荒廃した大地、空は荒れ、暗雲が立ち込め、世紀末を彷彿とさせる世界で二人の人間が睨み合う。
空で滞空し大地を睨む者、彼の者の視線の先に立つのは山吹色の胴着を着たDSAAの新参者。彼はプロになって初めてのトーナメント戦に出場し、その規格外の体術と常識外れの技術力で並みいる強豪達を1Rで打ち倒してきた猛者。
最早彼をルーキーと侮る者はいない。このDSAAに於いては年齢を除いて全てが公平にジャッジされる。女も男も魔法という力と格闘技という技を使い、その腕を競い合っていく。
故に彼女も形振り構わず勝負に出た。大気に宿る魔力を集め、自身の得意魔法である広域殲滅魔法を使い出す。
大気が震え、大地が騒ぎ出す。その高密度の魔力により試合会場の舞台である無人世界で大規模な魔法が使役されようとしている。
────なのに、男は微塵も揺るがない。圧迫し、圧倒してくるプレッシャーを前に、山吹色の胴着を着た男は不敵に口角を吊り上げる。
「勝負を決める気か、ならば此方も切り札を出そう。────かぁ………」
両手を腰だめに構え、蒼白い魔力を圧縮させていく。その様を見て女はアレは撃たせてはダメだと悟る。向こうの魔法が放たれる前に一気に勝負を決める。大規模な魔力を放出させ、広域殲滅魔法を発動させた女は周囲諸とも男を潰しに掛かった。
放射線状に放たれる魔力は周囲の岩を引き裂き、砕き、抹消していく。明らかに一つの試合で許される魔法の範疇を超えた力、しかしその嵐の様な魔力の中を男は危なげなく駆けていく。
「めぇ………」
降り注がれる魔力の奔流、それを紙一重で避ける男。肘が、肩が、紫炎に揺れる髪が掠める中、それでも男の瞳は揺るぎなく女を捉えて離さない。
「まだまだぁッ!!」
足下目掛けて女の魔力が放出される。砕かれる足場、浮き上がり、無防備になった男に再び魔力の波が一つの濁流となって押し寄せる。直撃コースだと思われたが、男はあろうことか一緒に浮かび上がる岩を足場にして魔力の一撃を避けてみせた。
どよめく観客席、安全を考慮された筈なのに、伝わってくる戦いの迫力は見る者を震わせる危険な匂いが立ち込めていた。実況者も解説者も最早語る言葉を失い、二人の戦いを見守り続けている。
女の魔力は未だ尽きる事がなかった。無尽蔵とも思える魔力、しかしその顔色は焦りに満ちていて、されど彼女の攻撃は確実に男を追い詰めていた。
「はぁ………」
男が回避する度に足場にしていた岩石は砕け、逃げ場は無くなっていく。比例して女との距離は必然に縮まるが、最早関係ない。最後の足場が砕け、完全な無防備となった男に女は自らの勝利を確信した。その両手にはこれ迄温存していた彼女の魔力の全てが集約される。
「空中に逃げ場は無いぞ! これでぇ、終わりだぁぁぁッ!!」
「めぇ………」
男には飛行魔法を使用する素振りは無い。元々使えないという話ではあったが、仮に使えたとしても時既に遅い。どんなに速く動けてもこの一撃を避ける事は不可能だ。
放たれる極光、渦となった魔力が一点に、一斉に放出される。今度こそ逃げられない。観客が、実況者が、解説者が、画面を通して試合を観ていた若き格闘技者達も、男の敗北を確信した。
────しかし。
「っ!?!?」
女の放つ魔力の奔流を足場に男は、自ら圧縮した魔力で滑るように避けて見せる。曲芸の如き軽業、しかし誰も思い付かない方法で女の一撃を避けて見せた男は、その様子に絶句する彼女に向けて。
「波ァァァァァッ!!!」
濃縮に凝縮を重ね、更に圧縮した超特大の魔力砲撃を叩き込んだ。余波で大地が砕け、暗雲が消し飛び、女を女の魔力ごと呑み込んだ。
軈て男の放った魔力も収まり、辺りに静寂が訪れる。吹き飛んだ暗雲、荒野だった大地は荒野を通り越し不毛の地となり、深々と抉れ陥没した大地の中心には目を回して気絶し、無惨な格好となった女が寝ていた。
両選手の持つデバイスにはそれぞれ安全面を考慮した非殺傷設定が施されているが、それでも女が生きている事に驚きを隠せない。言葉を失う観客席、そんな中澄み渡る青空に向けて拳を突き上げる男に実況者は我に返りマイクを握り締める。
『な、何という激戦! DSAAの実況を努めて長くなる私ですが、この様な戦いは今まで見たことありません! 白熱したバトル、本日の戦いを見事制したのは突如現れた超新星───シュウジ=シラカワ選手だぁぁぁッ!!』
実況者の言葉に観客席から大歓声が溢れ出す。熱狂を超えた熱狂、常識を覆し、打ち破り、そして勝利して見せた男に、観客席から惜しみ無い称賛の声が投げ掛けられる。そんな観客達からの声援に、男はやはり不敵に笑って見せるのだった。
「────やっぱ、すげぇなぁ。シュウジ選手」
「リーダー、また例の試合を見てたんスね」
暗い部屋の中で当時の試合映像をうっとりとした表情で眺めるのは、赤いポニーテールを揺らす高学年の少女、既にU19の選手として活躍し、周囲にその名を轟かせるファイター。
ハリー=トライベッカ。炎熱系の魔力を操り砲撃魔法を得意とする生粋の格闘技者、背後から聞こえてくる妹分の声にも耳に入らず、彼女の目には試合の勝敗を決めたシュウジ=シラカワの最後の一撃しか入っていなかった。
「ちょっとリーダー、聞いてるッスか? 無視は流石に傷付きますよ」
「うぉっ!? 吃驚した。なんだいたのかよ」
「さっきからずっと呼んでましたよ? シュウジ選手の試合映像にかぶり付くのも良いですけど、もうじきお昼ッスよ。そろそろ食べに行きましょうよ」
「か、かぶり付いてねーよ! でもそうか。もうそんな時間か。なーんか作るのも気分じゃないし、たまには何処か食べに行くか」
妹分に言われ、時刻が既にお昼過ぎを指している。空腹で腹の虫も鳴り始めたし、気分転換も兼ねてハリーは妹分達と共に外食に出た。
砲撃番長の異名で知られるハリー、不良を自称しておきながら面倒見が良く、その容姿と性格から多くの女性ファンが付いている彼女。いつかNo.1の座につく為に日々努力を重ねているハリーだが、ここ最近ある技を会得する為に特訓の毎日を積み重ねていた。
「それでリーダー、最近どうスか? シュウジ選手のあの技、使える様になりましたか?」
「んにゃ、まだまだ実用性がねぇなぁ。なんつーか、使って違和感が拭えねぇんだよ」
「あー、何か分かるかも。リーダーってば殴りの延長な感じで砲撃出してますもんね」
「シュウジ選手のは両手の掌ですからねぇ。つーか収束魔法ってコントロールするのメチャ難しいって聞くんですけど、その上であの動きって出来るもんなんすか?」
「専門家によると殆ど不可能に近いらしいッスよ。特に相手の魔力を使って滑る所なんか相手との魔力の摩擦で消し飛ぶのが普通だって、前にテレビで見たッス」
「マジッスか。流石は魔人、端から聞けば人間じゃないッスね」
「ふふーん、だろ? シュウジ選手はスゲーんだ!」
「………何故、リーダーが得意気なんス?」
後ろから聞こえてくる妹分達の話に自分の事の様に嬉しく思うハリー、彼女にとってシュウジ=シラカワの戦い方は理想とも言うべきモノだった。相手との打ち合いに応じればそれに打ち勝ち、遠距離から厭らしく攻めてくる相手にも真っ正面から挑み勝利する。自信と気迫に満ちた迫力のある戦い方は、初めての目にした時からハリーの心を掴んで離さない。
残されている数少ないシュウジの試合の映像も全て保存し、日夜その戦い方を学び、己の力にしていく。その甲斐あってか近年は勝ち星が増え、最近では戦い方がシュウジに似てきたと言われて、その時は嬉しくて跳び跳ねそうになる程だ。
ハリーにとってシュウジ=シラカワという男は指針であり目標だ。それ故に引退した事を知った時は三日三晩塞ぎ込んでいたが、今はもう過去の話。もしいつか何処かで出会う時が来たらその時は色々話をしたり、自分の技を見てもらいたいし、教えを乞いたいものだ。
そんな来るわけの無い日を妄想しながら歩くハリーの目に、ふとある店が入ってきた。いつの間にここに喫茶店ができたのだろうか? 不思議に思うハリーだが、そう言えばここ数年ここら辺は通って無かったなと思い出す。
「へぇー、中々洒落た店だな。うっし、なら今日の昼飯はここにするか」
「サ店スか。リーダーにしちゃ珍しいスね」
「喫茶シラカワかぁ、案外あのチャンピオンがやってたりして」
「アホ、んな訳あるか。いい加減腹減ったし早く入ろーぜ」
既に時刻は一時近くを指している。時間的に人は来てなさそうだが、今日は生憎の休日。最悪見知らぬ誰かと相席する事になるだろうが、空腹を満たす為には仕方がない。少しばかりの憂鬱な気分を抑えつつ店内に入ると………。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「……………………………はひ?」
出会い頭に出会わす男性、それが自身が尊敬して止まない選手だと気付くのに、ハリーは数分ばかり時間を用した。
◇
リリカル月マジカル日
フーカちゃんをナカジマジムへ預けて早一週間、今日も今日とて喫茶シラカワは平常運営中である。
フーカちゃんは店のお手伝いとジムでの特訓、その両方を両立させていて、その甲斐あってか少しずつだが強くなっている。ナカジマ会長の手腕によるものか、それともアインハルトちゃん達先輩の皆から手解きを受けたのか、自分との組手をする際のフーカちゃんの動きは、日を追う毎にドンドン洗練されていく。
まだ本格的に格闘技を初めて一週間なのに、その成長速度は驚愕に値する。未だ自分との組手でマトモに返してはこれていないが、それでも凌いで反撃を試みる強かさは生まれている。この調子ならウィンターカップが開催される頃には、リンネちゃんといい勝負が出来るかもしれない。
流石は数多くのランカー選手を有するナカジマジム、ナカジマ会長に念を押してお願いした甲斐があった。
本来ならそこへ勉学を教えていきたい所だが、生憎そこまでの時間はまだ取れていない。お店も放って置くわけにもいかないし、何よりフーカちゃんにそこまで負担を掛ける訳にはいかない。少なくともウィンターカップが終わるまでは。
それでも試しに出す問題集に手を付ける辺り、フーカちゃんはやっぱり真面目な娘なんだなぁ。ホント、あんな娘を捨てた何処ぞのご両親の正気を疑うね。
お店とジムの両立を頑張ってこなしている上、更には勉強も頑張るフーカちゃん、もしウィンターカップで良い成績を出せたなら、その時は何かご褒美を出してもいいかもしれない。
そんな訳で今回はそんなフーカちゃんの頑張った話で終わりにしようと思ったんだが、実はこの日変わったお客がやってきたのだ。
ハリー=トライベッカちゃん。アインハルトちゃん達と同じDSAAの総合魔法戦格闘技選手で年齢階級はU19で───なんと、俺のファンらしいのだ。
動揺のし過ぎで禄に会話はしてないが、彼女の舎弟らしき娘からは、ある試合から自分の大ファンで、最近は自分の技を真似しながら試合に臨んでいるのだとか。
まさか自分なんかの試合を参考にしているとは露程思わず、思わず照れてしまう。砲撃番長として知られている彼女だが、その事を知ったのは彼女が店から出た後、何気なく調べたネットに記載されていた。
他にも様々な選手の事が掛かれており、その中には当然の如く自分の名もあった。こうしてみれば選手一人一人に特徴があり、結構楽しめるものだ。
現役の頃は相手の名前と戦い方位しか覚えておらず、今にしてみれば勿体ない日々を送っていたのかもしれない。誰かの試合を参考にした事とかなかったからなぁ、少し悔いが出来てしまう。
その後、しどろもどろなハリーちゃんとそれとなく話をしながら料理を食べてもらった。近くまた来るというハリーちゃん達を見送りながら、俺はこの世界にやって来て充足感を覚えるのだった。
リリカル月ViVid日
なんか最近、DSAAの娘がやたら出入りしている気がする。この前ハリーちゃんが来たと思ったら、今度はヴィクトーリアちゃんというお嬢様がやって来た。話の内容は単なる世間話だが、何故か自分の事を様付け呼ばわりされてしまう。
俺ってばそんな大した人間じゃないから敬語はいらないと言っても聞いてくれないし、今度知り合いの娘を連れてくると言って出ていっちゃうし……。何か俺、良からぬ企みに巻き込まれつつある? 悪意とか利用するつもりは無さそうだから静観するけど……大丈夫だよね?
心配だから同業者の娘さんであるミウラちゃんに相談を持ち掛けたんだけど、何故か遠い目をして溜め息を吐かれた。理由を訊ねてみるとなんとミウラちゃんもDSAAに所属し、選手として活躍しているらしいのだ。
この店を開いて結構経つし、ミウラちゃんのご両親には会長の次に世話になっているからこの事実は中々ショックだった。なんかミウラちゃん終始不機嫌だったし、もしかしたら自分がフーカちゃんの事で相談しなかったのが仲間外れにされたと思い拗ねてるのかもしれない。
うーん、この埋め合わせはどうすれば良いのか。年頃の娘相手に四苦八苦する自分なのでした。
ボッチの現役=やらかした時代。
試合を見た高町家(ヴィヴィオ除く)と八神家は最後のボッチの砲撃魔法に食事中に拘わらず噴き出したとかなかったとか。
それでは次回もまた見てボッチノシ