『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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いよいよ聖杯戦争の時期が来た。


その12

春が過ぎ、夏が駆け抜け、秋が巡り、現在冬木は他の地域と比べて幾分か暖かな冬の寒さに突入しようとしていた。

 

新都と深山町を繋ぐ冬木の大橋、その歩道橋を走る一人の影、道行く車と平行して走り抜く(・・・・・・・・)その様は一部の界隈では見慣れた風物詩だった。

 

冬特有の透き通った空気、風を切りながら深山町にある学校へ向かう修司にとってこの時期の空気は嫌いではなかった。大橋を渡り終えると修司はペースを落として坂道を駆けていく、時間帯もまだ早く登校する生徒もいない。人気もなく不気味な程に静まり返る深山町だが、古い家が多くあり雰囲気も合わさって場所によっては何だか映画のワンシーンに迷い込んだ気持ちになる。

 

高校生活が始まってすっかり慣れた通学路を進むこと数分、緩やかな坂を乗り越えて修司は穂群原学園の校門を潜る。住んでいるマンションから此処へ来るまでノンストップでのランニング、呼吸こそは全く乱れていないがその額にはジンワリと汗が滲み出てきた。

 

「オッス、相変わらず早いな修司。その様子だと今日もバス使わないで走ってきたのか?」

 

「オッス、そう言う美綴の方も朝練か? 精が出るな」

 

「どっかの誰かさんが結果を出しまくってるからな、お陰で他の運動系の部活は大変なんだぞ? 何かある度に比較されてんだから」

 

気安い感じで挨拶をしてくるのは同学年で同じクラスの美綴綾子、男勝りな性格で口調も粗っぽいが面倒見は良く、そのさっぱりとした性格もあって年下や部活の仲間からは大変良く慕われている。

 

そんな彼女がまるで責める様な口振りだが、そんな軽口を言い合える人すら少ない修司にとって美綴綾子という女子との遣り取りは男友達の様に親しみが感じ取れた。

 

「て言うか、お前の方は朝練無い筈だろ? たまには休んでも良いだろうに、て言うか休め。アタシ等がゆっくり出来ないだろ」

 

「仕方ないだろ習慣なんだから、それにこれでも前より遅く来てるつもりなんだ。身体に染み込んだ習慣はそう簡単に抜け出せたりしねぇよ」

 

「か~、陸上のエース様は言うことが違うねぇ。新都からの通学路のマラソンを習慣にしちまうとか、マジ化け物染みてるわ」

 

「誉めるか貶すかどっちかにしろよ」

 

そんな慣れたやり取りをしながら、修司は屈んで足首に手を伸ばす。制服のズボンの裾を捲って覗かせるのは良くトレーニングに使われる重り、それも特注と思われる代物で、幾つもの金留めを外すとゴトンと音を立てて地に落ちる。落ちた音からしてキロはいっている重量に美綴は頬を引き攣らせた。

 

「て言うか、アンタ何で部長やらないのよ? 実力もあるし、後輩たちからもそれなりに慕われているじゃない。なんで?」

 

「平の部員が実は一番の実力者って、ちょっとかっこ良くね?」

 

「………アンタ、そう言う思考って蒔寺と似てるって自覚ある?」

 

「そんじゃな」

 

「あ、逃げた」

 

美綴の鋭い指摘を敢えて無視し、彼女と別れて修司は校舎へと向かう。背後から「また教室でな」という美綴に掌をヒラヒラさせて返事をする。

 

下駄箱に靴を仕舞い校舎へ入り教室へと向かう。修司のクラスは二年A組、其処には同じ陸上部である三枝や氷室、蒔寺がいたりするが生憎今日は朝練がない。普通の学生にとって朝練がない日は大抵朝早く登校することはない。

 

教室の扉を開ければ予想通り無人な空間が出来ていた。人気もなく、誰もいない教室を独り占めできるこの些細な時間が修司は何気に気に入っていた。読書をしたり勉強したり、居眠りをしたり、その日の気分によって過ごせると言うのは、割りと贅沢な事ではないかと思い始める程度には好ましく思っている。

 

今日は何をしようか? 勉強か居眠りか、それとも学校内で散歩でもするか、はたまた生徒会にソーラーシステムの製作をどう頼み込むかを思案するか、考えに勤しむこと数分、教室の扉が再び開かれる。

 

「あら白河君、おはよ。相変わらず早いのね」

 

「ん? 遠坂か。オッス、今日はそっちも早いな」

 

左右に揺れるツインテール、防寒対策の赤いコートを羽織って教室に入ってきたのは穂群原学園でも有名な淑女、遠坂凛だった。

 

優雅という言葉を体現したかのような立ち振舞いで同学年だけでなく一年、三年と多くの学生から羨望の眼差しを受ける学園のマドンナ。彼女とも同じクラスで時々ではあるが勉学について幾つか会話を交わす程度には面識があった。

 

「たまには早起きもいいかなって。人の少ない教室って不思議と集中できるから、今の内に予習でもしておこうかなって」

 

「そっか、じゃあ俺も勉強にしておくかな。五月蝿くしないつもりだから、お互い気兼ね無くやっていこう」

 

そう言って最低限の会話を交わした後、二人は勉学の方に意識を移し、他の生徒達がやってくる時間帯まで悠々自適に過ごしていた。

 

そして時間は過ぎていき、昼食も食堂で食べて午後の授業も終了し、残すは放課後の部活動のみとなった。今日もあと少しだからガンバるゾイと気合いを入れて校庭に向かおうと教室を出たとき、ある男子生徒に声を掛けられる。

 

「やぁ修司、今日も部活かい?」

 

気障った調子で声を掛けてきたのは士郎に並ぶ長い付き合いのある友人、間桐慎二だった。高校に入ってから互いに部活動で忙しい事もあり、士郎との一件もあってあまり顔を合わせるのも少なくなっていたが───そんな彼からのまさか声を掛けられるとは思っていなかった修司は僅かに目を見開かせる。

 

「慎二か、珍しいな。お前から話し掛けてくるなんて」

 

「まぁね、以前は衛宮の事で変に意識して顔を合わせにくくなったし、僕も副部長として忙しかったからね」

 

「まぁ、副部長って影ながらのサポートってイメージあるし、実際大変そうではあるよな」

 

「そうなんだよね。ホント参っちゃうよ、後輩達も中々言うこと聞かないしさぁ、使えないのなんのって」

 

「そう言う奴をキチンと育ててこそ、お前の凄さが分かるってもんだろ? 折角実力で副部長の座まで昇り詰めたんだめげずに頑張れよ」

 

「………ま、それもそうだ。僕の実力が本物なのは疑いようもない事実だけど、後進を育てるのも先輩の役割ってね。時間を取らせたね修司、僕もそろそろいくよ」

 

「あぁ、またな」

 

結局、慎二はなんの為に修司を呼び止めたのか、単に部活の話をするだけなのか、相変わらず天の邪鬼で素直ではない男だが、あまり意味のない事をする輩ではない。

 

けれど人の心の内など分かる筈もなく、修司は慎二の真意を探るようにその背中が曲がり角へ消えるまで見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───そして、部活を終えて帰り道。夕飯の買い出しをしようと商店街へ立ち寄り、本日の献立を考えながらスーパーへ赴き品物の品定めをする事にした。

 

「さって、今日の夕飯は何にしようかなっと、明日は学校も休みだし、作りおきが出来る奴がいいんだけど……と」

 

頭の中で家にある残ったモノを掛け合わせて今晩の夕飯のメインを考える。今日は野菜が安いし、野菜たっぷりのキノコシチューにでもしようと材料を買い物籠に入れていくと、近くのおばさま方の声が聞こえてきた。

 

「ねぇ、聞いた? 新都の方でまたガス漏れ事故があった見たいよ?」

 

「またぁ? 今朝もテレビでその話題があったばかりじゃない」

 

「幸い意識不明者はいても死者は今の所居ないみたいだけど、この分だとまだまだ似たような事故が起きそうよね」

 

「不安よね。アタシも家を出るときはちゃんとガスの元栓閉めるのを忘れないようにしなきゃ」

 

──またか。今月にはいってこれで四件目、テレビではガス漏れ事故と称しているが、俺にはどうもそれが何かを隠す為の嘘のように思えてしまう。一時は周囲の人間もそれで納得するモノだからそう言うものだと思っていたが、こう立て続けに同じ事故が起こると何か別の事件に繋がっているのではないかと変に勘繰ってしまう。

 

思えば、この冬木には不可思議な事件事故が相次いで引き起こっている。十年前には少年少女の無差別連続殺害事件なんて悍しい事件が起きていたり(犯人は既に亡くなっているが)、その年の冬にはあの忌まわしい大火災も起こったりしている。

 

自然の恵みは山と海で囲まれているから充実していそうなのに、何故そう言う恐ろしい事故や事件が起きてしまうのか、冬木市ってもしかして何かに取り憑かれてたりするのだろうか?

 

会計を終えてスーパーを後にするが、頭の中ではそう言った後ろ向きな考えばかり思い浮かんでしまう。これではいかん、気持ちを切り替えようと思いすぐ目の前にある鯛焼きの屋台に向かおうと足を進めると───。

 

「ねぇ其処のお兄ちゃん、アレってなぁに?」

 

「ん?」

 

幼く、それでいて綺麗な声に足を止めて声のした方へ視線を向けると、白い雪のような少女が興味深そうに宝石の様な紅色の瞳で此方を見ていた。

 

日本では見掛けない独特の格好、外人であるのは明白でその若さで流暢に日本語を話せることに驚くも、訊ねられた以上答えねばと紳士らしく振る舞うことにした。

 

まず、目線を女の子に合わせるように屈む。

 

「こんにちはお嬢さん、アレってあの車屋台の事かな?」

 

「アレ、ヤタイって言うの? 何か彼処でお買い物してるみたいだけど、一体何を買ってるの?」

 

「彼処にはね、鯛焼きっていう日本のお菓子が売ってあるんだ。中にはあんことかクリームが入っていてね、出来立ては熱いんだけど甘くて美味しいんだ」

 

「ふぇー、そうなんだー」

 

おお、何だか思っていた以上に食い付いてきた。甘いお菓子と聞いて目ぇキラキラさせてらぁ。

 

「良かったら、一個食べてみる?」

 

「え? 良いの?」

 

「俺も丁度甘いものが食べたくなってね。じゃ、ちょっとここで待っててね」

 

ワクワクと目を輝かせる少女を背に屋台へ向かう。購入するのは鯛焼き二つ、どちらもあんこだ。この店の鯛焼きはどれも上手いが、個人的にはつぶ餡の食感が美味しいノーマルの鯛焼きが一番だと思っている。───以前、蒔寺にしつこくせがまれて奢ってやったのを思い出す。

 

珍獣の餌やりを美少女との出会いで上書きしてやろう。受け取った鯛焼きの入った袋を手に少女へ戻る。

 

「はいお待たせ。熱いから火傷に気を付けてね」

 

「わー、ありがとうお兄ちゃん。わ、本当にお魚の形をしてるのね。不思議」

 

興味深々と鯛焼きを一通り眺めるも、冷めると旨さが半減してしまう。そう悟ったのか、少女はカプリと一口頬張り……。

 

「───美味しい」

 

と一言、それでも感慨深そうにしているその子の様子に俺も自然と頬が緩む。癒されるとはこう言う事を言うのだろう。あんこという甘物の割りにその甘さはしつこくなく、それでいて後を引く旨さに少女は瞬く間に手にした鯛焼きを食べ尽くす。それでも上品さが崩れない所を見ると、どうやら結構育ちの良いお嬢様の様だ。

 

「ありがとうお兄ちゃん、美味しかったわ」

 

「気に入ってくれたようで何よりだ」

 

さて、これからどうしたものやら、どうやら今はこの娘一人みたいだし、親御さんは一体何処で何をしているのやら、最悪警察の方へ相談にいかなくてはいけないかも……なんて考えていると、少女は踵を返して去ろうとしている。

 

「あ、おい君、一人で大丈夫なのかい?」

 

「平気、だって私にはとっても強い味方がいるんだから」

 

呼び止めようとするが、少女は微笑むばかりでマトモに答えようとしてくれない。いや、強い味方がいるって言ったからもしかしたら何処かでボディーガードの人がいるかもしれない。

 

もしかしてこの娘、想像以上のお嬢様でいらっしゃる? 何やら気品みたいなのも感じるし、お忍びで日本に来日したお姫様か何かかな? だとしたらこれ以上の干渉は色々不味かったりするのだろうか?

 

すると、少女一度だけ此方に振り返り。

 

「そうだ。鯛焼き買ってくれたお礼にお兄ちゃんに一つアドバイスをしてあげる。夜になったら出来るだけ出歩かない方がいいよ、でないと」

 

“運が悪かったら、殺されちゃうよ”

 

「────」

 

年相応な可憐さで、けれど凄惨な言葉を口にする少女に俺は一人固まっていた。

 

気が付けば、少女の姿は既に消えていた。まるで幻の様に。

 

────手にした鯛焼きは既に冷めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────一体、あの少女は何だったのだろう。

 

先程の出会いがまるで幻だったかのように、何時もの日常の空間が其処にはあった。買い物で行き交う人々、そんな人々とスレ違いながら先程少女が口にした言葉を思い出す。

 

運が悪かったら殺される。それは一体何を意味するのか、あの少女の口振りではまるでこれから人が死ぬ様な出来事が起こるような、そんな予言めいた言葉にも聞こえる。

 

いや、予言と言うよりも寧ろ確信な意味合いが強いかも知れない。十年前に起きた連続殺害事件の様な出来事がまた引き起こされる可能性が示唆されているのなら、このまま黙って見過ごす訳にはいかない。

 

「でもどうする? 流石に俺一人じゃ手が回らないし、誰かに話した所で信じてもらえるか分からないし……明日、せめて氷室に相談してみるか。アイツ確か市長の娘だった筈だし」

 

自分一人で騒いだ所で真面目に取り合ってくれる筈もない、王様にも連絡したいしシドゥリさんにも相談したい。

 

俺は自分に出来る限りの事を思案するが、その思考は一時中断される。商店街に備え付けられた小さな公園、其処に何処かで見覚えのある金髪の女性がいたからだ。

 

人違いかも、何て思いながら近付くと何やらブツブツと呟いているのが聞こえる。──やっぱ人違いかも。

 

「──あぁ何て事、まさかお財布を落としてしまうなんて、あれには今回の旅費全てが入ってたのに、ご飯も食べてないのに……主よ、これも試練だと言うのですか」

 

頭を抱えて絶望に打ち拉がれている女性、本当に声を掛けるべきか悩む所だがここで見捨てるのも後味が悪い、人違いだったらそれはそれで考えるべきだと開き直り、俺はその人の名前を口にする。

 

「えっと、もしかして───レティシアさん?」

 

「ふぇ?」

 

「やっぱレティシアさんじゃないですか。なにやってるんですかこんな所で」

 

「あ、貴方はもしかして───修司、君?」

 

あれ? この人ってこんな感じだったっけ? 男性恐怖症で距離があった筈なのに……克服したのかな? て言うか君って。

 

「何か、お困りの様ですけど……大丈夫ですか?」

 

「え、えぇ平気です! 私の事はお気になさら──“グギュルルルゥ”

 

「…………」

 

「…………」

 

レティシアさんのお腹から食べ物寄越せの大合唱が鳴り響く。聞かなかった事にしようにもレティシアさんは顔を真っ赤にしてるし。

 

「えっと、俺も夕飯これからなんで………良かったらご一緒します?」

 

「…………」

 

それから少しばかりの沈黙が訪れた。十秒か、二十秒か、或いはそれ以上の時間を掛けて───。

 

「よ、宜しくお願いします」

 

顔を真っ赤に染め上げるレティシアさんの声は涙声に震えていた。

 

 

 

 




ボッチ、夕食を餌に聖女を釣る。

次回からやっとこさ聖杯戦争に突入。

果たしてボッチはこの先生き残れるのか!?

それでは次回もまた見てボッチノシ



オマケ

もしもボッチがサーヴァント召喚したら。

part1

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。
四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)
繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する。

――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷しく者。

汝 三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

AUO「さて、我が臣下はどんなサーヴァントを引き当てた?」(ニヤニヤ




???「脅えるな、契約者よ」

ボッチ「なんか、凄そうな人が出てきたな」

AUO「おっふ」






???「っ!!?」
???「どうしたんじゃ?」
???「今、何か薄ら寒いモノを感じた様な───」


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