『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今回ははっちゃけ回。



その21

 

 

 

 ───IS学園、アリーナ管制室。普段はアリーナの管理室として使用される部屋、学園祭の為本来なら使われる事のないこの部屋は……現在、物々しい雰囲気が漂っていた。

 

「学園に向かって接近してくる機影あり、これは……ISです!」

 

「チッ、この忙しい時に手間を掛けさせてくれる」

 

管理室の中でオペレーターを勤める山田真耶の声が響く、それを耳にして状況を正しく認識した織斑千冬は厄介だと苦々しく呟く。

 

既に非常警戒態勢は発令された。学園祭も一時中断され、現在生徒会や上級生が主体となって学内にいる生徒や記者、一般人達を避難させている。

 

接近してくる機影の速さは依然として収まる様子はなく、このままではIS学園に五分と経たずに接近されてしまうだろう。

 

千冬は管制室に設置されている通信端末を手に、専用機持ち達に連絡をいれる。本当なら教員クラスが対応すべきなのだが、どのクラスの教員も避難誘導に人員が割かれており、動ける者は限られていた。

 

まだまだ危なっかしい所はあるが、今学園に戦力と言える存在は彼女達しかいない。千冬は一瞬の迷いも見せず、一年生の各専用機持ち達に接近してくるISの迎撃命令を下した。

 

と、同時に……。

 

「高出力のエネルギーを感知、これは……そんな、既に別のISが学園内に侵入しています! しかもこの場所には一夏君と白式も一緒です!」

 

「何だと!?」

 

 

真耶から伝えられる最悪の状況に千冬は愕然となる。最愛の弟がテロリストと接触してしまった。慌てて一夏のいる場所へ通信を繋がろうとするが、向こうの通信設備が破壊されたのか、甲高い雑音が聞こえてくるだけだった。

 

急いで現場に向かうか? ISを持たないこの身なれど、大抵の相手には遅れを取らない自信はある。……いや、ダメだ。現在の作戦指揮は自分に持たされている。指揮官が持ち場を離れれば指揮系統は乱れ、テロリスト達のつけ込む隙となってしまう。

 

だが、このままでは一夏が危ない。姉としての立場と教師としての立場、臨海学校に続いて二度目となる葛藤に千冬の思考は追い詰められていく。

 

と、そんな時だ。手にした通信端末から別施設からの通信が入ってきた。こんな時に何だと端末の向こう側にいる人物に八つ当たり気味に訊ねると。

 

『織斑先生ですか? 此方は白河です』

 

『っ、白河だと!? 貴様、そんな所で何をしている!』

 

『申し訳ありませんが、今は私の事で質問される時間はありません。簡潔に言いますのでどうか聞いて下さい』

 

耳朶に響いてくる低い声、自分の知る白河修司なる人物の声とは質が異なっている事に気付いた千冬は、言葉を発せずに驚愕していた。自分の知る白河修司という人物は、性格は明るいものの落ち着きがあり、人当たりも良い人格者だ。生徒からも評判はいいし、弟の一夏からも慕われている人物。

 

その人物がまるで正反対の様に暗く、低い声で自分に言葉を投げ掛けている。何故ここまで人が変われるのか、聞きたい事は山ほどあるが……今は、そんな事が許される状況ではなかった。

 

『……了解した。なら手短に話せ、此方も外からの襲撃者に備えなければならんのでな』

 

『やはり、テロリストは複数で攻めて来ましたか……了解です。なら私は一夏君の方へ向かいますので織斑先生と専用機持ちの子達は外の襲撃に専念して下さい』

 

『なんだと? おい白河!』

 

『それでは失礼します』

 

 一方的に切られる通信に呆然となる千冬。色々考える事はあるだろうが、まずは襲撃者に備えるのが優先と判断し、織斑千冬は鈴音とセシリア、そして簪と念の為にラウラを襲撃者に向かわせ、残りのシャルロット、箒を一夏の元へと向かわせる事にした。

 

これは白河修司が一夏の下へ駆けつける三十秒前の出来事であり、更にその三分後、事態は大きく動く事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園内更衣室。普段はトレーニングやISでの特訓を終えた生徒達が使用する為の施設。本来なら整頓され整備や掃除が行き届いて綺麗にされている筈が、現在ISを使用する何者かの手によって無惨な瓦礫へと変えられていた。

 

「テメェは!?」

 

「う、く……修司……さん」

 

その瓦礫の中で一人の青年が辺りを見渡し、深々と溜息を零す。呆れと失望が入り混じった溜息、それが何を意味するのか、ISを纏った蜘蛛の女は理解しようともせず、男に向けて罵声の声を挙げた。

 

「白河修司、テメェ、なんでこんな所にいやがる!」

 

「たった今説明したではありませんか。私はここの用務員として働き技術者も兼任しています。用務員は学校施設に関する知識に秀でた者、ならばその用務員が今ここにいても、大した問題はないでしょう?」

 

「んだと? テメェ、私をナメてるのか!?」

 

「別にナメてる訳ではありません。というか、どうしたらそんな結論に達するのか些か理解に苦しみますね。いや、そもそも……テロリスト相手に常識を求める事の方が、おかしな話だったか」

 

「っ!?」

 

 雰囲気が、変わった。先程まではただの人間の男だったものがまるで底無しの沼の様に、底の見えない井戸の様に深く、得体の知れないナニカへと変貌した。外見は何も変わってないのに……中身が、全く異質なモノへと変化したのだ。

 

汗が吹き出してくる。まるで巨人の様な迫力を持った目の前の人間に蜘蛛の女は微動だに出来なかった。そんな彼女を見て、修司は僅かに口元を吊り上げ……。

 

「どうした。仕掛けて来ないのか? お前が今乗っているそれは現存する最強の兵器なのだろう? 何を躊躇する必要がある?」

 

そう、挑発的な言葉を不敵な笑みと共に口にした。蜘蛛の女……いや、オータムは気の長い女ではない。ISという力を得て男よりも遙かに強い存在だと思い込んでいる女尊男卑の典型的な女性。

 

故にその気性は荒く、いっそ分かり易い程に獰猛な人格である為……。

 

「……上等だぁ。本当ならテメェはスコールの前に引きずり出すつもりだったが、予定変更だ。そこの白式のクソガキと一緒に、テメェもここで殺してやるよォォォッ!!」

 

ISという兵器を躊躇なく生身の人間相手に行使できるのだ。

 

「危ない、逃げてくれ修司さん!」

 

修司に迫るISという名の凶器。一夏は蜘蛛の巣に張り付けられた状態で必死にもがくが、彼の手が修司に届く事はなかった。

 

修司の首へと延びる蜘蛛の腕、このままでは握り潰されて殺されると思われた時。

 

「………ククク」

 

修司の口から笑みが零れ……そして。

 

「塵旋回し受け」

 

伸ばされたISの腕を掴み取り、そのまま捻る様に回して見せたのだ。独楽の様に回転しながら宙を舞うオータムに一夏は目を点にする。ISってあんな風に動けるんだと呑気にそんな事を考えていた瞬間。

 

「───ふっ」

 

オータムのISが宙を舞うと同時に修司も飛び跳ね、彼女の腹部に回し蹴りを叩き込んだのだ。腹部に伝わってくる衝撃、それを受けたオータムはISと共に吹き飛び、更衣室の壁へと叩きつけられる。

 

崩れ落ちて床へと這うオータム。肉体的ダメージは全くないが、代わりに精神的ダメージを大きく受けたらしく、その表情を驚愕に染め上げていた。

 

ISというのは起動する人間からすれば自分の手足の様に動かしている為重さなど全く感じないが、他の人間が触れるとなると話は大きく変わってくる。

 

腕だけで数十キロの重量を誇るISのパーツ。総合すれば数百キロにも達し、武装によっては数千キロの域へと突入する程の規模であり、通常なら人の手で触れようとは思わないモノだ。

 

 

なのに、目の前の男はそれを覆した。文字通り手玉に取り、あまつさえ蹴り飛ばす目の前の男にオータムの思考は激しく混乱していた。

 

ISというのは兵器だ。その重量と硬い装甲から殴りつけただけで人を殺せる凶器だ。それを突き出した腕を掴み取り、機体ごと投げる事なんて……果たして人間に出来る事なのだろうか。

 

 ……いや、問題はそこではない。確かにそれも重要な事かもしれないが、オータムにとっては目の前に表示される数値こそが彼女にとって驚愕すべき事実だった。

 

「その様子だとシールドバリアが発動したらしいな。流石は篠ノ之博士、蹴り破るつもりがまさか防がれるとは……しかし」

 

「っ!?」

 

「逆を言えば今程度の攻撃を浴びせ続ければ、シールドエネルギーは底を尽き、そのISは活動限界に陥り最終的には機能を停止するという事。テロリストを生け捕りにして諸々吐かせるつもりならばそれも選択の一つなのだろうが……それだけでは些か物足りないよな」

 

自分の考えていた事を突き付けられ、フルフェイスのマスクの奥でオータムの瞳が大きく見開いて揺らぐ。冷たい眼差しで自分を見下ろす男の瞳はまるで養豚場の豚を見る様で、それは感情の籠もっていないモノだった。

 

「し、修司さん?」

 

いつもとは違う様子の修司に一夏は戸惑う。一夏の知る白河修司と呼ばれる青年は気さくで人当たりも良く、自分の愚痴や相談事を嫌な顔一つしないで聞き入れてくれる懐の大きい人間だった。

 

今の修司は本当に自分の知る白河修司と同一人物なのか? そんな疑問を抱く一夏に対し、当の本人である修司は何だか考え事しているのか、一人うんうんと頷き……。

 

「しかし……ふむ、これはこれで得難い経験になるか───一夏君」

 

「は、はいっ!?」

 

「これも良い機会だ。これから私は対IS戦闘に於いて幾つかレクチャーを行うので、どうか聞いてて欲しい。分からない所や難しかった所は常時質問を受け付けるから気を楽にしてくれても構わないよ」

 

「あ、あの、一体何を───」

 

言ってるんです? そう言葉が続く前に跪いていたオータムは立ち上がり……。

 

「死ねぇぇぇっ!! クソ野郎ぉぉぉっ!!」

 

振り上げたISの腕を、修司に向けて振り下ろした。背後からの奇襲、あれでは避けられないと一夏が口を開いたその時。

 

「lesson1」

 

オータムの振り抜かれたISの腕は床を抉り、地面を叩き割った。硬い装甲と多大な重量によって振り抜かれたISの腕はそれだけで生身の人間相手を死に至らしめる。

 

砂塵が舞い散る更衣室の中で、一夏と、そして振り抜いたオータムも修司の死を確信した時。

 

「狭い空間でのIS装備は圧倒的な制圧面を誇る反面、時と場所次第では大きな欠点になりやすい」

 

「っ!?」

 

「何故なら、ISの本領はあくまで遮蔽物の少ない広域空間での多彩な機動と高速移動こそが最大の武器である為、限られた空間では限られた挙動しか出来ないからだ」

 

横から伝わってくる痛烈な一撃、それが二度三度と続いていく内にオータムのISに表示されたシールドエネルギーの数値がドンドン少なくなっていく。

 

「故に、万が一こういった動きの限られる状況の場合は無闇にISを呼び出すのではなく、部分展開などで対処した方が良い場合があるという事」

 

「ぐ、この!」

 

「続いてlesson2」

 

殴られた衝撃で頭が揺さぶられる。痛みは無いのに理不尽な衝撃だけが自分の体を蝕んでいく事実に、オータムは思考を混乱させながらも、怒りで以て混乱する思考を塗りつぶし、ISの体を振り回した。

 

鉄の塊による暴風、掠れただけでも致命傷は避けられず、しかも場所は動きに制限の掛かる更衣室。これでは逃げられないと一夏は再び修司の名を呼んだ時。

 

「密室空間でISと遭遇した場合は距離を取るべきか。いいや、この場合は接近こそが正しい。確かに距離を開けて様子を見る事も重要だが、その場合は相手の術中にハマる事も少なくはない」

 

それに……と、修司は言葉を続けながら鉄の暴風をかいくぐり、オータムとの距離を詰めて───。

 

「ISとは基本構造上は人体の延長として作られる事が多い。リーチも長く、それは確かに有利なことだが……同時に、懐に潜り込まれれば対処がし辛くなるという欠点が生まれてくる。───このように」

 

「が、あぁぁぁっ!!?」

 

オータムの全身装甲の腹部部分、がら空きとなった腹へと拳を乗せると、修司の足下が突然抉られ、更衣室全体が揺らぎ……。

 

「────フンッ!」

 

震脚と共に打ち出される零距離での正拳突き。地面を割り、更衣室全体に亀裂を入れる程の衝撃は修司の拳へと集約していき、やがてそれはオータムの腹部を貫いて蜘蛛女は再びISと共に壁へと叩きつけられる。

 

「と、大きい相手というのはそれだけで有利な立場に身を置いていますが、同時にそれはこちらの有利な条件を提示しているも同じ事、一見不利に思えても良く相手を観察すれば勝機は見えてくるという事は大事な事なので覚えておきなさい」

 

「は、はぁ……」

 

 目の前でドヤ顔で話を進めていく修司に一夏は半分聞こえていなかった。現在最強の兵器の名を欲しいままにしているISが、生身の人間……それもたった一人を相手に一方的に袋叩きされている光景を目にしてしまえば、その気持ちも分からなくはない。

 

しかも、シールドバリアという堅牢な防御システムで守られているISを素手で削っているというなら尚更だ。呆然としている一夏に訝しげに首を傾げる修司、虚ろな顔で引きつった笑みを浮かべている一夏を体調でも悪いのかと安否した時。

 

「ふざ……けるな」

 

「ほう? まだ動けますか。流石はIS、中々しぶといですね」

 

「シラカワ……シュウジィィィィッ!!」

 

蜘蛛の形をしたISはユラユラとふらつきながらも立ち上がる。しかしその眼にはもはや光りは宿っておらず、オータムは最大限の殺意を振りまきながら修司へと突貫していく。

 

その手には鋭い刃が握られていて、壊れた蛍光灯の光りに反射して妖しく煌めく。これで殺してやるとオータムは絶大な殺意と共に目の前の男に切りかかる。

 

しかし……。

 

「やれやれ、怒る事に夢中で我を忘れましたか。本当ならここからISの解体作業を教えていくつもりでしたが、流石にこうも暴走されては手の打ちようがありません」

 

口振りでは己の不利を語っているようで現実はその真逆。迫り来る刃を寸での所で避けてみせる修司に一夏は最早言葉もなく、ただ乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

 

本来なら、シールドバリア越しからでも出来るISの解体作業に移りたかったが、相手が思考することを放棄して暴れられたらそれもかなわない。

 

相手の目的や行動、目の前の女の正体について色々聞きたい事があったが、こうなってしまってはそれも叶わない。少々挑発し過ぎたなと反省し、修司は目の前の女を見据え……振りかざす刃に向けて拳を振り抜いた。

 

正気か? ISの扱う刃に対して修司が放つのは自身の拳のみ、喩えどんなに鍛えた所でISの武器に生身で砕くのは不可能だ。と、そこまで一夏が考えた時。

 

「白刃流し」

 

拳と刃がぶつかり合う瞬間、修司の拳は回転し、そのままオータムの顎を撃ち抜く。拳と刃が交差される一瞬の出来事、シールドバリアが展開されるよりも速く攻撃された事によりオータムの顎は砕かれ、フルフェイス越しにも関わらず脳が揺さぶられる。

 

その衝撃により後退るオータム。隙だらけとなったその瞬間を当然修司は見逃す筈もなく、腕を脇にまで引き絞り……。

 

「猛羅総拳突き」

 

瞬間、一夏は見た。ISが拳の弾幕に呑まれ、壁ごと破壊され、吹き飛んでいく様を。

 

しかし、修司の行動はそこで終わりではなかった。ハイパーセンサーで知覚の拡大と思考が加速された世界で一夏が見た更なる光景、それは……。

 

破壊された壁、そこから更に吹き飛んでいくオータムを追って間合いを詰めていた修司の姿だった。

 

「人越拳────霞獄!」

 

 修司が何かを呟いた瞬間、辺りは爆発と轟音に包まれ、周囲は砂塵に包まれる。視界の悪くなった世界。次いで襲い来る凄まじい衝撃に体を揺さぶられる一夏だが、そのお陰で蜘蛛の糸から解放されて自由の身となる。

 

一体、何が起きたのか。混乱する思考を落ち着けながら修司のいる方向へ視線を向ける。

 

やがて砂塵は晴れていき、視界も回復していく。修司は無事なのかと一夏は焦燥する気持ちを抑えながら白式と共に駆け出すと……。

 

「と、対ISによる実戦のレクチャー(条件限定編)は大体こんな所ですね。どうですか一夏君、理解出来ましたか?」

 

幾つも空いた巨大な穴、それが学園の外壁である事とその先に広がる海、そしてその中で浮かぶテロリストの姿と、良い笑顔でサムズアップしてくる修司に……。

 

「……ハイ。スミマセン」

 

一夏はただ、そう答える事しか出来なかった。彼の胸中に抱くモノ、それを知ってか知らずか。

 

「急に謝ってどうしたのです? おかしな子ですね。君も、ククク……」

 

修司は一人、クスクスと笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




Q今回一番頑張ったのは誰?
A更衣室。異論は認めない。



次回は少し別視点を交えてお送りしたいと思います。

某Mさんとか専用機持ち達とか。

次回も、また見てボッチ。

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