Ω月√日
高校へ入学して早数ヶ月、新生活にもいい加減馴れて来た今日この頃、他の生徒達は其々の部活動に勤しみ、日々青春を謳歌している。士郎と慎二も同じ弓道部に所属し、学友や先輩方と一緒に己を高めている。
そしてこの俺、白河修司も遂に陸上部へと入部を果たした。朝練に精を出して疲れた身体で授業に挑み、空腹の腹に弁当をかっ込み午後の部活動に臨む。
最後には疲れきった身体で帰宅し、自宅で夕飯を食べて風呂入って寝る。そして翌日の朝に宿題をしていなかった事に気付き急いで登校してクラスメイトにノートを写させて欲しいと懇願する。
何と言う素晴らしい日常、これから俺が過ごすのはそんな平凡ながらも慌ただしく実に充実した毎日───の、筈だったのだが、どうやら俺には結構無縁な話だったらしい。
そもそも学校の部活動程度で息切れ起こさないし、そういや俺小さい頃から言峰師父の扱きや王様の無茶振りで体力は人一倍有り余っているんだった。朝早く起きるのも馴れてるし、弁当も夕飯の作り置きをアレンジしたモノ、剰りにも淡々に部活を熟すモノだから当初は三年の先輩に目の敵にされたっけ。
いや、あれでも手を抜いてるんだよ? 下手に加減忘れたら体力測定の時の二の舞になるし、まぁ、その時の話もあって一時期は色んな人達からやっかみを受けたっけ、特に上級生から。
部活の終わりには俺一人に後片付けしろなんて言われたりしたが、先輩方が帰る頃には全部終わらせてしまっているのでイビっている意味がない。ならば次は靴を隠してやろうと企てたりするが、師父との修練で俺の素足は鋼の様に硬くなっており、裸足で部活に参加したりした。まぁ、その時は流石に異変に気付いた顧問の先生がイビりの常習犯である上級生に厳しい指導をしてくれたお陰でその事件は終わったが。
そして、その時に知り合ったのが同じ陸上部の氷室鐘、蒔寺楓、三枝由紀香の三人、氷室は体力測定の時に既に顔見知りで今回の先輩からのイビりの対処を影ながら行ってくれた人物である。まぁ、靴を隠した先輩達の様子をカメラで隠し撮りしていただけらしいが……。因みにこの時の作戦立案が氷室で実行者が蒔寺である。三枝? 彼女は普通に先生に訴えてくれた人です。
端から見る限りでは面白い三人娘、氷室は普段の真顔から分かりにくいが結構話しやすいし、三枝は家計のやりくりという事で士郎と同じ家事の話題で話せたりしていて高校生活に於ける俺の潤滑油の一部になっている。
蒔寺? 知らん、俺の知り合いに珍獣はいない。つーかあの女が俺に【ボッチ】の噂を流した張本人だった。いつかしばく。
と、そんな訳でここまでは順風満帆な俺の高校生活、少々不完全燃焼感はあるが割りと充実している。王様からの無茶振りもあれからめっきり減っているし、帰宅後は時折見る夢とそこから頭に浮かんできた図面やら絵を別の手帳に書き移したり、八極拳の修練を独自で行っている。最近は師父も忙しそうにしてるし、俺も自分の事は自分でやらねば。
そして王様だが、ここ最近あの人も忙しいのか此方に帰ってくる様子はなく、何やら外国で色々やってるらしい。らしいと言うのは王様が経営していると思われる会社の名前が時々テレビに出てくるからだ。
そういや、会社は大分有名になってきたのにテレビには王様の名前って出てこないよな。まぁ、他の有名企業のお偉いさんの名前とかあまり聞かないからそれと似た事情なんだろうけど、目立ちたがり屋なあの人がそんな理由で自重すると思うと違和感が凄い。
シドゥリさんが言うには忙しくも元気でいるらしいから心配はしてないけどね。その間自分は王様のいきなりな無茶振りに応えられる様に自分磨きを怠らない様にしよう。
γ月※日
この日、久し振りに王様が帰ってきた。しかもシドゥリさんと一緒に、珍しく仕事で疲れているらしい王様にどうしたのか訊ねると、これを作っていたと一つの封筒を渡された。
封筒の中にあったのは手帳、しかも給料明細と記されたモノだった。何でも海外遠征に勤しんでいた俺に対する報酬らしく、この日俺は初めて給料というモノを手にした。まだ学生でしかない俺が給料なんてモノを貰って良いのか甚だ疑問に思うし、何よりあの海外出張は個人的に楽しんでいた部分もあるから、どちらかと言えば旅行の気分で行っていた。
だからこの上給料まで貰うのは気が引けたが、王様曰く俺の働きに見合った金額だから安心しろとの事。それならば余計な心配だなと手帳を開いてみれば───。
あら不思議、そこには0が9コも付いた金額が付属されているじゃあありませんか。
我が目を疑った。目をこれでもかとひん剝いて何度も目を擦って確認しても桁数は一桁も変わらない。何だこれはと王様に訊ねるも王様も何か不服かと目を細めるばかり。
いやいや不服じゃねぇよ、いやある意味不服だけども! 此だけの額を高校に上がったばかりのガキに何スンナリ預けようとするの? ていうかこれだけの金額の分働いた記憶がないわ、世に働きに出ている社会人の皆様に申し訳ないわ!
何て言っても王様はどこ吹く風、寧ろ呆れた様に溜め息を吐かれた。
そこから先はシドゥリさんが付け足してくれたが、どうやらあのネルロ某が引き起こした麻薬事件は思っていた以上に関係各所に影響を及ぼしていたらしく、問題の鎮静化の功労者である俺に是非謝礼がしたいと言い、一番分かりやすい金銭という形で頂いたのだとか。
いや、それでも此れだけの金額は受け取れない。だったら王様の会社に役立てて欲しいとしたが、その程度の端金あった所で意味がない。と一言で両断されてしまった。
これ以上断りを続けたら逆に王様の機嫌を損なう可能性がある。王様の怒りがまだ爆発されない内に俺は手帳を懐に仕舞い、後にシドゥリさんに預かってもらう事で事なきを得た。
その後は何時もの夕食会、今日は珍しくシドゥリさんも来たことから手料理を振る舞う事にした。
ラム肉を使ったシチューは意外にも王様の舌に合ったのか、この日俺はまたもや珍しく王様の口から美味いという言葉を戴いた。シドゥリさんも気に入ってくれた様だし、多めに作ってあったシチューは三人で平らげてしまった。
その後、王様に言われた。“夢を持て”と、身の丈に合った理想に殉じるのは美学ではあるが、それも過ぎれば己の器を縮める悪癖に繋がると。故に大きな夢を抱けと、大望を抱いて己を磨き邁進しろと、就寝前の王様は俺にそう語ってくれた。ワインを片手に外を観る王様の目は普段のおちゃらけた雰囲気とは違い、何処までも先を見ているようで、改めて俺は王様の凄さを思い知った。
──夢、かぁ。これ迄俺は王様の臣下という形で何となく生きてきたが、高校に上がった今、それを明確に顕す必要がそろそろ出てきたのかもしれない。
取り敢えず、先ずは陸上で好成績を出すことから始めよう。
因みに俺の得意としている種目は1500M走を主軸に他諸々、普段は高校記録を抜けるか抜けないかの力加減でやってます。リレー? メンバーから外されてますが何か?
───そういや、体力測定でダメ出ししてきた教師、あれから姿を見てないな。どうしたんだろ?
δ月Δ日
先日、ちょっとした事件があった。弓道部のエースである士郎が突然部活を辞めたのだ。俺は士郎と慎二とは別クラスだからその事を知るのに1日遅れたが、何でも士郎がバイト先で火傷を負ったらしく怪我自体はそんな酷いモノではないが慎二の奴が何か言ったらしく、それを真に受けた士郎がアッサリと弓道部に退部届けを出したのだとか。
いや、確かに大会が近いこの時期に怪我を負う士郎だが、まさか慎二に何か言われた程度で辞めるとは思ってもいなかった。後で本人に直接聞いたら「バイトも忙しい時期に入ってきたから丁度良かった」と呑気に言ってる始末。
………前々から思ってたけど、士郎の奴ちょっとズレてね? 幾らお人好しだからといって限度ってモノがあるだろ、高校の大事な大会にバイトを優先させるか普通?
この間も学校のプール掃除を頼まれたからって一人でやろうとしたし。その時は偶々一緒にいた俺が手伝ったから良かったものを。士郎には自分の中にある優先順位というモノがないのだろうか?
そして慎二の方にもコッソリ話を聞いた。幾ら士郎をムキにさせたいからって退部を勧めるのはダメだろ、と然り気無く諭すつもりで言ったが、コッチはコッチで話をマトモに取り合ってくれなかった。
何て言うか、慎二の奴も変わった。中学の頃も嫌味な所はあったが、それでも人に対する配慮はあった筈だ。士郎を怒らせて人間味を引き出させる為とは言え、あぁも底意地の悪いことは言ったりしない……と、思ってたんだけど。
尤も、まさか本当に部活を辞めるとは思っていなかっただけに引っ込みが付かなくなったのもあるかも知れない。何れにせよ、弓道部の人間じゃない俺がとやかく口出しするのは筋違いだ。当人が納得しているのなら、外部の人間が口出ししても意味がないだろう。
願わくば藤村先生辺りが上手く矯正してくれればいいのだが。
それはそれとして、俺の方も陸上の大会が控えている。高校最初の公式レース、王様は忙しそうだから見には来ないだろうけど、恥ずかしい結果にはしないように結果は残していこうと思う。
◇
「白河、お前凄いなぁ! まさか大会初参加でいきなり複数の種目で優勝するとは! この分なら、全国へ行っても活躍は間違いなしでしょうなぁ」
「まぁ、体調も良かったからな」
「このぉ、クールぶりやがって! 知ってんだからな! お前が控え室で掌に人の字書いて落ち着こうとしてたの!」
「ま、蒔ちゃん、その辺にしよ? 白河君も困ってるよ」
「そうだぞ蒔の字、白河は今や陸上部のエースなんだ。下手に絡んで怪我でもさせたら事だぞ?」
「私は一向に、構わんッ!」
「おい、それは俺が怪我しても構わないって意味か? ネタでも時と場合によっては洒落にならんと躾けたつもりだが、些か足りなかったらしいな?」
「ヒェッ。わ、悪かったって! そ、そんじゃあ私此方だから! じゃあな!」
「あ、私も向こうだからもう行くね。バイバイ白河君、次の試合も頑張って」
「同じ学友、せめて武運を祈っておく」
「あぁ、サンキュ」
珍獣一匹と学友二人との別れを済ませ、俺も自宅への帰路に着く。空は既に夕焼けに染まり、山の向こうでは太陽は既に隠れようとしている。
「結果は上々、全国への切符も手に入ったし高校一年目の活躍としてなら……まぁ、悪くはないだろ」
とは言え王様に経過を報告するつもりはない。あの人なら地区予選で勝ち上がった程度で褒める様な台詞は言わないだろうし、せめて全国で優勝、もしくは新記録を打ち立ててから報告した方がサプライズになるだろう。
しかし、勝って兜の緒を絞めよ。なんて格言もあるし、学友達の期待も背負っている以上、慢心はしない。全国では今以上に気を引き締めて望むべきだ。
そんな事を考えていると、視界の端に士郎が住んでいる武家屋敷の門が入ってきた。そういやここ数日部活動に集中していたから士郎がどんな様子で生活していたのか全然知らなかった。肩の火傷は其処まで酷くはないと聞いたが、それでも暫くは安静にしなければならない筈、片手が動かせない以上日常生活でも支障があるだろうし、何より自慢の料理も満足に奮えないだろう。
士郎には藤村先生が付いてるから大丈夫だと思うが、藤村先生ズボラな所があるからなぁ、心配だ。
俺は士郎の様子が気になり門へと向かう。もし火傷が痛むなら家事を手伝ってやるし、材料があれば料理も代わってやろう。中学からの付き合いのある友人だし、その位はしてもバチは当たらないだろう。
そう思って門を潜ろうとして───。
「今日もありがとうな、桜。助かったよ」
「いいえ、先輩には高校でもお世話になりますから、この位はさせてください」
思わず隠れてしまった。え? な、何故桜ちゃんが士郎の家に? 何で?
恐る恐る覗き混んでみると、其処には肩から腕に掛けて包帯を巻いた士郎と、中学の頃より髪と背が延びた間桐さんちの桜さんが楽しそうに玄関前で笑い合っていた。
何故彼女がここにいるのか、何故士郎の家から出てくるのか、気になるところは多々あるが、正直そんな事はある事実の前ではどうでも良かった。
桜ちゃんが、笑っている。楽しそうに、嬉しそうに、俺の前では決して見せなかったその表情に俺は何か決定的な敗北を味わった気がした。
そして理解する。彼女の笑顔を見て俺は確信した。間桐桜、彼女は衛宮士郎という男に恋をしているのだと、頭ではなく心で理解した。
手足が震える。涙が溢れそうになる。絶叫したいほどに狂おしい感情が駆け巡るが、それでも俺は呑み込んだ。だって、あんな楽しそうな彼女を今まで見たことなかったから。
きっと、彼処には彼女の幸せが詰まっているのだろう。俺には其処に触れる事なんて出来ない、だったら、俺に出来ることは一つ。
「白河修司は───クールに去るぜ」
その場から最初からいなかった様に消えるだけだ。
夕焼けの街並みが目に染みる。今日の夕飯何にしよう。瞼から溢れる涙を拭いながら俺は家に向かった。
「───今の白河君? な、なにあの哀愁に満ちた背中」
その様子を某あかいあくまは困惑しながら眺めていたとか。
───オマケ───
「おい修司、何だこの夕飯は? 我は普通の飯を所望した筈だぞ」
「───キュケオーン」
「は? いや、そうではなく」
「キュケオーンを食べろよ」
「し、修司?」
「キュケオーンをたべろよぉぉぉぉっ!!!」
「ぬわーっ!?」
その日の白河さんちの夕御飯はそれはそれは凄惨な有り様だったとか。
「ハッ!? 今愉悦の波動があった様な……」
ボッチは恋愛の敗北者じゃけぇ……。
今回の聖杯戦争である事情からある人物も参戦させる予定。
Q.所で、士郎はボッチが自分と同じ冬木の大火災の生き残りだと知ってるの?
A.愉悦神父「無論、知らんとも」
それでは次回もまた見てボッチノシ