『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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ウマ娘でハルウララが負ける度に思う。

悪いのはゲームの仕様でも当時の再現でもなく、自分が悪いんだって、自分の育て方が悪い所為で、ハルウララを悲しい顔にさせてしまっているんだって……。

一生懸命走ってくれるのに、報われない結果にいつも胸が締め付けられる。

済まない。済まないハルウララ、情けない自分を許してくれ……!




その43 第三特異点

 

 

 

 その光景にカルデア全体が歓喜と驚愕で震えていた。神話に語られる伝説、具現化した最強の大英雄に一度は消沈したカルデアのスタッフ達。

 

ロマニは勝てるわけないと項垂れ、ダ・ヴィンチすら此処までかと半ば諦め掛けていた。隔絶された力の差、圧倒されて地に倒れ伏した修司に多くの者が自分達の敗北を予見した。

 

大英雄ヘラクレス。サーヴァントの枠組みを越え、生前に限りなく近い状態で召喚された正真正銘の半神半人。勝てるわけがなかった。道理も、根拠も何もかもがなかった筈だった。

 

そんな隔絶された力の差を、白河修司は飛び越えて見せた。限界を越えた限界を更に越え、何処までも貪欲に勝利を求めて………遂には勝ち取って見せた。

 

ヘラクレスが敗北し、修司が勝利した。その事実にカルデア中が驚愕に震えた。新たな伝説が打ち立てられ、新たな神話が幕を上げた。この神秘の薄い現代において神代真っ只中の英雄────神の血を引いた大英雄を下したという歴史的瞬間に立ち会えたカルデアスタッフ達はその多くが愕然とし、また歓喜に狂乱していた。

 

恐らく、各エリアで事の顛末を見ていたサーヴァント達も似たような反応をしている事だろう。新たな伝説の始まりに血が騒いだり、目の前で目撃した神話を再現した戦いに、多くのサーヴァント達の士気が天井知らずに高まっているだろう。

 

 実際、雄叫びにも似た声が遠くから聞こえてくる。恐らくは狂戦士の誰かが修司の戦い振りに触発され、シミュレーター室にでも向かったのだろう。騒がしい奴等だ。耳を塞ぎたくなるほどの大歓声に黄金の王は眉を寄せるが、その内心はそんな彼等とそう変わりはなかった。

 

「全く、童の様な寝顔を晒しおってからに、図体はデカくなった癖に中身はホントに変わらん奴よな」

 

モニターに映し出されているのは大の字になって倒れ、満足そうに眠る修司。そんな彼を見て、英雄王は誰にも気付かれる事なく笑みを浮かべる。それは慈愛に満ち、幼子の成長を垣間見た父性に満ちた笑みだった。いつか見た誓いを果たした臣下に英雄王はたった一言だけの称賛を送った。

 

「───見事」

 

たったそれだけの言葉。しかし、それだけで充分だった。それ以外の言葉も、それ以上の表現もいらない。自分が予見した未来を、相棒の力を借りずに成し遂げた男への最大の賛辞と称賛がそこに込められているのだから。

 

故に、後の後詰めは王に委ねられる。踵を返し、レイシフト用のコフィンへと向かう。

 

英雄王は視た。修司がヘラクレスを打ち破った瞬間、降って沸いた様にある映像(ビジョン)が送られてきたのだ。

 

それは、英雄王にとって色んな意味で無粋で看過し難いもの。その映像を目にした瞬間黄金の王は上質な料理に泰山産の激辛麻婆をぶちまけられた様な嫌悪感を抱いた。

 

「万能者、直ぐにレイシフトの支度をせよ」

 

「なんだい藪から棒に? 折角人類初の快挙を目の当たりにしたんだ。もう少し余韻に浸っていてもバチは当たらないんじゃないかな?」

 

「戯け、何を終わった気でいる。まだ本来の目的を成し遂げていないのに呆けている場合ではない筈だぞ」

 

「────あ」

 

英雄王に指摘され、見落としていたモノに気付いたダ・ヴィンチはヤバイと口から溢して直ぐ様ロマニへ事の説明を話し、レイシフトの準備に取り掛かった。未だに復旧していない立香達との通信、それはまだ特異点の修復を完全に成し遂げていない証明でもあった。

 

一転して慌ただしくなる管制室、ロマニの指示が飛び、サーヴァントのレイシフトが開始される。やれやれと呆れながら歩み進める英雄王、そんな彼の隣をオルレアンの乙女が通りすぎる。

 

「私も行きます。彼等を此処で死なせる訳には行きませんから!」

 

「好きにせよ」

 

素っ気ない態度の英雄王だが、対してジャンヌの顔には笑みが浮かんでいる。まるで此方の意図を読んでいるかの様な含み笑いに軽く苛ついたギルガメッシュだが、今はそんな事に気を取られている場合じゃない。

 

彼にあの映像が送られたという事は、彼の魔神が必要だと判断したからだろう。相変わらず厳しいのか甘いのか分からない態度、これもこれで英雄王の神経を逆撫でしてくるが………出てこない相手に論を語っても無意味だろう。

 

いずれにせよ、臣下の偉業を汚そうとするのは英雄王としても見過ごせない。久し振りに王の威光を示してやろうと、何だかんだ先の戦いの熱に宛てられてノリノリなギルガメッシュはレイシフトの光に身を任せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、負けてしまいましたか」

 

 遥か遠い孤島にて年若い魔術師の少女は口を開いた。達観に満ちて、何処か他人事で、それでいて誰よりも悔しそうに呟く少女の名は────メディア。

 

彼女が魔女と呼ばれるよりも前の時代から召喚され、イアソンの野望を叶える為にこれ迄彼に仕えてきた少女は、その胸中を複雑な感情で満たしていた。

 

本当なら、自分と彼は共に倒れる運命にあった筈だった。自分の言葉に惑わされ、言われるがままに行動し、人理焼却の後押しになる筈だった。全てを無かったことにして、彼と共に滅ぶことを選んだ少女。しかしその目論見は一人の男が切っ掛けに瓦解する事になった。

 

白河修司。藤丸立香と同じ名目上最後のマスターの一人に数えられていた青年、彼がサーヴァントのヘラクレスを圧倒してしまった為にイアソンに要らない熱を引き出す事になってしまった。

 

 イアソンはギリシャ神話の中でもヘラクレスこそが最強の英雄と信じて疑わない。彼こそが最強で、彼に及ぶものは存在しないと豪語していた。

 

そんな彼の自信で矜持でもあったヘラクレスが知らない男に膝を付かされた事でその矜持が砕かれ、イアソンを嘗ての英雄へと覚醒させてしまった。自身の願いも野望も夢も、全てを擲ち、ヘラクレスの勝利を願ったイアソンはそれまで狂戦士(バーサーカー)でしかなかったサーヴァントを、真なるヘラクレスと呼べる存在にまで昇華させた。

 

自分の言葉による誘惑を振り切り、自分の信じるヘラクレスの為に己の命を使い果たした。それを目の当たりにしたメディアは否応なしに認めるしかなかった。結局の所、自分はカルデアのマスターでも彼等に従うサーヴァントにでもなく、自分が愛したい(殺したい)と願ったただ一人の男に敗北したと言う事を。

 

 悔しい。けれど同時に嬉しくもあった。アルゴノーツの船長が自分よりも船員を優先した事、自分の理想よりも友の勝利を願った事、自身の境遇を憎むよりも友の敗北を否定した事。

 

あの時、厚顔で慢心に満ちていたイアソンは本当の英雄へと返り咲いていた。その事実がメディアにとって悔しくもあり、嬉しくもあった出来事だった。

 

そんな彼等の輝きも既に消え失せた。下手な小細工を弄したりせず、真っ向からの戦いに挑み………敗北した。

 

完敗だ。これ以上の敗北はないとメディアは自分達の負けを受け入れていた。既にイアソンの船であるアルゴー号も消えている。出航した彼等に追い付こうにもメディアにはその手立ても気概もない。

 

ヘラクレスが敗北したことで術者であるメディアに聖杯が戻ってきているが、今更聖杯を使った所で彼等に勝てる要素はない。

 

「はぁ、どうしましょう。大人しく自害でもすればこの特異点は修復されるのでしょうか? でも、痛いのは嫌だなぁ」

 

既に自分達は敗北している。ならば大人しくこの特異点も終わらせようとメディアはあれこれ考えを巡らせるが───。

 

『────それは困るな』

 

ふと、自分の口から知らない言葉が溢れ落ちてきた。

 

「え?」

 

『お前は既に私に負けている。なのに最低限の働きもしないまま終わろうとするのは………些か怠惰に過ぎるのではないかな? 既に目障りなハエ(修司)も死にかけている。君も魔術師の端くれなら、効率のよい選択をするべきだろう?』

 

“嘗て、君がそうしてきたように(裏切ってきたように)

 

自分の口なのにまるで別の何かに動かされている感覚、自分の奥底に蠢くなにか、悪意に満ちたソレに抵抗すら出来なくなったメディアは手にした聖杯を胸に抱き────そして。

 

コルキスの王女だった少女の体は泥のように崩れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(───なんか、揺れてる?)

 

 真っ暗な無意識の底に感触という一条の光が差し込んできた。まるで水面に漂っているような感覚、程よい振動で疲れている人間には揺りかごに感じられるその感触に修司の意識は徐々に覚醒していく。

 

(───いや、なんか、胸元が重いような気も………)

 

次に感じた違和感は胸元に僅かな重みとそれによる息苦しさ、一体自分の体に何が起きているのか、気になった修司が重い瞼を開くと……。

 

「あ、起きた」

 

なんか、クマのヌイグルミが喋っていた。

 

「………なに、してんの?」

 

「なにって、お前さんの様子見だよ。今嬢ちゃん達は外でカルデアって所と話をしようとしていたらしくてな、他の奴等も見張りだ何だので忙しいから、暇な俺様が兄ちゃんの様子を見に来たって訳」

 

「………ここは、船、か?」

 

「おう、ドレイクの黄金の鹿号、その船室さ。大変だったんだぜ? 兄ちゃん達次々と戦う場所変えちまうし、ドッカンドッカンとうるせぇし、なんか衝撃波が来て船が転覆しかけるし、正直戦闘よりもしんどかったわ。俺なにもしてねぇけど」

 

「それは……迷惑を掛けたな」

 

「謝るのなら、マスターの嬢ちゃんに言ってやんな。あの娘、血塗れで倒れていたアンタを見てわんわん泣きながら治癒魔術を掛けてたんだぜ? 男の勝負に拘るのも良いが、巻き込まれる側の気持ちも少しは汲んでやれよ」

 

 ヌイグルミのクマがなんかそれっぽい事を言って船室を後にする。多分、外にいる立香達に修司が目覚めた事を話にいくのだろう。眼前に広がる知らない天井、心配を掛けた立香とマシュに申し訳なく思いながら修司は自身の体の具合について確認を始めた。

 

「~~っ、………やっぱ、動けないか」

 

首から下、指先一つ動かそうとすると全身に鈍い痛みが襲ってくる。やはりヘラクレスとの戦いによるダメージ………というより、限界を越えて使用した界王拳の反動は予想以上に大きかったようだ。

 

本来なら6倍、ギリギリで7倍までが限界ラインだったのにそれが今回大きく越えて10倍まで引き上げてしまった。ほんの僅かな時間とは言え、体に大きなダメージとなるのはやはり避けられなかったようだ。

 

だが、修司は後悔はしていない。オリオンの言う通りヘラクレスとの戦いは自分の自己責任だったし、あの時の彼を凌駕するには10倍界王拳の力が必要だった。

 

それ故に現在満身創痍の状態となっている訳なのだが、全身の筋肉が断裂しかけているというのに修司の表情は其処まで暗くはなかった。

 

何せ、あのヘラクレスに勝ったのだ。ギリシャ最強と名高い大英雄、その本人同然な相手に一歩も引かずに打ち勝つ事が出来たのだ。嬉しくない訳がない、もし体が万全なら小躍りしたくなるほどに修司の胸中には歓喜で満たされていた。

 

それに体の調子も悪くはない。痛みがあることは痛覚があるという事でその意味は神経が無事であることを指している。指一本動かすのも億劫だが、我慢できない程ではないし、闘うことは出来ないが壁を伝えば一人で歩くことも出来るだろう。

 

 骨も折れたりしているだろうが、処置が適切なだけあって然程苦にはならない。痛いのは痛いが、耐えられない程ではない。

 

そんな自分の体の調子を確認した修司はふと近付いてくる足音を耳にした。気配からして立香なのだろう、そろそろ起きるかと修司が体を起こすのと立香が部屋へとやって来たのは殆んど同時だった。

 

「修司さん! 目を覚ましたって本当!?」

 

「おう、この通りピンピンしてるよ」

 

 部屋にやって来た立香に修司は片手を上げて無事だと応える。正直まだ寝ていたい気持ちがあるが、それではまた余計な心配を掛けてしまう。白河修司は男の子、時には意地を張るものだ。

 

そんな修司に立香はヘナヘナと腰を落とす。余程気に掛けてくれたのだろう、良かったと安堵の息を口から溢す立香の目には大粒の涙を滲ませていた。

 

「ごめん、心配………掛けたな」

 

「本当だよ! 修司さんてば一人でヘラクレスと戦っちゃうし、ドラゴン◯ールみたいになっちゃうし! 私は終始ヤムチャ目線だし、本当に心配したんだからね!」

 

「いや、本当に悪かったよ。そして、ありがとう。立香ちゃん達のお陰で、どうにか生き延びる事が出来たよ」

 

ウガーッと憤慨を顕にする立香に修司は真摯に対応する。理由や、結末はどうあれ、戦友とも言える相手に心配を掛けたのだ。年上であるならば尚更誠意を見せるべきだと判断した修司は未だに怒る立香に頭を下げた。

 

立香も立香で、命懸けで戦った修司にこれ以上追及する事は出来なかった。過程はどうあれ、結果的には全員無事で生き残ることが出来た。その最大の結果をもたらしたのは間違いなく目の前の彼のお陰だ。

 

だから………。

 

「うん。どういたしまして………それと、ありがとう。私達の為に戦ってくれて……」

 

「気にするな。俺の場合、殆んど自業自得だ」

 

「それでも、だよ」

 

「────そっか」

 

 ありがとう。そう言葉にする立香に修司もまた受け入れた。気持ちも晴れ渡り憂いもなくなった事で今度こそ戦いは終わりを迎える事になるだろう。

 

そう、後は聖杯を回収するだけで────。

 

「ん?」

 

「あ?」

 

この時、二人は気付いてしまった。

 

「………なぁ、立香ちゃんや」

 

「………なんでしょう、修司さんや」

 

「俺達、聖杯って回収したっけ?」

 

「………して………ませんね」

 

「…………もう一人、敵側にサーヴァント………いなかったっけ?」

 

「………………いましたなぁ」

 

 修司も、立香も、そして船にいる全員が忘れていた。ヘラクレスのインパクトが強すぎて他の敵の存在を完全に頭からスッポ抜けていた。

 

まずい。二人の思考が一致したとき、突如として船に衝撃が走った。大きな揺れだ。立香は船室の中で転がり、修司はベッドの縁に捕まり踏ん張っていると、今度は酷く慌てた様子のマシュがやって来た。

 

「せ、先輩方大変です! 船の前方に巨大な魔力反応が現れ、不気味な柱が現れました! お、恐らくは先の特異点で現れた魔神柱と呼ばれる存在だと思われます!」

 

((やっべぇ、メディアの存在忘れてたぁぁッ!))

 

恐らく、魔神柱の依り代となったのは若いメディアなのだろう。既に連戦と激闘により満身創痍となっている修司達一行、割りと窮地に立たされているというのに、意外とその心境には余裕が生まれていた。

 

 

 

 

 





魔神柱「第三特異点はもう終わりと思った? 残念! フォルネウスでした!」

G「………ほう?」

次回、第三特異点修復。

尚、Gの出番はありません(笑)

それでは次回もまた見てボッチノシ



修復の友人or知人

蒼崎橙子。

修司が高校卒業後、とある街で出会った魔術師。
何でも冠位という魔術社会の中でも凄腕の魔術師で時計塔から封印指定なるモノを受けた為に日夜他の魔術師達に命を狙われているらしい。
修司が彼女と出会ったのも魔術師に追われていた最中で、当時なにも知らなかった修司が襲撃した魔術師達を張り倒して救出した。

以降、女性は英雄王の経営する会社と修司に義肢の技術を提供する代わりに修司の部下として身を寄せる事になる。

尚、そんな彼女に一度だけやたら赤い金髪の男が襲撃してきたが、偶然居合わせた修司の手によって撃沈し、蒼崎橙子に身柄を渡してからは行方は分からなくなっている。

ちなみに、橙子自身は今の生活に不満はなく日常を謳歌している。

唯一不満があるすれば、用がない時は数ヶ月放置する癖にいざ呼び出しを受けた際は凄まじく面倒な案件を持ち込んでくる修司に些か文句があるようだ。

尤も、相応以上の報酬もポンと支払われる為、文句の一つも言えないのが現状である。

後に、もう一人の蒼の女性と修司が出会う事になり、前代未聞のかめはめ波合戦に巻き込まれる事になる。


「……全く、厄介な奴に狙われたものだよ。なんだよ、“蒼”に親しみを感じるって………」


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