『G』の異世界漂流日記   作:アゴン

102 / 417
今回で漸くシンフォギア編は終了。

続きは今のところ未定


その27

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フロンティア事変。そう呼ばれる全世界を震撼させた騒動から数日後、事後処理やら何やらで世界は未だ慌ただしくはあるものの、世間は───特にこの街は少しずつ元の穏やかさに戻りつつあった。

 

何かを失った訳でもなく、誰かを亡くした訳でもない。立ちはだかる障害を然るべき組織が然るべき方法で解決させた…………前代未聞でありながら、しかし特別起伏のない有りがちなハッピーエンド。

 

いや全く、終わりよければ全てよしとは良く言ったものである。

 

「良くないわよハッピーじゃないわよ何を勝手に爽やかに話を終わらせようとしてるのよ貴方は!」

 

「マリア某さん、余り大声を出すのは感心しませんよ? 確かに昼時が過ぎて客足が途絶えて来たからといっても、全く居ないわけではないのです。申し訳ありませんが自重してください」

 

「あ、はい。ごめんなさい…………じゃなくて! どうして貴方がここで! 呑気に! 皿洗いなんかしてるのよ!?」

 

「ん? 何かおかしな所がありますか? 私はこの喫茶店の店長、自分の商売道具を洗っているだけですが?」

 

「~~~~っ!!」

 

本気で意味がわかっていない。首を傾げて惚けた顔をする目の前の男に世紀の歌姫マリア・カデンツァヴナ・イヴは言いし難い苛立ちに頭がおかしくなりそうになっていた。

 

数日前、確かに自分達は世界の窮地を救っただろう。一時は迷走し、暴走し、危うく道を外れる所だった自分を助けてくれた周りの皆にも本当に感謝している。

 

世界中の人々から託されたFGを使って生み出されたXDモードとフロンティアを吸収し、巨大な熱量の塊と化したネフィリムの撃破とノイズを呼び出すソロモンの珠の完全消滅。

 

これらの偉業を成し遂げられたのは自分だけの力ではない。支えてくれた人達と敵対していた筈の彼女達の助力のお陰で成り立った紙一重で起きた奇跡、そのお陰で自分は今もこうして平穏無事に過ごしていた…………筈だった。

 

目の前にいる人の皮を被った魔人と出会うまでは…………。

 

「私は、蒼のカリスマである貴方が、どうしてこんな喫茶店で経営しているのかを聞いているの!! 」

 

今日、自分は非番の筈だった。二課に身を寄せて歌手としての活動を続けて、その最中に生まれた久し振りの休日、マム達と買い物する為の待ち合わせ場所に選んだ此所でまさかかの魔人と鉢合わせになると思わなかったマリアは出会い頭にそれはそれは間抜けな声を上げてしまったものである。

 

そのお陰でその時まであったウキウキ気分は消し飛び、あるのは拭い切れない困惑と敵愾心だけだった。それも惚けた反応をし続ける目の前の自称店主の所為で萎えつつあるが……。

 

「マリアー、その人にその手の話を振っても無駄ですよー?」

 

「そしてなんで貴女もここで働いているの切歌! なんで馴染んでるの、どうして疑問に思わないの!?」

 

「マリア、私もいる」

 

「あぁ、ごめんなさいね調。貴方のことを無視した訳じゃないの、そのウェイトレスの服とっても似合ってて可愛いわってそうじゃなーい!」

 

「ダメですよマリア、淑女たるもの常に余裕を持って優雅に振る舞わなければ………あ、マスター。コーヒーのお代わりをお願いしてもいいですか?」

 

「畏まりました」

 

慣れた手付きでカップにコーヒーを淹れる店長、その姿は確かに自他共に認めるごく普通の喫茶店の店長だ。

 

ただ、その店長が問題だった。フロンティア事変の際に起きた月の落下、それをただ一人…………いや、1機で食い止めて押し返してみせた魔神の主なのだから。

 

世間をこれでもかと騒がせている蒼のカリスマ、それが目の前にいる。ともすればマリアの過剰なまでの反応は当然とも言えた。

 

なのに、何故誰もその事で騒いだりしない? 此所にいる皆は目の前の魔人の正体を知る者達ばかり、なのに誰もその事を追求する事はなく、質問は愚か調と切歌に至っては雪音クリスと共にウェイトレスの格好をして働いているではないか、隣にいるマムも特に気にした様子でいるわけでもない。

 

え? これ自分がおかしいの? 自分が間違ってるの? 誰も何も言い出さないこの状況にマリアは混乱していると、見かねたナスターシャが何かに気付き、そう言えばと話を切り出した。

 

「そう言えばマリア、国連に拘束されていた間、何か妙な事がありませんでしたか?」

 

「妙な事?」

 

唐突に促される国連に拘束されていた頃の話、当時首謀者の一人として調と切歌と共に捕まっていた時の事だ。

 

正直、余り思い出したくはない。特に国連の…………アメリカの犬となって自分達に貢献しろと脅してきた政府の役人と話をした時なんかは怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 

自分達の秘密を隠すため、自分達のしてきた事に目を向かわせない為に奴等は調や切歌、挙げ句に恩人である響まで巻き込もうとしてきたのだ。その見返りに待っているのは偽りの自由、メディアを操り情報を操り、全ての事実を覆い隠す。当時従う他選択肢が無かったマリアは無念に思いながら政府の役人の話に乗った。…………乗るしかなかった。

 

そこからトントン拍子で進む自分達の釈放、日本への移籍、歌手への復帰、その全てが終わる頃には既にその事はマリアの記憶の片隅へと追いやられていた。

 

────待て、ふとマリアは思った。今まで忙しくて気づかなかったが、何故自分には未だアメリカ政府からの連絡が来ないのだ? いや、そもそも何故自分達はああもすんなり日本に移住することが決まったのだ?

 

シンフォギアというのはノイズに対抗できる唯一の術として各国家が喉から手が出る程欲する技術の筈、幾らノイズをバビロニアの宝物庫から呼び寄せるソロモンの珠が消滅したといっても、シンフォギアは人の常識を越えた力を持たせる超常の力、欲しがらない国などないのに…………。

 

そこまで考え、マリアの思考は停止する。まさかと思い顔を上げた彼女の視線の先に立つのは自らをただの店長と名乗る白河修司の肩を竦めた姿だった。

 

まさか、まさかまさかまさかまさか…………この男がそうだというのか? アメリカと秘密裏に接触し、此方が自由の身となるように取り計らったと、そう言うのか?

 

なら、自分が自由でいられるのも、未だに歌手として活動出来ているのも…………全て、この人のお陰?

 

何故、どうして? 理解できない男の行動にマリアの口からは自然と言葉が漏れる。

 

「…………どうして?」

 

「さて、私には分かり得ぬ事ですから訊ねられても困るのですがね」

 

やはり男は自分の質問に答える気は無いようだ。どれだけ此方が訊ねてもあれでは暖簾に腕押しの如く受け流されて終いだろう。

 

というか、彼は怖くないのだろうか。ここにいる者は皆彼の正体を知る者ばかり、誰かに密告され、自身に危険が及ぶことを考えたりしないのだろうか?

 

それとも、自分達が密告した所で然して問題はないと思っているのか…………確かに彼にはそれだけの力がある。だが、それは些か慢心がすぎるのではないだろうか?

 

──────いや、違う。そんな大層な話ではない。彼が自分やマム、己の正体を知る者に口封じを施さないのは慢心から来るものではない。単に…………そう、信じているだけなのだ。

 

でなければ、彼が自分達を助ける理由はない。いや、実際はあるのかもしれない。アメリカに貸しを作るとか、自分には計れない策謀が彼の胸中に渦巻いているのかもしれない。

 

では何故自分は目の前の魔人に対してそう思うのか、根拠は…………これもまた至極単純で。

 

「こちら、エスプレッソとイチゴのケーキになります」

 

彼の、お客にコーヒーを出す姿がとても真摯的に見えたから。

 

「さて、と。そろそろ時間だな。調ちゃん、切歌ちゃん、こっちはもういいからそろそろ上がりなよ、ナスターシャさんと買い物しに行くんでしょ?」

 

「ホントデス! クリス先輩、お先に失礼するデス! 調、早く行くデスよ!」

 

「待ってよキリちゃん」

 

「二人とも、店の中で走るなよー。ったく、しょうがねぇなぁ」

 

着替える為店の奥へと消えていく二人を眺めて微笑む男を見てマリアは思う。この人はもしかしたら自分が思ってる以上に優しい人間なのではないかと。

 

だから訊ねた。───貴方は何のために戦うのかと。否定されてもいい、答えてもらえなくてもいいと、矛盾を抱えながらもマリアは目の前の男に問うた。

 

隣に座るマムも黙っている。気が付けば店の中が静寂に包まれている。雪音クリスも外へゴミ出しに出ている事から今この場にいるのは自分達だけだ。

 

ゴクリと、自身の生唾を呑み込む音が耳に響く。緊張するマリアが目の前の男の─────修司の返事を待っていると。

 

「…………ククク」

 

「っ!?」

 

魔人が顔を覗かせた。

 

「何のために……ですか。では逆にお訊ねしましょう。貴女は何か理由がなければ戦えないのですか? 他者の為? 平和の為? 成る程それは大義名分としては申し分がないでしょう。何かの為に戦える人間というのは必然的にそれに見合った重荷を背負う事となる。それは時に枷となり、時に絶大な強さとなる。成る程、何かの為に戦うというのはきっと素敵な事なのでしょうね」

 

しかし、そう続ける男には先程の様な穏やかさはなく、苛烈なまでの殺気が滲み出ていた。対峙するだけで気圧される圧倒的な威圧感、それはこれまで幾度となく戦場に立ち続けてきたマリアでさえ体験したことのない異質なモノだった。

 

「マリアさん、貴女は…………いや、貴女達は正しい。誰かの為に動き、何かの為に努力し、目的の為に研鑽を続ける貴女達の姿は私から見ても非常に好ましく見える。眩しいと、そう感じる程に…………」

 

「貴方は…………違うのですか?」

 

「─────世の中にはね、いるのですよ。己の為だけに行動し、他者を省みず、ただ本能のままに生きる獣の様な人間が。その者達に理屈はなく、矜持もなく、自己満足の為だけに生き続けるという勝手気ままな人間が。そういう意味では私も連中と然程変わらないことでしょう」

 

魔人は語る。誰かの為に戦える者もいれば自分の為だけに、それだけでしか戦えない人間がいるという事を。尊い者のために涙を流すものがいれば、己の為だけに他者を利用する者も存在するということを。

 

マリアも心当たりがある。英雄志望の狂気の科学者、そして自分の恋の為に無関係の人間すら巻き込んだフィーネ、どちらも自分の目的の為に行動し、そして世界を混乱に陥れた。

 

無論、マリア自身も…………故にマリアは反論できなかった。コーヒーカップを片手に此方を見据えてくる魔人の瞳をただ見つめ返す事しか出来ず。

 

「故に、貴女の質問にはこう答えましょう。私は己の心が命じるままに戦うだけだと」

 

不敵に笑い、自分の為に戦うと言い切る魔人を前にマリアは何も言い返せず、ただ聞き入ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぅし、これで明日の仕込みは完了っと。いやはや、数日店を空けていたから客足が途絶えちゃうのかと危惧していたけれど、杞憂に終わって良かったよ。商店街の皆さんには頭上がらないなぁ」

 

夜も更け、人気も無くなってきた時間帯、明日の仕込みを終えて帰宅の準備をしていた自分はふと今日お昼に話したマリアさんとの会話を思い出した。

 

何かの為、マリアさんは自分にそう質問してきたけど、ぶっちゃけそんな大した理由なんて無いんだよね。自分がそうしたいからする。ただそれだけの為に行動しただけなのだから質問された所で祿に返答出来る訳がない。

 

でも、真面目なマリアさんの事だ。きっと納得しないだろうと思い色々言い回しをした為半分誤魔化す形になってしまった。

 

まぁ、言いたいことは話したから良いんだけどね。マリアさんも納得したのかあれから特に質問してくる事もなかったし、自分も仕事に集中出来たのだから。

 

それにしても理由…………かぁ、これまで必死に生きてきたばかりであまり意識してなかったけど、自分って何かの為に戦った事って今まであっただろうか?

 

唯一心当たりがあるとすれば、自分が多元世界にいた頃…………シオニーさんをリモネシアに送り届けるためガイオウの野郎とガチンコ勝負をした時、位か?

 

分からん。そもそも人って何故イチイチ理由を求めるのだろうか? 別にいいじゃんと開き直るつもりはないが、誰かを巻き込んだり、不快にさせず、自分だけの課題として動くのであれば特に非難される謂れもないと思うんだヨネー。

 

まぁ、そうなった結果多元世界で知らない人はいない世紀のテロリストとして認識されてるんだけどね。なんとも自業自得な話である。

 

自業自得といえば、アメリカ政府の役人と話し合った時もそうだ。本当なら色々と裏で好き勝手してきた連中がいざその事を指摘されると慌てふためくのはどこの世界も一緒らしい。悪いことをしたと自覚があるならばそのまま大人しく裁決をまっていれば良いのに。

 

ま、そのお陰でマリアちゃん達は釈放され、日本側もアメリカからの追求を逃れた形になるので結果を見れば万々歳な結果に終わったと見える。事の発端であり元凶とされるウェル博士も死亡したとされているから、今のところ彼女達に不審の目が向けられる事は殆ど無い。

 

人工衛星という情報源を通して集まってくる情報、そのお陰で自分は大国と渡り合い日本側に貸しを作ることが出来ている。

 

この生活が長く続くとは思わない。けど、もう暫くはこの喫茶店で店長として過ごすのも悪くない。

 

「とと、さっさと片付けて帰ろっと。明日も早いし───って、誰だこんな時間に」

 

唐突に戸を叩く音が聞こえてくる。店の出入り口には閉店の看板が掛けてあるし、時間的にも客が来るとは考えにくい。

 

となれば恐らくはクリスちゃん辺りが忘れ物をしたのか? 仕方ないなぁと思いつつも俺は扉を開けた。

 

目にしたのは────青、深い海の色を思わせる青と病的な迄に白い肌を晒す目の前の少女に僅かだが思考が停止する。

 

「今晩はアーンド初めまして、そしてさようなら。可愛いガリィちゃんが貴方の思い出を戴きに来ました♪」

 

「なに?」

 

瞬間、彼女の手から陣の様な模様が浮かび上がると膨大な水が突然押し寄せ…………。

 

喫茶シラカワなる店を完全な迄に蹂躙するのだった。

 

 

 

 

 

 

 




Q.このあとガリィちゃんはどうなるの?
A.ボッチ「何なんだぁ、今のはぁ?」
ガリィ「あ、悪魔たん……」

それでは次回から漸く本編の方に移りたいと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。