『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

199 / 417
ついにアイスボーン発売。
さぁて、一狩り行こうか。


その38

 

 

 

新都と深山町、二つの街を繋ぐ冬木の大橋を一つの影が通り過ぎる。人が出入りする歩道───ではなく、多くの車が行き来する車道、行き交う車を追い抜き一息の内に渡りきった影の正体は絶賛聖杯戦争の乱入者、白河修司である。

 

「───マジか、軽く走っただけなのに自己記録5秒以上更新したぞ」

 

体感で分かるだけでも大幅な自己記録の更新に修司は我が事ながら驚いた。確かにここ最近のとんでもバトルを行ってきたから自分の身体能力が向上していたのは分かっていたつもりだが、まさかここまでとは………。

 

「これ、そのうち速度違反で捕まったり………しないよな?」

 

道路交通法で捕まり聖杯戦争脱落………なんて未来だけは勘弁してほしい。幾ら特異な身体能力を有しているとは言え、根はごく普通の一般人である修司に警察という法の番人には敵わない。

 

というか、仮に捕まっても困るのは警察も同じだ。何で生身の人間が規定速度越えてるんだよ、どんな罰則すればいいんだよ。困惑する警察官の顔が想像できてしまった修司は今後、体に重しでも付けようかと真面目に考えて見ることにした。

 

これからの日常生活が大変だなぁと呑気に考えながら学校に向かうと、途中見慣れた赤み色の髪の少年を発見した。どうやら体の方はもう大丈夫らしい。

 

「おーい、士郎。お前、風邪はもういいのか?」

 

「………修司」

 

修司に呼び止められた事により、士郎は足を止めて振り返る。その表情は何処か困惑し、張り詰めた顔付きだった。

 

「───どしたんだお前? そんな難しそうな顔して………何かあったのか?」

 

「あぁいや、その………修司の方は昨日大丈夫だったのか? バーサーカーの所へ行くって聞いたからさ」

 

「あぁ、その事に付いても色々話があるんだが、先ずは昼休みだな。話をするにしても俺も色々整理しておきたい事があるし」

 

夢で見た光景、自身に起きている事を誤魔化しつつどうやってあの影の事を話したらいいか、今一度考える必要がある。衛宮士郎は面倒見の良すぎる奴だ、変に勘繰らせて負担にさせるようなことは極力避けたい。

 

「そう………か………」

 

「?」

 

そう思って敢えて今は言葉を濁したが………士郎の反応は今一つだった。もっと色々訊いてくるかと思っていたのに淡白な反応の士郎、何処か上の空な彼に今度は修司が心配になった。

 

「おい、どうしたんだよ士郎。もしかしてまだ風邪の影響が残ってんのか?」

 

「え? あぁいや、そうじゃない。身体の方は本当に大丈夫なんだ。朝飯も食ってきたし、体力も問題ない」

 

「そうか? ならいいが………」

 

士郎にしては歯切れが悪い。何か気になる事でもあるのだろうか? 例えば………士郎のサーヴァントであるセイバーの所為で食費がヤバイとか?

 

(──やべぇ、なんか普通にありそうだ)

 

他のサーヴァントと違って、食事をする事で魔力を補充する セイバーは非常に健啖家だ。その食欲っぷりはルーラーであるジャンヌに匹敵するほどで、修司もここ数日の食費の出費にちょっと驚いていたりする。

 

保護者からの報酬で貯金はまだまだ余裕があるが、一般家庭の人間である士郎には些か以上に大変かもしれない。このままでは衛宮陣営が食費関係で脱落するかもしれない、何度か衛宮家で夕飯を共にしたことのある修司は心に生まれた罪悪感を払拭するために士郎の肩に手を置いた。

 

「士郎、食費に困ったら言えよ。なるべく融通してやるから」

 

「──いきなりなんの話?」

 

「おーいお二人さーん」

 

肩において同情的な視線を向けてくる友人に訝しむ士郎、何だかセイバーに対して割りと酷い事を考えていそうな修司に士郎が軽く突っ込もうとすると、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「美綴、お前も今日から復帰か?」

 

「まぁな、ここ最近ゆっくり寝てたお陰かすっかり良くなってさ、身体の調子も良いんだ」

 

言峰師父の言う通り、何事もなく無事に快復した学友の美綴の姿に修司と士郎の二人は安堵する。この分なら学校の皆も大丈夫そうだ。今日は生徒達の様子を見ると言う事で授業は午前中だけ、明日からはいつも通りの日常が戻ってくる事に安心すると同時に………修司は少し嫌な予感がした。

 

昨夜目にした影、あれがもし街中へと姿を現したとき、果たして皆は無事に済むのだろうか。

 

早く、あの影をどうにかしなければ。心の中に生まれた焦り、それを二人に悟られないように振る舞いながら、修司は二人と共に学校へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、そんな事があったのか」

 

「あぁ、バーサーカーのマスターであるロリっ子も一時だけど休戦と影を何とかするまで協力してくれる事を約束してくれた。ジャンヌさんも今は郊外の森へ行って調査してるみたいだし、戻ってきたらまた色々と話は聞けると思う」

 

午前中だけの授業も終わり、学校の生徒達がそれぞれの自宅へ帰宅する頃、修司は士郎と共に人気の無い屋上で広い青空を仰ぎ見ながら昨日の出来事を語っていた。

 

「………ごめんな修司、大変な時に何も手伝ってやれなくて」

 

「気にすんなよ、俺のは自業自得だ」

 

自分が寝込んでいる間に大変な目に遭っていた修司に士郎は心底申し訳ないと頭を下げるが、修司はそれを笑って受け流す。巻き込まれただけならいざ知らず、今は自分から首を突っ込んでいる当事者だ。

 

士郎はそんな修司にそれでもと食い下がる。相変わらず生真面目な奴だと、修司は心配してくれる士郎を有り難く思う反面少し気になる事があった。

 

「───なぁ、そっちも何かあったのか?」

 

「え?」

 

「いやだって、今朝から何かおかしいぞお前、ずっと上の空と言うか………何か気掛かりな事でもあるのか?」

 

今朝顔を合わせた時から感じられる違和感、戸惑い、萎縮し、何かを躊躇っている様な雰囲気の士郎に修司もまた気になっていた。昨夜に何かあったのだろうか、様子のおかしい士郎に試しに訊ねると本人はどうしたものかと顔を俯かせて黙り込んでしまう。

 

その様子に訝しむ。ここまで悩ませている友人も珍しく思いながらも修司は士郎自ら話してくれるのを待とうとする。一分か十分か、はたまた一時間か。空の雲を眺めながら士郎が口を開くのを待っていると………。

 

「白河、衛宮、二人ともまだ帰って無かったのか」

 

「あ、葛木先生」

 

出入り口の扉が開かれ、無愛想な顔付きの教師が屋上に現れる。恐らくは残った生徒がいないか見回っていたのだろう、真面目な教師の登場に話はここまでかと思い、修司と士郎は立ち上がる。

 

「学校が始まったとは言え、今はまだ様子見の段階だ。先に起きた殺人事件の話もある。お前達も早く帰るといい」

 

「うす、すみませんでした」

 

そう言って頭を下げる修司を見て満足したのか、葛木と呼ばれた教師は瞬きもせずに仏頂面のまま屋上を後にする。今残っている全ての生徒に同じことを言いに行くつもりなのだろうか、融通の利かない………もとい、凄まじく真面目な教師に困惑し、取り敢えずここで話すことは無いと士郎と共に屋上を後にした。

 

その後、帰宅途中何度も士郎に訊ねようとするも、襲撃してきたロリっ子(イリヤ)に邪魔されたり、遠坂に横槍されたりした為に話す機会を失ってしまい、衛宮のいる自宅まで何一つ聞き出す事は出来なかった。

 

「んじゃ、取り敢えず一旦家に帰るよ。ジャンヌさんとも合流しないと行けないし、詳しい話はまた後でな」

 

「じゃあねお兄ちゃん、また後でね」

 

「って、何でしれっと見送ろうとしてるのよ。アンタも帰りなさいよ」

 

「えー? だってお兄ちゃん夜になったらまた来るんでしょう? だったらシロウの家で待っていても別に良いじゃない。セラもリズのお世話があるから戻ってるし、こんな女の子一人街を歩かせちゃ危ないじゃない」

 

「こ、このガキんちょ。よくもぬけぬけと………」

 

帰り道、イリヤと遠坂と遭遇しその道中で昨夜起きた出来事を話し、今の状況が聖杯戦争処の騒ぎでないことを理解した遠坂は一時的に修司達に協力する事にした。聖杯戦争に於ける半数近くの陣営が手を組んでいる。

 

極めて稀な事態だが、あの影はそうせざるを得ないほどに危険だと判断したのだろう。イリヤと遠坂、揃って衛宮邸で待つことにするという状況に修司は誂う意味を込めて………。

 

「良かったな士郎、モテモテだぞ」

 

「うるせぇ、さっさと戻って来てください」

 

家に入ればセイバーも待っている。唐突に男女の比率バランスが大きく崩れた事に辟易とする士郎は早めに修司と合流する事を切に願う。

 

「んじゃ士郎、また夜にな。その時になったら話を聞かせてくれ」

 

「あ、あぁ……」

 

簡単な別れを済ませて修司は衛宮邸を後にする。その背中を見送る士郎の目は後悔に塗れ、問い詰められなかった自分を憂いた。

 

昨夜、あの金髪の男と出会ってから士郎は戸惑ってばかりだった。友人と信じ、信頼を寄せている修司が、まさか10年前に現れたサーヴァントの一人と繋がっていたなんて……。

 

信じたくは無かった。だけど、セイバーの話を聞いたらそれを強く否定する事も出来なくて、何て聞いていいか分からなかった。

 

『シロウ、情けない話だが私には分からなくなった。もし彼に真偽を訊ねるのであれば、あの男………アーチャーに関する話もする必要がある。そうなった時、もしかしたら貴方とシュウジは………』

 

“敵対するかもしれない”

 

昨夜、申し訳なく口にするセイバーの言葉に士郎は耳を疑った。

 

修司と敵対する。もし修司があの金髪の男との仲間で、ずっと自分達を騙していたとしたら、自分とアイツとは戦う事になるかもしれない。友人と戦う事になる───そんな可能性のある現実を前に衛宮士郎は果たしてどのような選択をするのか。

 

その時、士郎はその正義の刃を友人に向けることが出来るのか、小さくなっていく彼の背中を士郎は見えなくなるまで見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、士郎から話を聞けなかったなー。まぁ、後でまた話は聞けるし、その時からでも遅くは無いよね」

 

士郎と別れて少しして、新都にある自分の住まいへと戻ってきた修司は士郎とのやり取りを思い出しながら一人愚痴る。色々とタイミングの難しい遣り取りだった。何度士郎から話を聞き出そうとしてもロリっ子はやって来るし、猫かぶりのあかいあくま(遠坂凛)も来るし、結局修司は士郎から話を聞くことが出来なかった。

 

あの様子からして、余程言いにくい話なのだろう。無理に聞き出すのではなく士郎から口にするのを待っていたが、どうやらそれが裏目に出てしまったらしい。

 

修司はタイミングの悪さに嘆息したくなるが、道中話した影の件で遠坂陣営とも手を組めるようになったし、結果的に由とする事にした。

 

後はシドゥリへの説得と万が一王がいた場合に備えての言い訳を考えるだけ、前者は兎も角後者の難易度は凄まじく高い。少しでも言葉を違えればお仕置きを受けるのは明白、最悪の場合そのまま海外へ出張! なんて場合すらある。

 

そうなれば聖杯戦争の強制脱落、それだけは避けなければと思考をフル回転させながらドアノブに手を掛け─────違和感に気付く。

 

何かが、いる。自分が知るものとは異なる何かが自分達の住む部屋の内部にいた痕跡がある。心臓の音が跳ね上がると同時に部屋に飛び込んだ修司は───。

 

「シドゥリさん、慎二、大丈───っ!?」

 

目にした光景に言葉を失った。

 

敷き詰める赤、朱、赤、リビング一杯に広がった朱色は嘗て修司が体験した10年前の地獄の光景を想起させる。

 

テレビに、テーブルに、キッチンに、窓に、部屋を構成するありとあらゆる箇所に夥しい量の血の跡があった。その光景に修司の思考は一気に氷点下へと下回る。

 

覚束無い足取りで入ると、べちゃりと粘り付く感触が伝わってくる。何故、どうして、自分の住んでいる場所がこんな事になっているのか、思考が混乱で埋め尽くされた修司、その時ふとあることに気付く。

 

───手紙だ。血に塗れたテーブルに不釣り合いなほど鮮明な白い手紙が乗せられていた。不思議に思った修司は徐にそれを手にして、開く。

 

瞬間、修司は己の内から熱い何かが込み上げてくるのを感じた。熱く、激しく、荒れ狂う感情の渦、この感覚には覚えがある。それは10年前にあの黒い月と相対した時だった。

 

【殺意】怒りの感情を振り切り、修司はこの時人生二度目の殺意を覚える事になる。

 

《───我が孫は返して貰った。序でに貴様の従者も戴く事にした。返して欲しくば、今宵一人で我が屋敷に来るがよい》

 

───臓硯。

 

手紙を握り締めた修司の瞳には嘗て無い感情を滲ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.もしもボッチがFate/ではなく、月姫にいたら?
A.吸血鬼の姫と仲良く遊んだりしてます(笑)


次回、ボッチ、怒る。


それでは次回もまた見てボッチノシ


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。