『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今年の夏は暑かった……。



その6

 

 

「さて、そろそろ終わりにするとしようか、お前の相手をするのも面倒だ。来て貰うぞ【アリア】」

 

「ぐっ、うぅ………」

 

ダンジョン18階層。冒険者達の街、リヴィラにて起きたガネーシャ・ファミリア団員の殺害事件、そこから更に正体不明のモンスターである食人花による突然の強襲。

 

混乱に包まれた街と冒険者達の建て直しの為に、ロキ・ファミリアの面々が先頭に立ってモンスターの相手をしていた最中、【剣姫】アイズ=ヴァレンシュタインの前に赤髪の調教師(テイマー)らしき女性が立ち塞がった。

 

アイズをアリアと呼んで、何処かへ連れ去ろうとする赤髪。当然アイズは彼女に抵抗したが、二人の実力差は明確な程に開いていた。アイズの剣戟にいとも容易く順応し、対応し、そして凌駕せしめる赤髪。アイズの魔法である【風】を使用しても尚、その差は埋まる事はなかった。

 

「いい加減暴れるな。面倒が増えるだろう」

 

「あ、がぁぁぁっ!」

 

圧倒的な実力差、それでも諦めはしないと足掻く剣を握るアイズの手に赤髪の足が踏み躙る。Lv5(自分)以上の膂力による蹂躙、足掻こうとしても尚押し潰そうとする彼女に。

 

「───仕方ない、腕の一本位は貰っておくか」

 

手を刃の様に鋭くさせた手刀が、アイズの腕目掛けて振り下ろされ───

 

「───なに?」

 

 

───る、事はなかった。

 

腕が動かなかった。腕を引き千切り、アイズの戦意を完全に挫こうとしていた赤髪の女の手刀はいつの間にか現れた蒼い仮面の男に腕を掴まれて阻まれていた。

 

何だこいつは? 自分の腕が難なく掴み取られているのもそうだが、ここまで気配なく近付いていた仮面の男に赤髪はこの一瞬完全に動きを停止させていた。

 

そして、その一瞬の隙をアイズは見逃さなかった。風を使い、乱暴に女の足から逃げ延びた彼女は、手の感覚を確めながら赤髪にその剣先を向ける。

 

「ちっ、邪魔だ!」

 

対する赤髪は邪魔が入った事に憤りを覚え、捕まれた腕をその膂力にモノを言わせて乱暴に振り払う。

 

「おっと」

 

しかし、当然の如く男はヒラリと避けて、女との距離を開ける。

 

「乱暴だなぁ。女の子なんだからもう少しお淑やかに振る舞っても良いだろうに……それはそうとヴァレンシュタインさん、大丈夫でしたか?」

 

「あ、はい。何とか」

 

いきなり現れて自分と赤髪の女の戦いに介入して見せた仮面の男、蒼のカリスマの乱入にアイズは混乱したが、それでも助けられた事への礼を言えたのは流石冒険者と言った所か。

 

「さて、この騒ぎの元凶は貴女と見て間違いなさそうですが、取り敢えず抵抗を止めることをお勧めしますよ。貴女には少々聞きたいこともありますしね」

 

「いきなり割って入ってきて………何だお前は?」

 

「おっと、自己紹介が遅れましたね。私の名前は蒼のカリスマ、察しの通り偽名です」

 

「ふざけた奴だ」

 

アリアという標的を前に現れた奇妙な乱入者、あと一歩の所で邪魔が入った事で、怒りを顕にした女は脚力に力を込めて地を踏み締め、砲弾の如く蒼のカリスマへ突撃した。

 

瞬く間に距離を詰めてくる膂力、人一人を粉砕して余りある暴力の剛腕が蒼のカリスマへと迫る。一秒後の惨劇、しかしアイズの予感は次の瞬間覆される事になる。

 

蒼のカリスマをその両腕で握り潰そうとした女が、突然あらぬ方向へ吹き飛んだのだ。その事実にアイズの目は大きく見開き、信じられないといった様子でその光景を見つめていた。

 

「ぐっ、あの仮面、一体何をした」

 

壁へと激突し、クラクラする頭を押さえながらも女は再び蒼のカリスマへと降り立つ。苛立ちはより濃く、その鋭い眼はより殺意を滲ませて、女は仮面の男を睨み付ける。

 

「貴様、一体何者だ?」

 

「ん? 先程名乗ったではありませんか。私の名前は蒼のカリスマだと」

 

「だが偽名なんだろ?」

 

「えぇ、本名を知られるとちょっと不味いですからね。主にギルド関連で」

 

「何処までも虚仮にしてくれるな、お前」

 

「そうですか? これでも真面目にしているつもりなのですけど……」

 

人をバカにしてる。そう暗に示してくる女に蒼のカリスマは心外だと肩を竦める。この男を殺さねばアリアに手が届かない、今度はもう奇妙な小手先の技は通用しないと、女は全身に力を漲らせる。

 

明らかに変わった女、姿勢を地面に着くほどに屈ませ、片足を伸ばす。アイズと戦ったときとはまるで違う獣の構え、全身を引き絞り、更に速さに特化しているだろう女の構えに蒼のカリスマはまるでチーターだなと、内心思う。

 

この一撃で決める。背後では巨大化した食人花が猛威を奮っているが、もうじきロキ・ファミリアの面々によって駆逐されるだろう、そうなる前にアリアだけでも手に入れようと、女は最後の勝負に出る。

 

ありったけの殺意と敵意を乗せた一撃、その威力は触れた小石を芥子粒に変え、全ての命を砕く凶悪さを孕んでいる。当たれば即死、迫りくる死の暴力を前にしかし男は狼狽える事なく───手を翳して一言、言葉を紡いだ。

 

「【グラビトロンカノン】」

 

瞬間、全てが潰えた。女も、街を襲う巨大モンスターも、その全てが抵抗する事もなく地に消えた。モンスターはその魔石ごと圧壊し、女は指一つ動かせないまま大地にめり込んでいる。

 

「ぬっ、ぐ、あぁぁぁぁぁっ!!??」

 

有無を言わせぬ圧力、目にも見えず、避けることも抵抗さえも許さない絶対的な力に押し潰され、遂に女は苦悶の声を漏らす。

 

「動かない方が良いですよ。下手に力を加えれば手足が折れるだけでは済みませんよ」

 

「ぎ、ぐ、……ぎ、ぎざまぁぁぁぁっ!!」

 

それでも立ち上がろうと藻掻く女に蒼のカリスマから冷ややかな言葉が送られる。少しでも動けばあのモンスターと同じ末路を辿る事になると、その言葉の裏に隠された意図に気付いた女は怒りと悔しさの声を吐き出す。

 

この男は手を抜いている。自分を止めるのに全力は要らないと、此方が殺すつもりで挑んでも目の前の仮面の男は毛ほども脅威には感じていないと。仮面の奥で見える冷めた瞳が、そう語っているように聞こえた。

 

「く、そ、がぁぁぉぁっ!!」

 

屈辱だ。女にとってその事実は耐え難い屈辱だった。手足がビキビキと悲鳴を上げる。どんなに抗っても敵わない力の圧力に、されどここで終わるものかと女は抗い続けた。無様を晒すなら死を選ぶ、そう体言する女の抵抗に蒼のカリスマは溜め息を吐いて……。

 

「やれやれ、そこまで抵抗されては仕方ありませんね。その様子だと此方の質問に答えるつもりも無いでしょうし……ならば、望み通り終わらせてやろう」

 

「っ!?」

 

「貴様も、ダンジョンの染みになれ」

 

女は、死を目の当たりにした。抗いようがない、絶対的なまでの死、今までの圧力とは桁違いな力が、女の命を圧し潰されようとして───。

 

「レヴィス!」

 

しかし、その死は新たな乱入者によって阻まれる。蒼のカリスマの死角から毒の塗られたナイフが投擲されたのだ。並の冒険者ならその不意討ちの一撃により死は免れぬだろうが、されど相手は実力と素性、共に不明の怪物である蒼のカリスマ。通常なら予期せぬその投擲されたナイフを振り返る事なく難なく摘み取る。

 

そして次の瞬間には摘まんだナイフを蒼のカリスマは投擲した者に向けて投げ返す。一瞬だけの攻防、しかし蒼のカリスマの間の無い返しの反撃はナイフの持ち主の肩に突き刺さる。

 

しかし、この時一瞬だけレヴィスと呼ばれた女から意識を外した事により、彼女を抑えていた圧力が弱まった。その刹那の隙を全力を用いて抜け出したレヴィスは全身の骨が折れていようと構わず逃走を図る。

 

「ふむ、やはりお仲間がいましたか」

 

「ちっ、余計な真似を」

 

「あまりそう言う物言いは口にしない方が良いですよ。折角助けてもらったのに、失礼だと思われますからね」

 

「生憎と、そんな睦まじい間柄ではないのでな」

 

「ふむ。とすると、貴女には幾つかの協力者がいると見て間違いなさそうですね。例えば────今は姿を消した闇派閥の残党だとか」

 

「っ!」

 

「おや? その反応だとどうやら当たりだった様ですね。私なりの推察と考察による単なる思い付きだったのですが……となると、他にもまだ隠し事はあるようですね」

 

「例えば───協力者用のダンジョンに続くもう一つの出入り口がある。とか」

 

「なっ!?」

 

ダンジョンにバベル以外からの侵入経路がある。その指摘にレヴィスは歯を食い縛り、アイズは驚愕に目を大きく剥かせていた。

 

迷宮都市の成り立ち、闇派閥による暗黒時代、そして目の前で起きている異常事態とその関係者、数々の推察と考察を繰り返し、蒼のカリスマは一つの結論を導きだした。

 

「成る程、貴女方の目的は迷宮都市(オラリオ)の崩壊……いや、ダンジョンの解放ですか。そうするとあの極彩色のモンスターはその為の兵器、と言った所でしょうかね?」

 

「貴様は……危険だ。余りにも、危険だ!」

 

迷宮都市の崩壊。嘗て神々が降り立つ事で塞ぎ、今日までその平穏を保ち続けてきた世界の中心。千年に渡って守られ続けてきたモノが、崩壊の危機にある。耳にすれば多くの者が有り得ないと一蹴するだろう、しかしアイズはそう思えない。思えるだけの材料がなかった。

 

対してレヴィスは計画を知られた事にその表情を曇らせる。目の前の男は危険だ。冒険者としての力ではなく、この男は余りにも察しが良すぎる。鋭いなんてレベルではない、此方の思考を読み取っているかのようなその冴えにレヴィスは今更ながら恐怖を覚えた。

 

「お前は、殺す。殺さなければならない。貴様の存在は我々にとって余りにも危険だ」

 

「おっ、“我々”という言葉が出たという事はどうやら間違いでは無かった様ですね。この分ならギルドにいる大神との良い交渉材料になりそうです」

 

「っ!」

 

「情報のご提供、感謝しますよ」

 

「くそが!」

 

最後まで情報を明け渡してしまった事に悔しさを覚えつつも、レヴィスは離脱していく。この男とは面と向かって話すだけでも厄介だ。急いでこの場から………いや、蒼のカリスマから離れなければならない。

 

「ま、待って!」

 

猛烈な勢いで離れていくレヴィスをアイズは風を纏って追い縋る。自分を【アリア】と呼んだ事、【アリア】を知っている事、それらを問い詰めたくてレヴィスを追うが、結局彼女を問い詰める事は出来なかった。

 

(さっきのナイフの奴も逃げたか、追おうと思えば追えるけど……まぁ、今は別に良いかな。あの様子だと巣に戻って力を蓄えるだろうし、暫くの間は変な動きは見せないだろ。問題は彼女達の協力者である闇派閥の連中だ)

 

蒼のカリスマは敢えてレヴィス達を泳がせる事を選んだ。あれだけ一方的にやられた以上、向こうは力を溜める事に専念しそうだし、その間にオラリオの各派閥に迎撃させるだけの準備を進めさせれば良い。神々に手を貸すのは癪だが、この都市に住まわせて貰っている以上最低限の協力はしておくべきだろう。

 

あくまで神々等ではなく、この世界に住まう人々に対して、世話になった人達の恩義に報いる為に。取り敢えずギルドにいる大神ウラノスに話しておこうと、蒼のカリスマは踵を返し。

 

「……その前に、貴殿方にも話しておいた方が良さそうですね」

 

「そうさせて貰えると助かるよ」

 

後からやって来たロキ・ファミリアに仮面の男はその情報の全てを彼等に伝えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

β月β日

 

先日の18階層での騒動から二日ほど経過した今日、自分は相も変わらずこの世界を満喫している。先のレヴィスと呼ばれる女性から得た情報を元に彼女達と闇派閥の目論見をそれとなく大神ウラノスに伝えた自分は、晴れて冒険者としてダンジョンに挑める様になった。

 

出会った当初のウラノスは自分に警戒を顕にしていたけど、自分の事情をある程度話し、ダンジョンに潜む悪い連中の情報を全て話した事により何とか此方の要求を受け入れて貰えた。

 

と言っても、認められたというより黙認というモノ。ギルドからの追求と正体がバレた際に起こるペナルティを免除してもらうだけの内容だが、それでも今までと比べてダンジョンに潜りやすくなったのも事実だ。

 

これなら仮にバレたとしても自分に課せられる罰はない。つまりこれまで自分の我が儘に付き合ってくれたソーマ=ファミリアの皆さんにも迷惑を掛ける事もない。

 

彼等には世話になったから、今度ダンジョンに潜る以外で何かしら報いた方が良いのかもしれない。まぁ、最近のソーマ=ファミリアは何かと忙しそうだし、暇を見付けて声を掛けてみるか。アーデちゃんも、最近はベル君のサポーターで頑張ってるみたいだし、今は余計な手出しは控えておこう。

 

さて、何だかんだ付き合いのあるヘスティア=ファミリアだが、現在彼処の紐女神にはベル=クラネルという眷族ただ一人だけという。彼は最近創設されたばかりのファミリアの唯一の団員で、何かと苦労が絶えないそうな。

 

無名のファミリアで頑張るベル君、彼の苦労を労おうと食事を誘おうかと思ったけど、彼にも冒険者として一端のプライドがある。そんなお情けみたいな誘いは彼にも抵抗があるだろう。かといって武器や防具を作って渡そうにも、彼には既に立派な黒いナイフが常備されているし、身に纏う軽装の防具も装備されている。

 

彼は駆け出しで成長途中の冒険者だ。時には痛い目を見ることで学習し、成長させるのも大事だろう。なら、やはりアレ位しかないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝、オラリオの外壁部。迷宮都市の街並みを一望できる場所に二人は対峙する。

 

「何かゴメンなベル君。強引な誘いをしてしまって、やっぱ迷惑だったかな?」

 

「そんな! シュウジさんにはいつも神様がお世話になっているのに、迷惑だなんて全然!」

 

「アハハ、そう言ってくれれば此方としても有り難いよ。さて、それじゃあ始めようか。時間は有限、有効的に使わないとね」

 

「そ、それなんですけど……本当に大丈夫なんですか?」

 

白髪赤目の少年、ベル=クラネルは目の前の男性の安否を気遣う。ベル達冒険者は神の恩恵を受けた眷族でそれがLv1だろうと恩恵を受けていない一般市民とは隔絶された力の差があるとされている。

 

事実、この迷宮都市では一部の自らの力に過信した冒険者が、時折その暴力を市民に向けた事があり、恩恵の受けてない市民の人々は冒険者達の振る舞いに屈するしかなかった。今でこそアストレア=ファミリアという正義を謳う者達の尽力もあり、その様な狼藉ものは激減しているが、それでも冒険者同士の衝突に巻き込まれ、怪我を負うものは少なくない。

 

そんな力の化身と化した冒険者の一人であるベルは、恩恵を受けていないシュウジに体術を乞うべきか未だに悩んでいた。下手に力任せで挑んでは怪我をさせてしまうのではないか。そんな不安がベルの脳裏に過るが。

 

「アッハハハ! 気持ちは分かるがベル君、これでも昔は俺も結構ブイブイ言わせて来たんだ。無用な心配は要らないよ。でも、ありがとう」

 

「え、えっと……」

 

「なに、此方には一応怪我に備えたポーションを用意してあるから、大丈夫さ。それに……駆け出しの冒険者にやられる程、落ちぶれちゃいないさ」

 

「!」

 

「さぁ、お喋りは終わりだ。そんなに疑問に思うのなら、先ずは君自身で確かめて見ると良い、その上で今後どうすれば決めなさい」

 

「分かりましたシュウジさん………じゃあ、行きます!」

 

「来い」

 

朝日がオラリオの街を照らすなか、二人の男が拳を交える。一人は挑む為に、もう一人は育てる為に。シュウジは自分の押し付けな善意に笑顔で応えてくれたベルに報いる為、彼に体術を仕込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………あの男、目障りね」

 

 

 

 

 

 




Q.なんかソードオラトリアの方しか書いてないけど、ダンまちは書かないの?

A.ダンまちの方へ本格的に介入するのはもう少し後になりそうです。

ヒントつアポロン

因みにレウス装備の装着条件は製作者の気持ち(無自覚)から強さだけでなくそれに見合った心の持ち主が必要とされている。

候補としては
ベート
オッタル
ティオナ

他にも数名いますが、完全に使いこなすにはあと一歩足りないと言った感じです。

因みに燃え出すのは全くの想定外。ボッチは自分が着れるから行けるだろ精神でおりますので、ヘファイストスの店で完全に浮いている事は知りません(笑)


それでは次回もまた見てボッチノシ

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