「おや? シュウジ様、戻って来られたのですか?」
「あぁうん、ちょっと入り用でね。少し遅くなるかもですけど、エドガーさん、店の方は……」
「お任せ下さい。お嬢様の名に恥じぬよう努めてご覧にいれましょう」
「あ、そう」
(やべぇ、この人執事さんなだけあってメッチャこなれてる。あれ? もしかして俺の店の乗っ取られる?)
自分よりも店を繁盛させているエドガーにちょっぴり危機感を覚えるシュウジだった。
ガイオウ「へぇ、デートかよ」
シュナイゼル「でも少し地味なんじゃないかな?」
トレーズ「もっと派手にしてみようか。腕にシルバー巻くとかさ」
ボッチ「ガイオウは兎も角アンタ等二人はそんなキャラじゃないよな!?」
「リンネの奴、負けたからって格闘技辞めるとかメンタル弱すぎだろっ!?」
ナカジマジム会長室。そこではリンネの格闘技引退の危機を聞き付け、彼女を知る多くの選手が駆け付けていた。ヴィヴィオやアインハルト、ミウラ達ナカジマ所属の選手だけでなく、ハリーやエルスと言った仲の良い選手、そしてジムの顧問取締役であるミカヤ=シェベルまでもが今回の騒ぎを聞き付け会長室にやってきている。
皆、リンネについて思う所があるのだろう。自分の所為で格闘技を辞めようとしているリンネ、責任を感じて少し思い詰めた顔のヴィヴィオ。そんなリンネを軟弱者と激怒するハリー、リンネの気持ちも少しは分かるとエルスが同情するなど、会長室の雰囲気は騒がしくも重かった。
「会長、ここはやはりリンネさんと直接お話した方が良いかと思います。確か向こうにはヴィクターさんがいらっしゃるのですよね?」
「あぁ、一応は向こうから連絡があってから繋ぐつもりだが……少し遅いな」
塞ぎ込んでいるリンネの説得を自ら買って出たヴィクター、その彼女からの通信が未だに来ていない。やはりリンネの説得には時間が掛かるかと長丁場を覚悟していたノーヴェに一本の通信回線が繋がれる。
ヴィクターからだ。待ちわびていた彼女からの通信、回線を開いて電子モニターを宙に開き、皆に見せる様に可能な限り大きくさせる。
いきなり辞めると言い出したリンネに一言文句言ってやろうと凄むハリーが皆の間を割ってモニターの向こうにいる彼女に声を荒げようとするが……。
「ゴラァリンネ! テメェ、いきなり辞めるとかふざけた事言ってんじゃ………って、あれ?」
「リンネ選手が………いない?」
画面の向こうにいるのは困り顔で引き吊った笑みを浮かべるヴィクターだけ、背景にはリンネの私室らしい部屋が映し出されているが、そこに彼女の姿がなかった。………どういう事なのだろうか?
「えっと、ヴィクター? そこにリンネがいる筈だと聞いてたんだけど?」
『その事なのですが……その、実はシュウジ様がリンネを遊びに連れていかれまして』
「「「はい?」」」
申し訳なさそうに、絞り出す様にリンネ不在の理由を端的に述べるヴィクター、彼女のその言葉にモニター越しのヴィヴィオ達からは何とも間の抜けた声が漏れて───。
「あ、アイツぅぅぅッ!! 何て羨ましい事をぉぉぉっ!!」
ハリーの私情に塗れた雄叫びが会長室に響き渡った。彼女の叫びを口火に違う意味で騒ぎ立つヴィヴィオ達、伝説の格闘技選手であるシュウジがリンネを誘って遊びに出掛けたのだ。シュウジ本人はどうかは分からないが、ヴィヴィオ達からすれば完全なるデートである。
先程の重い空気とは打って変わって騒ぎ出すヴィヴィオ達、チビッ子達の乱痴気騒ぎを鎮めようとするノーヴェ達だが、男女の恋愛に関してど素人処か未経験である彼女達にとってこの話題の沈め方は知りもしなかった。
画面の向こうで騒いでいるヴィヴィオ達を尻目にヴィクターは思う。彼ならば、シュウジ=シラカワという男なら、彼女の心を少しでも揺り動かす事が出来るのかも知れないと。
何故なら彼女の心の叫びを聞いた時、誰よりも悲痛な顔をした彼が、彼女の心の内を理解していない筈が無いのだから。
(兎も角、今は彼女達を落ち着かせないと。後はジルにもこの事を伝えないとね)
リンネの事をシュウジに託したヴィクター、今は取り敢えずこの騒ぎを何とかしようとモニターの向こうで今も騒いでいるヴィヴィオ達に声を掛ける。
(シュウジさん、一体なにを考えておるんじゃ? ───ん?)
そんな中、シュウジの考えに理解が追い付かないフーカの所にウーラを介しての音声通信が入ってきた。通信先の相手は今話題で持ちきりのシュウジだった。
今この場でこの通信に出るのは不味い気がする。誰にも気付かれないようにコッソリと会長室を後にしたフーカは回線を開き。
「はい。はい………分かりました。会長にはワシから言っておきます。はい。それではまた」
通信越しからのシュウジの言葉にフーカは安心した様に微笑んでいた。
◇
────喫茶シラカワ。シュウジが経営する喫茶店、その裏手の出入口でかれこれ5分待たされているリンネ、今彼女の頭に浮かぶのはこれ迄の自分の経験してきた過去だった。
何故、私はこんな所にいるのか、どうして、自分は今まで痛くて辛くて苦しい思いをしてまで強くなろうとしていたのか。高町ヴィヴィオという年下の子に二回も負けたから? 違う。きっと自分はもっと前からその事に気付いていた。
気付いていながらも目を背け、自分を騙し、欺けてきた。向かい合おうとせず、ただ逃げ先を強くなるという事で誤魔化して来ただけだ。
分かっている。こんなことは誰も望んでいないと、父も母も、そして大好きな祖父も自分がこうなる事を願っていない事なんて、分かっていた事だ。
なら、どうすれば良かった? 大好きな人達からの贈り物を壊されて、汚されて、悪意を振り撒く連中を相手に泣き寝入りする事が正解なのか? 過ぎ去ったモノだと、過去の思い出だと笑って受け流せば良いのか?
出来ない。そんな事をしてしまえば、きっと自分は二度と立てなくなる。受け入れてしまったら、二度と祖父に顔向け出来なくなる。
分かっていながらも解決出来ない堂々巡りの思考、何処まで考えてもマイナスにしか行き付けないリンネが自らの負に呑み込まれようとした時。
「いやーゴメンゴメン。ちょっと用意するのに手間どっちゃった」
「…………いえ、平気です」
リンネの覆う心の闇を文字通り一言で凪ぎ払ったのは彼女が尊敬して止まない伝説の元格闘技選手、その両手に持った荷物を手にリンネに笑い掛けてくる。脳裏にこびり付く奴等とは違い彼の笑みにはどこか安心する暖かさがある。
何処かで見たことある気がする。シュウジの笑顔に何故か既視感を覚えるリンネ、思わず頬が弛みそうになる自身の表情を無意識に抑え付け、目線を反らしてしまった。
「そ、それで、一体何処へ行くんです? 言っておきますけど、幾らアナタでも私は格闘技を続けるつもりは………」
「あぁ、いいからいいから、今はそういうのいらないから、先ずははいこれ」
「な、何ですか」
手渡されたのはオレンジジュース、透明のプラスチックの容器に蓋をされ、ストローの差し込み口のある───一見すれば何の面白味もないごく普通のオレンジジュースだ。
「ふっ、ただのオレンジジュースだと思うなかれ、これは我が喫茶シラカワが誇る最高のオレンジジュースだ。製造方法は極秘だから話せないけど、大人から子供まで幅広い年代から人気のある至高の一品さ!」
「はぁ」
「おっと、時間が勿体ない。早速向かうとしよう。さ、乗りたまえ」
ジュースを受け取り、流されるまま車へと乗り込むリンネ、乗車するのはいつもシュウジが使う一般の自家用車ではない。その隣にある白のスポーツカー、FC3S RX-7だ、
しかも
そんなモンスターマシン……もとい、愛車の助手席に疑うことなく乗ったリンネ、何だか乗せられた気もするが特にやることもないので手にした容器にストローを差し込んで一口啜ると……。
「あ、美味しい……」
口に広がる甘酸っぱい味わい、濃厚なのに口当たりはさっぱりで喉越しも綺麗に溶けていくようで幾らでも飲めてしまう。思わず出た言葉にハッとなって隣を見ると、ニマニマと笑みを浮かべたシュウジがリンネを見ていた。
「な、なんでもありません!」
「いやー、良かったよお口に合った様で」
「~~~~っ!!」
何だか言い様に誂われている気がする。悪意はないが、人をおちょくって楽しんでいるシュウジにリンネは頬を赤くさせて膨らませた。
その反応を年相応の女の子らしいと思いながら、敢えてそのまま放置する事にしたシュウジ、エンジンを起動させ、店を後にした二人はそのまま気の向くままにクラナガンの街を散策した。
ある時はバッティングセンターで。
「ハァッ!」
「おおスゲェ、あの子またホームランだ」
「女の子なのに大したもんだなぁ」
「それに比べ……」
「ダァラッシャァァァッ!!」
『ストラーイク』
「何故だぁっ!?」
「あっちのお兄さんは総スカン、当たってもゴロばっか」
「見えてはいそうなのに寧ろなんで当たらないんだ?」
「つーかあの人どっかで見たことあるんだけど」
ある時はカラオケで。
「~~~~~っ♪」
「やべぇ、この子普通に歌上手いわ。つーか俺アニソンしか知らないんだけどどうしよう?」
またある時はゲームセンターでプリクラを撮り。
「にっこにっこにー♪」
「な、何です、それ?」
「俺の幼馴染曰く、最強のあざ可愛いポーズらしい。さぁ、リンネちゃんもご一緒に!」
「に、にっこにっこにー?」
「声が小さい! にっこにっこにー♪」
「に、にっこにっこにー!」
「もっと相手を誑かすつもりで! にっこにっこにー♪」
「にっこにっこにー!」
様々な出来事、様々な遊びで1日を費やしたリンネ。シュウジとの間で培ったこの時間はリンネがこれまで経験した事のない出来事ばかりで、あっという間に時間は過ぎ、気付けば辺りは暗がりに包まれていた。
もうすぐ夜になる。思えば、リンネがこの時間まで遊び出歩くのは初めてな気がする。……いや、そもそも遊びに出歩くのが初めてだ。
どんなに記憶を遡ってもこんなに遊び更けるのはなかった。微かに覚えているのは幼い頃、孤児院にいた頃にフーカと一緒に少し外をぶらついた程度、その後ベルリネッタの養子になった後も精々祖父と一緒に外へ散歩をしに出掛ける位だ。
あの時が退屈だった訳ではない。大切な人と、大好きな人と一緒にいるだけでリンネにとっては幸福だった。しかし、今日の様な出来事もリンネにとっては未知で、刺激的な時間だった。
外を見れば辺りはすっかり暗くなっている。遠くから見える街の明かりが夜空を照らしていく。今自分達がいるのはそんなクラナガンを一望できる何処かの峠にいた。
ドンドン上へと登り、それに合わせて街並みも小さくなっていく。一体何処へ行くつもりなのだろうとリンネがシュウジに訊ねようとした時。
「きゃぁっ!!」
爆音と共に追い抜いていく一台の車が唐突にリンネの前に出た。何度かブレーキランプを灯して挑発し、去っていく。悪辣な運転で周囲に迷惑を鑑みない相手の乱暴な運転にこれ迄の気分が台無しになったリンネは眉を寄せて不機嫌を露にする。
「ほう? 随分と面白い真似をしてくれるじゃないか」
「………へ?」
隣から聞こえてくる低い声、見ればこれまで穏やかな表情を崩さなかったシュウジが、凶悪な笑みを浮かべている。明らかに怒っているであろうシュウジにオズオズと話掛けるリンネだが。
「リンネちゃん、これからちょっと運転荒くなるけど、なるべく負担を掛けないようにするから」
「え? あ、はい」
頭に手を乗せ、心配ないと撫でてくるシュウジにリンネは何も言う事なく頷いた。瞬間、爆発的加速がリンネを襲い、二人を乗せたFCは白き流星となり峠を掛け昇った。
◇
「アッハハハハ! 見たかよ今の、傑作だったろ!」
「もうター君たら乱暴~、でもそんな所も素敵ィ!」
「おいおいお二人さんよ。イチャつくのはいいが安全運転で頼むよ」
「おいおい、さっきの車をイケすかねぇって言ってたのお前じゃねぇか! 良くないぜ~、責任転嫁ってのは」
「───ムカつくんだよ。大した腕も無い癖に一丁前に良い車乗って調子付いてる奴、ああいう奴を見てるとグチャグチャにしたくなる」
「おぉ、怖い怖い。俺なんかよりよっぽど危ねぇ奴じゃねぇか」
ギャハハと笑いながら走るのは赤いランサーエボリューションX(通称ランエボX)の若き運転手、とあるツテで管理外の世界からこの車を購入した彼は気分も高々となり、彼女とその友人を連れてドライブに来ていた。
その言葉遣いから分かる通り素行は悪く、これまで何度も違法行為を繰り返しては暴力騒ぎを起こしてきた彼は、これまで自分の思う通りに生きてきたし、これからもそうするつもりだ。歯向かう者には等しく暴力を、昔から腕力にモノを言わせて生きてきた彼にとって世界は自分の為の道具に過ぎなかった。
そんな彼の背後から運悪く追い付いてきた一台の車、景気良くコイツも脅そうとわざと急ブレーキを掛けてぶつけてやろうと企てる。これで追突して謝礼金を溜まり毟り取ろう、そんな事を企みながらブレーキを踏んだ瞬間。
「なぁっ!?」
そんな彼を嘲笑うかのように、その車は横に逸れて追突を避けて見せた。横を見れば白い車が自分の横を通りすぎ、そのまま過ぎ去っていく。
その際にフリフリと車体を揺らす様はまるで此方を挑発している様だ。上等だ。挑発された事を受けて唯では済まさないと鼻息を荒くさせ、男はアクセルを踏み込んだ。
激しいエンジン音が鳴り響く。先行く白い車を追い越そうと必死になるが、その差は縮むことはなく、寧ろ広がっていく。
「ち、ちょっとター君、何やってんの! 向こうドンドン先行っちゃうよ!」
「うるせぇ! 今やってんだよ! 目一杯飛ばしてんだよ!」
どんなにアクセルを踏み込んでも前の車に追い付けない。バカなと狼狽する男に助手席に乗った友人が信じられないと言った様子で口を開いた。
「あの車、FC? だとしたら
そんな二人が遂に勝負をした時の光景は凄まじいモノだったと聞く。白と黒が交差しながら峠を攻め行く様はまるでダンスを踊っているようだと、走り屋達の間では都市伝説の如く語られている。
その伝説の片割れが今自分達の前を走っている。厄介な相手に目を付けられた────処の話ではなかった。
「ふ、ふざけんな! あれはどっかの走り屋バカがでっち上げた都市伝説だろ!」
“ゴァキャァァァァッ!!”
轟音と共にヘアピンカーブをドリフトでこなし、峠を掛け上っていく白のFC、間違いない。あれこそが伝説の走り屋だと友人が先へ消え行くFCに見とれた瞬間。
「ま、前、前ー!!」
「うぉぉぉぉっ! と、止まらねぇぇぇっ!!」
スピードを殺しきれず、ガードレールに激突したランエボX、派手な音を出しての衝突事故。その後、駆け付けた救急隊によって救出され、三人とも骨折などの重傷を負っているが、いずれも命に別状は無かったという。
更にはこの事を機に、男はこれ迄の狂暴性な性格から一変して温厚な性格となり、友人と男の彼女も真面目になるというが、割とどうでも良い話である。
◇
「よっと、着いた着いた。さ、リンネちゃん」
「────わぁ」
峠を越え、とある丘の上までやって来た二人。シュウジの案内でやって来たリンネが目にしたのは───絶景だった。
人が作ったクラナガンの街。明かりで彩られ、眩くその光景は人の営みが作った宝石箱だった。更に言えばシュウジ達の住む地区は海に面しており、二人の立つ場所からは海と月も一望出来ていた。
綺麗だなと、リンネは素直に感激した。こんな光景など見たこと無かった。昔からこの街に住んでいたのに、初めて見る街の風景にリンネは言葉を失っていた。
「───この街に、こんな一面があったなんて、知りませんでした。私、ずっと格闘技ばかりやってたから、何かを見付ける事なんてしたことなかった………」
「でも、これからはそうじゃないだろ? 何かを見付け、何かを成し遂げる。それは別に格闘技だけに限った話ではないさ」
「………反対、しないんですか?」
「どうして? リンネちゃんが自分なりに考えて出した結論だろ? だったら俺が口を挟むべき話じゃないさ」
クラナガンの街並みを見下ろしながらそう語るシュウジにリンネは意外だなと驚いた。てっきりヴィクターと同じ自分を説得しに来たかと思っていただけに、格闘技を辞める事に反対しないシュウジにリンネは戸惑った。
「格闘技を辞めたくなったら辞めればいい。心変わりで始めたくなったらまたやればいい。後悔先に立たずなんて言うけど、それと同じくらい人にはやり直せる機会は幾らでもあるのさ」
「………何だか、少し無責任な言い回しですね」
「他人の言う事は総じて無責任なモノさ。どんなに言葉を重ねようと、説得に熱をいれようと実行するのは本人だけ。周りの人間に出来るのはそんな本人の気持ちを尊重して、支えてやるか見守る事くらいしか出来ないさ」
「でも、私が辞めようとすると、また周りの人達が………」
「周りは周り、自分は自分さ。そんなに周囲の人達の言う事が気になるなら、俺も一緒に説得するよ。言ったろ? 周りの人間に出来る事なんて限られてるって」
「なら、どうしてシュウジさんは私と一緒に今日一日遊び歩いたんですか? 私の説得でないのなら、一体何の為に……」
「だってリンネちゃん、全然笑わないんだもん」
「っ!?」
シュウジの指摘する何気ない一言にリンネの心臓が跳ね上がる。
「君くらいの子はね、何もしなくても勝手に笑ったりするもんなんだよ。下らない下ネタだったり、お笑い芸人の寒いネタだったり、どんな理由だろうと些細なことで人は簡単に笑える」
「わ、私は……そんな事は」
「家族の前では笑えてるって? それは違う。笑っているとは言わない。それは単に笑顔という仮面を張り付けているだけだ。そういうのはどっかの腹黒皇族のお家芸であって、君みたいな子がする事じゃない」
シュウジの思い描くのはブリタニアの皇族、シュナイゼル=エル=ブリタニア。かのブリタニア皇帝の第二皇子でありながら国の宰相であり、数多の仮面を持ち合わせる微笑みの貴公子。
彼は意図的に仮面を作り、時には笑顔で人々を魅了し、時には悲しみの顔で扇動し、またある時には怒りの顔で人々の頂点に君臨した。自ら空虚な器と定め、これまで仮面の裏にその真意を明かしてこなかったトレーズとは別な意味での怪物。それがシュウジの数少ない友人の一人であるシュナイゼルという男だ。
自分と出会う事で空虚な器から中身のある何かへ変わりたいという願望を持った男で今でこそ単なる腹黒皇子で済んでいるが、それ以前の頃の彼は世界の全てが灰色に映った事だろう。それは本心とは全く異なった顔をしてきたからなのか、それとも幼少の頃から多才だった神童故の欠落なのかは定かではない。
ただ一つ言えることはリンネの様な子供が本心とは異なる仮面を被り続けると心と感情がその矛盾に耐えきれなくなり、いつか悲惨な未来を突き進む事になるという事だ。
子供とは心の赴くままに感情を吐露し、喚き、騒ぎ立つ事を許されている。心も体も未発達な今だからこそ、自らの感情に素直になるべきなのだとシュウジは思う。当然限度はあるだろうが。
「なぁリンネちゃん。今日一日俺と遊び回ってどう思った? 楽しかったかい? 煩わしかったかな? どちらにしてもそれは君自身が抱いた感情だ。否定したり、誤魔化すモノじゃない」
「………あ、う………」
「ぶっちゃけるとね。君が格闘技を続けようが辞めようが俺は別にどっちでもいいんだ。俺が君に望むのはたった一つ───素直になること、人並みの我が儘を言えるようになること、ただそれだけなんだ」
「そんなの、そんなの………」
「出来る訳がない。か、まぁ、それもそうだよな」
リンネは自分が許せない。悪意を振り撒く輩よりも、理不尽をぶつけてくる連中より、そんな奴等に屈した自分自身が許せない。だから力を求めた。誰からも見下されない強さを欲した。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、誰にも負けない力を、強さを得ようとした。
全ては、大切な人達を守れる人になりたいと、それを願ったリンネの気持ちは………間違いなんかではないのだから。
「───シュウジさん」
「うん?」
「確か、貴方は言いましたよね? ウィンターカップに関係なく、フーちゃんと戦って欲しいと」
「うん、言ったね」
「受けます。私、フーちゃんと試合をします」
顔を上げるリンネの顔は以前と変わらず無愛想な表情のまま、フーカが嫌う他人を見下す強者の顔。
しかし、その瞳には今までとは違う何かが宿っていた。弱々しくも確かにそこにある小さな光、それを目にしたシュウジは小さく笑みを浮かべる。
「………だってさ、聞いてたかい? フーカちゃん」
「オス、しっかりと」
ここにはいない筈の人物の声、リンネが振り返るとそこには不敵な笑みを浮かべるフーカと彼女を此処まで送ってきたであろうナカジマ会長が後ろに控えている。
どうやら自分は上手く乗せられたらしい。いや、この場合はそう言う風に流れたと言った方が正しいか。どちらにせよ、リンネがやることは決まっている。
「さて、詳しい日時は後日伝えるとして、先ずは賭けの確認をしよう。リンネちゃん、君が勝てば俺は君の要望に何でも応えよう。けれどフーカちゃんが勝った場合、その時は───」
「それは無いですよ。勝つのは、私ですから」
「………OK、ならリンネちゃんが負けた場合は保留にしておこう。お互い、今はそれでいいな?」
「オス!」
「はい」
一度は折れ掛けたリンネの闘志、それが再び持ち直した事にシュウジは一先ず安堵する。
そうだ。これでいい、彼女を救えるのは自分ではなく、彼女の友人であるフーカの役目だから。今回の自分はその舞台を少しでも整えられる裏方でいい。───それに何より。
(二人の試合を見るの、実は結構楽しみなんだよね)
闘志を滾らせる二人を見て、シュウジはやはり嬉しそうに笑うのだった。
Q.オレンジジュースは結局どうやって作ったの?
Aヒントつ特殊な大型機械による重力操作
Q.伝説の走り屋って?
A.ああ!
それでは次回もまた見てボッチノシ