。後悔するなよ授かりの英雄!」

 

 放たれる弓矢、光の奔流となって放たれる死の雨、当たれば致命傷は避けられない攻撃を、幼き王は正面から切り伏せていく。負けられない。愛する妻の接吻を受けて、今日のラーマ君の強さは通常の五割増しになっていた。爆ぜろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一、十、百、千。降り注がれる朱色の槍はその悉くが相手を呪い殺す絶死の魔槍、防がれる術などなく、避ける事も不可能な死の一刺。

 

大地を朱色に染める槍、その全てを素手で払い落としながら、白い炎を纏う修司は黒に染まるクー=フーリン(凶王)へ肉薄する。

 

速い。単純な速さで先手を取られたクー=フーリンはそれでも構わないと槍を奮う。修司諸とも周囲の地形を凪ぎ払う一撃、サーヴァントは勿論、生身の人間であれば地形ごと両断される一振り。

 

それを、修司は己の片腕のみで対処する。この程度なんの障害でもないと、涼しげな顔で対応する修司に凶王は表情を強張らせる。

 

強い。あの頃よりも遥かに力を増している修司に凶王の胸中は歓喜以上に悔しさで満たされていた。修司の速さに追い付けない、強さも、タフさも、何もかも、今の自分よりも遥かに凌駕している。

 

 スカサハにある程度削られているから、だから今は負けているのだと、戦いを俯瞰している者はそう言うだろう。だが、当の本人はそうは思わない。仮に今の凶王が万全な状態だとしても、この状況は変わらないだろう。そう思わせるほどに白河修司という人間の強さは凄まじい。

 

当然だ。此方は既に成長の余地のない打ち止めのサーヴァントで、彼方は今も生きる人間だ。生きた人間であるならば成長し、出会った当初より強くなっているのは当然のこと、悔やまれるのはそんな修司の強さに着いていけていない自分の不甲斐なさだ。

 

「ぬ、ぐぅぅ……」

 

「どうする、もう止めとくか? 一応此方も疲弊している身だ。体勢を建て直す意味も含めて、今はお互い退き時じゃねぇか?」

 

挙句の果てに、相手から見逃される始末。修司本人はそのつもりはないとはいえ、これでは見逃されたと変わらない。誇りも矜持も踏みにじられた王はただ闇雲に槍を奮う事しかできなかった。

 

「………随分と、余裕のある顔だなぁ。なんだ? 今はもう自分の方が上だと言いてぇのか?」

 

「あぁ、もう随分と上だと思う」

 

「っ!?」

 

 槍を手にした手に力が入る。気に入らない、あの時よりも余裕ぶった表情が、超然とした振る舞いが、安い挑発だと分かっていても、今の凶王には修司の態度の全てが癪に障っていた。

 

だが、事実として修司は強い。あの頃よりも力を磨き、直向きに強くなっていた。対する自分はあの時と対して変わらず、聖杯の願いでそう歪められているに過ぎない。

 

悔しい。王として、何より戦士として、対等に戦えていない自身が何より許せない。消された筈の怒り、失くした感情が底から溢れてくる感覚。

 

 そんな、愛しのクー=フーリンを前に……。

 

「クーちゃん」

 

 気付けば、ケルトの女王は駆けていた。

 

 

 

 

 

 




久し振りの想い人に出会ったら、お前なんか興味ねぇとフラれた幼馴染みの図。

あれ? 今回のボッチ普通にクズじゃね?

次回、愛故に。

ケルトの愛が、ボッチを倒せると信じて!


それでは次回もまた見てボッチノシ





ifボッチがブリテンにいたら そのよん

「………で、その騎士様が俺になんのよう?」

「ランスロットとお呼びください。シュージ卿、貴方には是非、ブリテンの王として立ち上がって欲しいのです! 貴方になら、きっと多くの民が貴方に救いを求めるでしょう!」

「え、嫌だよ面倒くさい。それに救いとか………俺に出来るのは精々農業のやり方位だぞ? まぁ、最近は牛や羊を使った放牧農業もやり始めたけど」

「それで構いません! 私たちは同じ生きると願う唯人、人として当たり前の幸せを望む貴方にこそ、我が剣を捧げたいのです!」

「えー、なにこの面倒臭い人。アッ君、どう思う?」

「取り敢えずその剣と鎧を溶かしましょう。湖の妖精の肝いりなら、良い畑を耕しそうです。この男には騎士としての誉れではなく、鍬と麦わら帽子がお似合いです」

「トゥワ!?」

「い、意外と辛辣だねアッ君」

「いえ、シュージ殿と比べたら私なんて………」

「まぁ、ガウェイン君が来てくれると日照時間が増えるからお陰で野菜の収穫が増えるし、人手が増えるのは有り難いけど………そう言えば、隣村のケイ君も妹が育ち盛りで食費が大変だとか愚痴ってたな」

「人も増えてきましたし、そろそろ合併の件、考えても良いかと」

「だな。うし、それじゃあ話し合いの為のちゃぶ台、用意しますかね。あ、ランスロット君だっけ? 適当に寛いでていいから」

「あ、はい……」

 後に、このちゃぶ台を使っての会合を円卓会議と名付けられるようになったとかならないとか。




次回? あげません!

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