『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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G「もうちょっと待っててね」



その26

 

 

 

シュウジとジーク、嘗ての世界王者と現役世界王者の戦い。ジークリンデ=エレミアという十代女子最強が、伝説となった相手を前にどう挑むのか、誰もが興味を抱き、興奮した。

 

ハリーもエルスも、ミカヤもミウラも、リオにコロナにヴィヴィオとヴィクター、そしてアインハルトにシャンテ達、ナカジマ会長とジルも二人の試合に心の底では楽しみにしていた。

 

嘗てない試合が見れると、自分達が尊敬して止まない格闘技の頂点に君臨している二人が、満を持して拳を合わせた。

 

盛り上がる筈だった。熱い激闘が予想され、白熱した戦いに心が揺れて、きっとこの試合も綺麗に終わるモノだと誰もが思っていた。

 

────なのに。

 

「ウソだろ。こんな事って………」

 

「確かに簡単には行かないとは思っていたけど……」

 

「でも、こんな事って……」

 

ヴィヴィオ達の前に映し出されている通信映像、先のリンネとフーカの試合の時のように音声を除いた全てが彼女達の前に映されている。

 

そこに映る光景にヴィヴィオ達は絶句していた。多種多様な技を繰り出すジーク、彼女は投げも打撃も関節技も強く、オマケに魔法も得意としている完全なるリンネの上位互換。しかし片手一本でその技全てをカウンターで撃ち落とすシュウジの絶技。ジークの技を一つ一つ丁寧に返していくシュウジ、圧倒的処の騒ぎではない。

 

手加減されている。試合映像で見た構えの無いやり方ではなく、どちらかと言えばコロナの様な正当なストライクアーツの構え、その構えにアインハルトは先日ナカジマジムでの自身とのスパーリングの事を思い出す。

 

手加減している。それも相手を対等の選手としてではなく、まるで教え子に基本から格闘技を教える様に。

 

彼は、最初から本気で戦うつもりが無かったのだ。ただ挑まれたから、義務感として処理しているだけ、そこに格闘技選手としての矜持はなく、ただ作業として相手をしているだけに過ぎない。

 

先のジークの投げ技でシュウジに一撃を与えたのは良かったが、それから返される一撃に為す術無く地に倒れ付したジーク、そこから立ち上り、闘志を燃やすのは良かったが、以降はずっとこの調子、シュウジの左手に良い様に翻弄されてしまったジークはその表情に悔しさを滲ませている。

 

初めて見せるジークの顔に彼女の事をよく知るミカヤ達は表情を曇らせる。強すぎる。まだ魔法の一つも出していないのに、左手一本で倒れそうになっている十代女子最強、同じ肩書きで格闘技選手としての経験も此方が圧倒的に多いのに、まるでそれらを嘲笑うかの様にジークの攻撃を避けていく。

 

「か、格闘技って、こんな事が出来るの?」

 

「やってることは私達と大して変わらないのに、それなのに……」

 

「シュウジさんが何をしているのか、全然分からない」

 

やっている事は自分達と対して変わらないのに、シュウジ=シラカワという男が実行すると、まるで別物の様に変わってしまう。暴風の様に繰り出されるジークの打撃の連打、その境目を、針の穴の如く小さな彼女の一瞬の隙をシュウジは確実に刺していく。

 

顔が跳ね上がり、ズザザと後退るジーク。ダメージ判定はルーテシアとファビアで高く設定している筈なのに、まるでお構い無しにとばかりに深刻なダメージを積み上げていく。

 

シュウジの普段は見ない戦い方にフーカは訝しむ。何故態々慣れないやり方であのジークリンデと試合をしているのか、相変わらず読めない師匠の考えにフーカは首を傾げた。

 

そんな時だ。弾かれ、後ろに下がった拍子にジークの手から何かが放たれる。黒い魔力の渦、“ガオン”と音と共に周囲の建物が抉れる様に消失している。

 

そうだ。これがあった。今回の試合はリンネとフーカの時の様な格闘技のみを前提にしたものではない。魔法という本来のDSAAらしい戦い方にヴィヴィオ達は皆ジークに希望を見出だした。

 

彼女の放つ魔法は少々特殊で、当たればどんな人間も無事ではすまない。現に回避しているシュウジも少し動揺している様にも見える。

 

そうだ。まだ終らない。彼女の全てはまだ出し切っていない。ジークが、黒のエレミアが、鉄腕の彼女がそう簡単に負ける筈がない。どれだけ打たれても闘志を燃やす彼女にアインハルト達は声援を送り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───シュウジ=シラカワにとって格闘技とは手段に過ぎない。何かをする為に、何かを成し遂げる為に、自分の出来る事を精一杯行う。格闘技とは彼にとってそんな目的の為に必要な道具の様なもの。

 

だから格闘技の試合に出場する際、嘗ての師から教わった空手ではなく、所属していたジムの会長から古流武術とストライクアーツを学び、自分なりにアレンジして独自の格闘技を会得した。

 

嘗ていた世界のシュウジとしてではなく、この世界に生きるシュウジとして、一から鍛え直して行こう。お金目的で始めた格闘技、汚い理由で始める自分が行えるせめてもの誠意として。

 

フーカに空手の技、その一部を教えたのは尊敬して止まない師の武術を多少なりとも伝えていきたいシュウジなりの弟子心だったのかもしれない。

 

そんな自分を尊敬してくれると言った子供達がいる。目を輝かせて、純粋に敬意を示してくる彼女達の期待を裏切らない自分でありたい。

 

彼女達の期待に応えたい。そんな思いにシュウジは遂にこんな事を思い付きやがった。

 

───そうだ! 基本的なやり方なら皆にも分かりやすく伝わるんじゃね?

 

自分を尊敬してくれる幼い子供達、未来に希望溢れる彼女達に少しでも指針となれるようにジークとの試合でシュウジは基本に忠実に行こうと決めた。

 

ヴィヴィオ達の中でストライクアーツに最も基本的な動きをするコロナ、彼女をモデルとしたやり方なら、彼女達もきっと参考になる事だろう。

 

相手の動きをよく見て、リズムを読み取り、タイミングを見切って拳を放つ。これなら年若い彼女達にも上手く伝わる事だろう。

 

実際はそんなシュウジの親切心は一ミリも伝わっていないが、試合中の彼にはそれすらも伝わらない。

 

スパァンッと音と共に重い一打がジークの顔に入る。既にボロボロ、満身創痍と化しているジークに流石のシュウジもこれ以上の試合続行に疑問を抱く。

 

少々大人気無かったかもしれない、立っているだけでやっとなジークにシュウジの手が止まる。これ以上は気が引けた。幾ら魔法の力で安全に設定されていても年頃の女の子を痛め付けるのはシュウジにとって心苦しい。

 

いっそ意識を断って無理矢理にでも終わらせるか? そんな考えが脳裏を過った時、ジークの口から笑みが溢れた。

 

「は、はは。やっぱり強いなぁシュウジさん、分かっていたけど本当に強いわぁ。ウチ、結構強くなったと思ってたけどまだまだやったわ」

 

「………」

 

「でもなシュウジさん。今の貴方はまるで本気じゃない。それは今に始まった事じゃない、現役の頃からずっとや」

 

「っ!」

 

「シュウジさん、今まで本気で試合に臨んだ事ないやろ? 全力だったのかもしれない。戦うからには勝つ気でいたかもしれない。でも貴方は何処か遠慮して、本気で誰かと打ち合った事なんてないやろ?」

 

「───どうして、そう思うのかな?」

 

「だってシュウジさん。窮屈そうなんやもん」

 

それは違う。と、シュウジは思った。魔法という力に触れて、以前の自分とは出来る事が増えて興奮し、楽しかった。だからこそ思ったのだ。この世界では自分が培ってきた技と力、そして相棒の力は必要ないのだと。

 

差し迫った状況で無い限り、魔神(グランゾン)の力も師匠(ガモン)の技も必要ないのだと。それで良いと思った。これで良かったのだと納得した。しかし目の前の少女はそんなシュウジの心の奥を見事に突いて見せた。

 

「成る程、窮屈そう、か。確かにそう見えたのかもしれない。けれど仮にそうだとしても、今の君にそれを見せる必要があると思うかい?」

 

「思わないやろうなぁ。残念ながら今のウチじゃあシュウジさんには届かへん。───だから」

 

瞬間、ジークの雰囲気が変わった。全身を突き刺す様な鋭く重い圧力。“殺気”これまでの彼女とは何もかもが違う事に一瞬戸惑ったシュウジが次に目にしたのは、自分の間合いまで詰めてきた彼女の拳を振り上げる姿だった。

 

“ガオンッ!!”

 

拳に乗せた魔力、彼女から発せられるその力にシュウジは不味いと思った。自身の本能に従い横に回避すると同時にジークの拳は振り抜かれ、轟音が辺りに響き渡った。

 

「………今のは、イレイザー級魔法? いや、少し違うな」

 

先程まで自分のいた場所を見る。抉られたアスファルトの地面、深々と抉れ、溝と化した試合舞台にシュウジは彼女の力の正体を探る。

 

「シュウジさん、貴方がどんな考えで格闘技をしていたのか、どうして本来の戦い方で試合をしなかったのか、ウチには検討もつきません。勝手な事やと思ってます。でも、どうしてもウチは本当のシュウジさんと戦いたいんや」

 

「ジークちゃん……」

 

「せやから、ウチの全部をお見せします。シュウジさんの本当に見合う様に、ウチの、ジークリンデの、鉄腕と、黒のエレミアの名に懸けて」

 

「エレミアの神髄。その全てで、貴方の本気を引き出します!」

 

ジークの内側から溢れる覇気。彼女の魔力が渦となり、舞台である廃墟の街全体を震わせる。一つの台風が人の形を成した瞬間を前に。

 

「────最近の娘って、みんなこうなの?」

 

物凄く熱血しているジークに素で困惑するのだった。

 

 

 




Q.ジークは勝てるの!?
A.ヒントつはじめの一歩38巻

それでは次回もまた見てボッチノシ

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