『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

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ちょっと筆休めに……。


ViVid Strike!編
その1


 

 

 

 

────新暦75年9月19日。

 

第一管理世界ミッドチルダ。魔法発祥の地であり、魔法文化が最も栄えているこの世界は現在、大きな災厄に呑み込まれようとしていた。

 

首都クラナガンの上空を行き、今尚上昇を続けている巨大飛行戦艦────通称、“聖王のゆりかご”。旧暦の時代、古代ベルカの遺産にして超級の危険指定とされているロストロギア。一度は世界を滅ぼしたとされる火力を誇り、更にミッドチルダの衛星である二つの月から魔力供給を得れば時空間への攻撃すら可能となり、それは時空を守護する者達にとって最悪の事態を意味していた。

 

首謀者の企みを阻止する為、聖王のゆりかごに突入した一人の女性魔導師が広大な戦艦内部を飛翔する。その途中で立ちはだかる障害を蹴散らし、己の体に負担を掛けながら、それでも女性は最奥で待つ彼女の元へと急ぐ。

 

(ヴィヴィオっ!)

 

女性の脳裏を過るのは自分を母と呼ぶ幼い少女、利用する為に作られ、生み出された偽りの命。自分との関係も、所詮はその目的の為に彩られた、偽りのモノだったのかもしれない。

 

しかし、女性にとってそんな事はどうでも良かった。泣いている。あの娘が、自分を母と呼ぶあの娘が泣いているのだ。女性が己の体に鞭を打つ理由なんて、ソレだけで充分だった。

 

軈て女性はゆりかごの最奥────玉座の間へと辿り着く。そこで彼女が目にしたのは……。

 

「おや? 随分外が騒がしいと思ったら、どうやら私以外にもここに来ていた方がいたみたいですね」

 

蒼の仮面を被り、白のロングコートで身を包んだ………これまでの情報には該当しない謎の人物が玉座の間の中央に陣取っていた。仮面の男の足下には壊れた眼鏡を掛けて目を回している戦闘機人が転がっており、男の腕の中には───。

 

「ヴィヴィオッ!」

 

自分を母と呼んで慕ってくれる愛娘(・・)が自分の知るままの姿で静かに眠っていた。見ればヴィヴィオと呼ばれる少女に外傷は見当たらず、まるで熟睡している様に見える。気持ち良さそうに寝息を立てているから心配は無さそうに見えるが、それでも警戒を緩める事は出来ない。何故なら目の前の仮面の男は、これまで自分が対峙してきた相手と全く異なる存在だからだ。

 

辺りを見渡せば、その事が良く分かる。窪んだ壁、亀裂が刻まれた天井と床、その破壊の痕を見れば、ここで熾烈を極める戦いが起きていた事など嫌でも理解できる。

 

そして、これだけの惨状を作り出して尚且つ平然としている輩が目の前にいる。状況的に考えて、目の前にいる仮面の男が最も厄介だと瞬時に理解した女性魔導師………高町なのはは、武装を解かず、警戒の様子で男に向き合った。

 

杖を構え、何者かと訊ねようとする────。

 

「もしかして……この子の知り合いの方ですか? ならば今すぐこの子を連れて安全な所まで避難して下さい」

 

「────え?」

 

「最初顔を合わせた時は酷く暴れたりしましたので、やむ無く武力で対応しましたが、極力怪我を負わせない様に配慮したので目立った外傷はありません」

 

「え? え?」

 

「彼女を洗脳していたとされる輩も無力化させて彼処で伸びています。その少女に施された特殊な施術も私なりに治療しましたが、如何せん私はこの世界に来て間もない。どうか専門の人に診て貰って下さい」

 

「ご、ご丁寧にありがとうございます」

 

囃し立て、捲し立てる様に言葉を紡ぎ、抱えていたヴィヴィオをなのはへと手渡す男。紳士的なその対応になのはは戸惑いながらも、男へ感謝の言葉を口にした。

 

───イヤ違うそうじゃない。

 

目の前の男の予想外の対応に一瞬呆けてしまうが、相手が正体不明で、目的や動機などが一切分からない輩だというのは疑いの無い事実だ。その正体が明らかにされない以上、警戒を緩める訳にはいかない。

 

幸いな事に向こうには敵対する意思はなさそうに見える。仮面をしているからその表情は窺えないが、少なくとも今ここで暴れる素振りは微塵もない。どうにかして任意同行に同意して貰えないか、今一度なのはが口を開こうとした時………。

 

「なのはさん!」

 

「助けに来ました!」

 

壁を抉じ開け、玉座の間へと突入してきた一台のバイク、そこに跨がる二人の教え子の登場になのはは一瞬安堵した。通信からゆりかごの動力部の破壊が成功したという報告も部隊長である八神はやてから聞いたし、これで脱出の手立ては完了した。後はヴィヴィオと、そこに転がる戦闘機人を連れて離脱するだけである。

 

────そこでなのはは、目の前にいた筈の仮面の男が既に姿を消した事に気付く。何処へ消えたのか、辺りを見渡しても仮面の男の姿は影も形もなく、教え子達に聞いても分からないと言われ、索敵魔法を飛ばしてもそれらしき情報は何一つ得られなかった。

 

一体、あの仮面の男は何者だったのだろうか。なのはの疑問は最後まで解かれる事はなく、彼女達はゆりかごから離脱、巨大飛行戦艦も後からやって来た時空管理局艦隊の一斉砲撃を受けて消滅。首謀者達とそれに与する者達、その全てが捕らえられ、ミッドチルダに平和が戻った。

 

こうして、後にJS事件と称される大事件は幕を降ろすのだった。

 

────しかし、一つだけ気掛かりな事がある。それは高町なのはが遭遇したとされる仮面の男。はたしてこの者の目的、正体は一体何なのか、何故あの事件の起きた場所で誰にも悟られずにいられたのか。

 

その全容は未だ解けず、仮面の男の存在を知った一部の人間にとって、それは消えることの無い痼となって残るのだった………。

 

それから、幾つかの時が流れ────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────新暦80年。ミッドチルダ首都クラナガン。

 

夜の帳が降り、暗闇がより濃くなっていく時間帯。建設現場の跡地にて大勢の男性達がバイクのエンジンを吹かして集まっていた。所謂族の集り、彼等のリーダーと思われる男性は手にした暴徒鎮圧用の銃を手にし、見せびらかしながら地面に正座させている下っ端達に訊ねた。

 

「………で? お前らは二人がかりでありながらその女一人にこてんぱんにノされたと?」

 

「は、はい。………すみません」

 

「アホだなぁ。魔法適性の高い奴相手に正面から殴り付ける奴が何処にいる。折角世の中にはこういう便利なモノがあるのに、使わなければ勿体無いだろ?」

 

一人の女の子相手にボコボコにされ、チームに縋ってきた舎弟達。しかし男はそれを不快には思わなかった。自分達はそこそこ大きくなったチームだ。人も増え、その分出来る事が増えた。自分に従う子分が増えてきた事で男の顕示欲は満たされる。ならばその子分達の面倒を見る位悪くはない。寧ろこの件で自分の力を誇示出来れば、チームに於ける自分はより象徴と呼べる高みに昇る。

 

くつくつと笑みを浮かべ、余裕の笑みを浮かべて男は訊ねた。その女はいつ来るのかと、既に呼び出しは済ませた。向こうがどれだけ腕っ節に自身があるかは知らないが所詮は生身の人間、身体の芯まで痺れさせれば後はどうとでもなる。

 

ザシャリッ。

 

誰かが砂利を踏み締める。自分達のモノではない音、音のした方へ視線を向けると、其処には自分達よりも二回り程小さい少女が、影から飛び出してきた。

 

迷いの無い動き、少女の鋭い眼光はケンカ慣れした悪ガキのモノ。間違いない、下っ端の話を聞いてコイツこそが自分達に牙を向ける女なのだと男は確信する。

 

同時に、バカだコイツと少女を見下す。これだけの人数相手にたった一人で立ち向かうなんて、正気の沙汰じゃない。だったら望み通り沈ませてやると笑みを浮かべた男は、手にした銃の引き金を引き絞り、対象者の動きを抑制させる銃弾を射出させた。

 

しかし、男が射った銃弾は少女に当たる事はなかった。外した? 否、少女は迫り来る銃弾を眼で見切り、銃弾の射出角度を本能で予測し回避したのだ。男とは10mも離れていない至近距離、まさか避けられるとは想像すらしていなかった男は先程の勝利を確信した笑みを崩れさせ、その顔面を驚きと恐怖で歪ませる。

 

飛び跳ねる少女、その手には魔力を込めた拳が握られており、男の顔面へと叩き込んだ。幾本もの歯が折れ、地に伏して意識を失った。小さいプライドに固執した者のそれらしい末路である。

 

「いい加減にしろお前ら! お前らの余計なちょっかいのお陰で折角ありつけた飯の種がパァじゃ! どうしてくれる!」

 

「そ、それはお前が殴ってきたから………」

 

「先に手を出してきたのはお前らじゃろうが!」

 

そこから先は乱闘だった。たった一人の素手の少女一人を相手に十数人の男がそれぞれ凶器を手にして殴り込む。端からみれば一方的な暴力、しかし少女は意外にもこれに抵抗してみせた。

 

一人、また一人と男を殴り飛ばす少女。しかし彼女もまた限界が近く、半数を叩きのめした頃には既に体力が無くなっていた。

 

「今だ! 囲んで上から押し潰せ!」

 

男達の一人が声を張り上げるのに合わせ、残りの面々が少女に覆い被さっていく。チームとしての対面もプライドもかなぐり捨てた戦法、しかしこの場合はイヤという程に効果覿面だった。

 

体力の限界を迎えた少女はこれに抗う力は無く、男達のプレスに呑まれ押し潰されてしまう。

 

(くそ、またか。またワシは奪われるままなのか。変わってない、ワシはあの頃から何一つ……変わっていない!)

 

少女の脳裏に浮かぶのは、これ迄幾度となく自身に見舞われた理不尽の数々。親に捨てられ、奪われ、踏みにじられてきた苦い記憶。唯一守りたいと願った幼馴染すら失い、少女は己の不運と力の無さに嘆き続けた。

 

(でも、それももう疲れた。ここで終わっても……いいのかもしれん)

 

泣き、喚き、嘆き続けてきたこれまでの自分。そんな自分にはもう疲れた。いっそ、ここで消えてしまいたい。………そんな考えが過った時。

 

「いやぁ、流石にこの状況は見過ごせないでしょー。一人の女の子相手にそこまでやるかね? 普通」

 

今、自分達のいる場所には似合わない間延びた声が少女の耳に入ってきた。身動きの取れない少女は振り返る事も出来ず、ただその声の主に耳を傾ける事しか出来なかった。

 

「あぁ? なんだテメェ! 一体何の用だ!?」

 

「いや、別に用があるって訳じゃ無いんだけど……ほら、その子女の子じゃん。それも随分と若い。君達の間に何が合ったのかは知らないけど、流石にこれは無いんじゃないの? 色々キツいよ、絵面的に」

 

間延びした男性の声、事情も知らず勝手な事ばかり口にする男性に苛立ちを募らせた男は、ズカズカと彼の元へ歩み寄り……。

 

「見せ物じゃねぇ! とっとと失せろ!」

 

手にした鉄パイプで男性の頭を強打した。鈍い打撃の音、血が飛び散り、地面を赤く染めていく。これで調子付いた口調も収まるだろ。暴力によって満たされた欲求に男が愉悦の笑みを浮かべると……。

 

「…………はぁ、仕方ない。荒事は苦手だが、やるしかないか」

 

「あ?」

 

瞬間、男は宙を舞った。10m程の高さを舞い、錐揉み回転をしながら地に落ちる男。その顎は砕かれ、無惨に歪められている。

 

突然の出来事に言葉を失う男達、下敷きにされている少女も吹き飛んだ男の無惨な姿に言葉を失い、目を丸くさせていた。

 

ギギギと錆び付いたブリキ人形のように振り返る男達、其処には手をパキパキと鳴らせた男が凶悪な笑みを浮かべて佇んでいた。

 

「さて、警邏隊の人達が来るまであと数分弱。時間は然程ないが……なに、年上らしく全員まとめて相手をしてあげよう」

 

「さぁ、覚悟は良いかな十代諸君。お兄さんのお仕置きは………少しばかり痛いぞ(はーと)」

 

その後、警邏隊が騒ぎを聞き付けて駆け付ける頃には男性と少女の姿はなく、残されていたのは全裸で鉄骨に磔にされた男達が夜の工場跡地に吊るされていたという、色々酷い光景だけだった。

 

 




シュウジ=シラカワ25歳、自分の事をお兄さんと呼びたいお年頃。

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