『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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ボッチ、珍道中


その4

 

 

───現代の魔術師は魔術だけでは生きていけない。そう思い、私は大変不本意ながら父の弟子である言峰に中国拳法の一つである八極拳を学んだ。

 

第四次聖杯戦争が始まるまでの三年、魔術の修練の合間に八極拳や料理、魔術師としても人としても重要なモノは全て自分の糧にして、私なりに必死に努力を重ねてきた。

 

そして第四次聖杯戦争、父が死去し、後に母も亡くなった私は後見人である言峰に色々と生活の援助をしてもらっていた。

 

けど、それも私が高校に入るまで、そこから私は自分の力だけで生きていかなくてはならない。不安は……まぁ、あると言えばあるが、父が残してくれた財産のお陰で一人立ちするまでには保つだろうし、何よりこれ以上父を守れなかったエセ神父の世話になるのが嫌だった。

 

言峰と顔を合わせなくなり、疎遠となっていたある日、高校の試験問題に備えて一応の資料を集めに奔走していた時、偶々教会の近くを通った私は気紛れにあの死んだ魚の様な目を拝んでやろうと思い付く限りの嫌味を頭の中へ思い浮かべて、その門を潜った。

 

そして、そこで私が見たものに言葉を失った。

 

『───なに、この岩』

 

教会の半分の大きさに迫る巨大な岩石が教会前の広場に鎮座していた。門を潜るまでは認識阻害の結界が張られていたからか気付かなかったが、これだけの岩石、一体どこからどうやって持ってきたと言うのか。

 

『む、凛か。お前が自らここに来るとは珍しい。一体、私に何用かな?』

 

岩石の影からひょっこりと顔を出してくるのは最後に顔を合わせたときと変わりのない死んだ魚の目をしたエセ神父だった。

 

『何用かな、じゃないわよ! 何なのよこの岩!? アンタこれを使ってテロでも起こすつもり!?』

 

『失礼な、これは立派な鍛錬用のモノだ。まぁ、流石に大きすぎるから周辺への気を使って人払いと認識阻害の結界を張っているが……』

 

『鍛錬って………アンタ、今までこんな派手なモノを使ってたっけ?』

 

この男は鍛錬するときは人目に映らないように影で功夫を行っている。確かにこの言峰綺礼という男はエセ神父だが、こんなこれ見よがしな武力誇示をするような真似をするような奴ではなかった筈だ。

 

そんな私の疑問に何を思ったのか、言峰は一瞬だけ珍しく呆けた顔を晒すが、次の瞬間には人を小馬鹿にするような薄ら笑いを浮かべている。

 

『まぁ、一応は気を付けておこう。それよりも凛、お前もそろそろ高校への進学の受験の筈だろう? ここで油を売ってていいのか?』

 

あからさまな話題反らしだが、これ以上この男と話をしても無意味だと判断した私は時間を無駄に消費した事を後悔しながら踵を返す。

 

無論、受験には今の実力でも充分余裕で合格出来るが、遠坂家の家訓である“余裕を持って優雅たれ”の実行の為に更に追い込みを掛けるつもりだ。

 

しかし、そんな私に言峰は一度だけ呼び止める。

 

『凛、下らないと思うかもしれないが、一度だけ質問に答えてくれないか?』

 

『なに、私、忙しいんだけど?』

 

『ここへ足を運ぶ程度には余裕なのだろう? それとも、遠坂家の家訓はお前には荷が重いか?』

 

相変わらず嫌味ったらしい言い回しに腹が立つが、ここで無視を決め込んでは後で何を言われるか分からない。次の聖杯戦争が始まるまでに教会側との余計なイザコザは可能な限り抑えておくべきだ。

 

『────なによ』

 

『お前は、この岩を一撃で粉砕出来るか?』

 

『───は?』

 

『だから、お前の拳はこの岩石を一撃で破砕出来るかと聞いている』

 

『………拳だけで?』

 

『拳だけで』

 

『………魔術なしで?』

 

『魔術なしで』

 

言峰が私へ投げ掛けた一つの質問、それは私にとって言峰綺礼という人間を見損なうのに充分な威力を秘めていた。教会の半分を覆うほどの巨大な岩石、それを一撃で砕く? 魔術無しで? 人の拳だけで?

 

『バッッッッカじゃないの? そんなの、出来るわけないじゃない』

 

言峰綺礼という男はもっと現実的な人間かと思っていたが、どうやら違ったらしい。あんな巨大な岩を破砕するとか、そんなの埒外の化け物かそれこそ英霊にしか出来ない所業じゃないか。あの男は英霊になりたい願望でもあるのか?

 

それはそれである意味人間らしく思えるが、それを言及するほど私は暇じゃない。

 

『そうか、出来ないか。うむ──時間を取らせたな』

 

何か一人で勝手に納得している様だが、そんな事知った事じゃない。本当に時間の無駄だった。こんな男に時間を割いた事を後悔しながら私は教会を後にする。

 

そうだ。私には果たさなければならない使命がある。聖杯戦争に勝利する為に私は、遠坂凛は立ち止まる訳にはいかないのだ。

 

 

 

 

 

 

『師父、どうしたんです? 圏境まで使って人目を忍んでこいとか、そんなに大事な話なんですか?』

 

『いやなに、今回呼び出したのはいつぞやの試練の焼き増しだ。この岩を一撃で粉砕してみせろ』

 

『分かった。と、その前にちょっといい? 気合い入れたいから着替えたいんだけど……』

 

『構わんが……おい待て、何だ? その山吹色の胴着は』

 

『いやー、前のジャージも破かれて久しかったしさ、やっぱ形から入った方が気持ちが引き締まるし、高校へ進学する自分へのご褒美も兼ねて思いきって作ってみたんだ。師父の分もあるけど着る?』

 

『いらん。というか、お前は高校受験は良いのか? 勉強しなくて』

 

『最低限の勉強はしたし後は応用を抑えれば問題ないさ、それに追い込みが過ぎるのも効率悪いし、ガス抜きは定期的にしないとね』

 

『───そうか』

 

『じゃ、いきますよ!』

 

その日、冬木の街はちょっとした地震に襲われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

δ月β日

 

中学へ進学して早二年、自分と同学年の生徒達は迫る高校進学の為の受験勉強に勤しんでいる事だろう。勿論、自分もその一人だ。

 

自分は相も変わらず王様の無茶振りに追われ、海外で悪漢をしばき倒しながら世界各地を回っていた。

 

その道中インドでは以前出会ったカレー推しのシスターことシエルさんに昼飯奢って貰ったり、中国では項羽推しの読書愛好家であるヒナコさんが迷子になった自分を道案内してくれたり、イギリスの首都ロンドンでのウェイバーさんに至っては宿を探していた自分をワザワザ御自宅に何日か泊めてくれたりと、色んな人に助けて貰ってたりした。

 

最初の頃は言語の問題でマトモに現地の人達とコミュニケーションが取れなかったけど、何日か過ごす内に自然と覚える様になり、今では大抵の言語を訛り混じりだが話せるようになった。やっぱ人間は環境に慣れるものである。

 

で、王様に言われた難題の事だが、悪漢の方は何とかなった。薄暗い道や地下、胡散臭い所を歩いてれば自然と沸いて出てくるし、適当に張り倒しておけば後はそそくさと逃げ帰ってくれる。

 

ただ、悪漢は逃げ足だけは皆矢鱈と足が速くていつもその様子を見逃してしまうんだよなぁ。元々薄暗い事もあって暗闇に目が馴れる前に襲ってくるし、馴れる頃には皆何処かへと逃げていってしまう。その場にお決まりの小さな煙だけを残して。

 

シエルさんに聞いても変に苦笑いを浮かべて誤魔化すだけだし、……まぁ、端から見れば自治体気取りの中坊の小僧が生意気言ってるみたいだから、シスターさんも返答に困るよな。

 

他にも中国では无二打(にのうちいらず)で有名な李書文先生の真似事をしながら悪漢をしばいていたのだが、これが中々上手くいかない。まぁ元々殺す気もないし殺す度量もないから当たり前だが、どんなに強く踏み込んでも精々吹き飛ばす事しか出来ないのだ。

 

悪漢は吹き飛んでいる最中に煙だけを残して逃げてしまうし……というか、俺、悪漢逃がしてばっかりじゃん。王様はそれでいいと納得してくれているが、一度も警察の人に突き出していないから、イマイチ社会に貢献できているのか不安になる。

 

そんな訳で逃がした悪漢を追うべく街を彷徨い、迷子になったところでヒナコさんと出会った訳だ。ヒナコさんは物静かで読書が好きな人なんだけど、昔の偉人……中でも嘗ての覇王と呼ばれた項羽の話になると途端に饒舌になったりする。

 

ただこのヒナコさん、出会い頭の初対面の印象が悪かったのか、人の顔を見るなりゲッて口にしていたから、あまり好く思われてはいないみたいだ。ああいう物静かな人は静寂を邪魔されるのが嫌いみたいなので自分の知る場所まで送ってもらったらそれっきりになったんだよね。いつかお礼をせねば。

 

そしてロンドンだが、ここでは悪漢よりもそこに住む人々に手間を掛けられた気がする。地元の人達は皆好い人ばかりなんだけど、喧嘩っ早い人も多くいるらしく、自分はその争いに運悪く巻き込まれてしまったのである。

 

そこで以前にも知り合ったウェイバーさんと金髪ドリルの女の子と出会い、その場の流れで彼等と同行する事になった。何でもウェイバーさんは所属する組織の偉い人で、組織内にある各派閥の人達がどんなに脅してもどの派閥に属するかハッキリしないウェイバーさんに業を煮やし、一部の人達が強行手段に訴えて来たのだとか。金髪ドリルの人───ルヴィアさんは完全に巻き込まれた側らしい。ウェイバーさんってもしかしてヤの付く人?

 

そしてその後、自分もその争いに巻き込まれたりするのだが……何というかこの人達、怖いんだか怖くないんだか良く分からない事をしてくるのだ。何か奇妙な呪文? 的なことを唱えたり、骨を使って攻撃してきたり、他にも色々仕掛けてきたり、挙げ句の果てには紙吹雪なんてものを使って攻撃? をしてくるのだ。

 

いや、可愛いかよ。何かの手品のクラブかな? てっきりヤの付く人達の抗争かと思って緊張していただけに彼等の行動に思わず肩透かしを食らった。え、この人達相手に本気で殴りかかろうとしていたの? 俺。

 

あれかな、ウェイバーさんが狙われたのって所謂手品サークルの勧誘みたいな話なのかな? 大学とかの、俺大学とか行った事ないから知らないからなー、凄いんだなイギリスの大学って、確かウェイバーさんの大学って時計塔って言うらしいし。もしかしてビッグベンの近くに合ったりするのかな? 今度調べてみよう。

 

で、その後もゴチャゴチャあって何か味方と自称する獅子劫 なんて人も来た。ウェイバーさん曰く助っ人らしいのだが、この人はめっちゃ厳ついし手品なんて合わないと思ってたんだけど……。

 

ルヴィアさんはプロレス技で相手を地面に沈め、獅子劫さんはショットガンに動物の指詰めてブッパしてた。怖いわ。

 

いやどんな仕組み? 何でワザワザ銃弾に動物の指詰めてるの? 普通に鎮圧用の弾でええやん。いや、紙や骨を使ってくる人達には有効かも知れないけどさぁ、そこはせめてゴム弾とかでええやん。ルヴィアさんに至っては俺と同い年位なのに本気で相手をプロレスで沈めてたし、怖いわ。

 

お陰で抗争(勧誘?)は長引きそうだし、これ以上ロンドンだけに留まるのもあれなので思い切って自分もそのイザコザに参加する事にした。

 

と言っても軽めに何発か殴るだけなんだけどね。中国での修練で圏境を身に付けた事により上手く相手の懐に潜り込めた自分はそのまま相手側を鎮圧、どうにか怪我人を出さずに終わらせることが出来た。

 

ウェイバーさんには後日泊めてくれたお礼をすると言って自分はそのままロンドンを後にし、取り敢えず日本に帰ることになった。

 

今回の事、特にロンドンでの出来事を王様に説明したら大爆笑された。気持ちは解るけど笑いすぎ、何も死にかける程笑わなくてもいいじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体どういう事だ」

 

時計塔の一室、召喚科学部長を勤める老魔術師は人払いを済ませた部屋で忌々しくその表情を曇らせる。

 

最初は些細な切欠だった。新たに“ロード”となったウェイバーにどの派閥に加わるかちょっとした脅しを仕掛けただけだった。

 

所が相手が予想より抵抗してきたモノだからつい此方も熱くなってしまい、ちょっとした抗争まで発展仕掛けた時だった。

 

獅子劫界離が参戦してきたのは良い、相手はフリーランスの魔術師だ。奴が抗争という飯の種に寄ってきてこれに参加したのは良い、エーデルフェルトの娘も下見に来ていただけで騒ぎを大きくしないと言っている。まぁ、これもいいだろう。小娘に要らぬ貸しを作ったのは不本意だが、致命的なミスには至らない。

 

が、こればかりは無理だ。どうあっても無視出来る内容ではない。何故50人もの魔術師が何もできずに無力化されているのだ。

 

彼等はいずれも選び抜かれた精鋭、老魔術師が認める時計塔屈指の戦闘集団。それが相手にもされず一蹴されたとあっては魔術協会の、引いては此方の失態に他ならない。

 

何とか揉み消さねば、思案する老魔術師だったが……。

 

「お邪魔するよ、ロッコ=ベルフェバン卿」

 

「っ、ライネス=エルメロイ嬢……」

 

扉の向こうから現れる小悪魔、その隣には件の中心人物であるロード=エルメロイ二世がげんなりとした様子で苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

「───シュウジ=シラカワ、良いでしょう。貴方をこの私、ルヴィアゼリッタ=エーデルフェルトのライバルとして認めましょう!」

 

その頃、こっちはこっちで変なフラグが建っていた。

 

 

 

 

 




Q.ヒナコはボッチの事どう見てたの?
A.グッちゃん「なにあのバカでかい魂、星よりデカイってホントに人間!?」

尚、これが分かるのは星の触覚である真祖級、もしくは一部の英霊のみの模様。
更に追記すれば、ボッチの魂は依然として成長途中である。

Q.ボッチは魔術を知らないの?
A.周囲からは確実に魔術側と思われているが、本人は五次聖杯戦争まで手品の一種と思い込んでいた模様。

Q.遠坂凛は自分に弟弟子(八極拳)がいることを知ってるの?
A.神父「勿論、知らんとも」




そろそろ次回から五次聖杯戦争に進めたいけど、その前に衛宮士郎や間桐慎二との遣り取りを書きたいなぁ。


そんな訳で次回もまた見てボッチノシ

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