装備、売るよ!
炎が空を灼く。燃え盛る炎は食人花を灰も残らず焼き尽くし、辺りには静寂だけが残った。
「ちょっと、何よアイツ」
「すっごー、あんな大剣見たことないよ。今度ゴブニュ・ファミリアの人達に頼んでみようかな」
突然現れて食人花を焼失させた謎の鎧の男にアマゾネスの姉妹はそれぞれ違った反応を見せた。姉は困惑と警戒を、妹は驚きと好奇心、武具が手元には無いからと言ってロキ・ファミリアの上位冒険者である自分達が苦戦したモンスターをあの男は瞬殺して見せた。
「ねぇちょっと、そこのあなた!」
「ちょっとコイツ等片付けるの手伝ってくれないかな!?」
それを加味した上で姉妹は男にモンスターの討伐の協力を要請した。得体も素性も知れない相手、簡単に協力を許すには分が悪い賭け、けれど妹のティオナは彼が悪い人には見えなかった。
レフィーヤを守ってくれた。鎧の男を善人と判断するには剰りにも不釣り合いな理屈、姉のティオネはどうでるか観察しようとした時。
「勿論」
鎧の男は二つ返事で彼女達の言葉に応えた。
「と、その前に………はい、お嬢さん」
「え?」
渡されるのは一本の小瓶、それが
「見たところ怪我をしているみたいだから渡しておく、本当なら
「え、あ、その……」
「飲んだらひとまず離れていなさい。巻き込んでしまったら申し訳ないし」
それだけ言って男はのた打ち回る食人花達に向かって歩み出て、モンスターも男に向き直る。今の一瞬だけの攻防で竜の男をこの場の誰よりも危険な敵だと認識したのだ。今この場で最も排除すべきはこの男だと。
食人花が束になって押し寄せる。大きさも数も、上層のモンスターとは規格が違う怪物の波。しかし男は気にする素振りも見せず大剣を振り上げる。間合いに入った瞬間振り下ろそうとする───が、食人花は男の攻撃を読んでいたかのように、束ねていた体を分離させ、左右から襲い掛かる。
「ほう?」
モンスターの理性染みた動きに男の口から感心の声が漏れる。左右からの同時攻撃、アイズが助太刀しようと駆け出そうとするが……。
「とう」
男は振り下ろす途中だった姿勢をそのままに跳躍した。食人花もその後を追うが、途中男は追い縋る食人花に向き直り……。
「さて、これならどうかな!」
手にした大剣をモンスターに向けて投擲した。冒険者にとって己の武具は己の命を預ける相棒、レフィーヤやアイズ達からしてみれば男の行動は自ら命を手放すのも同じ。
そして彼女達の予想通りに食人花は再び分離して投擲された大剣を躱す。躱された大剣は地に突き刺さり、丸腰となった男は呆気なく食人花に捕食されるしかない。
そんな未来を、男は難なく避けてみせる。牙を剥いて喰らいつこうとする食人花を、男は足場にして回避した。重厚な鎧を着ているに反して恐ろしい程の身軽さ、向かってくるモンスターの牙を躱しながら降下し、軈て着地した男の手元には先程投げ飛ばした大剣と……。
「アレは、もしかして」
「あのモンスターの……」
「根だ」
そこで三人は男の狙いを理解した。男は食人花の花を狙ったのではなく、食人花の根幹たる根の部分を探していたのだ。しかし、食人花は地下深く根付いてしまっている。ここからどうやって巻き返すつもりなのか。
「雑草の駆除は根っこからが基本」
すると男は食人花の茎を掴み、無造作に引き上げる。ゴゴゴと唸る大地が次の瞬間には盛り上がり、更にそこから食人花の根らしき球根部分が姿を晒した。男の常識外れの怪力、先程もそうだったがこの男、明らかに並の冒険者ではない。
最低でもLv5。自分達と同等か或いはそれ以上の強者、武器や防具の性能を度外視しても男の実力は底が知れなかった。
無造作に投げ棄てられ、宙を舞う食人花。支柱だった根も文字通り根刮ぎ引っこ抜かれたそのモンスターに最早自由に動ける術はなく。
そして、眼下には大剣を携えた鎧の男がいた。燃え盛る炎をその身に纏い、大剣を構えるその姿はまるで特大の
「行くぞ即興必殺、烈火・一文字斬り!」
再び跳躍し、振り抜いたその一撃は今度こそ食人花を切り裂き、花のモンスターは根っこごと焼却された。
◇
「いやー、ごめんね。結局あなた一人に任せちゃった! 私達も手を貸すべきだったのにゴメンね」
「気にしないでくれ、俺もこの鎧と大剣の性能を試したくて割って入っただけだからさ」
それから少しして、食人花のモンスターの襲撃という予期せぬ事態も無事に乗り切り、怪我人もレフィーヤだけで、その彼女も渡されたポーションのお陰で回復出来ている。
事態の収集もモンスターによる被害も、最小限の被害で抑えられた事に安心したロキ・ファミリアの面々は、次に紅い鎧の男へと視線を向けた。
結局、この男は何なのだろう。話を聞く限り偶々此処を通り掛かっただけの様だが、それにしたってタイミングが良すぎる。装備の性能を試したいと言うから、もしかしたら今回の件の騒動はこの男が関わっているのかも知れない。
しかし、それを面と向かって口にするにはティオネには難しかった。何せあの男は結果的には苦戦している自分達を助けているのだ。しかも怪我したレフィーヤにポーションを無償で渡したりとその善人ぶりは凄まじい。
もしここで空気も読まずにそんな事を言ってしまえば相手の機嫌を損ねるだけ、戦力的にも精神的にもそれは無理があると察するティオネ、そんな彼女の心情を知らずにティオナは呑気に核心に触れる。
「ねぇねぇ、あのモンスターってさ、あなたをしつこく狙ってたみたいだけど、なんか心当たりってあるの?」
「いや、全く身に覚えがないな。そもそもあのモンスターとは初見だったし」
「そうなんだ。じゃあさ、あなたのその剣に付いて教えてよ! その鎧もだけど大剣からも炎出してたし、もしかして魔剣だったりするの!? 砕けない魔剣ってアタシ初めて見たよ!」
「うーん、何て言ったら良いのやら。多分魔剣の類いでは無いかな? どちらかと言えば属性だな」
「ぞ、属性?」
「あぁ、しかし上手くいって良かったよ。武具なんて初めて作るから不安だったけど、結構いい線いってたな」
「えぇ!? これあなたが作ったの!? ファミリアの仲間じゃなくて!? それも初めてで!? すごーい!」
「はは、まぁ製造方法がちょっと独特だからな」
向こうで愚妹が頭が痛くなる会話をしている。しかも応えてる男も男で何やらトンでもない言葉を口走っている気がする。どうしよ、これ絶対団長に報せなきゃいけない案件よね。上手く伝えられるかなぁ。
愚妹が無自覚に相手の情報を引き出そうとしているけど、情報の量が多すぎる。唯でさえ今回は食人花という見慣れないモンスターの襲来があったと言うのに、考える事が多すぎて上手く思考が纏まらない。
姉のティオネがどうするか頭を悩ませていた時、向こうから手を振って駆け付けてくる人影があった。それはモンスターの襲撃の際に逃げ遅れた子供を終始肩車しながら逃げ惑っていたロキ・ファミリアの主神、ロキである。
「おーいみんなー、無事やったかー?」
「あ、ロキ! うん、皆平気だよ」
「レフィーヤが少しダメージ受けちゃったけどね。それよりもロキ、あの子はどうしたの?」
「親御さんの所に返して来たでー? んで、そっちのゴツい兄ちゃんがさっきの炎ボンボン大立回りしてた奴か?」
飄々としていながらも、あの騒ぎから子供を無事に親元へ届ける行動力の高さは流石は神と言った所か。
興味津々と鎧の男を見つめる彼女の視線を彼は鬱陶しそうに視線を避け、彼女と目を合わせようとしない。そんな男に訝しながらロキは怪我をしたレフィーヤに歩み寄っていく。
「レフィーヤも大丈夫かぁ? なんか怪我したって言うたけど?」
「あ、はい。でももう大丈夫です。彼がポーションを分けてくれましたから」
「ホンマかぁ? 何や随分とウチの子が世話になったなぁ。なぁアンタ、良かったらウチラの家に……来て……」
危険な所を助けてもらい、その上回復薬まで分けて貰った。借りを作るの何だし、礼を返すついでに色々話を聞き出そうと自分達のファミリアに誘おうとするロキだが、振り返った先には既に先程の鎧の男の姿はなかった。
「あ、あれ?」
「さっきの人、いなくなってる?」
「うそ、全然気付かなかった」
ティオナ、ティオネ、そしてアイズ。ロキ・ファミリアの精鋭が揃って男の姿が消えたことに気付けなかった。視線を外したのは最初だけ、それもほんの僅かな一瞬の間に。
逃げようとする素振りを見せれば、即座に行動に移せるだけの反射能力が彼女達にはあった。しかし、三人は鎧の男の姿を消す瞬間も行動に移す動きすらも感知できなかった。
一体、あの男は何者なのだろうか? 悪人ではないのだろうが、それにしたって不可解にすぎる。食人花と鎧の男とそして仮面の男、立て続けさに出会う異常事態にアイズ達はこれから起きる出来事に少しずつ不安を募らせていくのだった。
数日後。
「あの、この間の鎧の人の装備、ヘファイストス・ファミリアのショーウィンドに飾ってありましたよ?」
「「「ぶふぅぅぅっ!?」」」
尚、価格は非売品で売り物ではなく、客寄せの飾りとして置かれていた模様。
更に言えばその装備を飾ってからと言うものの、ヘファイストス・ファミリアの団長は暫くの間燃え尽きたように大人しくなり、後日鬼気迫る勢いで鍛冶に打ち込んだのだとか。
次回は多分地味回になるかも。
それでは次回もまた見てボッチノシ