『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今回でFate編は一先ず終了、次回から本編であるGの日記に移ります。


その59

 

 

 

『───後悔はないか?』

 

無間の世界にてソレは問い掛ける。これから先、待ち受けるだろう未来の試練に挑む覚悟の是非を。

 

『無いさ。この選択に俺は絶対に後悔なんてしない』

 

そんな大いなる存在を前に、矮小なる人間は応える。無論と、即答で、躊躇いもなく。其処に一切の後悔はなく、その目は何処までも未来を移していた。

 

『お前はグランゾンを使うことを選んだ。遠い未来、お前は私と同様にこの果ての無い戦いに身を置く事になるのかもしれないんだぞ?』

 

『それでも、俺はこの選択に後悔はしない。だって、それはこれ迄俺を生かしてくれた全ての人達に対する冒涜だから』

 

大いなる存在の片割れ、それを使うということはいつか遠い未来に彼もまた選択の時が来るかもしれないという事。果てしなく続く戦いの輪廻の渦へ………。

 

しかし、それでも人間は笑って答える。その顔に一切の強がりはない。

 

『───そうか』

 

『それに、今はそうかもしれないけどこれからは違うかもしれないだろ。俺は最期まで足掻き続けるよ、アンタと同じく───さ』

 

『………ククク、成る程な』

 

『もう二度と逢うことはないだろうけど、別れの挨拶は言っておくよ。じゃあな、遥か未来の俺。お前の旅路を………祈ってるよ』

 

『あぁ、さようならだ。いつかあり得た嘗ての俺よ。お前の旅路に………幸があらんことを』

 

それが、二人の間に交わされた最後の言葉だった。無間の世界が晴れていく中で人間───修司が見たのは進化の皇帝と原初の魔神と共に消え行く………もう一人の自分の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大聖杯が破壊されて、早くも1ヶ月近い月日が流れた。人々の間に変わった様子もなく、冬木の街は現在変わらぬ日常を謳歌している。

 

人的被害も殆ど無く、過去の聖杯戦争の歴史から見ても最も被害の少なかった戦い。しかし、全くの影響がなかったという訳ではなく、一部の地域では今も復興作業が続いている。

 

その代表例が円蔵山に建てられた寺、柳洞寺もその一つで、聖杯戦争の余波で吹き飛んだ山と消し飛んだ寺院を建て直すために現在地元の住人たちと総出で復興作業に勤しんでいる。

 

表向きは円蔵山に溜まったガスが一気に爆発した事で寺院諸とも吹き飛んだとされている円蔵山、最初は復興作業による費用に寺院の僧侶達は辟易としていたが、とある大財閥からの莫大な援助によって賄われた事で資金面に何の苦もなく復興は進んでいる。

 

尤も、山が吹き飛んだ事で円蔵山は円蔵()に改名、市役所での面倒な手続きが必要となったが、それは仕方ないと割りきるべきだろう。尚、柳洞寺の復興の際に穂群原高校の生徒(陸上部のエース)が柳洞寺の人間である生徒会長に意味もなく土下座をするという珍事件が発生したとか。

 

しかし、最大の要因はそこではない。今回の聖杯戦争で最も隠蔽工作に苦労したのは………とある魔神の出現だった。

 

魔神────グランゾン。その威光と威容を惜し気もなく晒した事により冬木は………否、世界中で騒ぎになった。単身で成層圏で到達した事で各国の人工衛星にバッチリ写り込んでしまっているし、その是非を問い質すため現在日本政府はあわや各国政府機関から調査と言う名の介入を許すことになった。

 

しかし、そうならなかったのは偏にある大財閥の企業と一人の大魔女の懸命なる隠蔽工作によって防がれた。その大財閥の名は通称U.L.K.(ウルク)、あらゆる分野において世界シェアの10%近くを独占する世界的規模の大財閥である。

 

かの大財閥が有するサイバーチームによってグランゾンの証拠となるモノは全て削除され、魔神の姿は公に公表されてはいない。また、魔術方面からの介入はかの大魔女であり、元サーヴァントである彼女が必死に隠蔽工作に力を入れた為、魔術協会に今も介入を許さない状況を崩さないでいる。

 

そんな大財閥と一人の魔女の奮闘によって今日も平穏を守られた冬木市、その中で件の重要人物達は今日も今日とて学校の屋上で弁当にパクついていた。

 

「そっか、じゃあイリヤ達はお前の所で預かる事になったのか」

 

「まぁな」

 

誰もいない昼頃の屋上に胡坐を掻いて弁当を頬張る二人、彼等の視界には同じく何処までも続く青空が写し出されていた。

 

冬木で起きた聖杯戦争から1ヶ月、なぁなぁの流れでこれ迄修司が住まうマンションで生活していたイリヤとその従者達は、正式に大財閥U.L.K.の従業員の一人として雇われる形で保護される事になった。

 

ホムンクルス。人造の生命体として生まれ、聖杯戦争の為に調節されたイリヤ達。勝とうと負けようとその結末は変わらない彼女達の行く末を修司が反発し、王を説得する事で彼女達の存命を果たす事が出来た。

 

「確か……ドイツのアインツベルンだっけ? 今度の春休みに其処に行って色々やることがあるんだって、王様に言われてさ、視察という名目で俺も行くことになったんだ」

 

「しかし、よくあの王様が許す気になったな。やっぱ、お前って相当気に入られてるんだな」

 

「どうかな。王様、最近忙しそうにしてたし『雑種ごときに何故我が心労を負わねばならん!』って言ってたから、暇潰し感覚なんじゃねぇの?」

 

イリヤ達を引き取る際、どうせならアインツベルンの技術も吸収してやると自棄になった王がアインツベルンの本拠地を買収。当然それに抵抗する勢力もあったが、金の暴力で無理矢理に解決させてしまったらしい。本当、お金ってば色んな意味で偉大である。

 

ホムンクルス達の延命処置、その為の技術を知るために駆り出される修司。後にこの出会いがイノベイドなる人類の支援者を生み出す事に繋がるとは───この時、誰も知る由もなかった。

 

───因みに、バゼット=フラガ=マクレミッツは柳洞寺の復興の為の一員として働いており、現在は藤村組にて厄介になっている模様。

 

「それに………さ、大丈夫なのか?」

 

「あ? なにが?」

 

「ほら、お前の王様の事。知ったんだろ? アイツが本物の英雄王、ギルガメッシュだって事に」

 

「あぁそれ、うん。知ったけど?」

 

聖杯戦争から生還し、全てが終わった事を確認して家路に着いた修司は其処で待っていた英雄王に自身の正体を告げられた。自分は古代ウルクの王で、前回の聖杯戦争に参加していたサーヴァントだと。

 

勿論これには当初、流石の修司も言葉を失った。自分を助け、生かしてくれた恩人がまさかのサーヴァントの一体であった事に。当然最初は驚いた修司だが、同時に何となく納得し、難なく受け入れる事が出来た。

 

「まぁ、聞けば10年前の大災害に王様は何の関与も無かったみたいだしさ。俺を助けてくれたのも事実だし、別にいっかなって」

 

「それで、お前は納得してるのか?」

 

「納得も何も、実際救われているし、あの人が無茶振りをしてきたお陰で今日まで俺は生き抜いてこれた。闘うための手段を教えてくれたのもあの人だし、恩を感じることはあっても恨むような事はないさ」

 

実際、英雄王から自身の話を聞いても修司は特に思うことはなかった。ふーん、どうりで。と、修司が抱く感想はそれだけ、黄金の王と修司の関係に特に変化が起こることは無かった。

 

「寧ろ凄いことじゃね? ゲームや漫画で知られる歴史的有名人の臣下とか、軽くお伽噺じゃん」

 

「ゲームや漫画って、お前なぁ……」

 

「それに、それはお前の方にも言えるんじゃねぇの? セイバーさんの事、お前の中で区切りは付いたのか?」

 

「…………」

 

聖杯戦争の後、残った者もいれば消えていく者もいる。大聖杯という寄る辺を失い、現界する事の叶わなかった英霊達はほぼ例外無く現世から去った。

 

ランサーやライダーは言わずもがな、セイバー、アーチャー、バーサーカーの三騎もまた英霊の座と呼ばれる所へと還っていった。救いがあったのは誰も悲しみの中で別れる事はなかったと言う所。

 

アーチャーはこれからも頑張ると遠坂に告げて笑顔で消滅、バーサーカーも最期までイリヤを守れた事を何処か満足そうに、うっすらと笑みすら浮かべて消えていった。其処に何の禍根も無く、共に戦った戦友達への感謝の気持ちだけが残った。

 

そんな中で唯一士郎だけはセイバーと満足に顔を合わせる事はなかった。慎二が言うにはセイバーは結局一緒に避難所へ向かう事無く、一人何処かへ消えてしまったと言う。別れの言葉すら話せずに決別してしまった事へ後悔は無いのかと問う修司に、士郎もまた笑みを浮かべて答えた。

 

「あぁ、アイツとは多分また逢えると思う。それまでに俺ももっともっと腕を上げなきゃいけないからな」

 

「投影魔術だっけ? お前が扱う魔術って」

 

「あぁ、遠坂が言うには俺の魔術は刀剣の投影に特化したモノらしい」

 

胸元に手を当ててそう答える士郎にこれ以上セイバーとの別れについて聞くことはなかった。士郎の気持ちに整理が付いているのならそれでいい、ただ今はそれ以上に気になるのは高校卒業後の進路についてだ。

 

「お前、高校を卒業したらどうするんだ? もしかして例の魔術師達の総本山に行くつもりなのか?」

 

「遠坂はそうするみたいだけどな。ま、今は冬木の管理者(セカンドオーナー)として色々やることあるみたいだからそれ処じゃないみたいだけど」

 

遠坂凛は現在、冬木の管理者として元円蔵山にある大空洞跡地にて霊脈の調査をしている。あれだけ派手に暴れているのだから、何か異常を起きているのかも知れないという老婆心から、中々冬木から離れる決心が出来ないでいるという。

 

「まぁ、まだ三年生になってないんだ。魔術を鍛えながら進路の事も少しずつ考えていくさ」

 

「………なんか、変わったな。お前」

 

「そうか?」

 

普段の衛宮士郎なら正義の味方になる為に日々を誰かの為に生きようとしている。自分の事を棚に上げて、他人に手を差し伸べ続けるその在り方に以前なら危険に思えていたが、今の士郎にはそんな危険な感じはしなかった。

 

「なら、それは多分お前の影響だな」

 

「あ?」

 

「正義の味方は、一人じゃ成り立たないんだろ?」

 

笑みを浮かべる士郎に修司もまた笑顔で応える。

 

「何かあったら頼らせてもらうぞ。修司」

 

「おお、最短で駆け付けてやるよ」

 

空を仰ぎ見る二人の眼には何処までも蒼い空が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───その日の授業も終わり、部活も終えたし大人しく帰路につく。何時ものように走りはせず、たまには冬木の街を見てみたくなり、その足取りは緩やかだった。

 

商店街に活気づく人の営み、それが聖杯戦争によって壊されず、魔術師によって踏み躙られる事無く存続されられた事実に修司は内心で安堵する。この光景が失われなくて良かったと、変わらずに日常を謳歌する人々を見て何となく嬉しく思い、そして誇らしかった。

 

数少ない自慢が一つ増えた気がする。そんな風に思いながら商店街を抜け、深山町と新都を繋ぐ大橋に差し掛かると、歩道用の通路の所で一つの人影が修司を待ち構えていた。

 

人影の主は間桐桜、今回の聖杯戦争の最大の被害者で最大の加害者になりかけた少女が其処にいた。

 

「………今日は、いつもより少し遅かったんですね。白河先輩」

 

「ま、間桐さん? ど、どうしてここに? 士郎の家はとっくに過ぎてる筈だけど?」

 

「今日は………その、兄さんの様子を見るために新都へ向かうつもりだったんです。ついでに白河先輩に聞きたい事がありましたから」

 

聖杯戦争の折り、修司の所為で家を失った間桐の兄妹はそれぞれ修司の所のマンションと衛宮邸にて保護されている。表向きはガス爆発で吹き飛んだとされる間桐邸、家主の間桐臓硯はその際に亡くなり、次の住み処の目処が立つまで仮住まいという事になっている。

 

間桐桜は衛宮邸の近くに藤村組がいるという安全面を考慮してそこに住まわせて貰っており、慎二は将来英雄王が経営する会社に就職するという事で現在はシドゥリの下で部活後は色々扱かれている。

 

そんな普段は絶対にいない筈の彼女に慌てふためく修司を他所に桜はお構いなしに彼の隣まで歩み寄る。

 

「それで、いつまで此処にいるつもりですか? 早くしないと夜になっちゃいますよ」

 

「あ、うん。ごめん」

 

え? 一緒に帰るの? 桜に促されるまま再び歩き始める修司だが、其処からの会話は一切無かった。

 

気まずい。一言も喋らない桜は海の方ばかり見て此方を見ようとしない。車の行き交う音だけが耳に響く中、二人の歩みだけが進んでいく。

 

そろそろ橋の中心に差し掛かろうとしている。そろそろ此方から何か話すべきではないか、修司の思考が巡るのを他所に漸く桜が口を開いた。

 

「───どうして?」

 

「へ?」

 

「どうして、私を助けたんです? 死ぬ思いをしてまで、どうして私を………」

 

現在、間桐桜の体は恐ろしい速度で回復し、日常生活はおろか、大聖杯から完全に繋がりを断たれた上に、更に魔術行使に何の影響もない程に人としても魔術師としても完治している。魔術的にも医学的にも奇跡としか言い様のない事象に当然士郎達は大いに喜んだ。

 

桜もそれ自体は嬉しく思っている。間桐臓硯によって弄ばれたという事実は消えないが、それでも刻印蟲によって蝕まれた肉体を傷一つ無く癒してくれた件については桜も修司には感謝している。

 

しかし、だからこそ分からない。それだけの力を持ちながら何故自分を殺すという最善を選ばなかったのか。あのまま放置されていたらきっと自分は多くの犠牲者を出していた。きっと、そんな自分を許せずに悔恨に苛まされる日々を送っていた筈だ。

 

殺した方がより確実に聖杯戦争は終わらせられた筈、けれど目の前の男はそうはしなかった。桜を助けて大聖杯を破壊するという最善を越えた最上の結末を無理矢理に手に入れた。何故、彼を其処まで必死にさせたのか。今日までずっと考えていたが………結局桜はその答えに辿り着く事は出来なかった。

 

士郎や遠坂にも何度も訊ねた。どうして彼はそうまでして私を助けてくれたのか、そう聞くと決まって答えは一緒だった。

 

『それは、桜が直接聞けば分かる』と、それだけを口にして後はニヤニヤと笑うだけの二人に桜は諦め、遂に修司に直接聞く覚悟を決めた。

 

正直に言えば今も修司の事が苦手だ。嫌いという訳ではない、それは寧ろ修司の生い立ちを士郎から聞いたからその気持ちは限りなく薄くなっている。

 

白河修司は自分が思うような幸福な人間ではなかった。10年前に冬木の大災害によって家族を失い、世の中のあらゆる理不尽に抗う為に必死に努力を重ねてきた事、その際に何度も死にそうな目に合ってきたことも………。

 

それを聞いてしまったら、もう間桐桜に修司を逆恨みすることなんて出来やしなかった。

 

桜が修司を苦手にしているのは偏に一方的な悪意をぶつけてしまった事への罪悪感によるもの、修司はそれを大聖杯と繋がってしまった事への弊害だと認識し、気にしていないと言うが、その優しい気持ちがより桜の良心を責め立てていた。

 

今日、修司の帰りを待つのに相当勇気を振り絞ってきた。だから何故修司があそこまでして自分を助けてくれたのか聞きたかったのだが、当の本人はどうしたものかと頭を掻いて悩んでいる様子だった。

 

「えっと、なんて言ったら良いのかな? 俺がそうしたかったから。というのじゃ………納得しないよね」

 

「当たり前です」

 

命の恩人に対する態度ではない。しかし、どういう訳かこの男は自分に対して低姿勢な節がある。どうして其処まで自分に気遣うのか、よく分からない桜に修司はポツリと語り始める。

 

「昔さ、俺、間桐さんに助けてもらったんだよね」

 

「…………え?」

 

「10年とちょっと前にお婆ちゃんが死んでさ、当時凄く慕っていた人が死んだことに気持ちが受け入れられなかった俺は少しヤサグレてて、ずっと公園で一人でいたんだ」

 

言われて、ふと桜の脳裏に遠い昔の記憶が甦る。その頃はまだ遠坂の姓を名乗ることを許され、姉と仲睦まじく過ごせていた桜にとって最も古く優しい記憶。

 

その記憶の中で一人の少年がいた。今にも泣きそうな顔で公園の隅でブランコを漕いでいるその少年に、桜はどうしたのかと問うた。

 

返ってきたのは幼児が放つものとは思えない迫力と乱暴な言葉、怒鳴り散らされた訳でもないのにその迫力に負けた桜は最初は逃げるように彼の下から去っていった。

 

しかし、家に帰って桜が抱いたのはどうしてあの少年が彼処まで怖くなってしまったのかという疑問だった。何故あんなに怒っているのか、どうしてそんなに悲しいのか、泣きたいのを必死に堪えているのか。

 

気が付けば、桜は再び彼の前に立っていた。それから何度も話をする内に少しだけ彼の心を開かせた桜はその日、1日だけ彼と遊ぶことにした。名前も聞かず、ただ“また明日”と約束だけを交わして。

 

そして、その次の日に遠坂桜は間桐の家に養子に出される事になった。

 

「───まさか、あの日の男の子って」

 

「あぁ、やっぱ忘れてた? まぁ、随分昔の話だし、お互い小さかったから覚えていないのは無理もないよな。………でも、あの出会いのお陰で俺は立ち直れた。君が俺に手を差し伸べてくれたから、俺は救われたんだ」

 

「そんな、それだけの理由で?」

 

「はは、我ながら気持ち悪いよな。小さい頃の思い出をいつまでも引き摺ってさ。でも、それでも君が魔術師なんぞに囚われているのが………どうしても我慢できなかった」

 

そう自嘲の笑みを浮かべる修司だが、対する桜はそうはいかなかった。自分なんて当の昔に忘れてたのに、目の前の男はずっと覚えていた。大災害の後も、理不尽に屈しないために、運命に抗う為に、間桐桜を助ける為に、ずっと頑張ってきた。

 

この人に、自分は何を出来るのだろう。どんなに罵倒罵声を浴びせても気持ちを変えず、文字通り命を掛けてまで自分を助けてくれたこの人に、間桐桜は一体どうやって応えればいいのだろう。

 

いや、答なんてとっくに出ている。

 

「───あの、白河先輩」

 

「ん?」

 

「本当に………ありがとうございます」

 

自分をあの家から解放してくれた事、魔術師の縛りから解き放ってくれた事、取り返しが付かない罪を犯す前に、自分を取り戻してくれた事。

 

それら全ての思いを込めて口にした感謝の言葉、涙を流し、それでも満面の笑みを浮かべる桜に修司も一瞬言葉を失うが。

 

 

 

「あぁ、どういたしまして」

 

その笑顔にこれ迄の全てが報われた気がした。これで、彼女も本当の意味で前を向いて歩いていける。そう確信できる程の美しい笑顔だった。

 

「そ、それで………なんですけど?」

 

「ん?」

 

「どうして先輩は………その、私との思い出をずっと、覚えてくれていたんですか?」

 

(んん?)

 

ふと、口元に手を当ててモジモジと此方を見上げてくる桜に修司は訝しんだ。日が沈む光の所為かその頬はうっすらと紅くなっているように見える。

 

その時、白河修司に電流が走る。

 

(ま、まままましゃか、これはもしかしての超ビッグチャンスなのではないのでは!?!?)

 

夕焼けの時間、辺りに人はおらず車の音も奇跡的に聞こえない。今この場にいるのは自分と桜のみ、もしかしなくても絶好の告白チャンスである。

 

(いや待て、それはダメだろう白河修司! 彼女は衛宮士郎にゾッコンの筈だ。そもそも彼女と士郎をくっ付ける為に彼女を士郎の家に住まわせる様にしたんだろうがぁぁぁっ!!)

 

衛宮士郎と間桐桜をくっ付けさせ、自分は渋くクールに去る。そんないぶし銀なキューピッドになるために修司は桜を衛宮邸に住むことに賛成したのだ。

 

ただ、最近の士郎は遠坂と一緒にいることが多い。本人は魔術の師匠だから仕方ないと言っていたが、果たして本当にそうだろうか? 最近では桜だけでなく、妹が心配だからという理由で遠坂も入り浸っているようだし。

 

まさか、あのブラウニー野郎、桜ちゃんだけでなく遠坂まで手を出すつもりか!? そんな風に考えているとふと修司の脳裏にある選択肢が思い浮かぶ。ズバリ、告白するか否かを。

 

(い、いやダメだろ! 俺はあくまで恋のキューピッド! それをまるで横恋慕するような真似なんて、出来る訳が──)

 

《何を惑う必要があるぅ? 貴様はこれ迄何度も生き死にを体験した? 想い人の為に命を張ったのだぁ、なぁらぁば、多少良い思いをしてもいいだろぉぅぅ?》(CV若⚪️風)

 

脳裏に浮かぶ悪い藤村(ジャガー)が悪魔のような提案を囁いてくる。何て蠱惑的で魅力的な話に修司の善良な心がへし折れそうになる。

 

《ダメよ、そんなその場の勢いで告白したら! 長続きしないに決まってるわ! 此処は手を繋ぐところから初めて、家に連れ込んでからニャンニャンすればいいじゃない!大丈夫、きっとイケるわ!》

 

(いやどこが大丈夫やねん!)

 

何と言う事だろう。善の藤村(ジャガー)だと思われたソイツは悪の藤村(ジャガー)よりも悍ましい何かだった。あ、今ルチャの達人っぽい女性に蹴り飛ばされた。

 

善も悪も碌な考えが浮かばない。どうしたものかと悩む修司だが、その一方で桜はずっと此方を見上げている。答を欲している彼女に修司もまた覚悟を決めた。

 

「───間桐桜さん」

 

「は、はい!」

 

そうだ。自分は常に自分のしたいことを貫いてここまで来た。苦しいこともあった、辛いことも、悲しいことも、その全てが自分の中に経験として、糧として生きている。

 

ならば、この選択もきっとその後の自分の人生の一つの糧になる筈だ。例えその事に後悔があったとしても、自分はこの生き方を曲げはしない。

 

意を決して告白しよう。そう、言葉を紡ごうとして………。

 

「俺は、あの日からずっと、君の事が───す「修司く~~ん!!」

 

しかし、その声は別の第三者によって掻き消されてしまった。

 

何かと思い振り返ると、其処には現代の服に身を包んだジャンヌ=ダルクが、実に良い笑顔でこちらに向かって走り寄ってくる。

 

あの日、聖杯戦争に決着が付いた時、全ての力を出し尽くしたジャンヌはそのまま英霊の座へ還ろうとしたのだが、その寸前で黄金の英雄王の手によってその霊基は回収され、王が持つ財宝の力によってメディア同様受肉を果たし、現世に留まる事になった。

 

レティシアから離れ、一つの生命体として生きることになったジャンヌ、現在彼女は修司の従者、或いは秘書としてイリヤ達と同様にマンションに住んでいる。

 

レティシアを依り代とせず、自力で顕現した彼女はルーラーとしての役割からも解放され、結構いい感じにはっちゃけている。より具体的に言えば、世俗(主に料理)に触れた事により感情の表現が豊かになっている。

 

折角の告白チャンスが潰された事に思うところがある修司だが、相手は聖杯戦争で組んだ頼れるパートナー、しかも王様が言うには本来ならば彼女は自分のサーヴァントだった可能性が高いという。共に死地を潜り抜けた相手である以上無碍には出来ないと諦めて彼女に向き直る。

 

「あぁ、そう言えば今日はジャンヌさんと買い物に行く約束をしてたっけ。て言うか、そんなに走ると転びますよー。まだ現代の履き物(ハイヒール)に慣れてないんだからー」

 

「もう、大丈夫ですよ。私、そんなにポンコツじゃ───キャッ!」

 

言わんこっちゃない。躓き、転びそうになるジャンヌを修司は自身の体で彼女を抱き止める。その拍子に自身の胸板に伝わってくる柔らかい感触に修司は一瞬目を見開いた。

 

(な、何という戦闘力───ハッ!)

 

ふと、横からの冷たい眼差しに振り向くと其処には氷の微笑を浮かべた桜が。

 

「どうやらお邪魔してしまったようですね。それでは、白河先輩。また明日」

 

「え? ちょ、間桐さん? 間桐さーん!?」

 

呼び止める修司を背に歩き始める桜、その顔に影は無く、年相応とした女の子の顔をしていた。

 

「また明日………か、未来が楽しみに思えるなんていつぶりだろう」

 

こんな日が訪れるとは思ってもいなかった。真っ暗闇な闇しかなかった自分の道が、今は目映く光って見える。今は、その光る未来に目が眩んで何も見えない。けれど、何時かその道を真っ直ぐ見つめられる事が出来たら、きっと自分の人生はもっと彩りを持つのだろう。

 

(ありがとう、修司先輩。いつか、あなたの隣に立てるよう頑張りますから)

 

一度だけ、間桐桜は振り返り。

 

「それまで、待ってて下さいね!」

 

その笑顔は、何処までも眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、あやつ等はいつまで青春を謳歌しているのやら」

 

「良いではありませんか。今あの風景が見られるのは偏に修司様達の奮闘の賜物、多少羽を伸ばすくらい大目に見るべきかと」

 

冬木を一望できる標高、黄金の舟に座する王は呆れながらもその光景を見下ろしていた。隣に控える臣下の言葉に仕方ないと溢しながら、王は一冊の手帳を手に取る。

 

「そうさな。これより全人類に待ち受けるのは変革の脈動、奴等の準備が整い次第事は遂に動き出すからな」

 

「では王よ。遂にあの計画を?」

 

「うむ。修司がもたらした設計図のお陰で目処は立った。後はその準備と根回しだけだったが、此度の一件でそれも可能となった」

 

修司が王に言われて夢の内容を綴った日記、それを実行するための資金と準備は得られ、遂に王はその計画の着手を宣言する。

 

「まずは軌道エレベーターの完成と外宇宙航行艦の製造、さぁ忙しくなるぞシドゥリ。人類の飛躍は此処から始まるのだ!」

 

「御意に。どこまでもお供致します」

 

───後に、世界最大規模の大財閥U.L.K.はその凄まじい科学技術により人類の文明は数百年単位で縮まることになる。その裏には一冊の手帳が関係しているとか。

 

「ククク、多すぎると思っていた人類がよもや“足りない”とはな、つくづく我の予想を上回る小癪な奴よ」

 

眼下では未だあわてふためく臣下の姿があった。そんな可能性に満ちた臣下を見て黄金の王はどこまでも愉快そうに笑い続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

王の手に握られた幾つもの書類、その中に一つだけ魔術に関係するものがあった。

 

 

 

 

 

 

“白河修司へ人理継続保障機関フィニス・カルデアへの参加を要請する。”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

←To Be Continued?

 

 

 

 





修司のいるカルデアWith第7特異点・後編

シドゥリの場合。

「私の護衛? 成る程、王の差し金ですか。え? 王様に言われなくてもそのつもりだった? フフ、そうですか」

「ですが、それは無用です。私には私の為すべき事があるように、貴方にも貴方にしか出来ない事がある筈です。ならば、ここで余計な力を使う必要はありません」

「余計なことではない。ですか、フフフ。まさか王以外の方に怒鳴られるなんて、何だか新鮮です」

「ですが、ならばこそ聞き分けなさい。シュウジ、貴方はこの戦いに於ける最大の切り札。であるならば、貴方の全力を出す場所は───此処ではありません」

「あぁ、もう。泣かないの。全く、普段は女神すら圧倒して見せるのに私なんかに涙を流してどうするのです? そんな弱いところを見せては王も失望しますよ?」

「───ありがとう。強い人、ありがとう。優しい人、遥か未来で貴方というウルクを継ぐ人間がいたと知れただけで私達の命は報われました」

「もし、何処か未来で出逢うことがあればその時こそ………私を守ってくださいね」

「その時を、楽しみにしています」









───ウルクは滅びる。それは最早、避けられぬ運命。

多くの人が逝った。次代に人を残す為に、人の意志を繋ぐために。

紡ぎ、託し、託され、多くの想いを受け継ぎ───それは開花する。



「おぉ、オォォォォォ………」

その光景に山の翁は感嘆した。

「これは、流石に予想外だね」

その光景に花の魔術師は驚愕した。

「凄いです。キラキラしててそして熱い………これが、命の輝き」

その光景にマシュは涙を流した。

キラキラでギラギラで、目映くて、熱い。命の輝き、人の可能性の、命の極致。

「あわわわわ、冥界に花だけでなく………星まで生まれたのだわーーー!?」

その光に誰もが目を奪われた。その輝きに神々すら釘付けになった。

「あぁ、そうだ。これが命だ。これが可能性の輝きだ。見えているかシドゥリよ。我が友愛達よ。そして原初の女神よ、ここに今貴様を超えるものが誕生したぞ!!」

黄金の王が高らかに、誇らしく謳い上げる。

「aa──Aaaaa!!」

原初の獣は叫ぶ。何者かと。死神でもなければ冥界の女神でもない。英雄王でもない、それはつい先程まで唯の人間でしかなかった筈だ。

原初の創造神に指を突き立てる。全ての意思と想いを束ね、男は宣誓する。


「俺は───貴様を、倒すものだ!!」


今、最古の神話に最新の神話が誕生する。





Fate/Grand Order~絶対魔獣戦線バビロニア+1~



多分公開しない。





一年近くの間、お付き合いありがとうございました。

次回からは本編の方を更新したいと思いますので、宜しくお願いします。




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