『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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自己責任という話


その39

 

 

 

 

「───さて、それじゃあ私達も話し合いを始めましょうか。白河君が話していた聖杯戦争の異常、サーヴァントを取り込む影の事、聖杯戦争の参加者として冬木の管理者として無視は出来ないわ」

 

「それは良いけど、なんでワザワザ俺の家でするんだよ。一応敵同士の筈だろ俺達」

 

修司の姿が見えなくなり、彼が戻ってくるまでの間衛宮邸で待つ事にした士郎、手を繋いでくるイリヤには既に諦めたが、何故これ迄敵対していた遠坂凛も招かなければならないのか、疑問に思う士郎は素直に言葉として訊ねてみると。

 

「あら衛宮君、私が手伝うのは不満? 魔術的知識の乏しい貴方にとって私の情報はそれなりに役に立つと思うのだけれど?」

 

「お生憎様、シロウには私が付いているからリンの手は必要ないわ。サーヴァントだって私のバーサーカーがいるし、正直今のリンに利用価値は無いわ」

 

あっけらかんと答える遠坂にイリヤが鋭いツッコミを返す。ビキリ、三人の間に亀裂が生じた気がした。

 

「ふん、なぁに強がってんのよ。アンタのバーサーカーだって相当弱っているって聞いたわよ。影に危うく取り込まれ掛けたと聞くし、変異したランサーに何度か殺られた事も聞いたわ。アンタの自慢のバーサーカーは後何回持つのかしらね」

 

「それこそ余計なお世話よ。リン程度のサーヴァントなんてたかが知れてるし、実際今回の聖杯戦争で貴方達マトモに戦っていないじゃない」

 

ビキビキ。亀裂は更に増え二人の空気は益々険悪なモノに変わっていく。言葉の殴り合いをしている二人の間に立っている士郎は心の内で修司の到着を待つ。

 

「お、落ち着けよ二人とも。今はそんな事言い合っている場合じゃないだろ。修司が来る間俺も色々と準備しておきたいんだ。イリヤにはその手伝いをして欲しいし、遠坂にだって聞きたい事はあるんだ。今は例の影を何とかするために一度手を組むのもアリなんじゃないのか?」

 

思考を必死に回転させ、士郎は双方どちらにも角が立たない言い回しで場を収めるのを試みる。僅かばかりの静寂、数秒にも満たない静けさの中で返ってきたのは渋々ながらの凛の返答だった。

 

「───まぁ、確かにそんな場合じゃないわね。いいわ、取り敢えず一時的に共闘する事を良しとするわ。具体的に言えば影の問題が片付くまで」

 

「…………私としてはどっちでも良いけど、シロウが其処まで言うなら聞いてあげる。それにあのお兄ちゃんの件もあるしね、ここで私だけ参加しないというのも面白くないし」

 

それぞれ了承の返答を得られてほっと胸を撫で下ろす士郎、なんで自分がこんな修羅場の仲介役を任されなければならないのか、ここにはいない修司に理不尽な文句を呟きながら玄関の戸を開くと………ふと、違和感に気付いた。

 

人のいる気配がない。何時もならセイバー辺りが迎えに来てくれる筈なのに今日は何故かその様子はない。出掛けているのか? 不思議に思った士郎は靴を脱いで玄関から居間へ向かい、居間にあるテーブルの上に置かれた手紙を見て───速攻家を出た。

 

「ちょ、衛宮君!?」

 

「お兄ちゃん、どうしたの?」

 

突然様子が変わった士郎を二人は呼び止めるが、その必死の形相から彼女達の声は届いている様子はなく、士郎は宛もなく冬木の街へ向けて走り出す。

 

遠坂は溜め息を吐いて士郎の後を追う。残されたイリヤは敢えて二人の後を追う事はせず、家へと入り居間へと足を進め、乱雑に投げ捨てられた手紙を手に取る。

 

「──そう言う事ね」

 

手紙に書かれた内容は唯一つ、セイバーによるルーラーへの詰問する事、修司というイレギュラーと行動を共にしているルーラーに対する事への尋問だった。

 

恐らく、セイバーはルーラーに不信感を抱いているのだろう。少なくともセイバーにはルーラーに一つ訊ねなくてはいけない事があった。

 

確かにイリヤもそれは思った。あの巨大なゴーレムを保有する修司とどうしてルーラーが手を組んでいるのか、しかしその事についてはイリヤは既に聞いているし、今更深く問い詰めようとは思わない。

 

だが、あの夜に自分達はセイバーと顔を合わせてはいないし、セイバーもあの魔神の事は目撃していない、厳格なルールの下で聖杯戦争に介在するルーラーをどうしてセイバーが疑心に思うのか。

 

「もしかしてセイバー、何か気付いてる?」

 

自分が知る情報とは別の何かをセイバーは知っていて、彼女はそれをルーラーに訊ねる事で解消しようとしている。

 

一体何のために? 疑問に思うも答えが出ないと知ったイリヤは取り敢えず二人が戻ってくるまでの鍵の開いた衛宮邸の留守を守ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────暗い暗い闇の底、大小様々な蟲が蠢く蟲蔵にて悪意に満ちた翁は嗤う。

 

「いやはや愉快愉快、まさかあの臆病な孫がああもワシに反発するとはな。女の前とはいえ其処まで虚勢を張るとはお前も一端の男と言うわけか」

 

「ヒッ………ヒッ」

 

首に、脚に、手に、股ぐらに、巨大な百足が慎二に巻き付いている。人肉を骨ごと両断せしめてしまう顎をギチギチと鳴らしその口内を晒している。

 

涎らしき液体から匂わせる異臭、眼前に迫る悍ましい死の具現の前に慎二の股間は既に濡れきっていた。怖い、どうしようもない恐怖感に苛まされ今すぐにでも逃げ出したい慎二だが、状況がそれを許さない。

 

今、自分達がいるのは間桐の最も闇の深い部分だ。助けなど誰も来ない、来るわけがない。仮に来たとしても目の前の怪物がそれを許す筈がない。

 

500年もの間、間桐を恐怖に縛り付けている妖怪とそれに付き従う暗殺者のサーヴァント。コイツらに対抗するには同じくサーヴァントを引き連れて来るしかない。尤も、一対一を基本とする聖杯戦争に於いて今は間桐の陣営にマトモに対抗出来るのはバーサーカーのマスターであるアインツベルンの陣営位しかいない。

 

間桐臓硯の隣に黙した人形と化している間桐桜、彼女の隣にはやはりサーヴァントであるライダーが従っている。超常の存在足るサーヴァントが二体、これ等を前に慎二が立ち向かえる道理などなかった。

 

更に慎二の見えない位置には異色のサーヴァントと成り果てたランサーも控えている。どう足掻いた所で慎二がどうにか出来る状況ではない。

 

既に、自分の命は目の前の蟲爺の手の中にある。それが分からない程慎二は間抜けではない、涙を流し、小便を漏らし、最早されるがままの彼だが………不思議と命乞いだけはしなかった。

 

「……何で」

 

「む?」

 

「何で、今更僕に何の用があるんだよ。僕は聖杯戦争に負けた。なのに僕だけじゃなく、彼女まで巻き込むなんて、しかも………あんな街中(・・)で」

 

正気の沙汰じゃない。そう遠回しに非難する慎二だが臓硯はそんな孫の必死の抵抗にその口許を大きく愉悦に歪ませる。

 

確かに早計だったかもしれない。人気のない路地裏へ引き込んだとは言え日の登っている時間帯に二人の人間を拉致するには確かに目立ちすぎる行動かもしれない。当然人の目はあるだろうし、何よりこの事が教会に知られれば間桐にペナルティを課せられるのは想像に難しくない。

 

だが………。

 

「確かに、お前の言う通り今回のワシは些か以上に迂闊だったようだ。目撃者もいるかもしれん。だがな慎二、それはあくまで目撃者がいればの話じゃ」

 

「っ! ま、まさか………」

 

「何をそんなに驚く必要がある。神秘の秘匿は魔術師の義務、神秘が人目に触れてしまうのであればその目を潰すのが我々魔術師の責務であろう。慎二、お前もそう言って同じ学友の娘を襲ったではないか」

 

嗤いながら口にする臓硯の言葉の意味を理解した慎二は顔を青褪めて震え上がる。

 

「まぁ尤も、傀儡にしたあのチンピラどもの味は少々悪かったがな。全く、若い内に酒やタバコに溺れるなど、餌にもならんとは嘆かわしい」

 

吐き捨てる臓硯に慎二は漸く理解した。自分達を路地裏に引摺り込んだチンピラ達も、全て目の前の妖怪が引き起こした茶番で、用済みとなった彼等はその悉くが蟲達の餌となった。目撃者も、それに関わる人達も分け隔てなく全て文字通り喰い尽くされた。

 

こんな事なら、外に出るんじゃなかった。あの黄金の王が怖くて、シドゥリに優しく誘われたから、柄にもなく慰められて、こんな自分にも何か出来るんじゃないかって思い始めて……。

 

その矢先にこれだ。結局、自分は死ぬまでこの妖怪の玩具でしかないんだ。恐怖よりも悲しさに涙を流す慎二、それを見て尚笑みを深める臓硯。

 

恐怖と悲しみに満ちた蟲蔵に凛とした声が響き渡る。

 

「成る程、それが貴方の遣り方ですか。間桐臓硯」

 

「っ!」

 

「ふむ?」

 

今まで沈黙していたシドゥリが、その双眸を以て臓硯を睨み付ける。そこに一切の恐怖はない、夥しい蟲に囲まれても彼女の強気な姿勢は崩れる事はなかった。

 

「ほう、今まで気を失っていたのに随分と気丈な娘だ。魔力回路があれば立派な苗床になれたモノを、全く世の中と言うのはつくづくままならんな」

 

「そんな事はどうでもいい。彼を、間桐慎二を解放しなさい」

 

「何故かね? こやつは君の所の小僧と敵対していた相手だぞ? 目的の為に手段は選ばず、妹すら利用する有り様、そのような男を庇う必要など其方にはあるまい」

 

「愚問ですね。例え相手が憎い仇だとしてもそれが糧になるのなら受け入れるのが我が社の社訓、更に言えば彼はあの方が認め、許した者。貴方程度の者が口を挟むべきではありません」

 

理路整然としたシドゥリとしてはその理屈は暴論にも聞こえた。全てを頂点とした黄金の王を筆頭にその最大の臣下(・・・・・)を絶対とする在り方、彼女はその出身からある一柱の女神を崇める神官の末裔でありながら、同時に偉大なる王に使える臣下の一人でもある彼女。

 

そんな彼女にとって現在進行形のこの状況こそが何よりも許せない事だった。故に彼女は吼えるのだ。彼と、そして自分を解放しろと、己の今の立場を理解した上で強気に物を言う彼女に臓硯はこの手の女には拷問の類いは効かないと瞬時に理解する。

 

「アサシン、少し黙らせろ」

 

「御意」

 

主の名に従い、その左手でシドゥリの首を締め上げる髑髏の暗殺者。サーヴァント相手に力で勝てるわけもなく、シドゥリは成す術なくされるがままとなる。

 

「お、おい爺さん! 止めろよ、その人は関係ないだろ!」

 

「ならば慎二、お前が代わりに罰を受けるか? お前は間桐の名に泥を塗った愚か者よ。罰を与える際には其処の女より更に厳しいモノが待っているぞ? 魔術師でもないお前に果たして耐えられるかな?」

 

笑みを浮かべる臓硯に慎二は今更ながら底冷えした。目の前の妖怪は血を分けた肉親すらも己の悦の玩具としか見ていない。もうどれだけ泣いて喚こうがこの妖怪に自分の言葉が届くのは有り得ないのだと、慎二は漸く思い知った。

 

(いや違う。目を背けていただけなんだ。いらない子供だと言われても、何処かでまだこの家には愛情があるのだと、心の何処かで思い込んでいたんだ)

 

そんなもの、この家はずっと昔から失っていたと言うのに。愛情の一欠片があれば桜はあんなことにはならなかったと言うのに。

 

感情が見えず、虚ろな瞳で佇む義理の妹。ここ最近は人並みの感情があったのに今はもうその様子すら見えない。

 

これが、こんなものが自分が欲した魔術なのか、人を堕として辱しめる。こんなものを自分は今まで望んでいたのか。

 

(なら、もう僕は魔術なんてモノを望みはしない。奪うことしか出来ない魔術なんて、消えてなくなっちまえ!)

 

慎二は魔術を呪った。嘗て憧れ、欲し、聖杯に願いを託そうとした魔術師への回帰。しかし、それはこの瞬間を以て泡となって消え果てた。もう自分は魔術師なんて望まない、糞の役にも立たない魔術に望みを断ち切った慎二は……。

 

「いい加減にしろよ、クソ爺」

 

「………むぅ?」

 

「やること成すこと奪う事しか出来ないのかよこのクソ蟲が! 何が永遠の命だ。人の命をゴミみてぇに扱いやがって! そんなお前の願いが叶う瞬間なんて未来永劫あり得ねぇんだよ! 分かったらとっととくたばれこの蛆虫野郎がぁっ!」

 

それは慎二に出来る唯一の強がりだった。吼えて、吠えて、蟲蔵にビリビリと響き渡る罵倒の叫びは臓硯だけではなくそれぞれのサーヴァントと、これまで呆然とした桜すらその視線を彼に向けていた。

 

「───そうか、良く吼えた」

 

だが、そんな慎二の強がりも目の前の怪物の殺意に瞬く間に呑まれてしまう。嗚呼、結局自分はこのままゴミのように殺されるのだと、慎二は自身の結末を受け入れた。

 

巻き付いた百足の口が開かれる。これに食われたら痛いでは済まないだろうなぁ、と呑気にそんな事を考えながらひきつった笑みを浮かべ───。

 

瞬間、凄まじい轟音と衝撃が蟲蔵を襲った。

 

「な、何事!?」

 

アサシンが驚き、臓硯が尻を付く。倒れそうな桜をライダーが支え、それぞれの表情には驚愕の色が張り付いていた。

 

何が起きた。外の様子を使い魔との視覚情報を繋げて臓硯が確認すると、その光景に唖然とした。

 

間桐の門が破壊されている。魔術によって施された門が完膚なきまでに叩き壊されている。下手人は拳を握り締めて日を背に佇む男、この聖杯戦争に於いて尤もイレギュラーな存在。

 

「………貴方達は間違えた」

 

驚愕に震える臓硯を見て首を締め上げられながらも不敵に笑うシドゥリはポツリと口にする。

 

「私の忠告(・・)を無視したから、貴方達は間違えた」

 

「貴様、何を言っている!」

 

「もう、貴方達に逃げ場はない。よりにもよって彼に知られてしまった」

 

持ち上げられ、首が絞まっているのにそれでもシドゥリは止まらない。

 

「貴方達は彼を、白河修司を───」

 

怒らせた。

 

その言葉が紡がれると同時に蟲蔵の壁は砕かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───さて、そろそろ間桐の家に着く頃合いか」

 

冬木の教会、そこで神父は一人嗤う。

 

「折角派手に演出したのだ。これで奴も盛大に怒り狂うと言うもの」

 

「白河修司、我が弟子よ。さぁ、お前の怒りを見せてくれ」

 

空を仰ぎ見る神父の笑みは何処までも邪悪で清々しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「言っておくが言峰、この先修司がやらかす不始末に我は一切手を貸さぬからな? お前一人で片付けるのだぞ?」

 

「え?」

 

当たり前なんだよなぁ。

 

 

 




もしかしなくとも一番いい空気を吸ってるのは言峰。

次回からはそのしっぺ返しが来る模様(笑)





if修司のいるカルデアWithマイルーム

マシュの場合。

「シュウジさん……彼には本当に、本当にお世話になっています。先輩だけじゃなく私の事も、カルデアスタッフの皆さんにも良く気を回してもらって、彼の気遣いには本当に助かっています」

「戦闘も、整備も、前線から裏方まで幅広く熟せる彼には本当に頼もしく思う反面、すこし申し訳なく思います」

「いつか、彼の負担が軽減されるよう。私も微力ながら精一杯お手伝いさせて頂きます!」



新所長ゴルドルフの場合。

「あの人、父上から散々関わるなって言われてる要注意人物なんだけど? 大丈夫なの?」

「前の中国の異聞帯でもコヤンスカヤ君にド派手なケツキックかましてたし、男女平等にも程があるんじゃないの?」

「その前の異聞帯ではあの神父とやりあってたみたいだし……なんなの? 日本人って皆あんなのばかりなの?」

「日本……怖い」




???の場合。

「やぁ、相変わらず派手に頑張ってるみたいだね。体も特に異常は無いみたいだし………うん、なによりなにより」

「リツカちゃんもそうだが、君は特に無理をするからさ、医療スタッフとしては心配さ。………え? そう言う僕はどうかって?」

「ハハ、それこそ君ほどではないさ。先の第七特異点に於ける女神ティアマトとの死闘、そこで見せた君の可能性、人間の、命の極限の極致を開花させたあの時の君の負担を思えば、何て事はないさ」

「………は? 全部終わったら何かしたい事はないかって? また露骨に話を逸らして来たね。まぁいいけどさ」

「う~ん。そうだなぁ、今度こそゆっくりと世界を見て回りたいなぁ。前は観光処じゃなかったし、あんまりゆっくり出来なかったからさ」

「なら任せろ? 全員まとめて面倒見てやる? おいおい、マシュやリツカちゃんだけじゃなくダ・ヴィンチや他のサーヴァント達まで巻き込むつもり? そんなの、世界が黙ってやしないぞ?」

「世界を救った面々なのだから、それくらいのご褒美があってもいいだろうって………相変わらず無茶言うなぁ、流石はあの英雄王の臣下をしていただけはある」

「でも、うん。そんな旅もあってもいいだろうね。きっと、色々と騒がれるだろうし、大変な事もありそうだけど、それ以上にきっと楽しいんだろうな」

「分かった。その時を楽しみにしているよ。あぁ、約束だ。計画云々は任せるよ」




────親友。









「────バカ野郎」








それでは次回もまた見てボッチノシ




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