いや、当たってるんですけどね(白目
黒いジャンヌと白いジャンヌ、魔女と聖女、善と悪。外見は何処までも同じなのにその在り方は哀しいほどに対極に位置する両者の戦いは、端から見て拮抗に映っていた。
白のジャンヌが旗を独自で培った棒術で奮えば、黒のジャンヌも同じ手段で対抗する。まるで鏡写しの二人、しかし止めるものはおらず、止められる者もまたいなかった。
「シッ!」
「うっ、やぁ!」
放たれる白条の一閃、盾越しからでも伝わってくるその鋭さと重みにデミ・サーヴァントのマシュは歯を喰い縛りながら耐え抜き、反撃の蹴りを放つ。
しかし流麗の騎士はマシュの蹴りを闘牛士の如くヒラリと回避する。避けると同時に攻めてくる騎士の攻撃に藤丸立香はマシュに対する指示を決めかねていた。
戦えてはいる。先の特異点であの騎士王とマトモに戦えている事から、マシュが目の前の剣士のサーヴァントに負けている所はない。そう、負けてはいないのだ。
問題なのは………藤丸立香自身にあった。
覚悟は決めていた。人類最後のマスター、その片割れとしてマシュと共に戦い、いつか自分の戻る日常を取り戻すために戦うと、そう心に決めた。その気持ちに嘘はないし、撤回するつもりはない。
だが、どれだけ覚悟や決意を固めた所で経験という現実はそう簡単には覆らない。相手は歴戦のサーヴァント、命を懸けた修羅場を潜り抜けたのは一つや二つでは済まない。シミュレーターとは違う、サーヴァントという一時の具現化だとしても、目の前にいるのはその時の歴史を生き抜いた戦士で、それが自分達の戦う相手なのだ。
後手に回るのは当たり前、苦戦を強いられるのは当たり前、何せ藤丸立香は唯の一般人。何処までも平凡で凡人な───ただのマスター擬きだ。
しかし、それでも……。
「先輩!」
「任せてマシュ!」
抗うと決めた。怖くても、痛くても、何も見ないで、知らないフリなんて出来やしない。奪われた世界に価値はないと一方的に告げられ、消された未来に無意味と一方的に押し付けられ、それを素直に受け入れられる程………藤丸立香は大人ではなかった。
何より───。
「先輩、次が来ます。備えを!」
「守りを固めて、隙あれば応戦!」
「了解!」
自分を信じて背中を任せてくれる後輩がいる。自分よりも可愛くて、可憐な少女が自分の為に命を張って戦ってくれている。
そんな彼女を置いて……逃げる事なんて出来はしない!
(まぁ逃げる時はマシュを引きずってでも逃げるけどね!)
そんな後ろ向きで前向きな誓いを立てながらマシュとジャンヌの戦いを眺めていると、戦況に動きが生じた。弾かれるように後ろへ飛ばされたのは………白いジャンヌの方だった。旗を地面に差して膝を着く彼女に立香はそんなと息を呑む。
「どうやら、彼方の決着もそろそろ付きそうだな。あの男がいる限り此方の勝ちは望み薄いかと思ったが………どうやら彼女、相当頑張ってくれているようだ」
『ま、ままま不味いぞ! どういう理屈かはまだ解析出来ていないけど、地力は黒いジャンヌの方が上だ! 修司君はまだ戻ってくる様子はないし………助けてマギ☆マリー!』
『おぉ! 返信来たぞ! えーっとなになに……“あのボッチがなんとかするんじゃね?” マギ☆マリー!?』
「先輩! 絶対にこの局面を切り抜けましょう! 私、カルデアへ戻ったら殺ることが増えました!」
「落ち着いてマシュ! 気持ちは分かるけど!」
「フォーウ!」
本来ならば冷静でいるべき筈のロマニが慌てふためいている。そのお陰か先程よりも緊張感が抜け、程よく落ち着く事ができた。
「マシュ! 盾を前にして突っ込んで! 礼装発動、“肉体強化”!!」
「はぁぁぁぁっ!!」
「チッ」
細剣を突き出して突貫してくる剣士にマシュもまた盾を前にして突撃をブチかます。瓦礫を凪ぎ払いながら突き進むその姿は正に戦車、更にマスターである藤丸の援護も合わさり、彼女の動きは攻防一体の重戦車と化していた。
突き刺した細剣が歪み出す。このままでは剣が折れると察した剣士は、その俊敏さをもって上へ回避する。これで無防備な死角はがら空き、これで終わりだと確信した剣士が次に見たのは………マシュの靴底だった。
そう、マシュ………否、立香は読んでいた。マシュの攻撃は避けられる。これ迄の相手の動きを見て、そのくらい出来ると
此方の攻撃は基本的に当たらない。だったら、避ける所へ次の一撃を置いておく。それがこれ迄の戦闘で得られた情報の答え。
そして、その読みは中った。頭上へ跳んだ剣士に向けてマシュが予め放っておいた蹴りを見舞う。結果は
「マシュ、そのまま転進! ジャンヌさんの援護をして!」
「了解です!」
地に落ちる剣士を横にマシュはそのままジャンヌの下へと急ぐ。見れば黒い方のジャンヌが腰から剣を抜いて止めを刺そうとしている。
振り抜かれた黒の刃が聖女へと襲い来る。しかし、それを防いだのはマシュではなく、別の方向から飛来する一本のガラスの薔薇だった。
「そこまでよ!」
「チッ、誰ですか!」
黒と白の二人のジャンヌとマシュと藤丸立香の視線が一斉に其所へ向けられる。こんな大それた登場をするのはどこの誰なのだと、敵意と好奇が混じり合う視線に晒されながらも、その少女は謳い上げる。
「これ以上フランスへの狼藉はこの私、マリー・アイランド仮面が許しません! 月に代わって………お仕置きよ!」
某月の戦士のポージングをした謎(?)の仮面少女がそこにいた。
「マリー、今月は出てないから! 色々混ざってるから! あとそれ僕の仮面だから! いい加減返して!」
あと後ろで変なのがワチャワチャしてる。
『うーん、グダグダしてきたぞぉ?』
そのイベントはまだ先の筈だ。(メメタァ)
◇
────砂塵が舞う。瓦礫が吹き飛ぶ。打撃の音が轟く度に大気が震え、空気が弾け飛ぶ。
暴風の如く荒れ狂い、周囲を蹂躙するのは……一人の女の応酬が巻き起こすモノだった。
「打打打打打打打打打打打打打ッ!!」
「お、と、と、とぉ!」
繰り出される拳、その一つ一つが人体の急所を狙い、命を奪おうと襲ってくる。殺意と敵意の嵐、そんな女性の乱打を修司は的確に捌いていく。受けて、流し、いなし、己の術理を以て吹き荒れる嵐を無効化させていく。
しかし、それだけで済むほど彼女の打撃は浅くはない。時に避けられも流すことも出来ない拳を、修司は同じく拳で以て相殺させる。ダメージはない、だが、受けきれなかった大地が陥没となって周囲の瓦礫ごと吹き飛んでいくのだ。
しかも奮われるのは拳だけではない。時には脚を鞭の様に凪ぎ、時にはその体躯の全てを駆使して突撃を仕掛けてくる。キックボクシングというよりは喧嘩殺法の様な無茶苦茶な動き、それなのに一応の型があるのが何とも言えず、見切るのも得意とする修司には少しばかりやりにくかった。
「いつまで避けているつもりかしら、それでは貴方が戻る前にはあの子達は全て死に絶えるわよ」
「………チッ」
「それとも何? 水着の女は手出し出来ない? だったらその的外れな常識に囚われたまま死になさい!」
「っ!」
「そもそも、此処へきて私に一度も手を出さないのが何よりも腹が立つ。───何時までも舐めてんじゃないわよ。このシャバ僧がぁッ!!」
「っ!?」
振り抜かれた右のストレートが修司に向けて放たれる。避ける様子はない、直撃は免れないと確信した女性だが、その確信は一瞬で覆る事になる。
受け止めた。素手で、それも片手で防がれている事に水着凄女(凄まじき女戦士の略、誤字じゃないよ!)は目を剥いた。
「悪いな。舐めてた訳じゃないんだ。ただアンタの格好が中々奇抜だったから少し気が抜けただけだ。……いや、それでも充分失礼だったな。謝るよ」
修司の体に気力が迸る。燃え滾り、次の瞬間………爆風が周囲を瓦礫を吹き飛ばし、その足下を陥没させていく。出鱈目な力の発現を前に凄女は目を大きく見開き、しかし尚口許には笑みが浮かんでいた。
「アンタも、本来ならもっと強い奴だったんだろうけど……悪いな、俺達はこんな所で足踏みしてはいられない。だから────一瞬で終わらせてやる」
「ハッ、上等!!」
先に動いたのは凄女の方だった。震脚で力を溜め、修司の上を取ろうと跳躍する。そうはさせないと修司もまた跳ぶが、それが凄女の誘いだと気付いたのは彼女が獰猛の笑みを浮かべていた時だった。
「“愛を知らない哀しい竜………ここに。星のように! タラスク!”」
宝具、それはサーヴァントの象徴。伝承、伝説、神話にて語り継がれる英霊達が残す最大にして最強の切り札。
そんな彼女が繰り出す宝具は───ドラゴン。嘗て悪竜として彼女に祈りによって鎮められたリヴァイアサンの子、亀のような巨大な体躯を以て修司の体を圧殺せんと上空から回転しながら迫る。
だが、彼女の猛攻はここからだ。修司へと叩き付け、地へと迫るタラスクの背に向けて凄女は拳を振り上げ………。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ─────!!!」
全力全開、己の全てを掛けた
「逃げ場は無いわ! 鉄拳聖裁!!」
『あ、姐さ─────!!??』
振り抜かれた最後の一撃、それはタラスクごと修司を砕く破壊の一撃。
これで、全て出し切った。文句無しの一撃だった。
故に……。
「驚いたよ。まさか、ドラゴンごと叩き潰しに来るなんてな。本当、凄い人だよ、アンタは………でも」
“これで、終わりだ”
砕けたタラスク、その光の中から現れる胴着が少し破けただけの修司を前に凄女は満足そうに目を瞑る。
「七孔噴血───安らかに逝け」
そんな彼女に修司は最大限の敬意を以て、この戦いを終わらせるのだった。
◇
「────なぁ、アンタの名前、聞かせてくれないか?」
「なぁに? ここまで人を叩きのめしておいて、新手のナンパ?」
仰向けに倒れ、既に消え掛かっている凄女を抱き起こし、修司は女性に問い掛ける。凄女は問いを投げ掛ける修司の真意に気付き、律儀な奴だと呆れながらも笑みを浮かべた。
修司達が挑むのは嘗ての歴史、人類の礎となった英霊達だ。戦うにしても、仲間になるにしても、せめてその人がどんな人で、どういった人物だったのか、可能な限り覚えていたかった。
それが、今を生きる自分達に出来るせめてもの礼儀として………。
ただ静かに見つめてくる修司に女性はフッと微笑んで───。
「マルタよ。今の私は唯のマルタ。それじゃあ、頑張んなさい今を生きる人間さん。いつか縁があったら、その時は………」
「あぁ、その時は、また勝負しようぜ」
本音を言えば、またあのデカイ亀みたいな竜に押し潰されそうになるのはゴメンだが、いつかまた本来の彼女と手合わせしてみたいと思うのもまた事実。
存分に暴れてスッキリしたのだろう。マルタと名乗る女性は最期まで満足そうな笑みを浮かべて………消えていった。
次回、巨竜襲来(嘘)
それでは次回もまた見てボッチノシ