申し訳ありませんです。
────ヘファイストス・ファミリア本拠地、応接室。
大手鍛冶派閥として知られるヘファイストス・ファミリアの本拠地、来客との取引や大手迷宮攻略派閥との商談の際に使われる応接室は、現在重苦しい空気に包まれていた。
備え付けのテーブルを挟んで片側の席には派閥の主神であるヘファイストスと団長椿が座り、その反対側には件の戦争遊戯の時に迷宮都市全体に知れ渡る事になった仮面を被り謎に包まれた人物、【魔なる者】蒼のカリスマ。
不滅とされてきた神を屠り、未だその全てを明かしておらず、その存在自体が神々にとって
その存在が、自分達ヘファイストス・ファミリアに接触してきた。何のために、どう言った目的でここへ来たのか。外で顛末を待ち続ける眷族達が固唾を呑んで応接室のドアを見つめていると。
「謝罪をしにきたぁ?」
間延びした椿の声がドア越しから聞こえてきた。突然聞こえてきた団長の声に動揺する眷族達、すると今度は主神であるヘファイストスがジト目で椿を大人しくするよう叱咤する。
視線に気付いた椿が苦笑いを浮かべて体を縮める。その姿にヘファイストスは溜め息を溢してそれ以上の追及は止めておくことにした。
それに、気持ちは分かる。神殺しという
「先日、私の盟友がある装備を貴女達に売り払った装備一式についてです。どうやらあの鎧は私が想像していたモノよりも厄介な品だったらしく、粗悪品を売ってしまった事に対する謝罪をさせて戴きたく、こうして参上に参った次第です」
そう言って頭を下げてくる魔人に目を点にしながらもヘファイストスは何の事なのか直ぐに思い出した。隣の椿も同様に気付いたのか、手を叩いて閃いた素振りを見せている。
「成る程、あの鎧と大剣の製作者はお主だったか。うむ、何となく納得したぞ」
「付きましては、その間にヘファイストス・ファミリアが被った被害額、ならびに売却した際にそちらから受け取った金銭を返金、賠償する事で示談を成立させて戴きたいのです」
そう言ってテーブルの上に出されるのは二つの風呂敷、丁寧に畳まれた風呂敷中には大小二種類が用意されており、それぞれが今回蒼のカリスマが用意したものだと分かる。
大きい風呂敷は恐らく鎧を売却した時の金を金塊という形にしてきたのだろう。金塊は物価の変動があってもその価値を余り崩されることはなく、資金を管理する際に何気に有効だったりしている。
なら、小さい風呂敷の方はどうだろう。話の流れからしてこれはどうやら鎧を置いてあった間に被ったとされる被害に対しての品なのだろう。
正直、被害云々の事はヘファイストス側はそんなに気にした事はない。確かにあの鎧と大剣の所為で一時期僅かに客足が遠退いたが、それ以上に椿を始めとした有力な鍛冶職人の眷族達をやる気にさせてくれた。ヘファイストス自身も神器に等しい武具を目の当たりにした事で創作意欲も増したし、これにより売り上げが何時もより三割程増したりしている。
ヘファイストス達にとって蒼のカリスマの謝罪よりも彼の鍛冶技術の方が気になっていた。あれほどの武具を生み出せる技術、鍛冶に携わる者ならば人間、神問わずに気になる所。
「別に、被害と呼べるほどの損害は出ていないから気にしなくてもいいのよ? 実際あなたが造ったとされる武具はフレイヤの所の
「…………そうですか」
だからお金はいらない。そう言ってその代わりに貴方の技術を教えて欲しいとヘファイストスは続けた。相手の気持ちを逆手にとる様で心苦しいが、鍛冶職人としての好奇心が勝ってしまっている。
「私の鍛冶としての技術、ですか」
「えぇ、貴方の製作した武具は常軌を逸脱している。相手を選ぶ武具なんてそれこそ古の英雄達が使っていた伝説級の代物、私ですら神としての権能を用いれなければ作れない。人の身でありながらそこまでの境地に踏み込めた貴方の技術力に興味が引かれたの。どうかしら、貴方さえ良ければ私達の派閥に入って欲しいのだけれど……勿論、無理にとは言わないわ」
それは、神としてではなく職人という技術を扱う者としての勧誘だった。優れた技術を用いる者がいて、その者から教えを請い自らの力とする。そしてそれは椿やヘファイストス・ファミリアに属する全ての眷族達の望みでもあった。
そんな彼女の言葉に満更でもない自分がいる。蒼のカリスマは仮面の奥で笑みを浮かべながら……。
「申し出は嬉しいのですが……申し訳ありません。その誘いには応えられません」
鍛冶の女神、ヘファイストスの誘いを丁重に断った。ヘファイストスからの追及もなく、彼女もまた「そう……」の一言で終る。
隣に座る椿は納得出来ていないのか、頬を膨らませてブー垂れている。しかし、蒼のカリスマからすれば
「では、せめて此方を受け取って下さい。これはダンジョンで偶々拾ったドロップアイテム、少々レアモノで余り市場にも出回らない代物ですが、鍛冶職人の貴女達ならばきっと活用してくれる事でしょう」
そう言って小さな風呂敷を前に出して蒼のカリスマは席を立つ。謝罪は終わり、渡すべき品も渡せた。ならばもうここに長居をする事はない。
踵を返して部屋を後にしようとする蒼のカリスマをヘファイストスは見送ると言って付いてくる。軈て本拠地の出入り口へとたどり着いた二人、それではこれで失礼しますと向上を述べて蒼のカリスマは立ち去ろうとするが。
「……最後に、一つ聞かせてくれないかしら」
「私に答えられるものであれば」
「貴方は、きっととてつもなく強いのでしょう。ロキの所の【
迷宮攻略は全ての冒険者達の………否、人類の願いである。千年も昔から存在し、人々に恐怖と未知を植え付けたこの世界に於ける最大の謎。神々すら知らない未開の世界。
多くの伝説が生れた。英雄が、神話が、英雄譚が誕生し、その多くがダンジョンに纏わるものだった。その多くが人とダンジョンの物語であり、同時にダンジョンへの謎を深める要素となっている。
未だにダンジョンの全てを知るものはいない。その規模も大きさも千年経った今でも解明されてはいない。だが、今は違う。
永い時が流れた事で、今この迷宮都市には多くの英雄達が誕生している。勇者、猛者、剣姫、他にも多くの英雄が日々迷宮攻略に勤しんでいる。彼等の中にいつか神友の眷族である白髪の少年が加わる日も近いだろう。
そして何より、目の前の魔人は神すら屠る規格外の力の持ち主だ。彼ならばロキやフレイヤの眷族達が限界を感じた階層であっても、楽々と踏破してしまうのだろう。故に分からない、それだけの力を持っていながら、どうしてこの男はそれをしないのか。
そんな女神の疑問を蒼のカリスマはなんてこと無い様に口を開く。
「─────」
そしてその言葉を耳にした瞬間、足元が崩れる錯覚を覚えた。
嗚呼、これが絶望という奴か。遠くなっていく蒼のカリスマの背中を見つめるヘファイストスは初めて覚えた感情に自嘲の笑みを浮かべるのだった。
◇
─────迷宮都市。とある酒場にて。
「あぁ? 蒼のカリスマについて知りたいだぁ? 止めとけ止めとけ、あの人に関わったら命が幾つあっても足りねぇぞ」
「命っつーより、常識の方じゃね? 足りねぇの」
「砕かれるからってか。上手くねえっての」
「で、なんでそれを俺達に聞くんだよ? あ? 噂で聞いた? ちっ、誰だよ余計な噂を広めたのは。………わぁーったよ。ただしくれぐれもこの事は秘密だからな。もしうっかり誰かに話してみろ」
「その時はお前の所にレアドロップアイテムの波が押し寄せてくると思え。いいな、これは警告だ。絶対に忘れるなよ」
「で、あの人の何が知りたい? はぁ? あの人の武勇伝は大体知ってる? なら何で俺達に話を聞きに……」
「そもそもな話、それだけの力を持っていながらロキ・ファミリアに迷宮攻略の階層更新を先越されている訳がない。ねぇ」
「残念ながら坊主。お前はあの人の事を分かっていねぇ、あの蒼のカリスマの怖さを全く以て分かっちゃいねぇ」
「俺も聞いたさ。それだけ強いのにどうして迷宮攻略を目指さないのか、ってな。そしたらあの人、何て言ったと思う?」
『だって、そんなの悪いじゃないですか』
「あの人は出来る出来ないじゃなく、“悪い”と言ったんだ。自分が先に迷宮を攻略するのは気が引けるってな」
「つまり、あの人にとってダンジョンは名声を勝ち取る所でもなく、莫大な富を手に入れる狩場ですらねぇって事だ」
「あの人には散々心折られてきたが、砕かれたのはあの時が最初だったな」
「坊主、覚えときな。世の中にはな、モンスターなんぞより恐ろしい本当の意味での化け物ってのがいるもんなんだよ」
その気になれば、天にあるお星さますら呑み込んでしまう。そんな化け物がな
次回からは異端児編に移ります。
果たしてボッチはどう立ち回るのか!?
過度な期待はせずにお待ちください。
それでは次回もまた見てボッチノシ