『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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何となく育てたルドルフが突然スピード☆3獲得にビックリ。
これで爆進が更に加速するぅ!


その55 第四特異点

 

 

 

「痛ぇ、痛ぇ、ちくしょう、怖ぇぇよぉ……」

 

 斬り付けられた腕を抑え、青年は自身の置かれている状況に恐怖し、絶望していた。

 

彼がロンドン市警に配属され今年で一年。父と母に背中を押され、必死に勉強をして漸く叶えられた夢。警察になり市民や両親を守りたいと願った青年の夢は今、崩壊の時を迎えようとしていた。

 

 三日前、突如として現れた霧は瞬く間にロンドンを覆った。唯の霧にしては濃いと思っていたソレは人の命を容易く奪い取ってしまう猛毒で、更にはロンドンの街が理解しがたい化け物の群で埋め尽くされてしまっていた。

 

多くの人が恐怖に震えた。市民達を逃がそうと果敢に戦った同僚や先輩達は全員化け物達に殺された。自分が今こうして生きていられるのは偶々、運が良かっただけだ。

 

必死に戦い、必死に抗い、両親がどうなったのかも定かではないこの状況で魔術師でもない青年の心が限界を迎えるのは必然だった。戦い、敗走し、どうにか立て籠りに成功したこの警察署も現在は幼い一人の少女に蹂躙されている。

 

 その少女は悪魔だった。嗤いながら人の首を刎ね、嗤いながら人のからだを引き裂いた。少女の前に銃弾は意味を為さず、襲われた同僚は断末魔すら口に出来ず物言わぬ案山子と化した。

 

もうじき、自分は死ぬ。あの嗤いながら人を殺す殺人鬼に殺される。嫌だ。逃げ出したい、逃げて両親の所へ帰りたい。

 

心は折れ、夢も崩れた。祈る気力はとっくに使い果たし、希望を持つのも疲れた。

 

もう、このまま消えてしまいたい。終わってしまいたい。何もかもを諦めて楽になりたい。青年が、そう願うのは仕方のない、どうしようもない事だった。

 

─────本当に?

 

夢も希望も失い、あるのは死と絶望だけ。諦めてしまうのは仕方ない、楽になりたいと願うのは仕方のない事だ。

 

だけど………。

 

(俺が此処で死んだら、同じ恐怖を父さんと母さんに与える事になる。それだけは、それだけはダメだ!)

 

弱い体を必死に酷使して、自分を学校に行かせてくれた父。警察学校に通う自分を夜寝るのも遅いくせに毎朝弁当を作ってくれた母。

 

そんな二人を守りたいから、そんな二人に恩返しをしたいから、だから自分は警察という道を選んだのだ。自分を産み、育んでくれた両親を少しでも良い人生を送って欲しい為に。

 

心は折れ、夢も崩れた。しかし、それでもまだここには───自分自身という体がある。

 

(立てよ! 立って戦え! 此処で無様に死を待つだけなら、少しでも戦って二人が生きられる時間を作れよ!)

 

 恐怖で震える足を叩き、青年は立ち上がる。涙と鼻水を垂れ流し、生きる盾となる為の覚悟を決めようとしていた。

 

分かっていた。そんな事をしても時間稼ぎにならない事を、命を懸けてあの殺人鬼に挑んだとしても瞬きの内に自分は挽き肉にされる。そうなるのは青年自身も分かりきっていた。

 

けれど、それでも、守りたいモノがある。失いたくないモノがある。ほんの僅かな勇気を振り絞り───青年は立ち上がった。

 

同時に、暗闇の通路の向こうから足音が聞こえてくる。軽く、子供の様な足音に青年の心臓の音は跳ね上がる。

 

奴だ。間違いない。状況的に今自分の前にあの幼くも恐ろしい殺人鬼が近付いてくる。震える手足を必死に動かし、ホルスターに差した銃を構える。

 

「来いよ、来た瞬間その可愛い顔に風穴開けてやる」

 

 声が震え、死が近付くに連れて青年の動悸は早くなる。恐怖に抗っても逃れた訳ではない、どんなに決意や覚悟を固めても人の心には限界がある。

 

それでも、青年は動かない。決めたから、あの両親に二度と会えないと分かっていても、それでも青年は逃げることだけはしなかった。

 

もうすぐあの憎くも恐ろしい殺人鬼の少女と接敵する。その瞬間自分は殺されるだろう、それでも出来るだけの悪足掻きをしてやると開き直り………カチカチと震える口許を無理矢理に笑みに変える。

 

そして───。

 

「こいよ化け物───「お母さぁぁぁんっ!!」

 

「────え?」

 

 気の所為、だろうか? 今、自分の横をあの銀髪の殺人鬼が横切った様な………恥も外聞も捨てて、まるで年相応の子供のように泣き喚いていたような。

 

だが、自分は生きている。気付かれなかったのか、それでも敵とすら認識されなかったのか分からないが、それでも自分は生き延びる事が出来た。

 

フッと青年の体から力が抜ける。覚悟していた死が急激に遠ざかり、極度の緊張から解放された事からどっと汗が噴き出してくる。

 

良かった。生き残れた。そう青年が安堵した瞬間───。

 

「悪い子はいねぇがぁぁぁっ!!」

 

突然現れた山吹色の(オーガ)の発する嵐のような威圧に青年の意識は根刮ぎ刈り取られた。

 

後に、目を覚ました青年は決意する。

 

「────田舎に帰ろう」

 

両親が待つ田舎に帰り、其所で幼馴染みと結婚し、畑を耕しながら幸せに暮らしましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっけね、現地の人を脅かしちまった」

 

 ジキルのアパルメントにあったナマハゲの仮面を拝借した修司は、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)の戦意を挫く為、自らナマハゲに為りきっていた。

 

ナマハゲは怠惰や不和などの悪事を諌め、災いを祓いにやってくる来訪神とされており、現代では教育的機能の一つとして日本の東北地方の一部地域に浸透されてきた。

 

子供に恐怖心を植え付ける事でモノの善悪を学ばせ、子供達を善に導く役目とされてきたナマハゲ。その風習に肖る事で修司も外見は子供である切り裂きジャックを納める事を目論んだのだ。

 

序でに気をある程度解放して威圧も増し増し、これなら切り裂きジャックも多少は怯むだろうと思っていたが、効果はそれ以上だった。

 

 ただ、現地の人にまで有効とは思わなかった。この時代のロンドンにナマハゲの文化は知られていなかった筈、気絶した青年を抱き抱えて壁にそっと寄り掛からせると、青年の腕に結構深い傷があるのを見付けた。

 

そんな青年に自身の気を分け与えて傷を回復させると、再び修司は切り裂きジャックを追い掛ける。彼女の気配は既に覚えているからどこまで逃げようと必ず追い付ける。

 

その証拠に、トイレに隠れていた切り裂きジャックを発見。幾つもあるトイレの扉の一つから鍵を掛ける音を聞いたから間違いない。

 

このまま正面から扉を蹴破るのは器物損壊に当たる。唯でさえここはロンドン市警の建物なのだから、後で捕まるような事態は極力避けたい。

 

 そして都合良くこのトイレは天井が開いているタイプの奴だ。日本で導入されて長い間保たれてきた上から覗いてしまえるタイプの奴。

 

少々行儀が悪いが仕方ない。今の自分はナマハゲなのだ。子供を怯えさせ、モノの善悪を叩き込むシステム的必要悪なのだ。

 

圏境を用いて気配を断ち、開いているトイレの閉じられた蓋の上へと登り隣へ覗き込む。見ると其処には予想通り震えた切り裂きジャックがいた。

 

「みぃつけた」

 

「ビャアァァァァァァァッ!!」

 

 そしてこれまた予想通り、切り裂きジャックは修司の顔(ナマハゲのお面)を見ると絶叫し、扉を蹴破ってトイレから出ていった。

 

もう大分戦意は挫けた筈、後はどうにかして拘束するだけだが……。

 

(イヤ違う。切り裂きジャックが向かっているのは………外だ!)

 

切り裂きジャックが向かっているのは外に繋がる窓、今この建物の外には迎撃に向かい返り討ちにされた警官達がいる。多くの死体となったその中には気紛れで見逃された生き残った人もいる。

 

切り裂きジャックはここにきて彼等を人質にとる選択を選んだ。やはり、どれだけ見た目は幼くても殺人鬼。その思考は何処までも悪に染まっていた。

 

 ────尤も、ジャック・ザ・リッパーは建物からの脱出を試みているだけなのだが、それを修司が知る由もない。

 

まだ出入り口には怪我人の対応に追われている立香達がいる。彼女達を巻き込むわけにはいかないと判断した修司は一気に速度を上げた。

 

俊敏Aもあるサーヴァントとの距離を瞬く間に詰めていく。背後から近付く気配に既に戦意のせの字も砕かれたジャックは半狂乱となりながらも窓の外へ飛び出した。

 

 これで自分は逃げ切れる。そう思ったのも束の間、既に切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)ナマハゲ(白河修司)の間合いにまで詰められていた。

 

「此処までだ」

 

そう言い、修司は切り裂きジャックの両足を掴み、少女の頭を肩に担ぐ。視界が逆転し、身動きが出来なくなったジャックが最後に体験したのは───。

 

「これが俺の───筋肉バスターだ!

 

全身を貫く凄まじい衝撃だった。

 

(あぁ、私、ここで終わっちゃうんだ)

 

 自身の受けたダメージが現界を保てる許容を超えた。自分は消滅し、あとはこの特異点から退去するのを待つのみ。

 

思えば、自分は多くの人間を殺してきた。殺してきた数だけ魂という魔力を喰らい、自分勝手に生きてきた。無惨に殺してきた人々を考えれば今回の自分の死に様は寧ろマシな方と言えるだろう。

 

(そっか、私達………いけないことをしたんだ)

 

消滅する際に幼い殺人鬼は理解した。何故自分があんな恐ろしい目に遭わなくてはいけないのか、その道理と意味を。

 

ともあれ、切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は消滅した。

 

光となって消えていく切り裂きジャック。断末魔の叫びも、怨めしい呪いの言葉を吐かずに、ロンドンを震撼させた伝説の殺人鬼は自ら犯した罪悪を受け入れて特異点から消滅した。

 

霧の中へ消え行く幼き殺人鬼を見送り、修司は一言口にする。

 

「次に生まれてきた時は───幸せになってくれよな」

 

あの切り裂きジャックがあの様になったのは偏に自分達人間社会に原因がある。修司があの殺人鬼から何を感じたのかは定かではない。ただ、そんな気がしてならない。

 

祈りとは心の所作。いつかそう教わった修司は消えた光に向かって両手を合わせて頭を垂れた───ナマハゲの仮面をつけたままで。

 

「………なぁ立香、切り裂きジャックもそうだけどあのピクト擬きもとっ捕まえた方がいいんじゃね?」

 

「言わないであげてモーさん。気持ちは分かるけど」

 

「というか、ブリタニアを襲ったピクト人って、あんななのか」

 

「いや、あれよりもうちっと理性的だった」

 

「「おっふ」」

 

 エルメロイ先生と立香から変な声が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───それから暫くして、怪我した警官の治療と建物の修繕を行っていた修司達。そうしている間に日は落ち、霧の濃さも重なってすっかり暗闇に覆われたロンドンの街。

 

不気味な空気が辺りを満たす。今にも妖怪の類いが出てきそうな空気に一行もヒリついた空気を纏いだす。

 

「さて、ロンドン市警も守りきり、人的被害もどうにか抑えられた」

 

「ついでに言えばサーヴァントも倒した。今回の騒動の裏に黒幕がいるなら、出てくるのはそろそろの筈だな」

 

 切り裂きジャックは恐らく今回の黒幕の尖兵、メフィストフェレスと同じく従わない者達を粛正する為の暴力装置だ。その装置が破壊された以上、向こうも出方を変えてくるだろう、というのがカルデア側が出した推察である。

 

そして、その時は来た。

 

『六時の方向から動体反応あり!』

 

ロマニの言葉にその場にいる全員が振り返る。暗闇の中から現れた覇気のない優男、どうみても戦いを主体としている輩ではなかった。

 

「……成る程、切り裂きジャックは倒されましたか。流石は音に聞く円卓の騎士」

 

「違ぇよバァカ。殺人鬼を倒したのは俺じゃない、そこにいるピクト擬きが一蹴にノシたんだよ。………て言うか、いつまでそれ付けてんだテメェ、敵幹部のお出ましだ。ちゃんと面拝んどけよ」

 

「おっと、これは失敬。なんか仮面を付けるのが抵抗感がなくてつい……」

 

『君が仮面をつけたままでいたから警官の人達も終始怯えていたけどね』

 

 とうとう現れた今回の特異点における黒幕の関係者、間違いなく目の前の優男は魔霧計画の核となる部分を知っている。ここへ来て漸く手に掛けた手掛かりにモードレッドも剣を握る手に力が込められる。

 

「───やめとけモードレッド、そいつは姿を転写した謂わばホログラムだ。斬りかかった所で意味はねぇよ」

 

そんな反逆の騎士の憤りを察した修司が落ち着くように促す。相手のクラスは恐らくキャスター、手練手管に優れて搦め手に特化した魔術師のサーヴァント。

 

そんなキャスターが正面から堂々と現れる時は逃げる算段を確立させた時か自分達を相手に勝利を確信した時だけ、何より目の前の優男からはサーヴァント特有の濃い気配がない。

 

「………其処まで見抜かれているとは。成る程、貴方が切り裂きジャックを倒したというのも頷ける。ありがとう、彼女を助けてくれて。愛を知らないあの子を倒すにはさぞかし心を痛めた事でしょう」

 

「敵から慰めを受ける謂れはねぇよ。………俺がテメェに聞きたいことはただ一つだ」

 

「────なんでしょう?」

 

「お前達首謀者の中に………マキリって奴いるだろ」

 

 疑問というより確認に近い口調、マキリという言葉にエルメロイⅡ世を除いた全員が首を傾げるなか。

 

「───怖いお人だ」

 

白衣の優男は薄く微笑んだ。

 

 

 

 

 






次回、時計塔と英霊召喚。

それでは次回もまた見てボッチノシ。





修司の知人or友人。

間桐桜。

士郎や修司の後輩で遠坂凛の実の妹であり、修司の初恋の女性。

その昔、祖母を失った悲しみに暮れていた修司を救い上げ、後に修司が終生の味方になることを誓った。

尤も、その誓いは多様性に富んでいる為、彼女が間違った道を進もうとする際は尻をひっぱたいてでも更正させる強引な所がある。

そんな彼女は間桐臓硯の呪縛から解放され、現在は普通のOLとして過ごしている。

尚、護身術程度の魔術を嗜んでいるが、元々の素質が凄まじい為、生半可な魔術師では彼女の魔術を破る事は不可能に近く、純粋な魔術師としての素質は遠坂以上とされている。

現在は実の姉や義理の兄とも良好な関係を築いており、仕事でも特に問題なくとあるマンションで一人で過ごしている。

そんな彼女は現在、仕事に恋するキャリアウーマンである。

「私は、多くの人達に迷惑を掛けました。姉さんや兄さん、衛宮先輩やイリヤさん。本当に、本当に沢山迷惑を掛けました」

「その恩を少しでも返すために、間桐桜。頑張ります」

「──ですから、見ててくださいね。修司先輩」


 今の自分に、誰かを好きになる資格はない。それでもいつか、面と向かって言えるその日まで。

間桐桜は最強の先輩に笑顔を向ける。

私は今、幸せですと。



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