『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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今回のボッチは少し厳しい。


その17

 

 

────分かっていた、私の体が格闘技に向いていないことは。パワーがない、打たれ弱い。何度も言われ続けて来た。

 

本当は、私も欲しかった。ミウラさんの様な強い打撃とか、アインハルトさんの様な頑丈で強い体が。

 

持って生まれた才能。練習や努力をどんなに重ねても決して手に入らない、そんな事は何度も思い知らされた。

 

だけど、無いものを欲しがってもしょうがない、今ある自分の持てる力を伸ばしていけば良い。そう教えてくれて、何度も私の練習に夜遅くまで付き合ってくれた。

 

強いパンチが打てなくても、打たれ強い頑丈が無くても、戦える。戦えるように、皆が強くしてくれた。───その全てを、私は今出し切れているか?

 

(まだまだ、全然、これっぽっちも────出していない!)

 

脚の痛みで立つのが覚束無い。打たれた手首からはもう痛みすら感じ取れない。腹部を強打された事で呼吸は辛いし、今すぐ横になって楽になりたい。

 

でも、私はまだ出しきれていない。ノーヴェと、皆と一緒に培ってきた力を、全てを出し切っていない。

 

カウントが進む中、何とか立ち上がって見せた。膝は震える、踏ん張りも利かない、マトモなパンチも打てなくなった。それでも、高町ヴィヴィオの闘志には一切の揺らぎは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手応えはあった。これまでの相手なら今の一撃で沈んでいた。ガードの上からでも充分な程に伝わってきた衝撃にリンネは己の勝利を確信していた。

 

なのに、それが覆った事にリンネは大きな動揺を受けた。これがアインハルトやヴィクター、名だたる強豪の選手ならばまだリンネも納得できた。しかし、打たれ弱さという弱点を抱えたヴィヴィオが現に自身の前で立ち塞がっている。

 

何故立ち上がる。どうして立ち上がれる。立つのもやっとな満身創痍の癖して、どうしてそこまで戦える。

 

「リンネ、落ち着きなさい! 状況は貴女の方が俄然有利よ!」

 

リングの外から聞こえて来たジルの一言にリンネは落ち着きを取り戻す。そうだ、何を驚く必要がある。相手は既に死に体、今の連打をもう一度浴びせれば今度こそ彼女はマットに沈む。

 

残り時間はあと一分、充分倒しきれると判断したリンネ、ジルからもゴーサインが出てきた。試合再開の合図と共にリンネはヴィヴィオに弾丸のごとく飛び掛かった。

 

ダウン前の様に左で牽制を図るヴィヴィオ、しかし軸足だった左足を負傷した事で踏ん張りが利かず、唯でさえ弱かった左が今ではもう牽制にすらならない。

 

強引に懐に潜り込んだリンネ、再び撃ち抜かれる腎臓打ち(リバーブロー)、重い打撃に加えて踏ん張りも利かなくなってきたヴィヴィオはリンネに押し出される形でロープ際に張り付けられる。

 

降り注がれる連打、ガードの上からでも響いてくる衝撃、少しでもガードを下げればその瞬間またあの恐ろしい打撃が急所に襲い掛かってくる。そうなったら、今度こそヴィヴィオは立てなくなる。

 

リンネの打撃、その一つ一つを必死に耐えるヴィヴィオ、時に体幹をずらして致命傷を避ける彼女には長年の格闘技選手としての技能の高さを感じさせていた。

 

対するリンネは渋く耐え続けるヴィヴィオに徐々に不快感を募らせていた。

 

(───この子の事は知っている。エリート公務員の親に育てられて、教会系の名門校に通っている)

 

それは、初めてヴィヴィオと試合をする事になり、どういう子なのかと気になり、少しだけ調べた時だった。

 

(優しい大人達に囲まれ、何不自由なく育ってきた。生まれつきのお嬢様)

 

何もかもが違ってた。親に捨てられ、孤児だった自分とは、根本的に違っていた。裕福で、暖かで、きっと悪意をぶつけられた事なんてないのだろう。

 

(格闘技には向いていない。非力で脆い体の持ち主、なのに────)

 

倒れない。どんなに連打を加えても、どれだけ有効打を浴びせても、決して倒れないヴィヴィオにリンネの不快感と苛立ちは更に積もっていく。

 

許せない。自分とは違って何もかもを持っている癖に、格闘技なんかやらなくても良いのに、リンネから見て、何もかもが恵まれているヴィヴィオを見て苛ついて仕方がなかった。

 

(帰れる家があって、友達がいて、幸せなんでしょ!? 我慢する必要なんてないでしょ!? ───だったらいいでしょ!)

 

リンネの拳がヴィヴィオのボディに突き刺さる。その衝撃に体をくの字に折り曲がる。

 

(私は違う。強くならなきゃ、全てを失う。───だから!)

 

思い浮かぶのは、嘗て自身の受けた陰湿な虐め。悪い事を悪い事だと認識せず、ただ良いようにリンネを甚振る三人の悪魔。

 

傷つけられ、養子となった家から譲り受けた大切な物を汚し、遂には大好きな祖父の危篤に行かせて貰えなかった。

 

降り掛かる悪意が許せない。見下し、暴力を奮う輩が許せない。悪を悪と認識しない者達が許せない。リンネが抱いた気持ちはそんな悪意に対する絶対なまでの反骨精神だった。

 

しかし、彼女は気付かない。悪意に負けない為に必死に強くなろうとしている己自身が、そんな悪意を持つ輩になり掛けている事を彼女はまだ自覚していなかった。

 

故に、フーカはそんな親友の変化をいち早く気付いたからこそ、一度は彼女の前に立ち塞がった。悪意に対して自ら悪意になろうとしているリンネをフーカは本能的に察したのだ。

 

自分は負けられない。強くなくてはならない。そんな強迫観念から来るリンネの大振りをヴィヴィオは見逃さなかった。

 

瞬間、リンネの顔が跳ね上がる。今までのモノとはまるで違う鋭くて重い一撃、衝撃と驚きで大きく距離を離されたリンネはいつの間にか変わっていたヴィヴィオの構えに目を見開く。

 

(右足と左足が逆……スイッチしてる!?)

 

前になっている右足、軸足を変えた事で先程とはまるで別人の様な打撃力を打てるようになったヴィヴィオ、彼女から繰り出される連打は最早今までの非力なモノではなかった。

 

(ご先祖様から受け継いで、ママに育ててもらったこの身体はいつだって、私の無茶を聞いてくれる。思った通りに動いてくれる!)

 

利き腕である右が突き出る形となり、これまで牽制だったジャブが防御するリンネの腕に突き刺さる。

 

ノーヴェ=ナカジマと高町ヴィヴィオ、何度も挫折し、それでも必死に考えて二人で編み出した変幻自在のサウスポースタイル。

 

軌道の読めない打撃、速さも重さもこれ迄とは訳が違う威力、リンネは再びヴィヴィオに封殺された。

 

「リンネ、打ち合って!」

 

ジルの激にリンネも構わず前に出る。左と右が変わった事で距離感は狂わされたが、向こうだってダメージはある。あの厄介なフットワークがなければどうという事はない。

 

何発か貰いつつも、強引に攻めこんだリンネは半ば無理矢理にヴィヴィオの腹部に拳を捩じ込む。痛みで仰け反り、顔を上げるヴィヴィオ、そこへ止めとばかりにリンネの左ストレートが押し寄せてくる。

 

(リンネさんを救えるのは、きっと私じゃない。リンネさんにはちゃんと勝ちたかったし、フーカさんやアインハルトさん達とも戦いたかったけど………仕方ないや。私の冬は、ここで終わり)

 

(────その代わり)

 

しかし、それを読んでいたとばかりにヴィヴィオの右のアッパーがリンネの顎をカチ上げた。右のカウンターによる押し出し、距離が開けられたリンネが次に目にしたのは両手に虹色の魔力を纏わせたヴィヴィオの姿。肩と同じ高さに構えて、佇むその姿はまるで虹の翼を持った天使の様……。

 

「っ!?」

 

(今の私に出来ること、ここで全部────っ!!)

 

(耐える。耐えきって、打ち返す!)

 

ガードを交差させ、守りを固めるリンネ。ヴィヴィオの繰り出す技を耐えて、隙を見せた所で一気に決める。

 

「アクセルスマッシュ!」

 

しかし、ヴィヴィオはそんな守りを固めるリンネのガード、その隙間を的確に射抜いた。跳ね上がるリンネの顔、その隙を逃がさないとヴィヴィオは持てる力の全てを使いリンネに打ち込んでいく。

 

二発、三発、四発と体力が許される限り繰り出されるヴィヴィオの必殺パンチ、彼女の目は常にリンネの急所を捉えて離さない。

 

「あ、がぁっ!?」

 

「リンネっ!?」

 

そして、とうとうガードを固める力すら奪われたリンネに叩き込むダメ出しの一撃、それはリンネの意識を断つには充分過ぎる威力だった。

 

髪が跳ね、眠るようにリングへ倒れるリンネ。審判が試合続行か確認するが、首を横に振り、両手を交差する。

 

───試合終了の合図。即ち、それはヴィヴィオの勝利を意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、サウスポースタイルか。確かにいきなりアレをやられれば大抵の者は戸惑うだろうな」

 

二人の激闘を目の当たりにした観客から大きな歓声が沸き上がる。全ての力を使いきり、試合終了の合図が鳴るとほぼ同時に倒れるヴィヴィオと彼女に駆け寄るセコンド達を見て、シュウジは感想を口にする。

 

「えぇ、慣らされたタイミングを狂わせるだけでなくカウンターの強みも活かせる様になった」

 

「更に今回は怪我をした左足を庇う事にも繋がった。という訳ッスね」

 

強打を打てる右を前に出す事により、牽制として使われたジャブが武器にもなった。試行錯誤の果てに辿り着いた彼女のファイトスタイル。並々ならぬ努力の果てに会得したのであろうヴィヴィオにシュウジは心からの称賛を送った。

 

「けれど、それでもリンネ選手ならば対応出来ただろうね。彼女がもし万全なら、試合の結果は逆になっていたかもしれない」

 

「へ?」

 

「シュウジさん、それはどういう?」

 

折角の勝戦ムードの中、水を差すような事を口にするシュウジ、嘗ての世界王者の意味深な台詞に三人が注目する。

 

「試合が始まる前に君達に聞いた事、覚えているかな? 君達格闘技選手は何を目標に頑張り、糧にしているのか」

 

シュウジの言葉に黙して頷く三人、しかしどうしてそんな話が今回の勝負の行方を左右するのか、今一つ理解していないハリー達を置いてシュウジは話を続けた。

 

「格闘技選手に限らず、アスリートというのは目標に向かって努力を重ねるもの、この点に関してはリンネ選手も皆と大して変わらない。けれどね、彼女はある一つの事が他の選手と剰りに違っていた」

 

「ある事? それって……」

 

「───“喜び”だよ。彼女は試合に勝利しても決してその事を喜ばない。寧ろそれを拒絶していると言っても良いだろう」

 

誰だって、自分のこれ迄の記録を塗り替えたり、超えたり、大きな大会で優勝すれば歓喜するだろう。何せ自分のこれ迄の努力が報われた事を意味しているのだから。

 

その喜びが次の目標に向けての原動力になる。挫けても、悩んでも、またもう一度頑張ろうと言うやる気に繋がっていく。

 

しかし、リンネはそれを淡々と機械的に処理していた。自分の才能を開花させ、何度も大会で優勝し、勝利を重ねてもリンネはそれを自ら喜ぼうとしなかった。

 

ただ闇雲に強さを求めるリンネ。確かに強さを求める事、それ自体は悪くはない。強くなればそれだけ目指せる目標が高くなるし、それに合わせてまたやる気も沸いてくるものだ。だが、リンネはそうじゃない。

 

孤児だった事、陰湿なイジメ、そして彼女に襲い掛かる悲劇、そんな過去の自分を殺す勢いで強くなろうとするリンネは強迫観念に囚われていた。

 

過去の自分を払拭する為に強くなろうとするリンネと、過去と向かい合い、それでも前に進んで歩き続けるヴィヴィオ、両者の差は恐らくそこだけだろう。

 

もしリンネが過去と折り合いを付け、感情を自由に表現出来きていたなら、きっと今回の試合の結果は別物になっていただろう。

 

そしてそれを見抜けなかったジル=ストーラ。リンネという外面(才能)に目を奪われ、その内面()までは見ようとしなかった。

 

未だに信じられない様子で狼狽するジル、必死にリンネの名を呼ぶ姿はいつもの冷静な彼女とはかけ離れていた。

 

(ジルさん、リンネちゃん。君達の境遇は同情するべき事なのだろう。しかしここは未来に向けて自分の全力を出し合うリングの上だ。過去の自分に嘆く場所じゃあないぜ)

 

ジルとリンネ、今後この二人には大きな障害が残る事だろう。しかし、今は彼女達の事ばかり気に掛ける場合ではない。

 

そろそろ次はフーカの試合の番だ。寧ろ自分はこのためにここに来ている。折角の良い席なのだからちゃんと見て上げなければ。

 

「さて、それでは私はこれで失礼します」

 

「あれ? ヴィクターちゃん、もう行くの?」

 

「はい。大変名残惜しいですが、向こうの様子が気になりますので、派手に心配は無いとは思いますが一応は病院で検査の手続きをしてきたいので……こう見えて私、選手会長ですから」

 

「あ、それじゃあ私はヴィヴィオさん達の方へ顔を出しに行きますね。勝ったとは言えヴィヴィオさんかなりダメージはあると思いますから」

 

「あ、じゃ、じゃあ俺も行く! ヴィヴィオの奴を褒めてやらねぇとな」

 

「え? え?」

 

「あぁ、シュウジ様はそのままゆっくりして頂いて結構ですよ。元々この部屋はシュウジ様の為に貸し切ったものですので、後で使いの者を寄越しますので、どうぞ最後までご堪能下さい」

 

「あっ、はい」

 

次々と席を立ち、それぞれやるべき事を果たしに行くヴィクター達。残されたシュウジは突然一人に残された事を寂しく思いながら、残りの試合の様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Q.もしもボッチがDSAAに参加し、アインハルトともっと早く出会っていたら?
A.
「失礼、U25の世界王者シュウジ=シラカワ選手ですね。一つ、私と戦ってくれませんか?」

───数秒後。

「もしもし、警邏隊の人ですか? 不審人物を取り抑えたので身柄の引き取りに来てくれませんか?」

「」

大体こんな感じ(笑)

それでは次回もまた見てボッチノシ

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