『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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「そう言えばシュウジ様、以前お店にお伺いしたのですが、その事で一つお尋ねしてもいいですか?」

「うん? なんだい?」

「実は一品テイクアウト用の料理を振る舞って欲しくて……あの子にはたまにはちゃんとしたモノを食べて欲しいんです」

「あの子?」

「えぇ、先日ご紹介したエレミア選手なのですけど、実は厄介な放浪癖がありまして、幾ら言っても聞かないんですのよ。マトモに食事をするのはごく稀で、行き倒れになるのは日常茶飯事。世界王者以前に女の子としてあるまじき生活をしているのですよ。そもそも今日だって本当なら一緒に試合を観る約束でしたのにあの子ってばすっかり忘れて───」

「出たよ、ヴィクターのお母さんパワー」

「ヴィクターさんてば面倒見が良いですからねぇ」

「おいヴィクター、あんまりシュウジさんを困らせる───」

「成る程、それは確かに困ったね。宜しい、俺で良ければ手を貸すよ」

((まさかの同調!?))


こうして、雷帝とボッチによるエレミア包囲網が完成していったのだとか。


「あれ? なんやろ、今なんかスッゴい悪寒が………」




その15

───試合開始のゴングが鳴り、戦いの口火を切ったのはヴィヴィオだった。鋭い左でリンネの顔面を強襲、速くて鋭い上に変則的な軌道を描く多変化な左ジャブ。フリッカースタイルから繰り出される変幻自在なファイトスタイルで序盤の試合の流れはヴィヴィオが掴み取った。

 

「成る程、カウンタースタイルか。確かにそのやり方ならヴィヴィオちゃんでもリンネちゃんにダメージを与えられる」

 

「はい。その通りです」

 

繰り出されるヴィヴィオのフリッカージャブ、彼女のその構えとリンネとの距離の計り方でシュウジはヴィヴィオの戦い方を看破する。フリッカージャブという長距離の弾幕で相手を牽制し抑え込み、無理矢理突っ込んできた所へカウンターを合わせる。これならば非力なヴィヴィオでもリンネと対等以上に渡り合えるだろう。

 

格闘技選手として非力なヴィヴィオだが、彼女の目の良さから組み立てられた戦術はシュウジから見ても見事と言えた。端から見れば単純かもしれないが、リンネという生粋のインファイターを相手に彼処まで見事に捌ける選手は彼女の年代では中々見かけないだろう。ヴィヴィオの格闘技選手としての技量の高さ、猛獣の如き猛るリンネを相手にやり過ごすその姿はさながら闘牛を相手取る闘牛士。

 

しかし、リンネも負けてはいなかった。ヴィヴィオの左でどんなに打たれても怯まず、少しずつその間合いを詰めていく。プレッシャーを与えつつジリジリと追い詰めるリンネ、相対するヴィヴィオには恐ろしいほどの圧力となっているだろう。

 

そして、ヴィヴィオがリンネの射程内に入った瞬間、彼女の剛腕がヴィヴィオの頬を掠めた。剛力、正しく力の嵐であるリンネの迫力にヴィヴィオの背筋に悪寒が走る。

 

距離を取らなくては、後ろに下がるヴィヴィオだが、それを逃さんとリンネの左手がヴィヴィオの襟を掴んだ。近距離でのリンネの一撃、彼女の放つ一撃は遂にヴィヴィオを捉えた。

 

腹部に重くて鈍い衝撃と痛みが走る。大人モードとなり、ヴィヴィオの相棒(デバイス)であるセイクリッドハートのお陰でダメージは思った程入ってはいない………が、ソレ以上に不味い事があった。

 

ヴィヴィオの退路を絶つように現れたコーナーポスト、足を使ってカウンターを狙うヴィヴィオにとってそこは正に死地だった。

 

コーナーポストを背にリンネと向き合うヴィヴィオ、ガードを固くさせて致命傷を防ぐ事に徹底させるが、ガード上からでも伝わってくるリンネの重い一撃にヴィヴィオはその表情を曇らせる。

 

しかし、ヴィヴィオも一方的に打たれる訳ではなく、ガードの上からでもリンネの様子を観察していた。腕が痺れる程にリンネの打撃力は重く強い、しかしコーナーに追い詰め、捩じ伏せる事に固執したリンネはつい大振りの瞬間を晒してしまう。

 

そしてヴィヴィオがそれを見逃す筈もなく、割り込ませる様にカウンターを叩き込む。突然の衝撃に怯むリンネ、彼女が見せたその隙を突いてヴィヴィオはコーナーから脱出する。

 

「巧いな。相手の動きを良く見ている」

 

「ヴィヴィオさんの眼の良さは私達の中でも群を抜いていますからね」

 

「しかも記憶力も良いと来た。いいなぁ、オレもヴィヴィオ位頭が良ければ学校の勉強も楽なのになぁ~」

 

「いや、そこは自分の力で何とかしましょうよ」

 

リンネとヴィヴィオの白熱した攻防、その一方で和気藹々と談笑するハリーとエルスにシュウジは苦笑う。本当なら一瞬も眼を逸らせてはいけない大事な試合、ヴィクターの咳払いで我に返る二人は再びリングへと視線を向ける。

 

幸いこの時の二人はまだ睨み合った状態、談笑している間に試合が大きく動いていなかった事に安堵し、ハリー達は今度こそ眼を逸らすことないようジッと観戦に集中する。

 

ヴィクターも二人の様子を見守る中、シュウジはふと違和感を覚えた。

 

(ヴィヴィオちゃん、何を話してるんだろ?)

 

相変わらず睨み合うヴィヴィオとリンネ、しかしヴィヴィオの口元は動いており、それに合わせてリンネの目が僅かに細くなる。言葉を使って相手の集中力を割く、ヴィヴィオが今やっているのは所謂減点対象のやり方だ。

 

リンネの反応から挑発している様にも見えるヴィヴィオ、しかし普段から彼女を見ているシュウジとしてはヴィヴィオがそんな事をする人間には思えない。

 

隣をチラリと見ると、シュウジと同じくヴィヴィオのやっている事に気付いたヴィクターが困った様に苦笑いを浮かべている。自分よりも遥かにヴィヴィオの事をよく知るヴィクターの反応からして、やはり挑発のつもりでやっている訳ではなさそうだ。

 

───恐らく、ヴィヴィオは対話を試みているのだろう。試合の最中にそんな事をするのは正直どうかと思うが、お人好しな彼女の事だ。きっと相対しているリンネに思う所があって彼女なりのお節介をしている所なのだろう。

 

そして激情に駆られ、襲い掛かるリンネにヴィヴィオのカウンターが炸裂する。ダメージで倒れるというより衝撃に驚くように仰け反ってリンネは堪らず地に膝を突いた、瞬間ダウン判定が入り、観客達から大きな声援が沸き上がる。

 

カウントが5を過ぎた辺りで立ち上がるリンネ、ダメージも然程通ってない様子でその表情には微塵も翳りがない。構えて再び打ち合おうとする所でゴングが鳴り、1Rは終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───リンネ選手って、格闘技はあんまり好きじゃないですよね』

 

先程の試合の最中に聞かされる彼女の言葉に少しばかり苛立ちを覚える。何も知らず、ズカズカと人の心に踏み入ろうとする彼女の言葉に多少心が乱されたが、今は既に落ち着いている。

 

そもそも、私が誰かの言葉に惑う必要なんてないのだ。私が求めるのはただ一つ、誰にも負けず、誰にも見下されず、全てを圧倒する強さだけだ。

 

───私には二人、目指すべき頂点が存在する。一人は同年代で今年のウィンターカップでU15を卒業する全試合無敗の世界王者、アインハルト=ストラトスさん。彼女の強さに魅せられ、この人の様に強くなれば、誰からも傷つけられずに済むと、そう思った。

 

そしてもう一人の頂点、シュウジ=シラカワさん。二年前に突如として格闘技の世界に現れて瞬く間に世界王者となった伝説の選手。ジルコーチが保存していた彼の当時の試合映像を見て、私は圧倒された。

 

“強い”ただただ“強い”。シュウジ=シラカワさんの圧倒的な強さに私は何も考えられず、ただ試合に勝利する画面越しのシュウジさんを見詰めていた。

 

凄いとしか言えなかった。凄いとしか思えなかった。アインハルトさんやU19の世界王者であるジークリンデ=エレミアさんも肩書きは同じなのにシュウジさんの試合だけは他の人達とまるで違って見えた。

 

楽しそうに戦うシュウジさん。この人はきっと誰かを悲しませたり、奪われたり、傷付けたりしなかったのだろう。私の様に大切な人を悲しませたり………しなかったのだろう。

 

あの人と私は根本的に違う。悪意に泣いて蹲るのが私なら、あの人はきっと悪意そのものを打ち砕くのだろう。どんなに私が強くなってもこの人には絶対になれない。

 

私はシュウジさんに憧れた。憧れ、そして打ちのめされた。私ではきっと、彼のようにはなれないのだろう。だって私は───“笑ってはいけない”のだから。

 

あぁ、認めよう。私は格闘技を楽しんではいない。ここまでに至る練習だって辛く、苦しい日々としか思っていない。でも、それでいい。私は、リンネ=ベルリネッタはそれでいいのだ。

 

強く、ただ強く。どんな悪意にも屈せず、いかなる理不尽にも負けない強さを得る。その為だけに私は格闘技を始めたのだ。

 

「大丈夫ですかリンネ」

 

「大丈夫ですコーチ。私はいけます」

 

笑顔で首肯くコーチ、しかし私には今のジルコーチがどんな顔をしているのか良く見えていなかった。

 

私は強くなる。強くなって、勝ち続けて、優勝して、チャンピオンに勝つ。そうすれば、きっと誰も私をバカにしたり出来なくなる。誰からも見下されなくなる。………悪意に涙を流すこともなくなる。

 

そうなったら、ジルコーチと一緒にシュウジさんも私の所に来てくれる。私を認めて、ジルコーチと一緒に私を今よりずっと強くしてくれる。

 

誰よりも強くなって、チャンピオンになったら………その時がくれば、私は笑えるのだろうか? 笑っても、良いのだろうか。

 

今は分からない。けれど、必ずそこへ辿り着いて見せる。私の所為で傷付いたお父さん、お母さん、そしてお爺ちゃんの為にも。

 

(絶対に……勝つ!)

 

第2ラウンドのゴングが鳴り、リンネはヴィヴィオに吶喊する。打ち出される弾丸のように飛び出すリンネを前にヴィヴィオはしっかりと彼女を見据えるのだった。

 

 

 

 

 

 




Q.もしもあの時リンネが出会ったのがボッチだった?


A.

「オラ、大人しくしやがれ!」

「車、早く出せ!」

(イヤ、誰か……助けて!)

「お、おい前に人が!」

「ど、どけぇぇぇっ!!」

「急に飛ばして来て危ないなぁそっちの信号赤なのに………ホイ、車投げ」

「「「!?!?!?」」」

「ん?」 投げた瞬間窓に映るリンネと目が合う。

「とりゃ」 投げた車の車内に入り込み、リンネだけを救出。

「よっと、君大丈夫?」

「弟子にしてください」

それはリンネが悪漢達に連れ去られそうになった約数秒の出来事だった。

「もしもし、警邏隊ですか、彼処に幼女を抱き抱えた男がいます」

「待ってそこの人、誤解してるから!」

尚、この時ジルと奇妙な因縁が生まれる模様。




それでは次回もまた見てボッチノシ

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