あれは嘘だ。
いや、本当にスミマセン。
「ただいま戻りました」
「あぁお帰り、随分早かった───て、どうしたのそれ?」
ソーホーエリアでの魔本騒動も収束させ、無事にジキルのアパルメントまで戻ってきたカルデアの一行。そんな彼等を出迎えたジキルは修司の背負う青い髪の少年を見て目を丸くさせ、事情を知っているモードレッドに説明を促した。
「要介護者だってよ。クク、あー腹いてぇ。まさか笑いで死にかけるなんて流石の俺様も予想外だったわ」
「モーさん笑いすぎだって」
「申し訳ありませんジキルさん、実は………」
「マシュ、ジキル氏への説明は私に任せて貰おう。アレのした事をそのまま伝えるのは……その、Mr.アンデルセンの名誉的に、な」
ジキルにどういった説明をしようか悩んでいるマシュ、そんな彼女にすっかり引率者が板についたエルメロイⅡ世が自分が話すと勧めてくる。
修司に良い様にされ、両手に抱えられながら下に下ろされる彼を見て既に名誉なんてものは欠片も無いように見えるが、それでも死体蹴りをされるような真似は控えたい。サーヴァントといえど嘗て存在した人間、人権なんてものはないかもしれないが、それでも微かに残った僅かな誇りを守ってやりたいと思うのが嘗て聖杯戦争に参加した者の気遣いだった。
そして、そんな健気なエルメロイⅡ世にジキルも何となく察した。山吹色の胴着を着ているから魔術師ではなく武道家の類いかと思っていたが、どうやら自身が思っていたよりも余程ぶっ飛んだ人間だった様だ。
「えっと、そう言えばさっき光の柱が出てきたと思ったらロンドンの空が晴れた気がしたけど………もしかして」
「あ、此処からでも見えたんだ。どうだ? 青空を二度も見れたから気分的に大分楽になっただろ?」
「あ、うん。やっぱり君なんだ」
ソーホーエリアから空に向かって放たれた蒼白い光の柱、突然外が光ったと思ったから何事かと思い窓から空を見上げれば、巨大な光の柱が薄暗いロンドンの空を穿ち、先刻以上の青空が広がっていた。というか、今も若干割れている。
それを成し遂げたのがこの修司であるという。どうやら口振りからアレをやったのが修司である事は間違いないらしく、立香達はそれを否定してこない。というか、関わろうとしていない。
ヘンリー=ジキルは碩学であり、魔術に関してはそこまで明るくないが、それでも修司がした事は魔術的に、物理的にも有り得ない相当出鱈目な事であると何となく理解した。
しかもこの男、それを自慢する処か全く意に介していない。謙遜とかそういうレベルではなく“、敵を倒すついでに空を明るくした”程度にしか考えていない。
ヘンリー=ジキルは理解した。目の前の山吹色の男はその気になればロンドンを1日足らずに更地に出来るやベー奴であると。
「───俺は隣の書斎にいる。何かあれば呼べ、入る時はノックを忘れるな」
「飯が出来たら呼ぶから、ちゃんと来てくれよアン君」
「~~~~っ!! ア・ン・デ・ル・セ・ン だ!」
傲岸不遜な態度の少年は耳まで真っ赤にしながらジキルの書斎へと逃げていった。ジキルは自身の書斎に許可無く入っていったアンデルセンに文句の一つも言うべきなのだろうが……何故だろう、気の毒に思えてしまった為に呼び止めることは憚れてしまった。
「あ、アン呼びだと女海賊と被っちまうな。やっぱりアンデル君の方が良かったか」
「いえ修司さん、そういう問題ではないかと」
「え? ていうか、修司……君は料理出来るのかい?」
「あぁ、これでも人並み以上出来ると自負しているよ。ジキルさん、そう言うわけで台所と材料を拝借したいのだが……」
「あぁうん。それは構わないけど……」
自信満々にそう語る修司にジキルは突っ込むのを止めた。
「お、結構材料が揃ってるな。これなら大抵のものは作れそうだ。皆は何かリクエストあるか?」
「ふむ、なら私はトースターとサラダを戴こう。コーヒーが着いてれば尚よし」
「あ、じゃあ私もそれでお願いするね」
「わ、私も先輩と同じく……」
「材料を擂り潰しただけのマッシュ料理じゃなけりゃなんでもいいや」
「アンデル君は………疲れてるみたいだし甘めのフレンチトーストにしてやるか」
「でもフレンチトーストって、パンを卵に浸すから手間が掛かるんじゃ……」
「フッフッフッ、そこは生活の知恵を搾るんじゃよ」
『うーん、なんだか僕もお腹が空いてきたな。エミヤ君に差し入れを頼んでみるかな』
「フォーウ!」
その後、霧で塞がれていくロンドンの空を背景にカルデアの一行は一時の小休止を満喫するのだった。
◇
「お前ってさ、知り合いに魔術師が結構いたりするのか?」
食事を終え、食器を片付けていた修司の所へモードレッドから唐突の質問を投げ掛けられる。昼下がりの時間帯、満腹感に満たされた立香がウトウトと睡魔に負けそうになっているのを尻目に修司はモードレッドの質問を率直に返した。
「まぁ、一応何人か心当たりはいるな。なんだよ急に、そんな事を聞いてくるなんて」
「いやなに、俺も一応魔術師という奴がどんなんかは知っているつもりだけどよ。現代の魔術師ってのがどういう奴なのか知りたくてな」
何やら視線を泳がせ動揺しているモードレッド、どうしてそんな事を訊ねるのか不可解に思うが………まぁ、今このアパルメントにいる一行は現在次の探索に向けて少しばかりの休息を満喫している頃だ。誰もがゆっくりと体を休んでいる中、血気盛んなモードレッドとしては少々不満が蓄積されてしまうのだろう。
要するに、暇潰しの話相手を所望しているのだろう。反逆の騎士の心中を見通せない修司は、無理やりだがそう納得する事にした。
「あー、まぁ大抵はクソだな。昔の魔術師がどういう奴なのかは見た事ないから知らないが、大体の連中は謎の上から目線の尊大な奴が多いな」
「ふーん。やっぱそんなもんなのか」
「最初に出会った奴なんか出会い頭に俺の体を要求してきやがったんだぞ。しかも男。普通に気持ち悪くて引いたわ」
言いながら当時を思い出した修司はゲンナリと気落ちする。魔術師側からしたら言葉通りの意味なのだろうが、それを知らない修司から見れば単なるそう言う趣味の特殊性癖持ちである。
しかもその後は危ない薬を使っての化け物に変異したり、相対した当時の修司の心境はラスボスと出会ったバイオの主人公である。
あの時は無我夢中で対応してどうにか勝利する事が出来たが、もし負けてしまったらどうなっていた事か……考えただけでもゾッとする。
「まぁ、そんな魔術師の中でもマシな連中がいるのも知ってるけどな」
「………例えば?」
「俺の姉弟子………つっても八極拳の方なんだけどな。ソイツは普段はツンケンしてるけど、何だかんだ面倒見が良いし、俺が気を解放する事が出来たのもアイツの助言のお陰だったりするし………ま、悪い奴では無かったよ」
確かに魔術師の多くは道徳観や人道から外れた価値観の多い輩が多いが、中にはマトモな感性を持った奴もいるという事を修司は知っている。
遠坂凛やルヴィアは血気盛んで衝突する事は多いが、少なくとも一般人に危害を加えたりはしない。メディアも修司が知る限りは魔導の探求より夫との順風満帆な夫婦生活を楽しんでたりしている。
エルメロイⅡ世は魔術師というより教師の面が強い人だし、そんな彼に教えを受けている生徒達も基本的には無害な人達ばかりだ。中でもフラットという魔術師は魔術師でありながら科学にも深く関心を抱いていて、彼の一見突拍子もない話には深く考えさせられたりして、とても有意義な時間を得られたりした。
他にも義手義足造りの達人な魔術師や修司と同じビームを打つのが得意な魔術師など、幅広い魔術師の知り合いがいたりする。
「まぁ、要するに魔術師も人間と同じ、悪い奴もいれば良い奴もいる。特にカルデアに来てからはそう言うもんだと思う事が多いな」
「ふーん」
「後は………そうだな。獅子劫さんとか強面の割に面白い人だったな」
「っ!」
獅子劫界離、嘗て修司が中学の頃に世界中を飛び回った旅先で出会った魔術師の傭兵。強面の割には慎重派で、されど戦闘になれば苛烈なまでの攻撃特化となる戦闘のプロ。
そんな彼を当時の修司は動物の指を弾丸にするやベー奴だと認識していた事を思い出し、ふと笑ってしまう。
「獅子劫って人は子供が出来ない体質みたいでさ、養子の子を後継ぎに出来ないか悩んでたみたいだけど、本人は魔術なんて血腥い世界に引き込むのを躊躇ってさ、俺に色々愚痴ってきたんだよ」
「………それで?」
「そんなに悩むなら止めちまえば? の一言で納得したみたい。それからは純粋に子供を愛するようになって、そっからはデレデレよ」
本当はその途中で獅子劫界離の決断に納得しなかった彼の父親が息子の魔術回路を回収しようと刺客を放ったのだが、修司と偶々巻き込まれた士郎が介入し、刺客を返り討ち。そのまま獅子劫家を物理的に解体したりしているのだが………長くなるので割愛である。
そんな紆余曲折を経て子供大好きなパパさんとなった獅子劫界離はフリーの魔術師から修司が勤める会社へ入社し、安定した地位と収入を得ている。
「と、まぁ大体こんな感じだ。終始クソみたいな輩もいれば獅子劫さんみたいな強面パパさんみたいなギャップの強くて面白い人もいる。それが俺の中の魔術師って奴だな」
「………そっか」
自分の知る限りの魔術師を話終えると、モードレッドは何処か嬉しそうな、寂しそうな表情を浮かべていた。特に獅子劫界離の話をした辺りからそんな顔をしていた気がする。
この反逆の騎士と獅子劫界離にどんな接点が? 不思議に思う修司だが、それに触れるのはなんだか野暮な気がして、追及するのを止めた。
さて、団欒も此処までにして再び探索に移ろう。昼食の片付けも終わり、そろそろ次の行動指針を定めるべきだ。立香もマシュに起こされ、エルメロイⅡ世も首をならしながら席から立ち上がると────。
「皆、大変なことが起きた。いきなりで申し訳ないけど聞いてくれ」
酷く慌てた様子のジキルが飛び込んできた。
「
「「「っ!?」」」
「ロンドン全域の警察署への救援の電信を受信してね。現在進行形で今も助けを呼び掛けている」
「アイツか、やっと出てきやがったなあの野郎!」
「あの際どい格好をした女の子か。やっぱ、尻叩き一回程度じゃ堪えないか」
「頼む。今の彼等を助けられるのは君達しかいない、どうか助けてやってくれないか」
「分かりました。今から出ます! マシュ、エルメロイ先生、お願い!」
「了解です!」
「肉体労働は得意ではないが……まぁ、やるしかないか」
「先行する。遅れんじゃねぇぞ!」
あの殺人鬼がロンドン市警を襲撃している。その事を知った立香達はいち早く現場へ向かおうとアパルメントから飛び出していく。
修司も当然それに続こうとしたが、その時部屋の隅であるものを目にした。
「………ジキルさん、これは?」
「え? あぁ、それは知人から押し付けられた東洋の島国の仮面のお土産だけど………そう言えば君と立香はその島国の出身だったね」
「この仮面、使わせて貰ってもいいか?」
「構わないけど、その仮面は別に特別な力を持ってないよ? 魔除けの仮面って聞くけど、実際はそんな力もないただのガラクタなんだけど………」
「あぁ、これで良い。いや、これが良いんだ」
「そこまで言うなら構わないけど………」
「ありがとう!」
埃被っていたとある仮面、それの有効活用を思い付いた修司はその仮面を取って今度こそ立香達の後を追う。
白い炎を纏って跳躍する修司、そんな彼の背中をジキルは何となく不安に思いながら見送るのだった。
◇
スコットランドヤード。ロンドンとそこに住まう市民達を守る為に設立された警察組織、魔霧によってその機能を失ったロンドン市警は現在───地獄と化していた。
────人が死ぬ。人が死ぬ。己が、自己が、私達が刃を、凶器を、奮う度に人は呆気なく死んでいき、奮う度に大地が赤く彩られていく。
人を殺すのは気持ちが良い。人を殺すのは気分が良い。腹から飛び出る臓物と血が、自分をより狂気へと落としてくれる。
血で血を彩るのは私達の性だ。役目だ。本能だ。人を気楽に殺し、人を気儘に殺す。そう定められたのが殺人鬼である私達だ。
だから、だから───。
「もう、邪魔をしないで欲しいなぁ」
「へっ、お楽しみの所悪いな。年貢の納め時だ。殺人鬼!」
奮われた刃がより大きな刃に弾かれる。あと少しで狩れた命を、無骨な騎士崩れに阻まれる。
「死傷者………多数確認。先輩、これでは中にいる人達の生存は……」
「まだ決まった訳じゃない。諦めないでマシュ!」
狩り損ねた人を庇うように盾の少女が現れる。その背後から丸腰の少女と男性、男性の方はサーヴァントで丸腰の少女はマスターなのだろう。
なら、あのマスターを殺せば邪魔者はいなくなる。そう思い切り裂きジャックは構えるが………赤い雷がその行く手を阻む。
「言った筈だぞ。テメェは此処で終わりだってな」
「うふふ、じゃあ鬼ごっこだ」
「なに、テメェ!?」
「お遊びしましょ。貴方は鬼で私も鬼、私達が殺しきる前に止められたら貴方達の勝ち」
自分達がいるロンドン市警。そこには未だ手を付けていない人間達がいる。通路の一つ一つを進んでいき、隠れている人間達を殺しきれば自分達の勝ち。
───既に、
自分が悪いことをしているのは自覚している。分かっていながら止められない。何故なら、自分達は切り裂きジャックだから。
殺人衝動は止められない。人を殺すことが止められない。こんな自分達を止めるには自分が奪ってきた命と同様にその手でこの命を奪う他にない。
或いは、殺意以上の恐怖がなければ自分達は止まることはない。故に、方法は自ずと一つだけしか有り得ない。
少女は踊る血の中で。少女は巡る血の中で。
どうせ自分は此処で終わる。騎士に斬られて死に絶える。ならばせめて一人でも多く殺してやろう。
そう、達観とも呼べる心境で突き当たりの所を右に曲がった瞬間────。
「────ねぇが」
暗闇の中に、それはいた。ジャリジャリと床を踏み歩き、キリキリと音を立てて近付いてくる。
「────子は、いねぇが」
あれ? おかしいな。さっきまでポエム感マシマシだったのに今は冷や汗が止まらないや。
闇の中から浮かび上がる眼光らしき二つの光、その光はジャックを捉えて離さない。
膝が震える。肩が震える。体が、全身のあらゆる細胞が少女に逃げろと告げている。
軈て、街灯の光が通路を照らす。霧で覆われた闇を取り払うように晴れていく。
そして、その中から現れたのは───。
「悪い子は、いねぇがぁぁぁぁっ!!」
鬼の仮面を被った山吹色の男、シュインシュインと白い炎を纏いながら走ってくる “なまはげ” に………。
「びぇぇぇぇっ! お、お母さぁぁぁんっ!!」
切り裂きジャックは形振り構わず逃げ出した。
Q.ボッチはジャックの事を覚えているの?
A.普通に覚えています。寧ろ本人からすればあんな際どい格好をした少女を早々忘れる事は出来ないと語っている模様。
Q.何故なまはげの仮面がジキルの所に?
A.第四特異点のジキル君はなんか知人から色々押し付けられてそうな印象があるから……つい。
それでは次回もまた見てボッチノシ
修司の知人or友人。
獅子劫界離。
元々はフリーランスの魔術師の傭兵で、修司とは偶々出会った強面なイケおじ。
本来なら自分の魔術回路を移植させる事で養子の子を殺してしまい、その後に傭兵となるが、本作では既に傭兵となり、魔術回路の移植も直前に修司に相談している。
何故修司に相談したのか、その理由も傭兵故の直感から来るもので修司には初めて会ったときから《何かある》と確信していた。
修司の相談の後、獅子劫は自分の代で終わりにする事を決意し、魔術回路の移植は取り止めにするが、それを由としなかった彼の父親が刺客を差し向かわせる。
養子を庇いながら戦っていくにつれ、徐々に追い詰められる獅子劫界離だが、どこから聞き付けたのか修司と士郎が乱入。その勢いのまま獅子劫の家は物理的に解体する事となる。
二人のお陰で間一髪命を拾った後、修司と士郎が勤める会社に正式に入社する事になる。
「魔術師の傭兵なんてやってた俺が、まさかサラリーマンとはなぁ。人生とは、分からないもんだ」
そんな彼の現在の楽しみは子供の成長を見届ける事である。