『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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冬木「なんか、嫌な予感……」




その16

 

「チッ、邪魔が入ったか」

 

修司がコンテナ街へ訪れたと同時、黒い巨人ことバーサーカーと殺し合いをしていた蒼い槍兵はその手にしていた朱色の槍を肩に担ぎ、間が悪く乱入してきた人間に舌打ちを打った。

 

聖杯戦争に於ける予期せぬ乱入者、そしてその乱入者がいた場合大抵の人間は口封じの為に消される。神秘の隠匿という題目でこれまで魔術に関わってきた多くの人間は消され続けてきた。

 

今回もその例に漏れず、目撃された以上始末しなくてはならない。嘗て英雄として己の勇猛さを示し続けてきた蒼い槍兵(ランサー)───クー・フーリンはその乱入者を目にして……己の運の悪さにウンザリした。

 

「ったく、よりにもよってテメェかよ。坊主」

 

眼前の先で呑気に自分達に背を向けているのは、昨日自分の相方を打ち破り見逃した……現代に於いて稀有な英雄の卵、修司だった。

 

初めて目にした時からその強さに注目した。封印指定執行者という肩書きを持った相方を一瞬で返り討ちにしてしまう様は今でも鮮明に思い出せる。

 

あのまま鍛練を続ければ、数年後には間違いなく自分達の領域にまで足を踏入れる。ランサーから見ても傑物だと分かる少年がよりにもよってこの様な血腥い戦場に来てしまった。

 

第三者が現れた以上、ここでの戦闘は直ぐ様中止し、身を隠すか口封じの為に動く必要がある。だが、ランサーには躊躇があった。

 

彼とは誓いを交わした。相方であるバゼットを見逃して貰った代わりとして自分が彼女のサーヴァントである限り、修司には決して手は出さないという誓いを。

 

それを破ることは喩え令呪を以てしてもあってはならない。何より、彼の成長を楽しみにしていたランサーとしては彼を殺すのは些か以上に抵抗があった。

 

『───どうしたランサー? 動きが止まっているようだが、何かあったか?』

 

そんな時、脳内に心底胸糞悪い相方の代理人(・・・)からの念話が届く。眉を寄せ、不機嫌さを隠そうともせず、仕方なくランサーは代理人の念話に応答する。

 

『ちょいとばかしトラブルがあっただけだ。場が白けたし、今日は此処までにさせて貰うぜ』

 

『その様子だとトラブルとやらは一般人が乱入してきたか? ならば神秘の隠匿の為に始末せねばならないな』

 

『その必要はねぇ、バーサーカーの野郎が動いた』

 

『ほう? アインツベルンが……もしや、その乱入者とは面識があったのかな?』

 

『俺が知るかよ』

 

主に命令が下されたのか、自分と相手する事を止めて修司へと吶喊する狂戦士。あれほどの馬力と強さを誇る今回の聖杯戦争に於いて最も強力なサーヴァント、奴に目を付けられた以上修司に勝ち目は無い。

 

『それで、その不運な乱入者は何者かな? 完全な一般人であるならば、聖職者として後日冥福の祈りを捧げねばなるまい』

 

死に逝く者へのせめてもの手向け、言葉だけ見るのならば彼の台詞は正しく聖職者のもの、しかしその口調の節々から感じられる愉悦の笑みにランサーは代理人の性悪さを垣間見た気がした。

 

『────山吹色の胴着を着たガキだよ。あんな戦士でもない小僧すら殺さなきゃならんとはな、これが英雄とは笑わせる』

 

『───』

 

ランサーが大まかな人物の特徴として修司の身に纏う衣服に付いて説明すると、念話の向こうにいる代理人は言葉を失った様に沈黙していた。先程まで悦に入っていた声色から一転して消沈する代理人にランサーは不思議に思うが……。

 

『………そうか、あい分かった。ランサー、お前はそのまま各陣営の敵情視察に専念しろ。くれぐれも妙な気は起こさない事だ』

 

『──嗚呼、分かってるよ。その代わり俺の相方には』

 

『フフフ、それはお前の今後次第だ』

 

その言葉を最後に代理人からの念話は途切れた。やはりあの男とは心底相容れない、だが現状奴の言葉には従わなきゃ行けない。聖杯戦争に勝ち残る為に、何より相方の命を守るために……。

 

「悪いな坊主、恨んでくれよ」

 

ランサーは霊体となって姿を消す。コンテナ外に残されたのは暴力の化身である狂戦士とそれを従える少女、そして………まだ何も知らない少年、修司だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────選択したのは、前進だった。迫り来る死を前に俺が選んだのは真っ向からの打ち合いだった。少しでも臆せば死が己を蹂躙する、コンマ数秒後に訪れる絶対的な運命を俺は全身全霊を懸けて抗う事に決めた。

 

目の前の黒い巨人が振り下ろされる武器、それが僅かでも掠ればそれだけで致命傷になりかねない。俺が挑むのは接近戦ではない、満足に拳が振るえなくなる程の超接近戦。

 

「ダラァッ!!」

 

地面を踏み砕き、跳躍し、巨人へ詰める。まさか自分から来るとは思っていなかったのか、一瞬巨人の表情が虚を突かれた様に呆けたモノになる。その隙を逃しはしない、脚力の勢いで威力に上乗せさせた拳を巨人の顔面向けて打ち抜いた。

 

「っ、かっ!?」

 

かてぇ、何て硬さだ。拳から伝わってくる頑強さはこれ迄俺が相対してきたどんなモノよりも硬く、それは殴り付けた俺自身の拳に痛みが走ってくる程の強靭さだった。

 

「────」

 

「っ!」

 

巨人との視線が重なる。歯を剥き出し、怒りを顕にする巨人。その迫力で仕掛けた事を僅かながら後悔し、無理矢理昂らせた気持ちが萎え始める。

 

けれど、もう引き下がれない。向こうが未だに俺の命を狙ってくるのなら立ち向かって抗うしかない。

 

そうだ。俺が師父の下で武術を習ったのはなんの為だ! 護身術としてだけでなく、理不尽に、押し寄せる不条理を、あの時の様な悲劇を打ち破る為だろうが!

 

「ハァッ!」

 

体勢を替え、巨人の首目掛けて蹴りを放つ。人一人の首を吹き飛ばすには充分な威力だが、この巨人には僅かなダメージも与えられないらしい。そのまま奴の顔を足蹴に後方へ回転しながら着地、追撃に警戒するが巨人からの攻撃は無かった。

 

「───驚いた。お兄ちゃんって凄いのね、バーサーカー相手に二秒も持ち堪えるなんて」

 

巨人の背後からは目を丸くさせて驚いた様子の少女が心底感心した様子で称賛の言葉を贈ってくる。この少女、どういう仕掛けかは知らないがこの黒い巨人とは主従の様な関係にあるらしい。

 

明らかに人間の枠を越えている人の形をした怪物が、一体どうやって従えているのかは定かではない。が、依然として巨人からは殺意は消えていない。生き延びるには余計な考えは辞めるべきだ。

 

「でもね、幾らお兄ちゃんが強くてもバーサーカーには勝てないわ。だってバーサーカーは───世界で一番強いんだから」

 

やっちゃえ(・・・・・)、バーサーカー」

 

それは、明らかな命令だった。ただ先程までとは違う惰性混じりの指示とは違う、己の狂戦士に立ち向かい、反撃した修司に対する少女なりの敬意。そう、少女は彼を、白河修司を有象無象の石ころではなく、排除すべき障害と認識した。

 

───故に、殺す。惰性で始末するのではなく、序でにと消すのではなく、魔術師としてサーヴァントを従えるマスターとして修司を殺す事に決めた。

 

「■■■■■■ッ!!」

 

瞬間、巨人の咆哮が大気を揺らした。音は突風となり、周囲のコンテナを吹き飛ばし、周囲の障害物を吹き飛ばしていく。

 

(マジ、か!? 音圧だけで、こんな……!)

 

巨人の咆哮、それは俺の動きを一瞬封じるには充分な威力だった。足が竦み、膝が震える。振り切った筈の恐怖が再び修司の体を蝕み始めた。

 

───気付けば、眼前には既に黒い巨人が肉薄していた。音の壁を超え、一瞬にして間合いを詰めてくる狂戦士。俺は己の体をフル稼働させて横に跳んで回避を行う。

 

回避自体は成功した。しかし、巨人の突進は音速の壁を超え、彼の通った後には破壊の跡が刻まれている。当然のそれに巻き込まれ、狂戦士が生み出した衝撃波(ソニックウェーブ)によってその体を切り刻まれた。

 

「あ、……がっ」

 

胴着は弾け飛び、コンクリートの上に叩き付けられた俺は全身から血を流して地に這いつくばる。桁違いの強さ、得物を奮うまでもなく、ただ突進だけで相手を粉砕する破壊力、明らかに先程とは違う強さに俺は痛みに苛まされながらも、呆れた様に笑みを浮かべた。

 

(へ、へへ……師父の下で何年も鍛えて少しは強くなったつもりだったけど、まさかこれ程までに強い奴がいたとはな、世界って広いや)

 

思い知る俺と巨人との圧倒的力量の差、ここまでくるといっそ清々しい程に巨人の力は圧倒的で、そして絶対的だった。

 

まさに理不尽の塊にして不条理の体現者、こんな怪物を相手にしたら大抵の奴は逃げ出すか、惨殺されるかの二つしか選択肢は残らないだろう。

 

しかし。

 

(でも、だからこそ、諦めるわけには、いかねぇんだ。不条理に屈する事が悪いんじゃない、理不尽に負けることが恥なんじゃない。負けたままで、屈したままでいることが、いけないんだ!)

 

だからこそ、俺は諦めない。負けたままで、屈したままでいるのは誰よりも俺自身が許さない。奴の衝撃波で身体中の至る所から悲鳴が上がるけど、構うことなく俺は拳を握り締めて一撃を放つ準備を入れる。

 

イメージするのは、エネルギーの集約。思い出すのは三年前にフランスでやり合ったネルロ某との死闘で放ったあの一撃。全てを出しきるのではなく、全てのエネルギーを叩き込む、一点集中の極致。

 

「■■■■■ッ!!」

 

巨人が迫る。地を踏み砕き、爆薬でも使ったような爆発を上げて再び俺に迫り来る。音の壁を超え、周囲のコンテナを吹き飛ばし、得物を振り上げて吶喊してくる。

 

凄まじいプレッシャー、しかし恐怖で動けない訳じゃない。これを成さねばどのみち俺に待っているのは死だけである。その事実が逆に俺の思考を落ち着かせていく。

 

決めるは一瞬、放つのは一合、奴が間合いに入り、その得物を振り下ろした瞬間を見計らって───一歩、前に出る。

 

押し寄せる音速の衝撃波、それが届いてくる前に放つ一振りの拳、雷の如く放たれたその一打は間違いなく巨人の腹部を捉え───。

 

「七孔噴血──撒き死ねぇい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァー、ハァー、ハァー………げふっ、ごほっ」

 

乱れた呼吸を必死に抑え、ボロボロになりながらもやり遂げた修司は右半身が吹き飛んだ巨人を見て安堵する。

 

危なかった。もしあの時の放った无二打が通じなかったら、僅かでもタイミングがズレていたら、死んでいたのは自分の方だ。直後に襲ってくる衝撃波に再び身体中を蹂躙されたけど、それでも生きていられるのは他ならぬ己の賭けが打ち勝った事に他ならない。

 

巨人の方は……動かない。当然だ。不十分な无二打とは言え、その威力は巨人の半身を吹き飛ばしたのだ。生きている事、それ事態が有り得ない。

 

とは言え、一つの命を奪ったのもまた事実。殺らなければ自分が殺されていた───とは言え、法律的にそれが許されると言えば……NOである。自己を守る為の防衛行為とは言え、殺人を認める訳にはいかない。

 

(あぁ、これで俺も前科者かぁ。王様、怒るかなぁ……)

 

仮に前科者にならなくてもこれからの自身の経歴に付いて回るのは間違いない。ネルロ某との戦いでは相手が明らかに人間とは異なるバイオ擬きになったから、仕方ないと言う言い訳も出来たが、今回は多分そうはいかないのだろう。未だ興奮で思考は定まらないが、これから自分がやるべき事は分かっているつもりだ。

 

人を殺めた以上、法からの裁きを受けるべきだ。その時に受ける沙汰に今から怖くなる修司。しかし、嘆いてばかりもいられない。この場には自分だけでなくもう一人別の人間も此処にいるのだから。

 

「そうだ。さっきの子、あの子にも謝らないと」

 

襲ってきたとは言え、あの巨人は白い少女と主従関係にあった輩だ。そう思い少女を探すために修司が辺りを見渡した───その時だ。

 

「───驚いたわ。まさかバーサーカーを二回も殺しちゃうなんて、お兄ちゃんって本当に強いんだね」

 

「っ!」

 

ふと、背後から声が聞こえてくる。ゆっくりと其方に振り向けば、右半身から煙を上げて再生し始める(・・・・・・)狂戦士の側で目を細めて微笑む白の少女がいた。

 

「本当、惜しいなぁ。あの時にお兄ちゃんがここまで強いと知ってたら、私の陣営に迎え入れる事も考えたのに、そうしたらシロウも簡単に手に入れただろうし」

 

「────」

 

言葉がでない。何故、巨人から煙なんてモノが出ている? どうして、身体が元に戻っている?どういう理屈で立ち上がり、得物を手にして立ち上がれる?

 

目の前で起きている事象に思考が追い付かない。麻痺していると言っていい、信じられない光景に恐怖よりも困惑で動けなくなった修司に──。

 

「バイバイ、お兄ちゃん」

 

────巨人の得物が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

………………………

 

…………………

 

────あぁ、知ってる。俺は、この感覚を知っている。

 

これは────死だ。十年前に体験した紛れもない死の感覚だ。

 

あの時は、王様に助けられた。けど、今はあの人は此処にはいない。

 

───結局、俺に理不尽をはね除ける力なんてなかったのかな? 不条理を乗り越える力なんて……無かったのかなぁ。

 

レティシアさんも見付けられなかったし、シドゥリさんにも何も言えてない。王様にも……助けてもらった恩を返せてない。

 

結局、俺は何も、成し遂げられていない。

 

嗚呼、…………悔しいなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………………

 

………………………

 

……………………

 

…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───適合者の負傷を確認。

 

───肉体の再生を起動………エラー…………。

 

───全システムの凍結を確認。解凍を実行………

エラー………。

 

───エラーの原因を索敵………照合を確認。

 

───システム解凍の為、因子を増幅………完了。

 

───適合者を搭乗者へ変更………承認。

 

───全システム解凍実行…………承認。

 

───シラカワシステム………起動確認。

 

───全システム、オールグリーン。

 

【グランゾン】───起動します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当、貴方にはつくづく驚かされるわ」

 

地に伏し、血の中に沈む修司に少女は心底呆れ、そして称賛した。目の前の何も知らない一般人に魔術師として、アインツベルンの最高傑作として巻き込んでしまった修司に一方的な敬意を抱いた。

 

己の最強の相方であるバーサーカーに怯え、竦んでも、次の瞬間には迷いや恐怖を振り切って立ち向かい、その不可思議な術理でバーサーカーの命を二度も奪った。

 

これだけでも凄まじいと言うのに、目の前で倒れている少年は臓腑を撒き散らしながらもその息を絶やさずにいる。恐らくは、バーサーカーの一撃が放たれる際に僅かに後ろに下がって直撃を避けたつもりなのだろう。

 

このままでも、この少年はいずれ息絶える。しかし、苦しませる時間を無駄に長引かせるのは申し訳ないし、そう思えるだけの興味と好意を少女は修司に抱いていた。

 

故に。

 

「今、楽にしてあげるね。バーサーカー」

 

彼の生をこの場で終わらせる。巻き込んでしまった己の不手際と修司の不運を呪いながら、少女はバーサーカーに命じる。

 

振り下ろされた得物、意識のない修司に避けるのは不可能。せめて戦争の間はその死に様を覚えていようと少女はその様を見届けようとして───。

 

「───え?」

 

その紅い双眸を大きく見開かせた

 

───そこに在るのは、壁だった。バーサーカーの振り下ろされた得物を受けて、罅一つ付けられない壁が、いつの間にかそこに顕れていた。

 

瞬間、バーサーカーは壁に吹き飛ばされる。押し寄せ、押し凪ぎ、バーサーカーをまるで羽虫の如く空高く吹き飛ばす。

 

その光景に少女───イリヤスフィール=アインツベルンは息を呑んだ。

 

壁だと思われたのは……巨大な手だった。黒い孔が空を穿ち、その中から手が顕れ、バーサーカーを吹き飛ばしたのだ。

 

「───なに、これ」

 

魔術師として知識を持ち、魔術というモノをよく知るイリヤスフィールであってもその存在は未知なるものだった。

 

孔から顕れ(イズル)もの、それは深く蒼い重力の巨人、この世ならざる鋼の巨神。

 

重力の魔神───グランゾン、冬木の街に顕れたその存在は否応なしに冬木の聖杯戦争を震撼させていく。

 

 




次回、ダークプリズン。



アーチャーやルーラー、他陣営の様子も書く予定。

それでは次回もまた見てボッチノシ


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