『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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龍剣爆発! オッタルがやらねば誰がやる!?




その28

 

─────雨が、重い。

 

その日、迷宮都市は未曾有の危機に包まれていた。モンスター達による地上への侵攻、本来ならば有り得ない事態を前にオラリオの人々は恐怖と混乱の底へと叩き込まれていた。

 

冒険者やギルド、多くの派閥によって成り立っていた絶対の前提条件。嘗て黒龍や今は討伐され滅んだ怪物達が齎した大災厄、今迷宮都市は当時の記憶に苛まされて怯えきってしまっている。

 

だが、事態はそれだけに留まらなかった。侵攻してきたモンスター達、本来ならば冒険者────否、地上の人間達には絶対の敵対心を持っていたダンジョンの怪物達があろうことか言葉を発したのだ(・・・・・・・・)

 

人間の様に流暢に、そしてただ言葉を口にするだけでなく同じダンジョンで生まれたモンスターをまるで仲間や家族に接する様に並び立ち、支え、助け合っているのだ。

 

それを目の当たりにしたレフィーヤはこれ迄培ってきた常識が根刮ぎ崩れた錯覚を覚えた。足元から崩れるような、延々と奈落の底へ落ちていく様で────体が動かなくなっていた。

 

レフィーヤは自分がどんなに弱いのか、自分がどれだけ周囲の人間に支えられ、助けられてきたのか理解している。アイズやベート、ティオネやティオナ、フィン団長にガレス、そしてリヴェリア。多くの仲間達のお陰で自分はここまで強くなれたのだと胸を張って言える。

 

故に、そんな仲間想いのレフィーヤだからこそ、怪我したモンスターを庇う様に立つモンスターに酷く動揺してしまった。だって、その光景はまるで自分達と同じ人間の姿であるように思えたから。

 

その直後、そのモンスター達は足元に現れた黒い孔に吸い込まれ姿を消す。呆然としながらも止めを刺さなかった事に無自覚に安堵したレフィーヤは、団長達が向かっている筈の迷宮都市の大広場へと駆け出した。

 

────そもそも、何故出撃を命じたフィンは幹部達と共に大広場へ向かうと言い出したのだろうか? 当時元々外へと出掛けていたアイズが偶然の産物でその場所にいるのはまだ理解できる。しかしフィンは騒ぎを聞いた瞬間騒ぎの元凶が大広場であることをピタリと言い当てた。

 

フィン=ディムナにはその経験から疼き出す親指によってその時の吉兆を予感する能力へと昇華技能を持っている。冒険者として長い間体験してきた経験、その集大成の表現として親指がうずくのだと以前リヴェリアが言っていたことを思い出す。

 

だから、今回もその親指の疼きで元凶の居場所を掴んだのだとレフィーヤは解釈したのだが────現実はその真逆(・・)である。

 

当時、フィンは騒ぎが起きた時親指が嫌に疼き出すのを感じた。ブルブルと、何かに怯える様に広がる疼きの波紋は軈て親指だけでなく左手全てに伝播していく。

 

嘗てない事態が起きようとしている。前例のない災厄が訪れようとしている事を察したフィンは、次の瞬間違和感を覚える事になる。

 

親指の疼きが収まったのだ。パタリと、先程の震えが嘘のように、何事も無かった事のように彼の手は平静を保っていた。今まで起こらなかった現象を前に不思議に思ったフィンは、ふと窓から外を見る。大広場、迷宮都市オラリオにおいて最も巨大としられる広場、そこへ続く道を目の当たりにしてからフィンの親指は震えが止まっていた。

 

瞬間、その場所こそがこの騒動の原因が居るところなのだと、フィンは確信する。根拠はない、だが確固たる自信があった。

 

まるで黒に塗られたキャンパスの上でそこだけが白くくり貫かれた様な、或いはその真逆の様な、言い知れない不気味な静寂さが其処にあったからだ。

 

自分は【勇者】、ならば迷宮都市に生まれた危機から人々を守る責務がある。フィンは今此処にはいないアイズを除いた全ての団員達に出撃命令を下し、フィンは幹部達と共に大広場へと向かった。

 

流石団長、レフィーヤはこんな状況でも冷静に立ち回る自分の団長に尊敬の念を抱く。そうだ、自分達は迷宮都市の中でも最強最大手の派閥として知られるロキ・ファミリアだ。これまで何度も窮地に陥ったし、その度に仲間と共に切り抜けてきた。

 

だから今回も大丈夫、例え相手が【穢れた精霊】だろうときっと打開して見せる。これまでの体験と経験で自信を着けてきたレフィーヤはそれを強く確信する。

 

────成る程、彼女の意見は尤もその自信も自負もこれ迄彼女が体験してきた事を鑑みれば当然の事であり、誇りに思える事だろう。事実、彼女が思っていた通りフィンは震えの収まった親指が示す方向、大広場に元凶と思われる輩が存在した。

 

ただ、その元凶が自分達には知覚出来ないほどに強大であった。ただそれだけの話、空を飛ぶ小鳥が太陽の熱さを認識出来るか? 水辺に漂う微生物が大海の広さを知覚出来るか、フィンの親指の疼きが止まったのは、“危機を危機として認識できなかった”事が理由など、フィン自身を含めて誰も理解する事はなかった。そう、二段階昇格という偉業を成し遂げたベートですらも………。

 

故に、レフィーヤは想像出来なかった。今回の事件の裏に何があったのか、これから何が起こるのか、想像も出来なければ予想も出来なかった彼女はその大広場で。

 

「アイズさん! 皆さん!」

 

きっと今頃全てが終わった後なのだと、喜色の混じった声を漏らしながら大広場へ訪れたレフィーヤが目にしたのは────。

 

ただただ目の前に悪夢(現実)の光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣先が空の光を浴びて凶悪な煌めきを放ち、魔法が戦場を彩っていく。豪腕が戦斧を奮い、鋭い細剣(レイピア)が標的を穿つ。それは冒険者達から見ても尚、絶技と知られる業の数々だった。

 

ロキ・ファミリアとフレイア・ファミリア、共に迷宮都市オラリオに於いて最強の一角として知られ、その名を世界中に轟かせる。謂わば人類達にとっての彼等は希望であり、羨望の対象であり、憧れの存在であった。

 

普段は対立し、その裏で幾つもの謀略画策を繰り返して互いに牽制しあってきた両陣営、完全に敵対すれば後には引けなくなる。一度戦ってしまえば両者勿論、この迷宮都市にも桁違いの損害を齎す明確な敵対は控えていた。

 

───故に、そんな彼等が手を組む事なんて有り得なかった。ロキ・ファミリアもフレイア・ファミリアも、数多の冒険者達も、そして迷宮都市に住まう人々もそれは有り得ないと思い込んでいた。

 

今日という日が来るまでは。

 

オッタルとフィン、互いに一つの派閥の代表としてこれまでファミリアを背負ってきた両者が、肩を並べて戦っている。【炎金の四戦士(ブリンガル)】とヒリュテ姉妹が、【女神の戦車(ヴァルナ・フレイア)】とベートが、ロキ・ファミリアの主力とフレイア・ファミリアの主力が互いに協力しながら戦っている。

 

彼等の間に余計な言葉は少なかった。元々対立していた彼等は馴れ合いの為にここにいるのではない。全ては眼前に佇む標的を屠る為、自分の信じたモノを押し通す為に此処にいる。

 

迷宮都市のこれまで保ってきた秩序を保つため、自分達の女神の雪辱を果たす為、受けた借りを返す為、それぞれの想いを胸に彼等は戦っている。

 

しかしそれでも充分だった。互いに対立していた者同士が今だけの、今回だけの共闘なのだとしても、冒険者達にとって大きな希望になっていた。

 

嘗て、この世界にはゼウスとヘラの二つの派閥が君臨していた。しかしそんな彼等も黒龍と称される規格外の化け物を前に壊滅し、迷宮都市は一時期混迷の時代を迎えていた。

 

そんな時に台頭してきたロキとフレイアの二つの派閥、時にダンジョンにて窮地に立たされ、時に他派閥の奸計に惑わされ、それでも彼等は必死に戦い生き抜いて来た。

 

その彼等が手を組んで戦っている。その光景に憧れる者もいれば、特別とされる彼等に嫉妬の感情を抱く者もいる。しかし、何れにせよ彼等にはある確信があった。

 

今後、この世界の行く末を決めるのは彼等なのだと、その戦いを目にした冒険者達は確信していた。きっと彼等ならばどんな困難も乗り切れると、どんな苦境にも負けないのだと、見守る事しか出来ない彼等はそんな情景を抱いていた。

 

────彼等と相対する仮面の男が相手だと知るまでは。

 

炎金の四戦士(ブリンガル)】の洗練された刃が仮面の男、蒼のカリスマに迫る。四方向からの同時攻撃、相手を逃がさず確実に追い詰め仕留める、その連携の苛烈さはLv5だった彼等の力をLv6の領域に届かせる迄に至っていた。

 

逃げ場などない、次の瞬間には彼の者の首が胴体から離れていると、遠巻きで見詰める冒険者達は確信を抱いた。

 

「ふむ、中々良い連携ですね。四人という限られた人数でここまで洗練された動きが出来るとは、素直に感心しますね」

 

───しかし。

 

「ですが、それは逆を言えば一人でも欠けてしまったらその連携も崩されるという意味合いも込められている。冒険者足るもの常に次を想定しなければいけませんよ」

 

そんな四戦士の連撃を仮面の男───蒼のカリスマは容易く食い破った。迫る白刃を誰にも悟られぬ様にいなし、一瞬の隙を晒す四戦士の片割れを手玉に取り、他の三人が重なった瞬間を狙って投げ放つ。

 

吹き飛び、地面を転がる四戦士。それにすれ違いに現れるのはティオナとティオネのアマゾネスの双子姉妹。先のカーリー・ファミリアとの戦闘によってLv6へと登り詰めた彼女達、手にした得物を振りかざし、同時に跳躍。

 

蒼のカリスマの頭上まで飛んだ二人はその膂力で以て隕石の如く落下する有無を謂わさぬ力業に出る。

 

「くたばれ仮面野郎ォォォッ!!」

 

「いっくよー!!」

 

「ふむ、何とも豪快だ。しかし、些か極端に過ぎる。真っ直ぐなのは良いことだが、時には駆け引きも重要だよ」

 

特大の威力を持った二人の一撃を、蒼のカリスマは臆する処かわざと紙一重で避けて、その掌を各々の腹部に添え当てる。カウンターの要領で入った一撃はヒリュテ姉妹の体を容易く吹き飛ばす。

 

分かっていた事だ(・・・・・・・)。目の前の【魔なる者】があの程度で抑えられない事は。

 

目覚めよ(テンペスト)

 

思案するフィンの横で剣姫が風を纏う。荒れ狂う暴風を身に纏い、相手を射殺さんとばかりに眼に殺意を滲ませるアイズをフィンは一瞬危惧するが、今はそれどころではないと迷いを振り払う。

 

「アイズ。あと少しでいい、時間を稼いでくれ!」

 

「うん」

 

短い返事と共に飛び出す。風を纏い、暴風と化したアイズは降り頻る雨粒を消し飛ばし、ただ渾身の力を以て蒼のカリスマに全てをぶつける。

 

「“リル・ラファーガ”!!」

 

アイズの付与魔法である“(エアリアル)”の最大出力による必殺の一撃、並のモンスターであれば触れただけでミンチとなる彼女にとっての最大攻撃。

 

「“風”ですか。なんとも《彼》を連想させられる攻撃ですが、残念ながら貴女の風はそこまででは無いようだ」

 

「な……にを?」

 

「何より、今の貴女はまだ自分自身と向き合えていない部分がある。己の内に迷いがある者に討たれるのは、流石に私も遠慮したいですね」

 

刃を振り下ろす瞬間、アイズは蒼のカリスマが何を言っているのか一瞬理解できなかった。何よりその意味を解する頃にはアイズの風は彼の何気ない腕の一振りで簡単に掻き消されてしまっていた。

 

「っ!?」

 

「そら、そうやって気持ちが定まっていないから簡単に消されてしまうのですよ」

 

自分の全力が簡単に消された事にショックを受けるアイズ、晒された隙を蒼のカリスマが見逃す筈もなく、トンと彼女の額に指を軽く当てて意識を削ぎ落とす。

 

迷宮都市随一の剣の使い手の敗北、その事を見守る人々が理解するのに数秒の時間が掛かり、そしてその間に事態は更に動く事になる。

 

フレイア・ファミリアの主力、【女神の戦車(ヴァルナ・フレイア)】 達がフィンの思惑にのっかり、自ら囮を買って出た。

 

何とか回復した【炎金の四戦士】を含めたフレイア・ファミリアの総攻撃。速さと技巧、そして力を含めた彼等の攻撃が蒼のカリスマに一太刀浴びせようと必死に抗う。突き出された刃は蒼のカリスマの体に触れようと───。

 

「惜しい、今のは結構良い線行ってましたよ」

 

その悉くを、蒼のカリスマは武器破壊というおまけ付きで彼等を吹き飛ばす。各々の鳩尾に一撃だけ加えた事により一時的な戦闘不能状態に陥るフレイア・ファミリア。

 

高レベルの冒険者である彼等の肉体を容易く貫く一撃。もし蒼のカリスマが何の恩恵も受けていない人間だと知った日は、多くの冒険者達はその心を砕かれるかもしれない。

 

たった一瞬で最大手派閥を壊滅へと追い込んだ蒼のカリスマ、悲鳴の声が聞こえてくる。冒険者達は勿論異端児達すら言葉を失う光景、誰もが絶句するなかただ一人動き出す者がいた。

 

フィン=ディムナ、【勇者】と称される彼が愛用の槍を手に横合いから斬り付ける。小人族という小柄な体躯をフル活用しながらの連撃、一呼吸に4回という攻撃を仕掛ける彼の技巧は正しくオラリオ随一の実力を証明していた。

 

されど蒼のカリスマは当然の如くこれを捌く。横合いからの一撃を受け流し、鼻先に向けられた薙ぎを躱し、足元を狙ったソレを跳躍し、そこを狙った一突きを全身を捻って躱していく。

 

「流石団長殿、相手の躱す先々を狙った的確な攻撃、お見事ですね」

 

「よく言うよ、全部避けきった癖に」

 

蒼のカリスマの心からの称賛を素直に受け取れなかったフィンは、苦笑いを浮かべる。

 

既に此方には前線で戦える人材はいない、最後の三本の矢の準備が整うまで自分が堪えるしかない。自らを犠牲にすることで活路を見出だすフィン、身構えて反撃に備える彼に対し、蒼のカリスマは仕掛けて来ようとしなかった。

 

「………何のつもりだい?」

 

「いやなに、そろそろそちらの準備が整う頃だと思いましてね。それを待っているのです」

 

「っ!? 気付いていたのか」

 

「大気を震わせる程の魔力の波動、寧ろ気づかない方がおかしい」

 

そう言って蒼のカリスマが視線を向けるとその先には呪文を唱え終えたリヴェリアとその彼女を守るガレスがいる。此方の狙いを読んだ上での放置、明らかに此方を下に見ているが、それを指摘する程の余裕はフィンにはなかった。

 

 

「噂の【九魔姫(ナインヘル)】の力、興味がないと言えば嘘になる」

 

そう口にしながら蒼のカリスマはフィンから離れていく。逃げるつもりではない、彼は近くで倒れるティオナ達を巻き込まないよう善意で離れているだけなのだ。

 

それをフィンも承知していた。故に彼が自分達が巻き込まれない距離まで離れた瞬間を狙って───。

 

「今だリヴェリア! 特大のをくれてやれ!!」

 

「《レア・ラーヴァティン》!!」

 

瞬間、蒼のカリスマの足元から魔法陣が広がり、天を灼く程の業火が広がった。エルフの王族として知られるリヴェリア=リヨス=アールヴが持つ魔法の威力を底上げし増大させるレアスキル、並びに威力を高める為の連結詠唱。

 

彼女の魔力の全てを注ぎ込んだ魔法は確実に蒼のカリスマを呑み込んだ。天を灼き、周囲の建物が熱で融解していく。人がいる場所では決して使えない【穢れた精霊】にも多大な傷痕を刻んだ九魔姫(ナインヘル)の必殺が、地上の大広場にて炸裂する。

 

熱が周囲を蹂躙し、膨張した空気が弾けて暴風となって荒れ狂う。地にへばりつく姿勢で耐えるベル達、彼等を守るためにアステリオスが前に立って盾になる。

 

軈て納まる火炎の渦が消えていくと、リヴェリアの魔法によって刻まれた惨劇が露になっていく。石畳の煉瓦は砕かれ、周囲にあった建物は跡形もなく消し飛んでいる。大広場だった場所は巨大なクレーターとなり、自らが生み出した光景にリヴェリアは苦悶の表情を浮かべる。

 

果たして、ここまで徹底する必要があったのだろうか。たった一人の人間を相手に、しかも地上で放ってしまったリヴェリアの最大魔法、人が長年の時間を掛けて生み出した風景を己の手で消してしまった。

 

手を抜くべき相手ではないのは理解している。敵対してしまった以上徹底的に倒すというフィンの言葉は理解できる。しかし自身の行為に迷いと悔恨が生まれつつあった彼女が次に目にしたのは───平然と佇む蒼のカリスマの姿だった。

 

「ふむ、中々の効果範囲ですね。確かにこれ程の規模なら矢鱈目鱈射ち放つのは難しいでしょう。私も思いきって射つことは無いので、少し親近感が湧きますね」

 

焼失処かただ体のあちこちに焦げ目が付いただけの状態。ダメージらしいダメージは通っておらず、淡々とリヴェリアの魔法を評価している。

 

というか、蒼のカリスマの衣服はどういう素材で出来ているのか、仮面は疎か白の外套も僅かな焦げ目しか付いていない事実にリヴェリアは眩暈を覚えた。

 

「ふむ、そろそろこれで終わり───」

 

そろそろ手打ちか、そう思われた時に感じる肌を刺すような威圧感に蒼のカリスマは仮面の奥でほくそ笑む。

 

「そうそう、君がいましたね。いや失敬、中々登場が遅いので失念してましたよ」

 

蒼のカリスマの視線の先、手出しが出来ずにいた冒険者達の前に獣の如き姿勢で力を溜める凶狼が一匹、牙を剥き出しにして戦意を高めている。

 

Lv7という人類最高峰の領域へ踏み込んだベート=ローガ、Lv7へ至り新たに“力を溜める”というスキルを会得した彼はこれまで戦闘には参加せずただひたすら力を溜め続けていた。

 

しかし、これだけでは一手足りない。喩え全ての力を出し切った処であの化物には叶わない。故にベートは己の力と武具を信じある賭けに出た。

 

「ベートさん! 準備出来ました!」

 

「タイミングはこっちがやる。下手こくんじゃねぇぞレフィーヤ(・・・・・)!!」

 

「はい!」

 

彼の背後には魔法を放つ段階に入ったエルフの少女、手にした杖を握り締め涙目混じりの瞳で蒼のカリスマを睨んでいる。

 

良い眼だ。自分という敵対者を前にしても決して怯まず、挫けないに彼女の姿勢に蒼のカリスマは頼もしく思った。

 

瞬間、ベートは有り余る膂力を以て飛び出した。それは放たれた銃弾の如く、溜めに溜めた跳躍力は容易く地面を抉り、蒼のカリスマとの距離を瞬く間に縮めていく。

 

「今だ! やれぇ!」

 

「《ウィンフィンブルヴェトル》!!」

 

ベートが蒼のカリスマの間合いに入った瞬間、エルフの少女は詠唱の完了した魔法を発動させる。純粋な魔力だけならリヴェリアにも匹敵するロキ・ファミリア第二の火力砲台、レフィーヤ=ウィリディス。彼女の放った魔法はベートの特殊武装(スペリオルズ)に吸い込まれていく。

 

魔法を吸収するという特殊な性質をもったベートの武装、しかしその特注品にも限度があるのかレフィーヤの放った魔法を吸収した所為で今にもはち切れそうな程に膨張している。

 

溢れた魔力がベートの脚を凍てつかせる。しかし構わずベートは渾身の力を込めた脚を振り上げ。

 

「受けろや! 蒼のカリスマァァァァァッ!!」

 

全ての込めた一撃を蒼のカリスマへ叩き込んだ。この時、初めて腕を交差させて防御の姿勢を見せるが、それすらも弾き飛ばしてベートは極大の魔力を秘めた一撃を蒼のカリスマへと見舞う。

 

だが、ベートの攻撃はダメージを与える事ではない。確かに倒す積もりで攻撃をしたが……残念なことに本命は別にある。

 

「これは……」

 

この時、初めて蒼のカリスマは驚嘆の声を上げる。受けた箇所から瞬く間に広がっていく氷、次の瞬間氷の侵食は蒼のカリスマの体を呑みこみ、周囲の燻る火の跡ごと覆っていく。

 

そう、ベートの狙いは蒼のカリスマにダメージを与える以上に蒼のカリスマの動きを封じるという役目があった。レフィーヤの魔力では足りない部分をベートの力を蓄える力で補い、結果、かの魔なる者の拘束に成功した。

 

「猪野郎! さっさと決めやがれ!」

 

「感謝するぞ、ベート=ローガ」

 

それは圧縮された焔の塊だった。手にした大剣を掲げ、身に纏う武具に眠る龍達に語りかけ、その力の全てを解放させる。

 

荒れ狂う焔が大剣に凝縮されていく。熱を帯びた大剣は光となり、未だ降り続ける暗雲を蒸発していく。

 

その光景に人類は希望を見た。この混沌渦巻く迷宮都市に一筋の光となるよう、まるで、祈りが込められているようだった。

 

「いけ、いけぇぇ!」

 

「やっちまえオッタル!」

 

「決めてくれ!」

 

「アンタの力で、この戦いを終わらせてくれ!」

 

祈りが、束ねられる。想いが、託されていく。

 

人が、冒険者達が、オラリオに住まう(一部を除いた)全ての人々がオッタルに希望を託していく。

 

「この一撃、我が女神に捧げる」

 

それは、ダンジョンという星の大地によって造られ、鍛えられた一振りの剣。その剣に断てぬモノはなく、その剣に屠れぬ者はいない。

 

一度振れば勝利のみが約束される。故に、その一撃の名は────。

 

「《エクス………カリバァァァァ》!!」

 

熱を極限に圧縮した光の斬撃、それは蒼のカリスマを呑み込み、天へと昇り、迷宮都市オラリオを包む暗雲を諸とも消し飛ばし。

 

───光が、迷宮都市を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて……奴だ」

 

目の当たりにした光景にアステリオスは驚嘆の言葉を漏らす。暗雲が消し飛んだ空には青空が広がり、戦場となった大地を照らしている。

 

そこには、何もなかった。広場にあった噴水も、通路に敷かれた石畳も、通路に沿って建てられた数々の露店も消滅し、その先にあるオラリオの外壁も消し飛んでしまっている。

 

そして蒼のカリスマの姿も、舞い上がる砂塵の中にいるのか確認出来ていない。

 

誰かが、勝利の言葉を口にする。次いでまた誰かが勝利を確信し、オッタルの成し遂げた偉業を前に喜びに打ち震えた。

 

喝采。【魔なる者】を打ち倒したと確信した冒険者達が悪しき者を討ち果たしたオッタルに称賛の喝采を口にした。

 

やれやれと肩を竦めるフィン達、リヴェリアは溜め息を溢し、守りに徹していたガレスは出番が無かったと一人拗ねる。そんな彼等を見て笑みを浮かべたフィンは槍を支えにズリズリと地面に座り込む。

 

ベートは大の字になって倒れ、レフィーヤは倒れているアイズ達に治療を施そうと駆け寄っていく。

 

そしてオッタルも己の汚点と彼が全てを捧げると誓った女神の誇りを取り戻せた事に満足し、静かに瞑目している。

 

これから、自分達はどうなってしまうのか? 不安に怯え始めた異端児達とは対称的に冒険者達の表情は何処までも明るかった。

 

万歳と、勝利を祝う人類。やったぞと、平和はまもられたのだと誰もが確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

“─────見事”

 

 

 

 

 

 

故に、その呟きは何処までも浸透し、全ての人類に恐怖を植え付けた。

 

「いやはや、まさかここまで見事な一撃を貰うとは正直予想出来ませんでしたよ。てゆーか、オッタルさんの持つその大剣にそんな機能があったなんて驚きです」

 

その声は何処までも能天気で、何事もなく、至って平静な声音だった。

 

外套は焼失し、服は破れ、上半身が顕になったその肉体は、しかし、全くの無傷であった。

 

仮面に亀裂が入る。綻び、崩れ落ちていく仮面。明らかになる蒼のカリスマの素顔にベル=クラネルは誰よりも驚愕する。

 

「さて、折角そちらの全力を見せて貰ったんだ。生憎俺達(・・)の全てを見せてやることは出来ないが………その代わり、俺自身の全霊を披露する事で返礼するとしよう」

 

力を込める。瞬間、男からは静かな熱気が溢れだし、見たことのない輝きを身に纏う。

 

瞬間、世界は制止した。

 

 

 

 

 

 




Q.どっちが主役だっけ?

A.ボッチです。多分、きっと……メイビー。


それでは次回もまた見てボッチノシ

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