追記。
最後の英雄王の独白部分を変更しました。
「どうアーチャー、サーヴァントの気配は在る?」
「いや、ないな。恐らくどの陣営も今は様子見を決め込んでいるのだろう」
冬木市・新都、誰もいない筈のビルの屋上で一組の男女が深夜の冬木の街を見下ろしている。
黒髪のツインテールを揺らし、赤を強調とした衣服を身に纏うのは穂群原学園のアイドル、遠坂凛。彼女の側で付き従うのは主人と同じ赤色の外套を纏う弓兵、彼女が高い位置より街を見下ろすのは自分達が戦うべき敵達を索敵する為。
遠坂凛は魔道の娘、遠坂家の悲願を叶える為にこの十年間魔術の研鑽を積み重ね、今日まで磨きあげてきた。全ては聖杯戦争を勝ち抜く為、彼女の頭には自身が勝ち抜く為の思い付く限りの戦術戦略が築かれていた。
「そう、やっぱり初戦は様子見か。まぁ普通はそうするわよね。流石に序盤で手札を見せる訳ないか」
「その気概は買うがねマスター、あまり前のめりになりすぎない事だ。突っ込む事しか脳がない猪は狩人にとって最適の的だ。私の眼があるとは言え、慢心は禁物だぞ」
「分かってるわよ。ただ、少し拍子抜けただけよ。聖杯戦争、七騎の英霊による戦い。歴史に名を残す英霊達がその武勇を競うって話だから、少し舞い上がっちゃってたわ。ゴメン」
赤い弓兵の皮肉混じりの忠告を凛は戒めて納得する。十年間の時間を費やし、英霊の中でも三騎士と呼ばれる弓兵を引き当てた。当時は不都合が重なり狙っていたサーヴァントを引き当てる事は出来なかったが、これはこれで良かったと凛は前向きに受け取った。
「ならいい。が、別に事態は鎮まった訳ではない。君も気付いているだろ? 最近耳にする新都での昏睡事件、恐らく件の下手人は───」
「キャスター……でしょうね」
ここ最近冬木で頻繁に起こっているガス漏れ事故による昏睡事件、世間からはガス会社の不備による事故だと認識しているが、遠坂凛の考えは違った。この騒動の背後にはサーヴァント、聖杯戦争の参加者で、魔術に特化した英霊──即ちキャスターがいてそのマスターが騒ぎの犯人だと睨んでいる。
冬木の
「問題は、私達がキャスターを相手する間に他の陣営が手出ししてこないかって所ね。
「なんだ。君にしては弱気だな、戦いがある所に馳せ参じ、その全てをもぎ取るのが君の願いではなかったのかね?」
「分かってる癖に挑発しないの。今キャスターは冬木にいる全ての人間を魔力の貯蔵庫にしようとしている。キャスターを倒さないとドンドン街の被害は増えていくわ。それこそ、昏睡程度ではなく、何れは死ぬ事だって──」
今でこそ、キャスターの魔力獲得方法───即ち魂喰いは人を死に追い詰める程無遠慮ではない。しかし、いつキャスターが魂喰いを
早い段階で何か手を打たないと、最悪別陣営との同盟を結ぶことも選択肢に含み始めた頃、アーチャーの方がいやに静かな事に気付く。
「ちょっと、アーチャーどうしたの? 何か見付けた?」
振り返って見れば、そこには変わらずアーチャーが隣で待機している。しかしその目は大きく見開かれており、その顔は信じられないものを目にした驚愕に染められていた。
「あ、アーチャー? 本当にどうしたの? 貴方凄い顔をしてるわよ」
「何だ……アレは? 私は───俺は、一体何を見せられている」
何やら錯乱している様子のアーチャー、相方の様子が尋常じゃない事に戸惑いながらも、凛は彼の指差す方へ視線を向け───絶句した。
ここからコンテナ街との距離は近く、比較的目の良い遠坂にも視認できた。視認し、知覚し、そして絶句する。いっそ見なければ良かったと思える程にその存在は埒外に過ぎた。
コンテナ街から起き上がる巨人、巨大で強大な蒼の魔神はただ其処にいるだけで他者を圧倒した。───幸い、時間的意味もあって一般人なら出歩いておらず、その存在は未だ誰かに認識されてはいないが……そんな事は関係ない。
「な、ななななな………」
「なんなのよ、あれぇぇぇ!!??」
恥も外聞も捨て去った夜の空に響く遠坂凛の叫び、それはかの魔神を目撃した全ての者の心情を代弁するものだった。
◇
「………何なのよ、一体」
穿たれた黒い孔より現れた闇のような蒼い巨人、魔神とすら呼べる巨神の出現にイリヤスフィール=フォン=アインツベルンは混乱の窮地に立たされていた。
何故、こんなモノがこの冬木の地に現れるのか、何処か別の陣営の仕業? 今回のサーヴァント全員の能力を把握した訳ではないから定かではないが、それでも彼女に課せられた使命はただ一つ。聖杯戦争を勝ち抜き、聖杯を手に入れる。
だったら、目の前の障害は打ち倒すしかない。
「っ、少し大きいからってバカにして! バーサーカー!!」
「■■■■■ッ!!」
少女───イリヤの叫びと共に狂戦士は崩れるコンテナの中から跳躍し、その膂力で以て蒼の魔神と同じ目線の高さまで瞬く間に到達する。
手にした得物に力を込め、全霊を以て打ち込む。相手はまだ上半身だけ孔から出ている状態、即ちまだ完全な状態ではないと判断したイリヤは孔から完全に出てくる前にその機械の体を鉄屑にしてやろうと意気込む。
しかし、狂戦士の刃は届かなかった。魔神の周囲を覆う重力力場、可視化されて目視出来るほどに認識出来る重力の波、歪曲し圧壊せしめる魔神にとっての守護領域。
それに触れてしまった狂戦士の得物は、甲高い悲鳴の様な音を立てて歪み出す。歪み、捻れ、圧壊していく己の武器、このままでは己自身すら巻き込まれかねないと直感に従い武器を手放すが、そこへ振り抜かれた魔神の拳がバーサーカーの肢体を捉える。
無防備なまま跳躍した事により逃げ場を失ったバーサーカー、魔神の拳から逃れる術はなく、かのギリシャの大英雄はその直撃を受け、彼方へと吹き飛んでいく。
コンテナ街を抜けて、幾度と無く水面をバウンドしていく狂戦士は沖合いまで吹き飛び、沈んでいく。大きな水飛沫をあげるその様を目撃したイリヤは呆然とその様を眺めていた。
「なん、で………どうして、こんな」
バーサーカーは生きている。魔力によるパスの流れからそれは間違いない、問題なのはこれからどうやってこの魔神から逃げ延びるかだ。
イリヤスフィールは永年に渡りアインツベルンがその技術の粋を集めて生み出された過去最高の作品。故にその思考は早く、状況を加味し瞬く間に現状に於いて最上の選択肢を選び抜く。
撤退か、闘争か。無論、現実を見れば撤退する事が最優先だろう。目の前の魔神は自分達では敵わない、あの空間すら歪ませる守護領域を破るには最低でも対軍宝具級の威力が必要だ。
この魔神は何なのか、何が原因で現れたのか、何の因果でこの極東の国に召喚されたのか。あれもサーヴァントの類いなのだろうか。未だ混乱し続ける思考の中でそれでも少女はこの場から生き抜く為の最善を尽くそうとする。
ふと、その時気付く。目の前の魔神からの攻撃は未だ無く、静かに己を見つめているだけという事に。
「……もしかして、お兄ちゃんを守ってるの?」
思えば、この魔神が現れたのはあの少年が倒れた時だ。関連性があるのは明らかで、事実目の前の魔神はこちらに向かって進んで攻撃しようとはしていない。
そして少年───修司の方へ視線を向ければ、その傷が何事もなかった様に消えているのが分かる。肉を裂いて骨を砕き、臓腑を抉り出されたというのに、周囲には夥しい血の跡があるだけで修司には傷一つ付いてはいなかった。
どういう理屈かは分からない。けど、この魔神が自分達を倒すのではなく助ける為だけにこの場に現れた事に少女は何となく気付いた。
「………そう、今の貴方は私達を倒すのではなく、そこのお兄ちゃんを護る事を選んだのね」
目の前の機械的な魔神に言葉が通じるとは思わない。しかし、その巨きな佇まいが自身の信じる相方に何処か被って見えてしまう。だからだろうか、勝てる勝てない以前に修司と目の前の魔神とは敵対する意思が無くなってしまった。
「どうやら、余計な事をしたみたいね。ごめんなさい。今日の所は私達が引き下がるわ。───バーサーカー」
海に沈む相方を霊体化させて呼び戻し、少女は踵を返す。
「それじゃあ、バイバイ。また会おうね。お兄ちゃん───そうそう、お詫びといってはなんだけど、この街で騒ぎを起こした奴は私が片付けておくね」
それだけいって少女はコンテナ街を後にする。今度会ったら同盟を組むことを視野に入れて、イリヤスフィール=フォン=アインツベルンはその場を後にする。
少女が去り、遠くから旗持ちの聖女が跳んでくる。それを確認した魔神は孔の中へ沈むようにその姿を消していく。
「くっ、逃がしましたか。今の巨人は一体……」
これ迄冬木の街に異常がないか確認の為、夜の深山町を探索していたジャンヌ、修司の通う学校に他者を巻き込む悪質な魔術師による罠が無いか調べようと穂群原学園に向かおうとした所、コンテナ街から巨大な気配が動いたのを感じ取った。見れば其処には蒼い魔神があり、バーサーカーらしきサーヴァントと戦っている。明らかに聖杯戦争とは逸脱している光景にジャンヌは驚愕した。
そして急いで現場へと向かえば、バーサーカーとそのマスターは既に去り、魔神の姿は無くなっている。残されているのは───。
「………なんで、どうして、貴方が此処にいるんですか! 修司君っ!」
恩人である筈の修司が大量の血の跡の上で倒れている光景だけだった。
◇
「成る程、あれが修司に取り憑いていたモノの正体か。成る程、成る程成る程───」
冬木の遥か上空、黄金の船に跨がり下界の様子を眺める一人の王がいた。
その口元は喜悦に歪み、初めて目にする存在にその心は本人が自覚出来ないほどに高鳴っていた。
「人類は、人は、其処まで至れるか。その領域に踏み入れる程の高みへ至れるのか。ふふ、フハハハ、フフハハハハハハッ!!」
「何と言う傲慢! 不遜! 不敬! だが良い。それで良い! 人間とは傲慢なもの、人とは度しがたいモノ、己が生き延び、力を示すのに必要であるというのなら、それもまた許そう」
それは王自ら認めた讚美だった。人類という無価値と定めた存在が生み出した極大の宝、傲慢でありながら挑み続けた人の技術の結晶。それを目の当たりにした黄金の王は呆れと喜びの笑みを溢れさせる。
「──しかし、修司よ。我が臣下よ、弁えているか? 貴様が悪と断じ、絶対に許さないと語る理不尽の有無を」
しかしそれも束の間、英雄の王はその目を細くさせ、聖女に抱えられてマンションへ戻る臣下を見る。
「理不尽を、不条理を超えるというのは即ち己自身が他者にとっての理不尽となる事。それを理解した時、貴様は果たしてその道を進み続けるのか───此度に行われる聖杯戦争を以て、見定める事としよう」
黄金の王の視線の先、それは臣下の行く末を案じたモノか、はたまた別のモノか。何れにせよ、修司がこの先戦いに巻き込まれていくのを王は確信していた。
魔術師でもなく、サーヴァントでもなく、マスターでもない白河修司の聖杯戦争はこの時より始まった。
Q.──もしも、主人公がキャスターを拾ってたら?
「今思うんだけど、前のキャスターさんのマスターって相当バカだよね」
「い、いきなりなに?」
「いやだって、目の前に遥かに格上の魔術師が仲間として協力してくるのだからさ、普通教えを請うモノじゃない? なんでよりによって排除しようとするのかなって」
「それは──私が、裏切りの魔女だからじゃない?」
「いやいやいや、裏切られるのは裏切られる様な事をするのが原因じゃん、王様も言ってたよ? 道を違えるのが裏切りではない、同じ道を往きながら後ろから刺す行為が裏切りなのだと。キャスターさんは一応最期まで前のマスターの要望に答えようとした。それを無碍にしたそのマスターが悪いと俺は思う」
「───」
「まぁ、それ以前に子供の命を道具にする奴なんか裏切られて当然だと思うけどね。あ、シドゥリさん? 例の子供達はどうなった? ちゃんと施設に届けた? サンキューシドゥリさん」
「───フフ、不思議な坊や」
「あ、それでキャスターさん。以前話してた魔力放出の事なんだけど……そろそろ教えてくれても……」
「ダメよ。貴方にそれを教えるのは絶対ダメ」
「な、何故に!?」
「世界観が崩壊するからよ!」
A.ボッチに魔力放出を会得させてはならない。
ViVid編みたいになるから。
それでは次回もまた見てボッチノシ